偽から出た真   作:白雪桜

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第五十九話 迫る時

「……あれが双殛……燬鷇王(きこうおう)……」

 

 双殛の丘。霊圧を消して木の陰に身を隠しつつ、広がった光景に目を奪われた。

 解放された双殛の矛は、炎そのものが巨大な鳥になったような姿だった。昔喜助に読まされた文献に情報が乗っていたが、実際目にするのは初めてだ。京楽や浮竹でさえ見たことが無いというのだから、当然だけれど。

 ……にしても、あの頃は随分と幅広く知識を詰め込まれたものだと思う。朔良自身が次々と覚えていくので張り切っていたのだろうか。

 

『大した霊圧ですね。斬魄刀百万本と言われるだけはあります』

『そうだな。燃えるように熱く、圧倒されるような霊圧……肌にビシビシと叩きつけられる感じの剣八さんとは質が全く違う』

 

 剣八と言えば、随分と暴走しているらしい。瀞霊廷中を走り回っているかと思えば、さっき朔良が会った七番隊と九番隊の隊長副隊長と接触した。東仙の卍解“閻魔蟋蟀”が解放されたのを感じ、またそれが破られたことも判った。……誰も死んではいないようだけれど。

 

『今は狛村隊長とぶつかってるみたいだし……何をやっているのやら』

『…………』

『どうした珠水?』

『……余裕なのですね』

『うん?』

『目の前で、今正に朽木ルキアが処刑されようとしている。それなのに、貴女は未だに霊圧制御(リミッター)を外そうともしない。他のことに気を配れるくらいとても落ち着いています』

『…………』

『それはつまり貴女が――』

 

 ――ルキアに向かっていった筈の双殛の動きが、止まる。

 その嘴の向こう、ルキアとの間には。

 

『彼、黒崎一護が来ることを、微塵も疑っていないから――ですよね』

 

 珠水の言う、彼の霊圧が立ち塞がっていた。

 

『――そうだな。黒崎にはこう……信頼してみたくなる気持ちにさせる何かがある』

 

 あの奔放さ、諦めることを知らない真っ直ぐな瞳。

 海燕を彷彿とさせる容貌だけが理由ではない、不思議な魅力。

 

『彼自身のものだろうが……やはり血筋かな。志波家の人達は皆、大なり小なり他人を惹きつける才がある』

『志波海燕は勿論志波空鶴にも、没落した今現在も尚仕えている家臣が居ますよね。確か金彦と銀彦でしたか?』

『ああ。岩鷲くんにも数人弟分が居るそうだしな。一心さんも、あれでなかなか周囲の信頼は厚かった』

 

 夜一や喜助が黒崎を信頼しているというのもある。しかしそれでも、信じたくなったのは彼自身からそうさせるだけのものを感じ取った故だ。

 

『まあ仮に間に合わなかったとしても、一応時間稼ぎの手段は講じてあったしな。阿近くんに貰ってきたアレで』

『それもそうですね。霊圧制御(リミッター)を外すくらいの時は軽く稼げるでしょう』

『だがその手段も……完全に不要になった』

 

 新たに駆けつけた霊圧に思考を切り替える。

 燬鷇王の首に巻き付く太く長い綱。放たれた元を辿ればそれは、浮竹が携えた盾にも似た道具に繋がっていた。もう片方の先端には棒状のものが取り付けられており、地面に突き刺さったそれへ京楽が片手を置く。

 ――同時に抜かれた二人の兄弟子の斬魄刀が、盾のようなそれに空いた二つの細い穴に差し込まれる。直後綱の両端を伝い霊圧が流れ――双殛、燬鷇王の全身が跡形もなく弾け飛んだ。

 

『あれを使うところも初めて見たが、大した威力だな』

『自分で渡しておいて何を言いますか』

 

 あれら全てが、ひっくるめて一つの神具。使いどころが難しい。

 なんていう感想は次に起きた出来事の衝撃で吹っ飛んだ。

 ……双殛の磔架が真っ二つにぶっ壊れた。直立に突き立てられた、黒崎の“斬月”によって。

 

『……ある意味、“月牙天衝”の方が大した威力かもしれないな』

『戯言と言いきれないところが恐ろしいですね』

『一撃であそこまでの破壊力を出せる死神なんて、今の護廷隊では重爺様と白哉と冬獅郎と剣八さんと狛村隊長くらいじゃないか?』

『意外と居ますね……浮竹十四郎と京楽春水は数に入れないのですか?』

『あの二人はそういう一撃必殺系じゃないだろう。まあ、能力的に考えると相当厄介ではあるが』

『人のこと言えないですよね』

『我ながら同感だ……と』

 

 更にもう一人。こちらは先程まで虫の息だった筈の人物の霊圧だ。

 鬼道衆を蹴散らす彼に、感心する。

 

『流石烈さん。あそこまで暴れられるほどに回復させるとは』

『そっちですか』

 

 何のことだろうか。

 

『まあどうでもいいですが。それよりいつになったら霊圧制御(リミッター)を外すのですか?』

『そうだな。外した瞬間は流石に霊圧がぶれるから、あまり目立たないタイミングで……』

 

 ――辺り一帯に響いた、ルキアの絶叫。

 次いで恋次の――

 

「馬鹿野郎―――!!」

 

 ――怒鳴り声。

 

『……見間違いか?』

『いえ、確かに投げました』

 

 もうもうと舞う土ぼこりと、ルキアと恋次、二人の抗議の怒声が見間違いではなかったことを証明している。

 ……一護が双殛の磔架の上から、地上に立つ恋次めがけてルキアをぶん投げたことを。

 

『投げると思うか、普通』

『投げませんよね、普通』

『…………』

『…………』

 

 まあ、とにかく。

 ルキアを抱きかかえ駆け出した恋次。その後を追う副隊長勢の前に立ち塞がった一護とのやり取りを眺めつつ、珠水と話し合う。

 

『ここから先はルキアにくっついて行くのが良さそうだな。否が応でも藍染が必ず接触してくる』

『それがいいでしょう……って、黒崎一護は随分と腕を上げたのですね』

『副隊長三人を素手で一撃か』

『朽木白哉の斬撃も、確実に見切っていますね』

『あいつ相手にまぐれ当たりは無い。黒崎自身が成長している証拠……』

 

 そこで、言葉が途切れた。

 一護はこちらに背を向けていて、その正面には少し距離を置いて白哉が立っていて。

 だから、朔良からは彼の顔がよく見えて。

 

(……白哉)

 

 音は届かなかったけれど。

 

(それは、無いでしょ……?)

 

 見えた(・・・)言葉に、目を疑った。

 

『――落ち着いてください、我が主』

 

 珠水の声が響き、はたと我に返る。

 

『ここで貴女が激情に駆られたところで、どうするつもりもないのでしょう? であれば』

『判ってる。白哉を止めるのは私じゃない』

 

 朔良が言えば、確かに白哉はルキアを助けようとしてくれたかもしれない。それだけの信頼を築いてきた。

 けれどそれでは意味が無い。彼が彼自身の意思で決めるか、彼以上の意思によって止められるか、どちらかでなくてはならない。

 確固たる意思も無く、情のみに頼るなど以ての外だ。

 何より――彼自身の為にならない。

 ……まあ、だからと言って。

 

(今の一言を聞き逃せるか……というのはまた別問題なんだけどな……?)

 

 この戦いが終わったら、きっちり話し合っておかねばなるまい。

 

「っ! ……大した霊圧だな」

 

 隊長格と、それに匹敵する実力を持つ者同士のガチンコ勝負である。当然、放たれる霊圧も半端ではない。だが朔良にとっては好機だ。

 捲り上げた両の袖、そこから見えた二の腕に嵌まる輪に手を掛ける。鉛色のそれら二つが小さな音を立て外れれば、解放されるのは本来の霊圧。はずみで一瞬膨れ上がった霊圧(ソレ)をすぐさま下げ、ほんの少し締め付けられていた状態が解けたような感覚に一息つく。

 やはり長い間ずっと抑え込んでおくというのは、気持ちのいいものではない。眼帯に霊圧を喰わせ続けている剣八の気がしれない。

 

『! 我が主』

『砕蜂先輩が動いたか』

 

 彼女より頭一つ分以上は大きい仙太郎の身体が宙を舞う。勇音に駆け寄ろうとしていた清音が振り返り、僅かに身体を硬直させた。

 砕蜂の本気を察知したのは、無論朔良だけではない。制止しようと走り出した浮竹――その足元に、総隊長の杖が突き刺さった。

 刹那、滲み出す霊圧。

 

『……怒ってるな、重爺様。予想の範疇だが』

『やはり朽木ルキアと崩玉のことを報告すべきだったのではありませんか?』

『どうかな。藍染は恐らく四十六室で東仙は狛村隊長と一緒だが、ギンの居所が掴めない。さっきから霊圧も感じなくなっているし、下手に接触すると邪魔が入りかねない。それにいくら藍染でも重爺様に対しては警戒するだろう? あの人自ら動いて、連中が出しかけた尻尾を引っ込められても厄介だ』

 

 今回の目的は二つ。ルキアを護ることと、藍染等の正体を白日の下に晒すことだ。達成する為に、手段を選んではいられない。

 

『重爺様のお相手は、申し訳ないが春兄様と十兄様に任せよう。ほら』

 

 京楽と浮竹、七緒の姿が崖の向こうへ消える。状況を見て即断できるのは、昔から京楽の方が浮竹より長けていた。

 取り残された清音が砕蜂に蹴り倒され、踏みつけられるのが見え、ぐっと傍に立つ木の幹を掴む。しかし接近してきた霊圧に力を緩めた。

 

『砕蜂先輩は夜姉様が何とかしてくれるらしい』

 

 凄まじい速度で隠密機動現総司令官へと迫った、嘗ての総司令官。

 不意打ちであったとはいえ砕蜂が反応しきれなかった辺り、流石は“瞬神・夜一”だ。

 そのまま彼女ら二人もまた、崖下へと消えていった。

 

『動きますか?』

『ああ』

 

 傷ついた皆のことは、残っている卯ノ花に任せておけば問題ないだろう。

 踵を返し双殛の丘の階段を駆け下りる。

 制御を解いただけで身が軽くなったように感じた。瞬歩で追いつくのは容易い。

 

「ルキア! 恋次!」

「うおっ!? 朔良さんか!」

「え、朔良殿!?」

 

 突然隣に降って出た朔良に、予想通りというか二人ともぎょっとする。片方は不安げで片方はほっとした表情で、何とも判り易い。

 

「心配するな、ルキア。状況が変わって、私も堂々ときみを護ることにした」

「え……?」

「本当っすか、朔良さん」

「ああ。恋次もその傷で、ルキアを抱えて逃げながら戦うのは骨が折れるだろう? 道を選んでいる時間は無いし、追ってくる隊士達は私に任せろ」

「……朔良殿」

「うん?」

「……ありがとう、ございます」

 

 おずおず、といった様子で言ったルキアに、笑みが零れる。手を伸ばし、その頭をぽんと撫でた。

 

「礼を言われるほどのことじゃない。……来たぞ」

 

 大勢の隊士達が角向こうからわあわあと突進してきた。

 

「お止まり下さい阿散井副隊長ー!」

「なっ! 雲居四席まで!?」

「ひ、怯んではならんー!」

 

 そんな声が聞こえる。

 朔良は少し走る速度を上げ、二人の前に出た。

 

「恋次、そのまま足を緩めるな」

「え?」

 

 ぐっ、と地を蹴る力を強くする。

 得意の瞬歩で、隊士達の間を駆け抜ける。

 その際、確実に一人一人の首筋へと手刀を振らせて。

 

「「…………」」

「何をしている! 足を緩めるなと言っただろう!」

「あ、は、ハイ……。スンマセン……」

 

 ぎこちない返事と共に、止まっていた動きが再開する。そこら中に転がった隊士達を見回す二人にふっと笑う。

 

「驚いているのか?」

「え、あ、はあ……」

「朔良殿がお強いのは存じておりましたが……ここまで速く動かれるとは……」

「確かに、俺も強いのは知ってるっすけど……」

「私が速いのは昔からなんだがな」

「「え?」」

「一つ、いいことを教えておいてあげよう」

 

 にやりと、悪戯っ気を大いに含んだ笑顔を浮かべて。

 

「私は、きみ達が知っているほど弱くはないぞ」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「……雲居朔良が動いたか」

 

 四番隊を呼んで手当てをさせ下がらせた後、必要な道具を確認し死覇装を整えながら一人ごちる。

 魔物の如き男に斬られた隊長羽織は、もう使い物にならないだろうと置いてきた。

 ――最早、自分に“九”の一文字は必要ないが。

 

「……彼女の成長を待つとはおっしゃっていたが……今がその時なのか?」

 

 自分が百年以上前から忠誠を誓っているかの方は、よく理解し難い思考をされる。それもまたあの方の魅力ではあるものの、彼女に関しては本当に判らない。数十年前は「今の彼女なら警戒することはない」とのお言葉を頂いた。つまりいずれは警戒対象になるということ。

 

「……一体何故雲居朔良に拘られるのだ?」

 

 確かに不思議な娘だ。自分自身はあまり関わって来なかったけれど、噂を聞くだけでも変わった子供というのが伝わってきた。彼女と近い歳頃の為、親交を深めるように命じられた仲間からの報告でも同じように感じられた。

 雲居朔良は確かに強い。育ての親を始め、師や周囲の人間関係も面白い。ああも様々な人物に好かれ、信頼される者も珍しいだろう。

 しかしそれだけで、あの方の関心が惹ける筈もないというもの。

 

(――まあ、いいだろう)

 

 恐らくは何かがあるのだ。あれ程の方が気にかけるべき、何かが。

 話すべきことであれば、話すべき時に教えて下さる筈。

 であるなら、自分はただ与えられた役目を果たせばいい。

 

「……私の正義の為に」

 

 この、盲いた両目に見える道の為に。

 

 

 

 

 

  時が――迫る。

 

 

 

 

 

 

 




白雪桜です。
お待たせいたしました……!

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