偽から出た真   作:白雪桜

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最下部にイラスト載せてますので、よろしければご覧ください。



第六十六話 THE・保護者会

「これは七番隊に持って行くこと」

「はい!」

 

 ずず……

 

「こっちの書類確認は終わった。片づけていいよ」

「ありがとうございます!」

 

 ず……ずず……

 

「それ印押せたから一番隊に提出」

「了解しました!」

 

 ……はあ。

 

「……隊長」

「ん?」

「お茶飲むだけなら雨乾堂でしてもらえます?」

 

 十三番隊、上位席官の執務室。

 副隊長用の広い机の隣でまったりしてたら、苦情が出た。

 そう――

 

「ああ悪い。お前の仕事ぶりを見学したくてな」

 

 ――就任間もない、我が副官から。

 

 朔良が浮竹の副隊長になってから早二週間。彼女はその僅かな期間で隊の現状を把握し、見事に取り纏めてみせた。いくら以前在籍していたとはいえ、もう数十年も前のこと。本人を始め清音や仙太郎、ルキアからなどの報告を聞き、実際に目にしてみたくなったのだ。

 ちなみにルキアは、朔良の就任と同時に復帰している。とはいえ霊圧が戻るには時間が掛かるので、負担の少ない業務が主だが。

 

「いやあ、本当に朔良は優秀だなあ」

「隊長、聞いてます?」

「お前にただ“隊長”って呼ばれるもの久しぶりだが、あれだな。やっぱり違う良さがあるものだな」

「茶化さないでください」

「俺は真剣だぞ?」

「尚更タチが悪いですね」

 

 軽口を叩きつつ、書類に筆を走らす手は止めない。これまで三席の二人がやってきた仕事の半分以上をあっさりこなす彼女の手腕は、実際大したものだ。その中には浮竹が病弱な為普段はあまりできない、隊長代行の仕事も含まれている。

 

「これに加えて、四楓院家当主補佐もやってるんだろう? 充分凄いじゃないか」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 今は補佐の仕事はお休みさせてもらってるんですよ」

「え? そうなのか?」

「はい。護廷十三隊はまだまだ混乱しています。私も貴方の副官という大事な地位に就きましたし、こっちに専念することにしたんです。夕様は真っ直ぐ過ぎて不安な面がありますが、頼りない訳じゃありませんから」

 

 ……正直、驚いた。朔良にとって夕四郎は主君であり、同時に手の掛かる弟のような存在であった筈。それこそ彼が赤子の時から見てきたのだから。

 そんな彼を“頼れる”と言った。きっと副隊長になったことはただのきっかけで、夕四郎の成長は本物なのだろう。彼女の人を見る目は確かだ。

 しかし、それならば。

 

「(……ちょうどいいかもしれないな)」

「はい? 何か仰いました?」

「いや、何でもない」

 

 ……さて。

 

 

 

 

 

「と、いうことだそうだ」

 

 その日の夜、とある食事処の個室にて。京楽と二人、人を待っていた。

 

「へえ~。相変わらず朔良ちゃんは真面目だねえ」

「そうなんだ。だが、少し真面目過ぎて心配になってしまう」

 

「感心な話だが、そこは同意見だな」

 

 声と同時にふすまがゆるりと開き、二人の待ち人が入室してくる。

 

「お疲れ様です、卯ノ花隊長、砕蜂隊長」

「お先に失礼してますよ~」

「お疲れ様です」

「朽木はどうした?」

「声は掛けたんだけどねえ、今夜は用事があるそうだよ」

「……この会合を断るほどの用なのか?」

 

 むっと眉を寄せる砕蜂。普段は冷徹に見えるが、朔良が絡むと素直な反応を示す辺り可愛げがあると思う。

 

「ルキアちゃんと、兄妹水入らずの夕食」

「気持ちは判るが……少し顔を見せるくらいは……」

「朔良ちゃんが料亭を予約して、お膳立てしてくれたんだって」

「そうか、ならば仕方ないな」

「手の平返しが早すぎないか!?」

 

 思わずツッコむと、砕蜂はクワっと目を見開き言い募る。

 

「何を言う! 朔良殿の為の会合で、彼女の気持ちを無下にするような行為の方が問題だろう!」

「いや……言ってることは正しいし共感できるんだが……」

 

 何なのだろう、この釈然としない感じは。

 

「そちらも、総隊長は来られないと?」

「ええ。皆で話すよりも、一人で省みたいようです」

「……そうですか」

「まあ気持ちは判るよ。山じいはいち早く情報を得ていたにも拘らず、有効に使えなかった訳だし」

「とはいえ、朔良殿が掴んでいたその情報も事の全てではなかったそうだがな」

「ああ」

 

 ……………………。

 

「はいっ。では“朔良ちゃんを百年間ひとりぼっちにしてしまった親近者の反省会”を始めまーす」

 

 居心地の悪い沈黙を破り、そう宣言した京楽に思わず脱力する。

 

「……その題名は何とかならないのか?」

「ん? そうだねえ……朽木隊長は欠席だし、“親近者”じゃなくて“保護者”にしようか」

「いや、そこじゃないだろう」

「そうだ。それに朔良殿はもう保護者が必要な子供ではないぞ」

「「「…………」」」

「……何なのだその目は」

 

 三者揃って信じられないものを見るかのような目を向けられた砕蜂は、怪訝そうに眉を寄せる。

 

「……貴女がそれを言うのですか」

「は?」

「ま、まあ待ってください卯ノ花隊長。……やはり、砕蜂も朔良は成長したと思ったんだな」

「当然だ。……私が偉そうに言えたものではないがな」

「うん……そうだね」

「……朔良殿と私は、似た者同士なのだと思っていた」

 

 ぽつり、砕蜂が呟く。今彼女の脳裏には朔良と、もう一人別の女性が浮かんでいるに違いない。

 

「朔良殿は一度追いかけ、拒絶された。その上まだ子供で、受けた心の傷は私より深いのではないかとすら。だが、そんな程度ではなかったのだな」

 

 朔良が夜一達を追ったのは当然だ。しかし能力の高さ故、師匠等にも真実を知ってしまったことを悟られず。結果置いて行かれる羽目になったのは皮肉としか言いようがない。

 

「砕蜂隊長だけじゃないよ。実を言うと、あの夜藍染のアリバイを証言した隊長格ってボクなんだよね」

「何?」

「今にして思えば、あれは鏡花水月でできた偽物だったんだねえ。ボク、ちょっと藍染が怪しいと思ってたんだけど、取り越し苦労と思っちゃったからさ」

 

 五感全てを支配するという鏡花水月。京楽も仕方がなかったと言えど、藍染達の“無罪”の証人になったことは、酷く心苦しく感じているのだろう。

 

「朔良ちゃん、小さい頃から藍染に対して一歩引いたような態度で接していたよね。人懐こいあの()が、珍しいと思ってたんだ」

 

 彼女のそんな態度は四番隊に転属してから――百年前の事件から、より顕著になった。

 二人きりにならないよう注意を払い、できるだけ接触を避け、かつ周囲に不審がられない程度に抑えて。

 

「人にはどうしても合わない相手というものがあります。朔良さんもきっと、その類のものだと認識していました。仕事を疎かにする程ではなかった為、(わたくし)も無理に引き合わせようとはしませんでした。それ自体は良かったのでしょうが、本質はまるで見抜けませんでしたね」

 

 それは朔良と藍染、両方のこと。

 朔良の孤独にも。

 藍染の本性にも。

 誰も気付かなかった。

 

「……情けないことだな」

 

 零れ出た言葉は、今感じた全て。

 可愛がってきた妹弟子(いもうと)を独り、長らく危険に曝してしまった。

 百年という歳月、彼女は己の力をひたすらに磨いてきた。まだ子供と呼べる未熟な頃から、いつ何時消されるともしれない場所で。誰にも明かせぬ重荷を背負いながら。

 何が、保護者か。

 

「本当に、成長した」

 

 彼女にはもう、保護者など必要ない。ずっと判っていたことなのに、何処かまだ幼いように見ていた。“妹離れ”できていなかったのはこちらの方だ。

 

「砕蜂隊長は、時々共に鍛錬なさっていたのでしょう?」

「ああ、主に白打だがな。手合わせする度に技量が磨かれていくのが判り、しかしその一方で霊圧は低いままだった」

「霊圧を抑える道具を、十二番隊の阿近君に頼んでいたそうだな。解放された彼女の霊圧を感じた時は、何かの間違いかと思ったぞ」

「それも藍染達への対策の一環と言われちゃあ……文句なんて言えないよねえ」

 

 少しでも弱いふりをして、卍解も隠し手の内を明かさないようにして。

 地位も、ある程度の力がありながらも自由に動ける立場が理想だったと。

 

「……そんな中で、よくあの朽木兄妹のフォローをやってたね」

 

 京楽の台詞に、大きく頷いてしまった。

 特に以前は、朔良と白哉はただの同期ということになっていたので、表立って仲を取り持つことはできなかった。なので最低限に留めていたらしいのだが。

 

「今は、何の遠慮もしていないようですね」

「ええ。白哉の幼馴染みであることと、朽木の上官であること、両面を十二分に利用しています」

 

 六番隊への用事をルキアに割り振ったり、早めに上がらせたり。今度は休みを合わせられないかと画策していると見える。周囲や他の仕事に支障が出ないようにしている辺り、見事な采配だ。

 

「それで、どうなのだ?」

「以前うちに居たことがあるとはいえ、あの頃とは立場が大きく異なる。何しろ俺の“副隊長”だからな。俺はこの通り病弱で、副隊長に隊長代行をしてもらうことも多い。この二週間それとなく様子を見てきたが何の問題もない」

 

 つまり業務が滞っていないということ。

 転属して間もない環境で、それができた。加えて、新しい部下達の信用も勝ち取っている。

 

「優秀で真面目で、人たらし。以前から思っていたが、改めてそう感じた」

「上に立つ者としては、充分過ぎるねえ」

「ああ。皆もきっと同じように考えたから、俺の副隊長という提案に反対しなかったんだろう?」

 

 質問、ではなく確認。

 あの隊首会の場で示された、別の選択。

 

「朔良は、隊長となるべき死神だ」

 

 誰もがその可能性を考えた。朔良なら、と。

 けれど彼女はあっさりと、否、断固として拒否した。

 

「朔良さん自身の意志と覚悟が、とてもよく伝わってきました。周りが口を出せない程に」

「いつの間にか大人に……いや、立派な戦士になっていたのだと痛感させられた……」

「俺達があれこれ世話を焼くのは、余計なお節介なのかもしれないな」

 

 隊長にならないという判断に、思う所はある。だが朔良の主張も理解できる。白哉との関係にしても、若いとはいえ大人同士のこと。あまり首を突っ込むのも無粋というもの。

 

「……でもさ」

 

 反する声に、視線が集まる。

 

「必要なお節介なら、いいよね?」

 

 そう告げた京楽の顔は、優しげだった。

 

 

 

 

 

 翌日、再び十三番隊舎にて。

 

「現世に出張……? 私がですか?」

 

 確認中の書類片手に、彼女は首を傾げた。

 

「私、まだ副隊長に就いて二週間程ですよ?」

「それは判っている。だから、十日間の短期で構わない」

「また短いものですね。目的は?」

 

 当然の疑問。なので淀みなく答えられる。

 

「ほら、一護君が居るだろう? 彼も正式な死神代行になってから二週間だ。様子を見るのも必要だと思ってな」

「なにも私じゃなくても……」

「交流ある副官クラスが行く方がいいと案が出たんだ」

「それなら尚更、恋次の方が交流は深いでしょう」

「いや……死神代行業務としての動向を見るのが目的だからな。彼より……その、な?」

「理解しました。討伐ならいざ知らず、そういった細かいことは私の方が適任ですね」

 

 恋次には悪いが、事実だ。

 

「それに、元々空座町は十三番隊の管轄だ。それならお前が行くのが筋というものだろう」

「……判りました。お引き受けします」

 

 用意していた理由を述べ、納得してくれた様子に内心安堵の息を吐く。

 ――全て建前に過ぎないのだけれど。

 

「出立はいつですか?」

「明後日だ。構わないか?」

「急ですが、まあ大丈夫でしょう。ちょっと清音や仙太郎と打ち合わせしてきます」

 

 席を立ち、扉へ向かう朔良。浮竹の横を通り過ぎる瞬間、

 

「――ありがとうございます、十兄様」

 

 そう、告げられて。

 咄嗟に振り返ったが、既に瞬歩で消えていた。鮮やかなものだ。

 

「……やれやれ、そりゃ気付くよな」

 

 空座町。黒崎一護達が住む町。同時に、夜一も住んでいる町。

 つまり、朔良のもう一人の師、育ての父親も居る町だ。

 

「会って来いと言ってやりたいが……」

 

 これ以上子供扱いするのはどうかと思う。なので相応の理由を付けて、仕事として送り出すことにした。

 しかし察しのいい朔良は、あっさり見破ってしまった。……というか、やはり見破れない方がおかしいと思う。思慮深い所は京楽に似ている。

 自分が居ない間のことを考えて三席の二人に即会いに行く辺り、本当にできた部下だ。

 ――そんな彼女の出立の情報は、時がなかったにも拘らずあっという間に広まった。

 

 

「何でこんな人数が……」

「いいじゃないのよ~」

「乱菊、きみ仕事サボりたいだけでしょ」

 

 二日後の穿界門前。話を聞きつけた者達が朔良を見送るため、集結していた。

 言い出しっぺの浮竹と京楽、砕蜂と卯ノ花は勿論のこと、ルキアと恋次、乱菊に七緒、清音、仙太郎、元柳斎に雀部まで。改めて、彼女の人たらしっぷりを認識させられる場面である。

 そして、彼も。

 

「……朔良」

「何でしょうか、朽木隊長」

「……………………気を付けて行け」

「ありがと、白哉」

 

 ……多分、何かを言うべきと必死に考え、結局当たり障りのない平凡なことしか言えなかったのだろう。不器用な。

 そして朔良もそれを正確に読み取り、私的な対応で返した。優しい。

 

「当分は問題ないと思うけど藍染達の動向も気になるから、くれぐれも用心するんだよ」

「はい、春水兄様」

「何かありましたら十日と言わず、すぐにでもお戻りください!」

「わ、判りました砕蜂先輩」

「貴女なら大丈夫です。行っておいでなさい」

「ありがとうございます烈さん」

 

 次々に心配や激励の言葉をかけられる姿を、浮竹はそっと眺める。

 副隊長に就任して心機一転なのか、朔良は髪型と刀を差す位置を変えた。

 ポニーテールだった長い髪は、左右から少し取って後ろで束ね、流している。ルキア曰く、ハーフアップと言うらしい。

 腰に差していた刀は背中に移動した。砕蜂の雀蜂と違って珠水は刀身が長いため、白打での戦闘が少々行いにくいと感じていたそうだ。夜一からのアドバイスを受け、砕蜂や乱菊のように後ろで固定することにしたのだと。前より動きやすくなったと喜んでいた。

 

「では、行って参ります」

 

 ぺこりと頭を下げ、踵を返す朔良を見つめる。

 

 百年の傷を、少しでも癒せればいい。

 彼との再会は、辛くもあろうが得るものの方が遥かに大きい筈。この提案を京楽から聞いた時、砕蜂は難色を示したが朔良には必要なことだと思った。最終的には砕蜂も折れ、卯ノ花の後押しもあった。総隊長も即座に許可をくれた。

 これだけの人物が、彼女を気に掛けている。彼女は、それを素直に受け取ればいいのだ。

 

「ゆっくりしておいで、朔良」

 

 門の向こうに消える、小柄だけれど大きな背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜一サン夜一サン夜一サーン!」

「何じゃ喜助、騒々しい。そんなに連呼せずとも聞こえておるわ」

「朔良が、朔良が来ます!」

「は?」

「だから、朔良が仕事で現世(コッチ)に来ます!」

「なんと! 本当か! ……ん?」

「どうしました? 嬉しくないんスか?」

「そんな訳は無かろう? 嬉しいに決まっておる。じゃが……」

「はい」

「お主、何処からその情報を得た?」

「やだなあ、尸魂界からに決まってるじゃないっスか」

「尸魂界の、誰じゃ?」

「総隊長っスよ」

「いつの間に連絡を入れたのじゃ!? と言うより、百年前のアレが冤罪と証明された途端に連絡網開通か!?」

「いや~それにしても久しぶりっスねえ。夜一サンから話は聞きましたけど、成長してるんスよね。綺麗になったでしょうねえ。ほんと楽しみっス~」

「話を聞かんかー!」

 

 

 浦原商店での、一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせいたしました! 白雪桜です。

実生活、スランプと、パソコンを開く暇もなくあれこれやっていたら前回の更新から早半年……。
この数日で一気に書き連ねました(*^v^*)

↓こちら現在の、十三番隊副隊長の朔良です。以前、今の朔良の絵が見てみたいとご要望を頂きましたので、お待たせしたお詫びも兼ねて描いてみました。
今後もお待たせしてしまうかもしれませんが、応援頂ければ嬉しいです。


【挿絵表示】




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