偽から出た真   作:白雪桜

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第六十四話 秘められた“真”

 “一”と書かれた巨大な扉の前に、朔良は立っていた。

 

「一番隊第四席雲居朔良、参りました」

「入れ」

 

 厳格な師の声に、一つ息を吐いて気持ちを再度整える。

 普段緊張などとは無縁の朔良だが、流石に今日はそうもいかない。

 

「失礼します」

 

 向かい合う形で、二列に並んだ隊長達。その人数が減った様を見ると、嫌でも百年前を思い起こされる。あの時と同じように両膝と両拳を床につけ、言葉を待つ。

 

「では雲居四席。お主の知っていた真実と情報を、改めて開示せよ」

 

 ――けれど今は、あの時とは違う。

 立ち上がって背筋を伸ばし――

 

「……何から話せばよろしいでしょうか?」

 

 こてりと、首を傾げた。

 ……話すべき内容、問われる質問や求められる意見は大体予想できている。故に朔良が気を付けなければならないのは一つ、自分のペースを乱さないこと。

 

「そうだねえ……じゃあ、百年前の一件から話してもらえるかな?」

「当時を知らない隊長達には、既に詳細を伝えてある。朔良、お前の視点から教えてほしい。お前はあの現場に居たんだね?」

「はい。あの時は知られる訳にはいかなかったので誤魔化しましたが、確かに私は現場に居ました。と言っても私自身ではなく、斬魄刀のある技を使って意識だけ行かせたのですが」

「ホウ、どういった技なのかネ?」

「“双体遊離”と言いまして、珠水そのものが人の姿に変化し、私の意識をそちらに移すというものです。当時はまだ未完成で、私にも珠水にもかなり負担がかかる技でした」

「何故そのような無茶な真似を?」

「それはですね卯ノ花隊長、砕蜂隊長……あ、いえ、当時は砕蜂先輩でしたね。砕蜂先輩に捕まって自室に押し込められてたからです」

 

 ……………。

 

「いや!? それはそうですが私はただ……!」

 

 周囲からの無言の視線と圧力を浴びて弁解を始めた砕蜂の言葉に頷く。

 

「ええその通りです。先輩は当時軍団長だった夜一殿の指示に従ったに過ぎません。ですから、非があるとすれば私の思考回路を読み違えた夜一殿かと」

「あ、いえ、そのご意見もどうかと……」

「まーそれは今こちら辺に置いといて」

「ここで流すのですか朔良殿!?」

 

 今は砕蜂相手でも容赦はしない。利用できるものはなんだって利用する。喜助がそうしたように。

 

「とにかく、行かなければという強迫観念のようなものに囚われていたのだと。もっと他に方法があったのではないかという考えには、後になって思い至りました」

 

 続けて、“あの夜”目撃した光景について述べる。今でも鮮明に思い出せる、まだ幼かった朔良の心を大きく抉った出来事を。

 

「現場に居た隊長方の口から白い……液体と固体の中間くらいのようなものが溢れ出てきまして。そのまま皆さんの顔から上半身を覆っていって……地獄絵図って、きっとああいうのを言うんでしょうね」

 

 今回の旅禍騒動で夜一に会えた為、喜助経由の話は聞けただろう。けれど彼女も事が起こったその場には居なかった。つまり此処に居る者は皆、実際に現場を見た人物から直接話を聞くのは初めてなのだ。

 

「藍染が刀を抜いた時、喜助殿と鉄裁殿が皆さんを助けに現れたんです。……鉄裁殿の飛竜撃賊震天雷炮が、詠唱破棄した藍染の断空で防がれた時は本気で驚きましたが」

「……当時の彼は副隊長だった筈。にも拘らず、既にそこまでの力を持っていたのですか……」

「朔良殿、よくぞご無事で」

「ええ本当に。よく百年間無事でいられたなあと思いますよ」

 

 ――ピキッ、と。

 まるで音が鳴ったかのように、隊長達の動きが止まった。

 

「藍染の野郎、そんな力を隠してやがったのか。さっさと()りあっときゃ良かったぜ」

「それよりも、私が気になっているのは白い妙な物体についてだネ。もう少し詳細を説明してくれたまえヨ」

 

 ……十一、十二の通常運転の二人を除いて。

 

「えーと……詳細ですね。とは言っても私自身よく理解できていないのですが……“虚化”と呼ばれるものだそうです」

「ホウ……もしやとは思ったが、やはり“虚化”かネ」

「その“虚化”とは、一体何なのだ?」

「聞くからに嫌な予感のする名称ですが……」

 

 いち早く気を取り直したらしい狛村と卯ノ花の質問に、マユリはフムと一つ頷いた。

 

「“虚化”、正確には“死神の虚化”だネ。その名の通り死神が死神としての枠を超え、虚の力を得ることだヨ。存在自体は知っているが、成功例が出たという話は聞いてないネ」

「付け加えると、藍染は“死神の虚化”よりも“虚の死神化”というものの方により着目していたそうです」

「それもその名の通りだヨ。同様に成功例はないが」

「奴も同じことを言っていました。実験を繰り返してきたものの、“死神化”とはとても呼べない屑ばかりだったと」

「例えばどのようなものだネ?」

「まず、自らの霊圧を消せる虚。そして……」

 

 一瞬、思わず言葉を止める。目を閉じてひと呼吸の後、再び口を開く。

 

「……触れただけで斬魄刀を消滅させ、死神と融合することのできる虚」

 

 浮竹を始めとする、何人かの隊長達の顔色が変わった。約四十年前に起こった、多くの十三番隊隊士達が犠牲になった――志波海燕が殉職した事件。その当時を知る、隊長達の。

 

「……あの一件も、藍染が絡んでいたのか」

 

 苦々しく呟いた浮竹の心情は、察するに余りある。当時朔良も、藍染等の関与を察してはいたものの間に合わず、どう関わっていたかまでは知らなかった。

 

「いずれにせよ、私が提供できる“虚化”の情報は以上です。ここから先は科学者の土俵かと」

「相判った。涅隊長、情報収集と解明を」

「任せたまえヨ。少々興味が湧いてきた。私の方で調べてみるとしようじゃないかネ」

 

 総隊長の命令に二つ返事で引き受けるマユリ。こういう時の彼は頼りになるから有り難い。

 ひとまずこれで、百年前と今回の事件のすり合わせができた。この議題は終了だろう。

 ならば次は。

 

「別の議題じゃ。朽木ルキアの処遇について、お主の意見も聞かせてもらおう」

「朽木隊士、ですか」

 

 訊かれるだろうとは思っていた。

 今回の事件の発端を辿れば、そこに行きつくのだから。

 だが朔良の意見は決まっている。

 

「無罪放免が妥当でしょう」

 

 迷いなく言い切った様に、総隊長の目が厳しさを増す。

 

「理由は」

「まず第一に状況です。詳細を聞き出しましたが、“人間を護る”という死神にとって最優先にすべき事柄を、彼女は忠実に守りました。この一点のみでも情状酌量の余地はあります」

 

 さて。この場の何人がお気付きだろうか。

 

「第二に、四十六室から下された極刑という決定は、藍染達による偽りのものでした。これに従う意味は全くありません。第三に、彼女は被害者です。喜助殿が崩玉を隠そうとした為に藍染に狙われ、その結果極刑とされたのですから」

 

 この手の遣り取りが、朔良にとって得意分野であることに。

 

「第四に、朽木隊士が黒崎一護に死神の力の譲渡を行ったからこそ、藍染達の正体が露見したようなものです。相手が彼でなければ、尸魂界に乗り込んでくることはなかったかもしれない。そうなると、藍染達もあれほど大きくは動かなかった筈です。最悪の場合、藍染は崩玉を手に入れ、なおかつ未だに尸魂界に留まっていたかもしれない」

 

 独壇場とも言える状況であることに。

 

「第五に、今回のことで尸魂界は黒崎一護死神代行という、強大な戦力を得ました。喜助殿、夜一殿も然り。彼女が力の譲渡を行わなければ有り得なかったことです。これらは功績と言えるでしょう」

 

 ――遠慮なく行かせてもらおう。

 

「第六に」

「まだあるのか!?」

「あります」

 

 驚く浮竹にすぱっと答え、続ける。

 

「彼女に罰を下した結果の利益が全くありません。損害ならたくさんありますが」

「損害と言うと、どのようなことだ?」

 

 質問してきたのは狛村だ。真面目で忠義の塊のような彼には想像もできない損害だろうと思いつつ。

 

「再び黒崎一護と戦う余裕はないですよね。しかも今度は最初から卍解習得した彼を相手に」

 

 一部を除いて瞬時に固まった隊長勢。しかし手は緩めない。

 

「喜助殿と夜一殿も今回巻き込んだ負い目がありますし、彼の頼みなら聞くでしょう。全力で」

 

 敢えてにっこり笑って、はきはきと。

 

「黒崎一護が乗り込んでくるとなると、更木隊長、また戦いたいですよね」

「あ? 何当たり前なこと言ってやがる」

「つまり、また被害が拡大しますよね。この二人の戦いとなるとシャレになりませんから」

 

 追い詰め、追い立て、逃げ場を無くす。情けはかけない。

 

「あと、間違いなく離反者が出ますよね。隊長格に数人と、副隊長と、上位席官も何人か居るでしょうか。これ以上の混乱と戦力低下は避けたいところでは?」

 

 “正論の刃”で、容赦なく叩き斬る。

 

「ちなみに今のは、私も含めてで」

「……もう良い、判った」

 

 疲れたような総隊長の声に、()()()唇を尖らせる。

 

「まだあるんですけど」

「お主の主張はよく判った。その通りとしか言えぬ」

「ご理解頂けて何よりです」

 

 にこにこ笑いながら隊長勢を見やれば、軒並み唖然としていた。それは気にせず、追及する。ここで逃がすつもりはない。

 

「ご判断は?」

「……お主の言うように、無罪放免が最適じゃな」

「ありがとうございます」

 

 言質は取った。しかも正式な隊首会の席で。四十六室ならともかく、総隊長がこれ以上難癖をつけてくることはないだろう。これでルキアは安全だ。

 気を取り直すように咳払いをした総隊長が、再び鋭い目を向けてくる。

 議題が変わる。事件の原点、ルキアの処断が終わった。

 となると。

 

「では次に、お主の卍解についてじゃ」

 

 ……予想通り。

 

「私の卍解、ですか」

「そうじゃ。お主はいつから卍解を習得しておったのか?」

「……それはお答えしなければならないことでしょうか?」

 

 確かに、卍解は隊長に就くにあたって必須なものだ。更木剣八の例外を除き、全ての隊長格は卍解が使える。死神としての最高戦術たる卍解を持つのは、それだけの実力を備えているという証明に他ならない。

 しかし。

 

「卍解を使えるかどうか、公表する義務はない筈です」

 

 そもそも卍解を習得している者のほとんどは現隊長格だ。扱える者は極めて少なく、隊長に就くこと自体が公表するようなものである。故に、その経緯を報告する義務も必要もない……のだが。

 

「お主の主張は間違っておらぬ。しかし今回、お主は第四席という席次に見合わぬ実力を見せ、二人の隊長格をいとも容易く倒した藍染と戦った。いや、戦えた(・・・)と言うべきかの」

「…………」

「霊圧の高さ、威力、操作精度。様々な面から見て、最近習得したものとは到底思えぬ。詳細を明かせとは言わぬが、いつから使えたのか知りたがっておるのは儂だけではないぞ」

「……流石に鋭い所を突いてきますね総隊長……」

 

 四方八方からの視線が痛い。

 実の所、ここで質問に答えても何ら問題はない。ただ、気まずくて言いにくいだけで。

 

「……取り敢えず、言わなかったことを責めるのだけはやめてくださいね」

「藍染等に手の内を明かさぬ為だったのじゃろう? 事情が事情じゃ、そのようなことはせぬ」

 

 言質は取った。腹を括ろう。

 

「……凡そですが……会得したのは八十年ほど前ですね。ちゃんと扱えるようになるまでは、そこから更に十数年かかりました」

 

 …………

 

 ………………

 

 …………………………!?

 

「「「「はあ!?」」」」

 

 過保護№1の先輩、溺愛№1の兄弟子、片割れの兄弟子、現隊長格唯一の年下後輩。以上四名の声が綺麗に重なった。

 

「浮竹隊長、あんまり大声は出さない方がいいですよ」

「え、あ、ああそうか……」

「いやいや浮竹、乗せられちゃダメだって」

「おいちょっと黙れ! 待ってください朔良殿! つまり何ですか、私や朽木が隊長位に就く以前から、貴女は卍解が使えたということですか!?」

「……まあ……そうなりますね」

「「…………」」

 

 白哉と砕蜂の二人が、揃って愕然とした表情になる。もっとも白哉の方は、親しい者でなければただの無表情にしか見えないだろうけれど。

 

「……成程」

「うん?」

「二人と居ない好敵手を、疾うに引き離してしまったと思っていたのだが……逆だったとはな」

「好敵手?」

「どういう意味だ朽木?」

「あ、狛村隊長、日番谷隊長。それはとても個人的な事なので、後で個別に訊きに来てください」

 

 ……白哉と幼馴染みだったことなどうんぬんかんぬんは、隊首会で話すことではないだろう。

 

「しかし貴女の卍解の形態を考えると、一人での修業は限度があったのではありませんか?」

「鋭いご指摘ですね、卯ノ花隊長。確かに四十年ほど前までは、ある人に頼んでいました」

「ある人、ですか?」

「はい。十三番隊副隊長、志波海燕さんです」

「海燕だと!?」

「詳しい事情は伏せていましたが、流石は志波副隊長。快く修行に付き合ってくれました」

 

 忘れもしない、掛け替えのない恩人。

 朔良にとって海燕は、誰よりも信頼のおける人物だった。

 

「総隊長、卍解についてお話すべき内容は以上かと」

「そうじゃな。では次の議題じゃ」

 

 さて、朔良の予想が正しければ、ここからが正念場になる筈だ。

 何故ならきっと――

 

「空いた三つの隊長の席。お主を、そのいずれかに就任させてはという意見が出ておる。お主自身はどう考える?」

「お断りさせていただきます」

 

 一刀両断。

 

「「「「え!?」」」」

 

 そして再び重なった声。想定通りの議題と反応なので、特に驚くことはない。

 

「……理由を聞いてもよいかの」

「三つの空席って、要はあの三人の後釜に入れってことですよね? 嫌ですよ断りますよ断固として拒否しますよ」

「まさかの三段拒否……」

「気持ちは判らなくないが……」

「それに」

 

 呆然と呟く兄弟子コンビを遮り、いつもの飄々とした態度を改める。それが伝わったのだろう、空気がピン、と張り詰めた。

 

「私は未だ、百年前の贖罪の途中です」

「浦原を始めとする、仲間達を救えなかったことか? それならお前の責任では……」

「いいえ。私が言っているのは、行為そのものです」

「行為?」

「無力な自分が現場に行くなどという、浅はかな選択をした愚行についての贖罪です」

「だが、それは……」

 

 浮竹の言わんとすることを察し、首を横に振る。当時の朔良がまだ幼く、実力も含め多くのことが足りていなかったのは言い訳でしかない。

 

「あの時ああしていれば……そう考えるのは烏滸がましいことです。何の意味の無い“もしも”でしょう。しかし、私が愚かな行動を取ったのは事実です。そのけじめもつけないままでは……」

 

 右手を、掴むかのように自分の胸元に当て、紛れもない本心を告げる。

 

「理不尽に、不条理に。あの日一夜にしてその座を奪われた彼等に、合わせる顔がありません」

 

 譲れない。藍染との戦いは贖罪であると同時に、誇りを懸けた戦いだった。朔良と、何よりも“あの夜”踏みにじられた彼等の誇りを。

 にも拘らず、朔良は敗けた。今のままでは喜助はまだしも、平子達に顔向けできない。

 

「……相判った」

 

 しばしの沈黙の後聞こえた総隊長の了承の返事に、ほっと息を吐く。

 

 ――理由の全てを話す訳にはいかないから。

 

「じゃが、お主が卍解を習得しておることは、既に一般隊士にまで知れ渡っておる」

「……発表なんてしてないのに、噂が広がるのって早いですねー……」

「故に、四席のまま置いておくのは難しい。今のお主には相応しくあるまい。何か希望はあるかの?」

「総隊長の一番隊ですから、それほど“相応しくない”訳でもないと思いますが?」

 

 暗に、今のままでも構わないと朔良は言っているのだ。実際、特に不都合を感じたことはない。

 一瞬表情を緩めた総隊長はしかし首を横に振る。

 

「お主の言葉は嬉しいがの、そうもいかぬ」

「……隊士達に示しがつかないからですか?」

「それもある。じゃが、黙っておらぬ者達が居るのが一番大きな理由じゃ」

「黙っていない人達……?」

 

 はた、と。

 周囲の、半数以上の隊長らの目が、何やら物欲しそうなものに変わっていることに気が付く。

 

「……儂は、希望を聞いたからの」

 

 言い訳のように付け加えられた総隊長の一言が耳に痛い。

 ――これは、かなり面倒そうだ。

 しかし総隊長の提案を突っぱねたのは自分なので、どうにか丸く収めなくてはならない。

 それがどんなに周囲から羨望されても、朔良にとっては頭を抱えたくなる事態でしかないとしても。

 内心で盛大な溜め息を吐いた朔良に対し、真っ先に口を開いたのは。

 

「……朔良」

「何ですか? 朽木隊長」

「……我が隊の三席に」

「嫌です」

 

 一刀両断、Part2。

 

「……即答か」

「前にも似たようなことありましたね。でもね朽木隊長、今回はちょっと違いますよ?」

「何?」

 

 怪訝な顔をする彼に――周囲の面々も含めて――軽く溜め息をついてから説明する。

 

「三席ってことは、貴方だけじゃなくて阿散井副隊長の部下にもなれってことですよね? 私より強いとか先輩とか、せめて年上の相手ならともかく、全部当てはまらないと判りきっている人の下に付くのは御免被ります」

 

 自分より弱い年下の後輩が直属の上司。実力を隠してきたこれまでならばいざ知らず、公になった今としては流石に嫌だ。

 きっぱりと言い切った朔良にしばし唖然としていた隊長達だったが、沈黙は大きな笑い声によって破られた。

 

「こいつは傑作だ、面白ぇ! てめえはプライドなんかとは無縁な奴だと思ってたんだがな」

「多少の自尊心くらい、私にだってありますよ更木隊長」

「だったらお前、ウチに来い。四席が空いてるぜ」

「馬鹿かネ君は。雲居は現在一番隊の四席だヨ。同じ席次、それも野蛮人の集まる十一番隊では降格も同然サ」

「ああ!? んだとてめえ!」

「それよりも雲居、どうせ転属するならウチに来たまえヨ。研究体として破格の待遇を約束……」

「却下」

「却下だ」

「却下に決まっている」

「却下だね」

「却下だな」

「却下ですね」

「それはねえだろ」

 

 更木と狛村を除く、ほぼ同時の一斉砲火。流石のマユリも断念だ。

 ちなみに上から総隊長、白哉、砕蜂、京楽、浮竹、卯ノ花、冬獅郎の発言である。何とも息の揃ったことだ。

 

「そんなことより朔良殿! 我が隊へいらしてください!」

「そんなこととは何だネ!?」

「二番隊は、上位の席次はどこか空いていたっけ?」

「無視して話を進めるんじゃ無いヨ京楽!」

「大前田を降格させれば問題ない」

「……砕蜂先輩……それ、ここで言っていいことなんですかね」

「……もう判ったヨ……」

 

 完全スルーで諦めたマユリは放置して、朔良はひとまず砕蜂の発言を諌めてみる。

 隊長が自分の副隊長を、他隊の隊士をその座に据えたいからという理由で降格発言。しかも隊首会の席。

 ……独断専行で一護に挑み、敗れた恋次を罷免しろと言っていた白哉より酷くないだろうか。

 

「同情する必要はありません、朔良殿」

「大前田に同情なんてしませんよ。ただ、流石に奪い取るほど私は欲深くはないので辞退します。周りから白い目で見られたくないですし」

「……残念です」

 

 本気で残念そうなのがちょっと怖い。

 

「ボクんとこも凄く欲しいんだけど、あいにく朔良ちゃんに合う席が空いてないからねえ……」

「以前も熱心に勧誘されてましたね」

「貴方に取られちゃいましたけどねえ……卯ノ花隊長は、今回は誘わないんですかい?」

「あら、あの時はともかく、今の朔良さんは四番隊に納まる方ではありませんよ」

 

 ……ごもっとも。

 自分でもその通りだと頷いてしまう。

 

「私より、日番谷隊長はいかがです?」

「は? 俺ですか?」

「ええ。朔良さんのことはよくご存じでしょう。勧誘なさらないのですか?」

 

 卯ノ花の質問に、冬獅郎は渋々と言った様子で答える。

 

「……確かに雲居は真面目だし、事務仕事も実戦も優秀で、何より松本の手綱を握れる数少ない人材です。うちに来てくれれば大助かりでしょう。ですが、俺には雲居を勧誘する資格がないんです」

「資格?」

「……個人的な事なんで、深くは訊かないで下さい」

 

 ばつが悪そうに朔良から目を逸らす冬獅郎に、先日の病室での一件についてだと思い至る。彼の未熟さ故の揉め事だったので、進んで知られたくないのだろう。朔良は勿論、浮竹もあの一件をおおっぴらにする気はないけれど。

 

「上位席官というなら、儂の隊も空きがあるが……」

「おい待てよ。俺はまだ納得してねえぞ!」

「黙れ更木! 十一番隊などというほとんどが男所帯な隊に、朔良殿をやれるか!」

「あ、そこはボクも同感。更木隊長には悪いけど」

「私も同意見だ」

 

 最後は白哉まで乗っかってきた。

 隊長達は各々アクが強い。主張も強い。

 まさにひっぱりだこ。羨ましがられても全然嬉しくない。

 ……本当に面倒だ。

 

「まあまあ皆、落ち着いて。ここはひとつ、俺の提案を聞いてくれ」

 

 収拾のつかなくなってきた事態に、浮竹が声を上げる。実に、にこやかに。

 

「俺の副隊長なら、万事解決じゃないか?」

 

 ……ここまで予想通りだと、もう笑うしかなくなってくる。

 皆も恐らく、この案が出る前に引き抜きたかったに違いない。先程までの騒ぎが嘘のように静まっている。

 

「どうだ? 朔良」

 

 そしてこの浮竹十四郎という男は、決して無理強いをしない。

 

「前に訊いた時は断られたが……今度は、受けてくれないか?」

 

 海燕の後任。朔良にとっては、様々な意味で重い立場だ。

 けれど浮竹は信じてくれている。他の隊長勢も、何も言わないということは異論はないのだろう。

 きっと、ここが潮時だ。

 

「――謹んでお受け致します」

 

 

 ――一番隊第四席、雲居朔良。

 

 十三番隊副隊長に、就任決定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

『やっと腹を括りましたね』

「そう言わないでよ。理由があって避けてたんだし」

 

 鏡の如き湖の広がる精神世界。桜の木は主の心の揺らぎを感じ取っているように、その枝を震わす。

 

『不安なのですか』

「当たり前でしょ」

 

 朔良がこれまで三席以上の席次に就かなかったのは、藍染達との接触をなるべく避ける為。そして緊急時に、ある程度の権限を持ちつつも身軽に行動する為だ。

 ――けれど。

 

「私が昇進を断ってきた理由は、藍染達のことだけじゃないもの」

 

 歳月が過ぎるほど、朔良の実力も技量も研ぎ澄まされていった。同時に、忘れたと思い込んでいた“雲居朔良”に()()遥か以前の記憶も鮮明に思い出していったのだ。

 きっかけは卍解の会得。

 

「みんなに知れたら大ごとだよ」

 

 まさか思いもしなかった。

 卍解に至るだけの力がある“雲居朔良”という死神が。

 

 

「元はひとカケラの霊力も持たないただの魂魄だったなんてさ」

 

 

 黒崎一護と似ている。いや、似ても似つかないと言うべきか。

 彼はルキアに死神の力を譲渡された、霊力が強いだけの人間だ。しかしそれはあくまで表向き。ほとんどの人物がそう信じているし、彼自身もそうなのだが、実際のところは死神を片親に持つ真血。それも分家とはいえ五大貴族と呼ばれた家系の、だ。恐るべき潜在能力があるのも、推して知るべしなのだ。それだけの力が彼に受け継がれているのだから。

 

 対して朔良は、表向きは正規の、流魂街出身とはいえれっきとした死神。しかしその実、本来なら瀞霊廷に入ることすらできないただの魂魄であった身だ。それが他の誰にも知られていないだけで。

 

 ここまで聞くと正反対なだけのように思える。けれどやはり、一護と朔良は“似ても似つかない”のだ。何故か。

 (こたえ)は簡単。

 

 

 死神に死神の力を与えられたという一点が、同じだからだ。

 

 

 一護は生きて。

 朔良は死して。

 

 一護は元々持っていて。

 朔良は元々持っていなくて。

 

 それだけの差。

 

 ――それだけの差が大きかった。

 

「これらの事実を隠したまま隊長位に就くなんて、不義理にも程がある。私を信じて推してくれる人達に失礼だよ。正直な所、海燕さんの後任だって罪悪感がある」

 

 同時に、不安もあった。偽りの死神である自分を受け入れてくれるだろうかという、大きな不安。

 

『気にする方々ではないと思いますが』

「信じてる云々は別の問題さ。理性と感情は一緒くたにできないからね。……藍染との戦いにしてもそう」

 

 頭では、判っていた。この男を倒さなければならないと、倒すべき敵だと。

 けれど、決定的なものが朔良には欠けていた。

 

「私に足りなかったのは力でも、努力でもない」

 

 戦場において、最も重要なもの。

 

「覚悟だ」

 

 藍染惣右介と戦い、倒すという覚悟。奴の死を意味するものが何かは判っていても、それを受け留めるだけの覚悟が無かったのだ。

 

「奴を倒さなければ」

『私達は本当の意味で前に進めません。進めなければ』

「死ぬも同然なんだ」

 

 覚悟を決めなくてはならない。全てを明かす覚悟を。そして、過去を切り捨てる覚悟を。

 

『我々が、我々として生きる為に』

 

 “雲居朔良”と“珠水”に分かれる、()()()に成る前。()()()の存在であった頃。

 

「断ち切るんだ、今度こそ」

 

 自分達と、自分達に力を与えた“その人”以外誰も知らない、(まこと)の名。

 

 

「『“南宙木霊(なそらこだま)”を」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました……!
 令和元年、初投稿になります、白雪桜です。
 この久しぶりの連休に仕上げたいと思っていましたが、目標達成でほっとしてます。
 仕事に忙殺な毎日なので遅くなるかと思いますが、精一杯更新させていただきます。
 今後ともどうかよろしくお願いいたします!


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