偽から出た真   作:白雪桜

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第 六 十 話 白日の下に

 ぐっと力を入れ、駆けていた足を踏み止まらせる。そのまま勢いよく振り返った。

 

「……? どうしたんスか?」

 

 少し後ろを走っていた恋次も止まり、ルキアと共に怪訝な視線を向けてくる。

 

「……霊圧が……」

「「え?」」

「双殛の丘でぶつかり合っていた霊圧が……鎮まった」

 

 朔良が呟いた一言に、二人もはっとした表情になる。

 あの場所で戦い続けていたのは一護と白哉だ。それ即ち、彼等の戦いが終わったことを示している。

 

「どっちが……どっちが勝ったんだよ!?」

「……駄目だ。これまでの霊圧が大き過ぎたのと、他の場所で起こっている戦いの霊圧に阻まれて感じ取れぬ。……朔良殿」

 

 二人からの縋るような視線を背中に受けて、目を閉じる。朔良の霊圧知覚は瀞霊廷において右に出る者無しと言わしめるもの。霊圧の喧騒の中、目標の相手を探し出すことなど造作も無い。

 

「どっちの霊圧も健在だ。……朽木隊長が動き始めたな。いつもよりかなり遅い瞬歩であることから、恐らく結構な重傷だ。黒崎は丘に残っているが……あ、旅禍の仲間達が寄って行った」

「け、結局どうなったんだ?」

「朽木隊長が勝ったなら息の根を止める。彼はそういう男だ。片や黒崎は甘いし、相手を殺すことが目的じゃない。ルキアを逃がせたなら生死には深く拘らないだろう」

「……ということはもしや……!」

「ああ。勝ったのは黒崎一護に違いない」

 

 旅禍の仲間達が一護の元に集っているのに、あの白哉が何の手出しもしていないのがその証拠だ。

 

「……マジかよ……あいつ……本当に朽木隊長に勝っちまいやがったのか……!」

 

 ずっと白哉を目指してきた恋次には、相当衝撃だろう。そして、ルキアもまた然り。

 

「……一護……」

 

 ぽつりと呟かれた名前には様々な気持ちが込められているのだろう。喜びや感謝は勿論、義兄に対する申し訳なさ、後ろめたさ。或いは双方への心配、生きているという安堵感。ルキアは決して白哉を嫌っていた訳ではない。ただ、どう接すればいいのか未だに掴めていないだけだ。だからこそ今も白哉の身を案じている。……白哉の方に大きな原因があるのだけれど。

 

「朽木隊長は追ってこないだろう。頭は固いが筋は通す、勝負の上でのことなら尚更だ。穿界門へ向かうぞ」

「へ!?」

「穿界門ですか!?」

「総隊長も他の隊長勢も別のことに気を取られている今の内だ。現世へ逃れて身を隠せば、追跡は困難になる」

「け、けど本当に大丈夫なんスか? 俺と隊長の二人だけであっさりルキアを連れて来れたのに、逃げたなんてことになったら次は……」

「問題ない。今度は私が居る。それに一護だって、もうほとんど経験のないド素人じゃないだろう? 喜助兄様にも全面的に協力してもらうつもりだ。心配するな」

「……確か師……でしたか?」

「ああ。育ての父親でもあるな」

「え!?」

 

 百年経った今どう変わっているかは知らないが、少なくとも幼少期の朔良にとっては頼りがいのある父であり、兄であり、恩師だったのだ。「あの浦原が……朔良殿の……まさか」……なんてぶつぶつ言っているルキアを見ると、今の彼がどういう人物になっているのか些か心配になる。

 

「……朔良さんは、そこまでやっていいんスか? あんたは一番隊の……」

「問題ない。後で総隊長に文句を言われないくらい重要な情報を提供するからな」

「……一体、どんな情報をお持ちなのですか?」

「…………」

 

 きみに関することだ、とはちょっと言えない。今はとにかく穿界門だ。今一度現世にまで行けば、藍染等も大きく動かない訳にはいかない筈。決定的な証拠も集め易くなる。

 

『後は朽木ルキアを奪われないこと、ですね』

『今となってはそれが最優先、だな』

 

 心の内から聞こえてくる声に返事をして、周囲の霊圧を隈なく探りつつ走っていく。

 先ほどギンの霊圧が四十六室の中へ入っていくのは感じた。あくまで推測だけれど、恐らく藍染もその奥に居るのだろう。身を隠すには最適だし、もし欲しい情報があるのだとすれば大霊書回廊はうってつけだ。……居場所が判っていても、謀反の証拠が出ていない以上手出しできないのが腹立たしいが。

 取り敢えず二人は置いておく。冬獅郎と乱菊とイヅルも巻き込まれているらしいが、それでも置いておく。問題は東仙の居場所が全く掴めなくなっていることだ。霊圧を完全に消すには結界が必要で、それは朔良の探知能力の前ではほとんど意味を成さない。時間や集中力は要るものの、結界の極めて微細な霊圧も見つけ出せるのだから。

 けれどそれすら感じない。ということはつまり、何らかの手段で霊圧を遮断し隠しているに違いない。少しばかり気になる霊圧もある。

 

『急いだ方がいいな』

『同感です』

 

 屋根をつたっていくとあまりに目立ってしまうので、穿界門への最短コースの道を選ぶ。途中、時々立ち塞がる勇猛果敢な隊士達は容赦なく地面に転がしていく。

 もうじき穿界門が見えてくる――頭の中で警鐘が鳴ったのはそんな折だった。

 

「っ!」

 

 即座に立ち止まり、恋次にも止まるよう片手で制する。

 

「? どうしたんス……」

「しっ」

 

 人差し指を立てて黙らせ、周囲に気を配る。微かな音も気配も、逃さぬように。

 やがて――

 

「気配も霊圧も、消していた筈だが」

 

 角向こうからゆっくりと現れたのは、全身を黒い外套で覆い隠した長身の男。

 

「直感というのは案外馬鹿にできないものです。貴方はよく御存じなのでは? ……東仙殿」

 

 ばさりと外套を脱ぎ捨てたのは、隊長羽織を纏っていない東仙要だった。盲目の双眸がゴーグル越しにこちらを射抜く。

 

「と……東仙隊長……!? 何で……こんな所に……」

「先回りして穿界門の近くで待ち伏せですか。周到なことですね、貴方のご主人様は」

「厭味のつもりか? 君の考えを読めない方ではないぞ、雲居朔良」

「つまり、もう隠しておくつもりは無いということですよね」

「……そうだと言えば、どうする」

 

 目を白黒させている恋次とルキアを背に庇い、刀の柄に手を掛けた。

 

「どうする? 叩き伏せるに決まっている」

 

 刹那。

 瞬歩で、踏み込む。抜刀と同時に下から上へ、逆袈裟に薙ぐ。腰から反対側の方までを狙った一振りはしかし、飛び退いて躱される。

 

「今は君とやり合っている暇は無い」

「それはこちらも同じこと。だが、立ち塞がる以上倒すのが道理だ」

 

 藍染が来る前に終わらせなければと構え直す。再度踏み込もうとして、はた、と動きを止めた。

 降ってくる、先程から少々引っ掛かっていた三つの霊圧。

 次の瞬間地響きと共に、周囲の建物が一気に潰れた。

 否、踏み潰された。

 

「こいつらは……!」

 

 東・青流門門番、嵬蜿。

 北・黒陵門門番、斷蔵丸。

 南・朱洼門門番、比鉅入道。

 

 西の兕丹坊を除く、瀞霊廷の門番達である。

 

「ちょっ……どういうことだコレ……!?」

「嫌な予感はしていたが……こんな形で現実になるとはな」

「さ、朔良殿……!? 先程から一体何を……!?」

 

 二人の戸惑う声を聞いたのも束の間。比鉅入道の分厚い掌が、押し潰さんとばかりに振り下ろされた。

 その、二人へと。

 

「ルキア! 恋次!」

 

 腕を吹き飛ばす――却下。敵ならば良いが相手は門番。恐らく正気ではないであろうし後々困る。

 二人を抱えて跳ぶ――却下。一人、或いは二人とも立っているだけならいざ知らず、片方は抱えられた状態だ。朔良の体格的に無理がある。

 で、あれば。

 思い切り地を蹴り空いた手を伸ばし、そのまま恋次の肩を押して突き飛ばした。

 

「なっ……!」

「朔良殿っ!」

 

 頭上から迫る大きな影。到達する前に珠水を地面に突き立て身を屈めた。

 ずん、と衝撃が響き足元の石畳が割れる。斬魄刀の強さは霊圧の強さ、この程度で折れることはあり得ない。

 だが――確実に隙はできる。

 二人の背後に、東仙の姿が見えた。

 

「待っ……!」

 

 しゅるり、と。幅のある白く長い布が、東仙の手から伸びる。三人を囲むように覆うように勢いよく回り出したその布は、数秒と経たずに眩い光を放ち。収まった時、彼等は忽然と消えていた。

 

『やられましたね』

 

 珠水の言葉に同意して、比鉅入道の小指を蹴り上げる。押しかかってくる力が緩み、すぐさま抜け出し無事な屋根の上に飛び上がった。

 感覚を研ぎ澄ませ、探り、捕捉する。

 

『双殛の丘……!』

『藍染惣右介と市丸ギンも一緒ですか……。我が主、まずは此処を片付けましょう。ついて来られた場合、同時に相手をするのは厄介です』

『それもそうだが、こいつら相手に斬魄刀を使う訳にはいかない。霊力も勿体ないし、白打で行くぞ』

『妥当な判断ですね』

 

 振りかぶられる拳を軽々と躱し、刀身を鞘に収める。最小限の霊力を四肢に行き渡らせ、一人ずつ確実に意識を奪うべく跳ぼうとした刹那。瀞霊廷中に走った霊圧の微かな震えに動きを止めた。次いで聞こえてきた声は。

 

『護廷十三隊各隊長及び副隊長・副隊長代理各位、そして旅禍の皆さん。こちらは四番隊副隊長、虎徹勇音です』

 

「勇音……天挺空羅か!」

 

『緊急です。これは四番隊隊長卯ノ花烈と私虎徹勇音よりの緊急伝信です。どうか暫しの間御清聴願います……』

 

 もしや、と。攻撃を避けつつも期待に胸を膨らませる。

 

『これからお伝えすることは、全て真実です』

 

 

 藍染とギン、東仙の裏切りに始まり、完全催眠の鏡花水月。四十六室の全滅による偽りの決定と命令、冬獅郎の敗北と雛森の重体。行き先は双殛。

 

 

(……来た)

 

 “真実”が勇音の声で紡がれ、全ての隊長・副隊長等に伝わっていく。

 

(来た、来た、来た)

 

 ――待っていたのだ、百年間。

 彼等の化けの皮が剥がれ落ち、“正体”と“真実”が白日の下に晒されるこの時を。

 息を潜めて、ずっと。

 

「…… 来たあぁぁぁっ!!」

 

 内容自体は決して喜ばしいものではない。それでも朔良にとってはこれ以上ない朗報、歓喜に震える心を止めることはできなかった。

 勢いのまま、大きく跳躍する。

 嵬蜿の右肩に降り立った直後今一度跳んで、速度を殺すことなく膝をこめかみへとめり込ませる。向かって来た斷蔵丸の腕に飛び移り、真正面から駆けて行って頭を乗り越え首の裏、乳様突起目掛けて回し蹴りを叩き込む。揺らぐ身体を蹴って再び跳び上がり、比鉅入道の顎先を足の甲で捉えて右から左へ蹴り飛ばす。

 脳を揺さぶられ、神経を強打された百戦錬磨の門番達は、大した外傷も無いままに揃って崩れ落ちた。

 

『お見事です。人体を知り尽くした者ならではの戦い方ですね』

『隠密機動でも救護班でも、人体の構造については学ぶからな』

 

 門番達が完全に気絶していることを確認し、瞬歩で駆け出す。

 

「待ってろ……ルキア」

 

 双殛の丘へ行く為に取り付けられた道をわざわざ登るようなことはせず、ジグザグな階段を文字通り下から上へ一直線に駆け上がる。

 恋次が倒れ、駆け付けた一護も倒されたのが霊圧で読み取れた。しかしまだ誰も死んではいない。

 木々の間をすり抜け丘へ到達する。

 ルキアへと、藍染が手を伸ばすのが見えた。

 

(――近付くな)

 

 藍染の視界から隠すように彼女の身体を掻き抱き飛びずさる――驚きもしない彼の表情が腹立たしい。

 

「……随分と早かったね」

 

 穏やかな声はしかし、優しさなど欠片も乗せてはいない。

 

「雲居君」

 

 変わらない笑みを浮かべる藍染を睨みつけながら、腕の中に居る確かな命の鼓動を確かめる。

 

「……さ……朔良殿……!」

 

 声を聞いて、更にほっとする――が。

 

「だ……駄目です朔良殿! 早く逃げてください!」

「……は?」

「藍染隊長は強い……! 一護も……恋次も敵わなかった……! 朔良殿お一人では……!」

「ルキア」

 

 ちょん、と人差し指を唇に当て言葉を封じる。目を丸くする彼女に片目をつむってみせた。

 抱き締めていた腕を解き、地面に下ろして前に立つ。

 思い浮かぶのは嘗て、何もできなかった幼い自分。

 

 

 一度目。“あの夜”は無力だった。

 

 二度目。“雨の日”は間に合わなかった。

 

 三度目。“次”は止めると、珠水に誓った。例え何があったとしても。

 

 その“次”が、“今”。

 

 

(……やっと、届いた)

 

 伸ばし続けた手がようやく。藍染よりも先に。

 

「……朔良殿……」

 

 彼女の声を背中で聞きつつ、周囲に視線を走らせる。血塗れの一護と恋次の姿が認められた。

 藍染は強い。それは判り切っていたこと。不安げな声色にはっきりと答える。

 

「大丈夫だ。さっきも言っただろう。私はきみ達が知っているほど弱くはない」

 

 もう、浅はかすぎた子供ではない。

 

「一護も恋次も、きみを護った」

 

 朔良自身の因縁と。

 百年来の決着と。

 今現在の大切なものの為。

 

「次は私の番だ、ルキア。きみは」

 

 珠水を抜き、地に突き立てる。加減は無しだ。

 

「私が護る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました!
 やっとここまで来れました……!


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