偽から出た真   作:白雪桜

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第六十一話 映しの刃、千の桜

 ――何故。

 

 その問いは漂白される。後にしたばかりの双殛の丘。そこに渦巻く霊圧が、“彼”の思考を真っ白に染める。

 知っている。あれは“彼女”の霊圧だ。だが、知らない。あんなにも巨大で、隊長格に匹敵せんとする霊圧を、“彼”は知らない。

 だが紛れもなく“彼女”だ。その霊圧を間違うなど有り得ない。有ろうはずがない。

 

(……朔良)

 

 そこに居るのか。近くには、ルキアと旅禍。恋次、東仙、市丸――藍染。

 何故――お前が、そこに。

 ギリ、と食いしばった歯が軋んだ。

 

 “六”の羽織を翻し、手当すらしていない傷を押して、“彼”は走り出した。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 心に浮き立つものが無いと言えば嘘になる。

 ずっと抑えてきた。藍染達に気取られまいと、百年もの間、ずっと。

 全てを隠し通せたとは思えない。朔良がひっそりと力を蓄えていることを藍染は予見していたはずだ。従順な小娘と侮ってくれたらやりやすいというのに、あの眼鏡狸には油断も隙もあったものじゃない。

 それでも爪を研ぐことは止めなかった。牙を磨くことを止められなかった。

 あの男の本質は策謀家だ。どれだけ足掻こうと、手の上で踊っている内は傍観する。その確信が朔良にはあった。“人間観察”だけは負ける気がしない。

 朔良の足掻きは奴からすれば稚拙だろう。愚かにも見えよう。だが滑稽と評されても構うものか。

 鍛え、培った力は、此処に在る。

 知るがいい。自らの傲慢を。百年の猶予が何を生み出したか、後悔させてやる!

 

 

 

「―― 卍 解(ばんかい)!!」

 

 

 

 己に集束する全ての視線を感じながら、朔良は吼えた。

 

――コォォン……!!

 

 地に突き立てた珠水。水晶の刀身が荒れ果てた双殛の丘に澄んだ音を響かせる。その柄を握る朔良の霊圧が切っ先を伝い、波紋を呼んだ。まるで揺らめく水面のように、だが恐ろしい速度で藍色の光が同心円状に広がっていく。

 こちらを見やる三人の隊長格――最悪の男の瞳が微かに見開かれた様子を見取り、獰猛に朔良は笑った。

 波紋は止まらない。背後に庇う一護達も、正面に立ちはだかる藍染達をも通り過ぎ、双殛の丘さえもその円輪に収め、ようやく見えない壁にぶつかったようにちゃぷりと砕ける。

 いつしか波は消えていた。現出するは深く暗い藍色の面。逆さまの朔良がそこに映る。息を呑んだ一護も、目を細めた藍染も、朔良と同様に映った己の虚像を見る。

 ルキアの呟きが聞こえた。

 

「これは……鏡?」

 

 答えるように、朔良はその“()”を呼ぶ。

 

 

 

「応じて生かせ! ――“伽藍之神珠水(がらんのかみしゅすい)”!!」

 

 

 

 手放した珠水が僅かな波紋を作りながら藍色の鏡面に沈み、真の姿を現した。

 桜。

 一本の巨大な桜の木が、鏡の向こう側で白い花弁を咲かせていた。

 現実に存在しないその桜は、淡く白い輝きを帯びながら、鏡に映る朔良へ寄り添いその花びらを揺らす。

 

「……成る程」

 

 得心がいった様子で、藍染が呟いた。

 

「虚像の桜。存在しない桜。つまりこれは、偽りの桜だね?」

「……偽りだろうと、本物です」

 

 言葉遊びに等しい戯れ言。朔良は短く返して、掌を前に差し向けた。

 ざあざあと、風も無く桜がざわめく。白い花弁が散っていく。文字通りの桜吹雪が降り注ぎ、藍色の鏡面を()()()()()

 

「……ひゃぁ、綺麗なもんやなぁ」

 

 ()()()()()()()()()花びらが、実像と化して舞い上がる。一幅の絵画を思わせる光景に、束の間、警戒していたギンさえ見惚れさせる。

 だがひとひらの花弁が朔良の手に落ち、その花弁が見覚えの有り過ぎる()()()に変化した瞬間、

 

「アカン……っ」

 

 全力でその場を飛び退った。隣に立つ東仙の腕を引き、舞い散る桜の“圏内”から離脱する。

 直後であった。

 

「射殺せ、“神鎗”」

 

 朔良の握る脇差しが伸び――同時に周囲を舞う花びらが、()()()()“神鎗”に姿を変えて、藍染に殺到した。

 

 ――ギギギギギギンッ!!

 

 藍染が持つ刀は一振り。その一振りで、幾多の刃が次々と弾かれていく。正面で一本斬って返したら振り向いてまた一本、左の刃の切っ先を逸らしたかと思えば左の刃を峰で打つ。

 

 ひとつひとつ確実に捌ききる技量は、敵ながら天晴だ。

 

 弾かれて四方八方を向く“神鎗”達を、別の形にすべく霊力を巡らせる。選択は。

 

「吼えろ! “蛇尾丸”!」

 

 全ての刀が柄から剣先まで一瞬白く発光し、現れたのは幅広の大刀。魚の脊椎骨と肋骨の片側のみが残された形にも似た片刃剣。各刃節が分割し、蛇腹状にばらけて伸びた。

 剣一本一本が竹細工の網目のように縦横無尽に広がり、藍染を中心にして隙間のない半球状の檻を形成する。

 幾多の“蛇尾丸”達に霊圧を喰わせた途端刀身に迸った光が、内側に居る藍染へ一斉に飛んだ。そう、これは――

 

「月牙天衝!」

 

 半球状の檻と化した刃から放出した高密度な霊圧の斬撃が、中で嵐となって吹き荒ぶ。斬撃同士の削り合う音と地面を抉る音が響く。

 

 しかしそれも、数秒に満たぬ間のこと。

 

 少し上昇した藍染の霊圧を感じ取った直後。まるで鳳仙花の種がパンッ、と割れるかのように、檻となった“蛇尾丸”達が内側から斬り払われた。

 それもたったの一振りで。

 

 断ち斬られた刀の破片が千々に落ちていくその向こう。眼鏡の奥から垣間見えた奴の眼に、頭の中で警鐘が鳴り響いた。

 

 直接攻撃が来る、と。

 

 直感通り瞬く間に肉薄してきた藍染に対し、振りかぶられた凶刃を受け止めるべく、手元の花弁から()()()一本の刀の名を呼ぶ。

 鈍い金属音と共に鏡花水月とかち合ったのは。

 

「弾け、“飛梅”」

 

 七肢刀によく似た、枝分かれしている刃の“幹”と“枝”で鏡花水月を挟み込んだ。身体を少し前に傾け、“飛梅”と共に“鏡花水月”の剣先が下がるよう力を加える。更に“飛梅”の鎬の辺りに片足を乗せ、体重を掛けて抑え込む。強い霊圧を全身に纏い、頭のてっぺんから指先まで張り巡らせ衝撃に備えた。

 

「縛道の四、“這縄”」

 

 刀身同士で絡めた箇所を上から縛道で一瞬だけ固定し、左手を伸ばして藍染の襟元を掴む。掴んだ手に霊力を収束させ、言葉に乗せると同時に解放する。

 

「破道の八十八、“飛竜撃賊震天雷炮”」

 

 光と、轟音。

 撃ち放った鬼道が地面を抉り、吹き飛ばす。撃った衝撃で掴んでいた手は外れ、爆風で藍染から弾き飛ぶように離された。舞い上がる砂塵や爆煙が辺り一帯を埋め尽くし、不明瞭な視界の中霊圧を探る。

 

 ――ざわり、と。

 

 肌が粟立った。

 

 違和感。彼のみが持つ独特の()()

 未だに煙が晴れない中ではお互いの姿も良く見えない。勿論周囲からも見えていないだろう。

 けれど判る。藍染が今、何をしたのか。何を使ったのか。

 

 

『――珠水』

『はい』

 

 打てば響くように、返ってくる声。大切な大切な、掛け替えのない存在。

 重なり合い、重ね合わせ。同調するのは魂、そして心。

 “鏡花水月”を無効化する為の力を、発動させる。

 

『お願い、珠水(わたし)

『喜んで、朔良(わたし)

 

 眼下に広がる藍色の湖面。その中で咲き誇る桜の木に刹那、小さな閃光が奔った――。

 

 

「穿て、“厳霊丸(ごんりょうまる)”!」

 

 周囲に舞い散る白桜が、今度は幾多のレイピアへと形を変える。パリパリと静電気のような音が微かに聞こえ、全ての細剣に青白い光が迸った。

 細く、疾く。“厳霊丸”と同じ数だけの光の筋が、刀の先端から一直線に疾走する。向かう先は藍染の頭上。文字通り光の速さで集束した幾多の小さな(いかずち)達が、強大な落雷となって降り注ぐ――

 

(違う)

 

 藍染に稲妻が落ちた、ように見えたのかもしれない。ルキアやギンには、もしかすると。本来なら朔良にも。微細な違和感は変わらないから判る。

 けれど、今だけは誤認し(まちがえ)ない。落ちた先に在ったのは、主の霊圧で護られた“鏡花水月”のみ。藍染本人が瞬歩で移動する姿は捉えていた。

 背後から――正確には朔良から見て斜め右後ろから――霊力を収束させた掌をこちらへ翳す藍染に、視線は正面に向けたまま右腕だけ突き出し一言紡ぐ。

 

「啼け、“紅姫”」

 

 その手に握るは師の刀。

 出現させた真紅の盾、“血霞の盾”で、藍染の手から撃たれた破道を防ぐ。同時に振り返り、僅かに目を瞠る藍染へ、半透明の盾越しに“紅姫”の平たい切っ先を向けた。

 

「“切り裂き紅姫”!」

 

 “血霞の盾”から飛び出す無数の、真紅の斬撃。続けて、顕現させたままでいた“厳霊丸”達の上向いた切っ先を下げ、藍染目掛けて再度稲妻を奔らせる。

 赤く幅のある鈍光と青白く細い瞬光。

 異なる色合い、異なる形状の攻撃が宙を駆け、標的を粉砕せんと襲い掛かる。

 

 ――ここで走った二度目の違和感。

 

 一瞬にも満たない刹那の間、藍染が自分の足下に視線をやったのが見えた。そこに落ちているのは握り拳大の何の変哲もない石。自然な動作で即刻身を翻す(さま)に、“鏡花水月”の能力だと判断する。

 恐らくこれも“鏡花水月”で石を藍染だと錯覚させ、奴がその場から動いていないように見せているのだろう。石自体に違和感を覚えるようになった為判る。

 だが、惑わされない。

 

「縛道の六十二、“百歩欄干”!」

 

 出現させた光の棒を空いた左手で掴む。“鏡花水月”を回収し、またもや死角から回り込んでこようとする藍染へと、誤認す(まちがえ)ることなく投影する。途端、数多に増えた縛道が同じ数だけの軌跡を描き、横降りの雨の如く標的へ降り注ぐ。

 

「唸れ! “灰猫”!」

 

 “厳霊丸”等は交代だ。“神鎗”が“蛇尾丸”に変わった時と同じく瞬間的に白い光を放ち、レイピアは自由自在に飛び交う灰と化す。

 宙を縦横無尽に舞う大量の灰は百歩欄干同士の間を埋め尽くし、逃げ場を覆うように広がっていく。

 

「“剃刀紅姫”!」

 

 間を置かず、刀を横薙ぎに振り抜いた。“灰猫”の後を追って滑空する斬撃は、先程使用した一護の月牙天衝と似た大きなもの。“切り裂き紅姫”と異なり単体だが、一つ一つの威力は桁違いだ。

 

 三段重ねの攻撃。隙間という隙間を無くした一手。

 それも――強大過ぎる藍染の霊圧の前では意味を成さないらしい。

 

 膨れ上がる霊圧。荒々しい剣八とはまた違う、心の底から重苦しくなっていく感覚。化物じみたそれに、今更ながら戦慄する。

 そうして放たれたのは鬼道。声も聞こえなかったが、系統と威力からして破道の五十八、“天嵐”。成る程、相手の攻撃を巻き込んで吹き飛ばすには打ってつけの鬼道だ。

 立て続けに三回、撃ったのを感じ取る。それぞれ異なる方向に放ったらしく、欄干も“灰猫”も斬撃も全て払い尽くされてしまった。

 

 風が収まりクリアに戻った視界の先。悠々と立つ藍染を目にし、思わず内心舌打ちする。

 何より、完全催眠を躱したのは今ので二回目だ。向こうも一度目は初見、二度目は様子見だったとして、三度目は見極めかはたまた“鏡花水月”自体もう使って来ないか。

 卍解してからここまでの攻防で、約三十秒足らず。

 いずれにせよ、次が山場。

 

「……驚いたな」

 

 “灰猫”を自分の周囲で漂わせながら次の一手を考えていると、藍染の方から話しかけてきた。巧みな話術で相手を翻弄し挑発するのは、彼の得意分野。その手に乗るつもりはない。――が。

 

『仕掛けるよ』

『はい』

 

 これは、好機だ。

 彼の隙を作るべく考えに考えた、一度限りの手段を使える最大の。

 珠水と相談しつつタイミングを計る。

 

「鏡花水月の完全催眠は完全無欠だ。催眠状態にも拘わらず対策を講じてきたのは、君が初めてだよ。二度も視せてもらったが、その仕掛けも判らない」

「…………」

「本当に見事だ。一体どうやっているのかな?」

「……私は貴方とは違う。実戦中に手の内の解説なんてしません」

「それは残念だ。……そう、君は昔からそうだったね。用心深くて、僕には決して心を開いてくれなかった。ずっと警戒されていたことには気付いていたよ」

「そうですね。貴方は危険だと、子供ながらに判っていましたから。そして百年前の“あの夜”、全てが変わったあの事件の日から、私はいつか貴方を倒すと誓っていた」

 

 霊力の、技の方向性を決め、固める。その瞬間を逃さず、確実に出現させる為に。

 

「では聞こうか。倒すと誓ったのが百年前なら、僕を危険だと判断したのはいつからなのかな?」

 

 たん、と地面を足で叩く。

 これで準備は整った。

 

「そんなこと、決まっているではありませんか」

 

 藍染の背後。ほんの二、三メートル離れた位置。暗い地面の一部が、水が噴き出すかの如く立ち上り、瞬く間に人型を形成した。藍染とは背中合わせになる立ち位置で創り上げられた“人物”の口が開き、ゆったりとした動作で彼の方を見遣った。

 

 

 

「『オマエが母ちゃんの子宮ン中おる時からや』」

 

 

 

 刹那。

 紡がれた一言。

 決して大きな声では、無かったけれど。

 その声色、口調。また朔良の口から直接発せられたものではないということに、藍染が勢いよく振り返る。

 

 腰まである長さの淡い金髪。真一文字に斬られた前髪に、飄々とした表情(カオ)。長身と、その身に纏うは藍染と同じ“五”が刻まれた白い羽織り。

 百年前の“あの夜”――奴が裏切った、紛うことなき上官の姿だった。

 

「『なァ、藍染?』」

 

 ――これを待っていた。

 

 回転をかけた特殊な瞬歩で音もなく地を蹴る。

 我に返ったようにこちらの方へ顔を向けた藍染の視界から消え、背後を取った。

 

 “閃花”。

 白哉の、得意技。

 

 瞬歩の最中に“紅姫”から変えた“千本桜”。

 彼の人と同じ動作で、けれどもっと疾く、確実に急所を貫くべく。

 鎖結を狙った刺突を繰り出した。

 

 

 ――ぱっ、と宙に散った赤。

 藍色の地面を彩る、鮮やかな。

 

 ――朔良の、血の色。

 

「っち……!」

 

 斬られた右肩を押さえ、飛びずさって距離を取る。

 直前で“灰猫”を盾代わりに滑り込ませたため深手には至っていないが、刀傷は面倒だ。止血を珠水に頼みつつ、斬りつけてきた闖入者を睨みつける。

 

「ご無事ですか、藍染様」

「要……」

「ここより先はお任せ下さい。これ以上藍染様のお手を煩わせることなど……」

「要」

 

 鋭く、重い声。

 呼ばれているのは自分でないにも拘らず、背筋に冷たいモノが伝う。

 

「僕がいつ、彼女を斬れと言った?」

「っ――!」

 

 その瞬間、刀を構えていた東仙は、ザッと音を立て跪いた。

 

「も……申し訳ありません……!」

「……まあ良い。急所は外れているようだし、腕を落とすことなく躱している。流石だよ雲居君」

「あまり褒められている気はしませんね……」

「そうでもないさ。特に先程の策は素晴らしかった。この僕の意表を突くとは、なかなかできることじゃない」

「…………」

 

 彼等の会話を耳に入れつつ、ちゃんと血が止まっているのを確認し、掌の血を着物で軽く拭って刀を持ち変える。

 

「もう止めておきたまえ。今の君では僕を倒すことはできない。君が判らない筈は無いだろう」

「……だとしても、ここで私が戦いを止める理由にはなりません」

「君がそこまで頑ななのは、朽木ルキアを護る為かい?」

「貴方に答える義理は……」

「それとも、浦原喜助の為かな?」

 

 ひゅっと息を呑む。

 藍染の口から育ての親の名が出て、“あの夜”の光景がフラッシュバックする――のを、第三者の声が止めてくれた。

 

「ま……待て……! あの人の為って……どういうことだ……!?」

 

 疑問の声を上げたのは一護。その意図は無くとも、彼が言葉を発してくれたおかげで我に返れた。

 同時に、あることにも気付く。

 

「おかしな事を訊くね。君達は浦原喜助の部下だろう? 彼の命令で、朽木ルキアの奪還に来たんじゃないのか?」

「……ど……どういう……」

「……成る程。どうやら何も聞かされてはいないようだね。雲居君、君はある程度判っている筈だ。彼等に教えてあげてはどうだ?」

 

 ……気付いた事を利用して反撃するには、丁度いい時間稼ぎかもしれない。

 

「……西流魂街は喜助兄様の拠点。兄様の作った穿界門で侵入できるのは、西流魂街だけです。だからあそこにギンを置いて一護達を追い返させ、旅禍が危険視するに値する実力者だと瀞霊廷側に印象付けた。当然、警戒の目はそちらに行きます。……自分達が動きやすくする為の御膳立てでしょう」

「では、僕が四十六室を抹殺したのはいつかな? 恐らく勇音君からは、僕が死を装った後だと聞いている筈だ」

「……それでは辻褄が合いません。そもそも罪を犯した死神を捜索し捕縛するのは、隠密機動の管轄です。相手が上位席官ならいざ知らず、ルキアのような一般隊士に隊長格とその副官が出るなんて、普通は有り得ない。加えて双殛を使っての極刑や猶予期間が短縮されていった事など、異例の事態が多過ぎました。それら全てを命じたのが四十六室で、今全滅が確認されているのなら、自ずと答えは導き出されます。……その時は既に、彼等の権限は貴方がたに奪い取られていたのだ、と」

「その通りだ。やはり君は賢いね。ならその先も判っているんだろう? 僕が何故、双殛を使って朽木ルキアを処刑すると決めたのか」

「…………」

「これは言いたくないかい? では僕が――」

 

 刹那。

 大地が、揺れた。

 

「藍染!!」

 

 大気を震わすほどの大音量。先程、接近していると気付いた霊圧の主が発した怒号だった。

 その体躯に見合った巨大な剣が振り下ろされる。

 衝撃で地面は割れ、周囲には剣圧による風が飛ぶ。

 しかし、中心に居る藍染は涼しい顔で、左手一本でその刃を受け止めていた。

 

「……随分久しぶりだね。その素顔を見るのは」

 

 七番隊隊長、狛村左陣。

 朔良自身は初めて目にする、けれど何処か他の死神とは違う霊圧だと感じていた彼の素顔。人と呼ぶには程遠い、狼の顔。まさかこういったものだったとは。

 ――だが、驚いている暇は無い。

 

「どういう心境の変化かな……狛村君」

「何故……そうして笑っていられるのだ……藍染!!」

 

 この機会もまた一度。

 舞い上がる砂埃と衝撃に紛れ、足元に霊力を流し準備を進める。

 

「我ら全員を謀った貴公の裏切り……儂は決して赦しはせぬ! 貴公もだ東仙! 何か弁明でもあるなら言ってみろ!」

 

 激情型の狛村には悪いが、元々朔良は隠密機動。“味方の危機は最大の好機”と教わった。確実な勝利を得る為ならば、手段を選ぶつもりなどない。

 

「……無いのか……何も……! 残念だ……東仙……!  卍 解 !!」

 

 違和感によって、“鏡花水月”が使われるのを感じ取る。

 まあ、彼ほどの実力者なら、きっと大丈夫だ。

 たとえ攻撃を喰らっても。

 

「破道の九十、“黒棺”」

 

 ――藍染が攻撃に転じた、この瞬間。

 溜めていた霊力を開放する。

 

 四方から対象者を圧砕する超重力の箱が出現し、狛村の全身を包み隠した。瞬く間に弱くなる彼の霊圧を感じ取りつつ、霊力を形にすべく練り上げていく。

 藍染がこちらに注意を戻すより早く彼の死角へ、今放てる最大の一撃を叩き込む為、“灰猫”と“千本桜”の姿を崩す。

 否――その形を()()()

 

「散れ、“千本桜景厳”」

 

 灰が、刀が。白く発光した直後、桜の花弁へ散って変わった。

 纏う色は白ではなく桃色――見目鮮やかな“桜色”。先程とは比較にならぬ、視界を奪うほど無数に舞う花弁もまた壮観なり。

 誰もが美しいと称するであろう絶景が、無慈悲な刃となって藍染に殺到する。

 覆い尽くした桜の中で上昇する、奴の霊圧を感じ取る。高い霊圧は、纏えば結界の役割を果たす。ならばとこちらも更に霊圧を上げ、その身を斬り刻むべく手掌で操る。

 

 前後左右上下。

 ありとあらゆる方位から、藍染に向けて飛び交う億の刃。刀のように鎗のように鞭のように、自由自在に形状を変え、動き、襲いかかる。

 しかし藍染は健在だった。

 桜吹雪による猛攻を、大半は霊圧で防ぎ幾ばくかは刀で叩き落としている。

 何か、決定打がなくては崩せない。

 

(だったらあとひとつ――)

 

 

 ――痛烈な違和感。

 

 見落としてはいけない何かを、見落としてしまいそうな。そんな不安感に襲われ即座に思考が切り替わる。

 不安感が危機感に変わったのはすぐのこと。

 ギンの移動、朔良の背後へ回り込んでくる動きを霊圧で感じ取ったからだ。

 

 ――正しくは後方、ルキアの元へと。

 

「――――っ!」

 

 違和感の正体が“鏡花水月”を使ったギンへの指示だったと気付き、動いた。

 操っていた“千本桜景厳”の一部を、片手を振るってそちらへ回す。数多の花弁がカーテンの如く広がり、ギンの行く手を阻む。

 

 反射に近い行動だった。

 ルキアを護らなければと。

 

 意識を向けたのはコンマ数秒――直後、爆発かと思う程の上昇を見せた霊圧に再び背筋が凍った。

 

 桜の花弁の僅かな隙間から見え隠れする、藍染の顔。

 声そのものは聞こえない。けれど、朔良には目で確認すれば事足りる。ひりゅうげきぞくしん――

 

「っ!!」

 

 唇は全て読めなかったが。皆まで見えずとも判る。

 桜全てを正面に集めた瞬間、藍染の“飛竜撃賊震天雷炮”が放たれた。

 周囲一帯が閃光に包まれ、防御に徹した“千本桜景厳”越しにもビリビリと激しい衝撃が伝わって来る。

 

 だが、絶対に他へは逸らさせない。後方のルキアにも、周りに居る重傷の一護や恋次、狛村にも。今の彼らが喰らえばひとたまりもない。

 もう、嘗てのような思いは御免だ。

 

 ――その刹那の隙で、藍染には充分だったのだろう。

 

 瞬歩による移動。

 背後に立つ気配。

 全ての動きを鋭敏に感じ取ったけれど、護りに集中した最中では反応が遅れ。

 振り返った時には、既に刃が振り下ろされていた。

 

 反転する視界。

 澄みきった青空に、自分の赤が鮮明に映り。

 

 眼鏡の奥に存在する、凍て付いた眼に射抜かれた。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 ――見事だ。

 

 素直に称賛する。

 崩れ落ち、うつ伏せに倒れ伏しながらもこちらを睨み上げてくる藍色の双眸に、思わず笑みを零した。

 右肩から左脇腹にかけて大きく斬り裂いた傷は、先ほど要が付けた部分を抉るように狙った為、かなり深くなっている。元々彼女は刀傷を特別恐れており、他の攻撃で受ける傷より衝撃は大きい。

 それでも起き上がってこようとする辺り、朽木ルキアへの想いは深いようだ。いや正確にはその先、朽木白哉への、か。

 ギンに目配せする。彼女の卍解は実に素晴らしかった。百年の歳月をかけて培った力は、藍染の予想を遥かに超えていた。もう少し見ていたい気持ちはある。だが今は、これ以上時間を割いてはいられない。

 

「はいはい、動いたらあかんよ」

 

 瞬時に近付いてきたギンが、彼女の右肩と左手首を上から押さえつけた。右手の指先を右肩の傷に喰いこませているのを見ると、本当にこれ以上動かさないようにとの措置だろう。現に、激痛によって噴き出る汗は増え、歯を喰いしばるばかりとなっている。にも関わらず、睨みあげてくる視線が強い様には感心する。

 

 しかし、正直なところ驚いた。まさか鏡花水月の完全催眠を破って来るとは思いもしなかった。

 タネが判らなかったのは少々痛いが、どこまで見破られるかは確認できたので充分だ。恐らく他の者に対してかけた催眠の内容自体は判らないのだろう。“完全催眠そのもの”が、彼女一人に効かなくなっただけだと思われる。それだけでも大したものだが、そこからは彼女が先を読んで対処せねばならない。鏡花水月を使ったギンへの、朽木ルキアを捕らえろという指示に対し、僅かな遅れを取ったのがその証拠だ。

 

 今起き上がってくるだけの力はない、まだ彼女は天には届かない。

 だが彼女の成長は著しい。これから先もっと伸びるだろう。

 ――やはりこの目に、狂いは無かった。

 

(再会が楽しみだ、本当に)

 

 ――(まこと)の“彼女”との再会が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お、お待たせいたしましたー! 投稿です!
難産でした……。やはりバトルを小説で表現するのは難しいですね……。
とにかく、大変お待たせして申し訳ありませんでした!



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