偽から出た真   作:白雪桜

60 / 75
第五十八話 隊長勢の動向

 我が主の心。

 

 

「卍解――」

 

 

 内なる世界に存在する澄みきった湖面が輝き、大きく広がる。

 

 ――外へ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええぇ!? ねえさまが!? 帰ってこられて!? 本当ですか!?」

「声が大きいです夕様」

 

 朔良の冷静な指摘にあわあわと両手で自分の口を塞ぐのは、四楓院家二十三代目現当主、四楓院夕四郎である。“遊び場”を後にした彼女は、一度四楓院家に戻ってきていた。

 “まねっこ”改め“雲居朔良”が弟子として引き取られた当時、彼はまだ赤子であった。彼が修行できるくらいの歳になる頃、朔良は霊術院に通い始めていたし、少し年齢が離れていた為そこまで接点は多くなかった。

 それが大きく変わったのは夜一が尸魂界を出た時からだ。彼女は当主ではあったもののまだ結婚しておらず、当然子も居ない。朔良はあくまで弟子で、養女ではない。つまり次期当主となれたのが、まだ幼い夕四郎だけだったのだ。小さな頃から夜一の仕事を間近で見ており、手伝うこともあった我が主が彼の補佐に就くことは難しくなかった。

 しかし、まあ……

 

「それで、(さく)さま。ねえさまは何処にいらっしゃるのですか?」

 

 ……一応、当主ということで夕四郎の方が彼女の主君にあたるのだが。彼にしてみれば実姉の夜一の一番弟子という立場にある我が主は、もう一人の姉のような存在で憧れの対象らしい。言葉遣いも態度も丁寧だ。ちなみに“朔さま”は今の所夕四郎だけが使っている愛称である。

 

「今はまだお会いできません。明日の処刑を上手く止められなければ、この先も会うことは難しいでしょう」

「ええっ!? そんなぁ……」

「ですので、夕様。ご協力をお願いします」

「何をすればいいんですか?」

「双殛を破壊する為の神具が必要です。保管庫の鍵を貸して下さい」

「わかりました!」

 

 ……こうも簡単に乗せられるほどの馬鹿だから、彼女のように聡明な補佐が必要になるのだ。大した理由も聞かずに、あっさり神具を使う許可を出す夕四郎を見ていると頭が痛くなる。斬魄刀である自分がそうなのだから、我が主は言わずもがなだ。もっともその点が扱い易く、今回のような場合は助かるのだけれど。

 

『我が主』

『何だ、珠水?』

『双殛を破壊だなんて、そうまでする必要があるのですか?』

 

 受け取った鍵を懐に入れ、求める神具を安置している場所へ瞬歩で向かう主に問いかけると、彼女は迷うことなく頷いた。

 

『夜姉様の話を聞く限り、双殛による処刑は絶対に止めなければならない。ルキアが死ぬし、藍染が崩玉を手に入れてしまう。一番確実なのは破壊だ』

 

 見過ごす気は毛頭ないらしい。

 

『ですが、我々は藍染の動向に気を配る必要があるでしょう? 破壊となれば双殛が開放された瞬間しか狙えませんし、その場には他の隊長格も居るのでは?』

 

 いくら朔良が半数以上の隊長格と懇意とはいえ、双殛を壊して何の追及も処罰もないほど甘くはない。藍染を追わねばならない時に、そんなものに構っている暇などない。

 

『私は使わないぞ。提供するだけだ』

『提供?』

『ルキアを助けるのに四十六室に話が通らない以上、取れる手段は限られる。十兄様が覚悟を決めたなら、きっとその手段を取りに来る。……ほら』

 

 確かに保管場所の近くに浮竹と、同隊三席二人の霊圧がある。我が主の読みは的中したようだ。

 

「お疲れ様です、十兄様」

「! 朔良」

 

 気取られることなく接近できる我が主は流石元隠密機動だと思う。隊長格ならばできそうな人物は結構居そうだが。

 

「お前、どうして……」

「貴方が此処に居るということは、覚悟を決めたのでしょう? 手段を選ばずにルキアを助けることを」

 

 そう言って、朔良は仕舞ったばかりの鍵を放る。受け取った浮竹は信じられないものを見るような目で、手の中の鍵と彼女を何度も見比べた。

 

「朔良お前……協力はできないって……」

「説得と表立っての協力は、と言いました。これ以上は難しいでしょうけれど、封印術で閉ざされた扉を楽に開けるだけでも充分でしょう? 神具自体の封印解除には時間がかかるとは思いますが」

「……助かった。ありがとう」

「いえ、ここから先はお任せするしかありませんから。……お気をつけて」

 

 浮竹への用を済ませた後向かうのは、もう一人の兄弟子の元だ。今回朔良が提供した神具は、発動に二振りの斬魄刀を必要とする。それも生半可な霊圧ではきちんと動かない。となれば、あと一人隊長格の協力が必須となるのだ。浮竹ほどの人物がその辺りの根回しをしていないとは考えられないし、こんなことに手を貸してくれそうな隊長は他に思いつかない。

 ってな訳で。

 

「ちょっとお久しぶりですね、春兄様」

「ホントだよ朔良ちゃあああんっ!」

 

 屋根の上で笠を日よけにし寝転んでいた京楽が、がばっと飛び起き両手を広げこちらへ向かって来たものの、朔良もとっくに慣れっこだ。するりとかわし、流れるような動作で進行方向に、京楽の腹部にくい込む角度で肘を突き出す。「ふぐぅ!」と呻き声が上がり蹲る彼の姿も見慣れたものだ。

 

「くだらないお遊びはほどほどにして、さっさと本題に入りましょう」

「酷いよ朔良ちゃん……。ボクの愛情表現を……」

「ハイハイアリガトウゴザイマス」

「全く気持ちが籠もってないように聞こえるよ!?」

 

 実際我が主は籠めてないのだから“ように”も何もないと思う。

 

「真面目な話ですよ、春兄様。十兄様から何処まで聞いているのですか?」

「……そうだねえ」

 

 ふっ、と京楽の纏う空気が変わった。普段の軽薄な雰囲気はなりを潜め、真剣な眼差しが朔良を射抜く。

 ……こういう一面があることを知っているから周囲の信頼は厚いし、百年以上もの間隊長が務まっているのだろう。その実力も本物だ。

 

「浮竹がやろうとしてることは大体知ってるよ?地獄蝶が来たし」

「……協力を?」

「まあねぇ。色々おかしいとボクも思うから……やれるだけのことはやるつもりだよ」

 

 隊長格以外に対する処刑に双殛を使用すること、刑執行までの大幅な期間短縮等、普通に考えても不可解な点が多い。それを疑問に思っている隊長格は、浮竹や京楽だけではない筈だ。にも拘わらず皆が動かない、いや動けないところを見ると、頭の固い四十六室に権限があり過ぎる体制はどうかと思う。

 

「あーあ。山じいに怒られちゃうなあ」

「……怒られるかもしれませんけど、それどころじゃなくなると思いますよ」

「……それは君が今任されている任務に関係があるのかな」

 

 一瞬、我が主が息を詰めた。

 朔良の任務自体は、恐らく地獄蝶で連絡が行ったのだろう。情報収集を始め、調査には他の隊長達からの協力は必要だ。何より京楽の元へは大前田が話を聞きに行っていた筈だ。

……まったくもって、この男の思慮深さには恐れ入る。

 

「……本当に鋭いですよね、春兄様は」

「否定するつもりはないんだね」

「しませんよ。どうせすぐ判ることですから」

「ということは……惣右介君の殺害に、旅禍の彼等は関わってないって考えていいかい?」

「はい」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 兄妹弟子の会話を邪魔しないよう、静かに控えていた七緒が黙っていられないとばかりに口を挟んだ。

 

「どういうことですか? 旅禍が侵入した時に隊長格が暗殺されたのですよ? 彼らが手に掛けた可能性が高いではありませんか」

「だからこそだ、七緒」

「え?」

「そう見えるからこそ、この時を選んだんだ」

「……ボクはその可能性があるとは思ってたけど、朔良ちゃんには確信があるみたいだね。理由を聞かせてくれるかい?」

 

 本当の理由を語らずに、どのように伝えるべきか――我が主が思考を巡らせたのは一瞬だった。

 

「まず第一に、現場検証の結果です。東大聖壁の周辺一帯を調べましたが、戦った痕跡どころか争った跡すらありませんでした。第二に藍染殿の状態ですが、致命傷の他に外傷はなかったと卯ノ花隊長から伺いました。これらのことを踏まえると、相手は藍染殿より遥かに強い者か、隠密行動と暗殺に恐ろしく長けた者と考えるのが妥当です。しかしながら、旅禍の中にそれだけの者がいるとは思えないのです」

 

 半数の旅禍は捕らえられている。そんな実力者ならば易々と囚われはしないだろう。残るは三人。詳細が知られていない旅禍は織姫一人だが、目撃情報等からさして霊圧の高くない相手という認識だ。あとは一護と夜一だけれど、一護の方は剣八とギリギリ相打ちになったくらいの実力である。それも相当凄いことではあるものの、藍染殺害の容疑者として挙げるにはまだ弱い。可能性があるとすれば夜一ひとりだが――

 

「――何よりあの四楓院夜一殿が、そんな真似をするほど愚かな筈がありません」

 

 犯人が旅禍ではないと断言する建前を、我が主お得意の正論で貫く。案の定、京楽は納得がいった顔になり、七緒も何か言いたげながらも言えないというように唇を引き結んでいる。

 

「そんな訳で、裏で色々動いていると思っています。……お話しできるのはこれくらいでしょうか」

 

 動いているのは事実だけれど、今此処で話すのは良い判断とは言えない。

 

「では、私は他にもやることがございますので……」

「待ってよ朔良ちゃん」

「まだ何か?」

「それだけじゃないだろう? 何を知っているんだい?」

 

 ……本当に、この鋭さは何なのか。感嘆を通り越して呆れるほどだ。しかしこの場であれこれ言って、処刑阻止から気を散らされては朔良が陰で動く意味がなくなってしまい兼ねない。

 

「言ったでしょう? お話しできるのはこれくらいだ、と」

「確かに言ったけど……」

「今私から話さなくても、すぐ皆さんの知るところとなりますよ」

 

 “あの夜”の真実を白日の(もと)に晒すこと。それが、百年間望み続けていた我が主の願い。その願いが実現する時は、もう目前に迫っている。

 ――望んでいたのはそれだけではないけれど。

 

「春兄様には、春兄様にしかできないことをお願いします」

 

 とっくに夜は明けている。恐らく今日中には全ての真実が明らかになるだろう。だが、その時にルキアが死んでいては困るのだ。

 それ以上の追及を避け、瞬歩で消える。

 次に向かうのは。

 

「おはようございます皆様方」

「え……朔良さん!」

「貴公は確か一番隊の……」

 

 とん、と降り立った先に居たのは、七番隊と九番隊の各隊長、副隊長の四人。東仙の様子を見に来たのだが、昔馴染みと聞く狛村と共に処刑場へ向かうらしい。

 

「朝早くから申し訳ありません」

「いや、貴公が来たということは、例の藍染隊長の件であろう? 元柳斎殿から儂の所にも連絡があった」

「私の所もだ。君は席次以上の評価を受けているようだね」

「……恐れ入ります」

 

 朔良の態度が少々硬いのは当然のこと。東仙もまた警戒対象なのだ、気は抜けない。

 

「現場検証は終了したのですが、どうにも情報が少なく……何かございませんか?」

「いや、申し訳ないが伝えられるようなことはない。力になれず済まぬ」

「私は旅禍と直接接触したけれど、残念ながら重傷で情報は聞き出せなかった」

「いえ、構いません。お時間を取りました」

 

 ひとまず東仙の様子を確認することはできた。少なくともルキアの処刑を阻止するまで、大きな動きを見せたりはしないと思う。

 

「では私はこれで……と、言い忘れてました」

 

 それは、処刑を止めようと動き始めた冬獅郎にも告げた一言。

 

「見えないところにある真実は残酷です。覚えておいた方がいいですよ」

 

 反応を待たず、言い逃げた。これが朔良の定番。

 

『しかし、東仙要に関しては随分あっさりしているのですね』

『狛村隊長達がいたからな。今はあまり多く語らずにいるのが得策だ』

『確かに。それで、次はどちらへ?』

『ギンの動向も気になるが、彼に張り付いているのは難しそうだ。それよりも、彼等が確実に狙ってくる対象から目を離さない方が確実だろう』

『朽木ルキア……』

『ああ。双殛の丘には小さい林がある。霊圧を消せば姿を隠すことくらい……』

 

 ――ずん、と。

 突如瀞霊廷の何処かで、巨大な霊圧が解放された。

 

『っ……!』

『……この霊圧の上がり具合……卍解でしょうか?』

『……恋次だ。あまりに普段の大きさとかけ離れてて少々判りにくいが、彼の霊圧に間違いない』

『相手は………………これはまた難儀な人物ですね……』

 

 我が主の幼馴染みで恋のお相手、朽木白哉。朔良は、彼と戦うのは一護だろうと予想していたけれど、先に恋次が戦うことになろうとは。

 

『どうしますか』

『恋次の卍解の習得方法は通常のもので、ついさっき到達したばかりだ。黒崎とは違う。このまま戦えば負けるのは恋次だ。負けるだけならまだしも、今の白哉はな……』

 

 懸念は判る。彼は亡妻との約束と父母への誓いの間で板挟み状態。普段も気が短いが、今は特別余裕がない。手加減するとは到底思えない。

 

『……こんなことで、あいつに恋次を殺させる訳にはいかないぞ』

『しかし、朽木ルキアを放っておくことはもっとできないのでは?』

 

 本来であれば、命を天秤にかけるべきではない。しかしながらルキアと恋次、朔良の目的と大切なものを考えれば優先順位は決まり切っている。

 

『……命さえあればどうにでもなるが……』

『回道を使えば霊力を消費します。処刑の時間に間に合ったとしても、余計な消耗は避けるべきです』

 

 まず間違いなく、藍染等とは一戦交えることになるだろう。ただでさえ強大な敵、温存するに越したことはない。

 まだ少し時間はあるけれど、それほど多い訳でもない。いずれにせよ急ぎ判断する必要がある。

 

『治療…………あ』

 

 ふっ、と柔らかくしかし強い霊圧の接近を感じ、我が主が顔を上げる。

 静かに姿を現したのは、医療の達人中の達人(スペシャリスト)だった。

 

「ご機嫌よう、朔良さん」

「烈さん……? どうしたんですか、副隊長も連れずにお一人で……」

「処刑の前に貴女にもう一度会っておこうと思ったのですが、何やら不穏な気配ですね」

 

 今しがた始まった霊圧のぶつかり合いのことを指しているのだろう。そちらの方向へ視線を向ける、けれど彼女の表情は穏やかだ。

 

「……六番隊の隊長と副隊長です。……結果は判り切ってますが」

「そうですね、私も同感です」

 

 若干の沈黙。会っておこうと言ったけれど、彼女は一体何をしに来たのか。

 早く答えを出さなければと我が主をせっつこうとしていると、続いた卯ノ花の言葉に驚くことになった。

 

「お行きなさい、朔良さん。貴女の行くべき場所へ」

「え……」

「貴女には、貴女にしかできない、成さなければならないことがあるのでしょう?」

 

 我が主と共に目を見開く。

 確かに卯ノ花には、少しばかり思わせぶりな言葉を伝えていたけれど、まさか。

 

「ならば、お行きなさい。迷うことはありません」

「烈、さん……」

「ご安心なさい。私は四番隊の隊長として、役目を果たすだけですから」

 

 その一言で、伝わった。

 流れる血を止めるのが、四番隊の本来の仕事。

 つまり、恋次は任せておけ、と。

 

「――ありがとうございます、()()()()()

 

 “仕事モード”でも“私事モード”でもなく。

 確かな感謝と敬意を乗せて、我が主はその名を呼び。

 得意の瞬歩で移動を開始した。

 

 目指す先は、“双殛の丘”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朔良殿!」

「あ、砕蜂先輩」

「瀞霊廷中が混乱していますが、お怪我などはございませんか?」

「私は大丈夫です。砕蜂先輩もお元気そうで」

「ええ。……そういえば大前田ですが、折角お貸ししたのに小指の爪ほどもお役に立たなかったようで……申し訳ありません」

「小指の爪ほどって何なんすか隊長ぉっ!?」

「いえいえ、髪の毛一筋ほどでも期待した私がいけなかったんです。先輩は気にしないでください」

「更に小さくなってるし!?」

「きみは気にしなよ大前田」

「同意見ですね。貴様は気にしろ大前田」

「うぉおおおおおい!? 俺の扱い低過ぎじゃないっすかあ!?」

「「黙れ」」

「…………はい」

 

 

 ……何か前にもこんなことあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせいたしました!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。