音もなく降り立つ。羽のように軽やかに。
上司達の気遣いにより、現世へ出張という名目で師匠等に会いに来た朔良。こちらへ来る旨と日時は伝えてあるとのことなので、穿界門をくぐり一直線に目的地へ瞬歩で向かう。
“浦原商店”と言う名の駄菓子屋へ。
「あっ……」
どうやら、外へ出て待っていてくれたらしい。服装は見たことのないものだが、顔は変わっていない。しいて言えば帽子をかぶっていて無精髭があるくらいか。
それにしても。
(夜姉様から聞いてはいたけど、見事な義骸だね)
霊圧を完全に遮断し、隠蔽する義骸。この、瀞霊廷随一の霊圧知覚を誇る朔良が目視できるほど近くに来ても感じ取れないとは、まさしく本物である。
(でもこれ……ちょっと不自然過ぎかも?)
無論、他の者であれば判らないレベルの微細な違和感だ。霊子の満ちた尸魂界ならばもっとわかりやすく判別できたであろうが、今はまだ難しい。暫く観察を続けてみるとしよう。
「お久しぶりです、きー兄様」
出迎えてくれた師へ、まずは笑顔を。すると彼も笑ってくれた。
「お久しぶりっス、朔良」
声もまた、百年と言う歳月を感じさせぬほど変わりない。そのことに僅かな感動を覚え――
「朔良殿おぉ~~っ!!」
「はっ!?」
師匠の背後。開いていた“浦原商店”の玄関の奥から、聞き覚えのありすぎる声と共に巨体が突撃してきた。
眼鏡と髭、まあそれは百年前とあまり変わっていないからいい。エプロンも店の従業員をやっているとルキアから聞いたので、別におかしいとは思わない。
だが――
(何故に、三つ編みおさげ!?)
変なところで気を取られてしまうあたり、我ながら結構余裕があると思う。
その余裕を使って真上に跳び上がり、右手を突進してきた彼の頭に置き、そのまま正面へ一回転して着地した。まるで跳び箱の上を片手でバク転したかのように。
「……お久しぶりです、鉄おじ様」
……せっかくの僅かな感動が霧散してしまった。
――気を取り直して。
「元気そうで何よりっス」
「きー兄様と鉄おじ様も、お変わりないようで」
にゃーん
「滞在の予定は?」
「十日となっています。一応、死神代行の様子を見るという名目で」
「都合のいい建前もあったモンっスねえ」
ゴロゴロ……
「どうぞ……」
「あ、コレがルキアの言ってた“コーヒー”って飲み物ですね。苦いそうですが……チャレンジしてみますね!」
ゴロにゃーん
「で、いつまでそこに居るつもりなんスか? 夜一サン」
「喧しいわ。いつまででもよかろう」
そう、黒猫姿の彼女が陣取っていたのは正座した朔良の膝の上。
奥の部屋にあったちゃぶ台の傍へ腰を下ろしたところ、どこからともなく夜一が現れた。挨拶もそこそこに寄って来た彼女は、断りもなく当たり前のように朔良の膝に上がり込み、今の状況という訳だ。
「はあ……やはり
「夜一サン、発言がオッサンじみてるっスよ」
「正真正銘のオッサンに言われる筋合いは無いわ」
「まあまあ、私は構いませんよ。夜姉様の毛並みは滑らかで気持ちいいですし」
「お主は優しいのう……ああ、そこ。もう少し撫でてくれ」
滑りのいい黒毛。彼女の要望に応え、優しい手つきでなでなで……しているばかりではいられない。
「ところで、そちらの子達は?」
朔良が此処へ来た時から、襖の隙間より覗いていた二つの小さな人影。気付かない訳もないその二人の存在が、びくっと僅かに気配を揺らしたのが伝わってきた。
「ウチで一緒に暮らしてる子達っス。ジン太、雨、入っていいっスよ」
喜助が声を掛けて数秒後、そうっと襖が開かれる。姿を見せたのは十歳くらいの赤髪の少年と、少し年上に見える黒髪の少女。緊張気味な二人に、朔良は朗らかに笑いかけた。
「初めまして、私は雲居朔良。きみ達の名前を教えてもらえるかな?」
「あ、えっと、俺は花刈ジン太だ!」
「……紬屋雨です……」
感じた第一印象としては、活発そうな男の子と大人しそうな女の子と言ったところ。しかし
とはいえ、何ら問題が起きていないのなら初対面で深掘りすべきではない。なので余計なことは訊かず、自分について話すことにした。
「ジン太に雨だね。今日から少しの間滞在することになったから、どうぞよろしく」
「ああ……店長から聞いてるけど……」
「よろしくお願いします……」
少し戸惑った様子の雨はともかく、ジン太はやたらと睨んでくる。いや、朔良を睨んでいるというより……
「……おい店長」
「何スか?」
「弟子が来るって言ってたよな」
「そうっスね」
「手塩にかけた弟子って、言ってたよな」
「そうっスね~」
何と、喜助は事前にそんなことを話していたのか。若干の驚きを感じていると、ジン太が突然叫んだ。
「何だよこの姉ちゃん! あんたみたいなオッサンに、こんっな美人の知り合い居たのかよ!」
「……え」
「いやあ~、確かに朔良は綺麗になったっスよねえ~」
「全っ然想像してたのと違う! 店長の弟子って言うからゴリラみたいな女か、変人女が来ると思ってたのに! なんかすごいまともな姉ちゃんじゃねーか!」
「まあ、朔良は昔から基本真面目だったっスねえ~」
「俺の心構えの時間を返せちくしょー!」
「あっ、ジン太君……! スミマセン、失礼します……」
飛び出していくジン太。一言断わってから追う雨。
微妙な沈黙が落ちた後。
「……要するに、どんな怖い女が来るかと思って身構えてたら、存外まともな人だったもので肩透かしを食らったと」
「そんなトコっスねえ」
「事前にある程度話しておいてくださいよ」
「いやあ~、うっかりしてたっス」
「絶対わざとでしょう」
「君なら大丈夫と思ってましたし……って、さっきから夜一サン静かっスね?」
「やっぱりわざとじゃないですか。姉様なら寝てますよ」
「はい?」
「寝てます」
ちゃぶ台を挟んで対面に座っていた喜助が、身を乗り出して朔良の膝の上を見下ろす。そこには言葉通り、丸くなったまますやすやと眠る黒猫の姿。なでなでしているうちに寝入ってしまったらしい。
「……このヒト、元二番隊隊長兼隠密機動総司令官っスよね?」
「それを言うなら、兄様も元十二番隊隊長ですよね」
「…………」
あまりに無防備な様子にぽかんと呟く喜助に軽く言い返す。
「……まあいいっス。夜一サンは先に言ったでしょうし」
それだけで、何を言いたいのか察した。
「朔良、百年前は――」
「謝罪なら不要です、きー兄様」
言い終える前に、遮る。しかしそれも、彼の予想の範疇だったようだ。
「……そう言うと思いました」
「私が勝手にしたことですから。それに向こうに居たおかげで、今回護廷十三隊に居る者としての動きもできましたし。結果私には何事もありませんでした」
「……その言い方は……」
「ルキアを利用した件に関しては腹も立ちますが、直接関りのなかった私がどうこう言えることでもないので。いずれ彼女と話して下さい」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらですよ」
「え?」
一口、コーヒーを含む。苦みと香りを味わいつつ、ふっと微笑った。
「生きていて下さって、ありがとうございます」
案じていた。見捨ててしまったあの日から、ずっと。
一瞬目を瞠った師はしかし、穏やかな笑みを返してくれた。
僅かな時間の遣り取り。それだけで、充分。
「ところで、君に見せたいものがあるんス」
「何ですか?」
「こちら――」
ばん、と。一枚の畳がめくれ上がり、通路が現れた。
「地下へどうぞ」
「……成程」
夜一を起こさないよう座布団にそっと寝かせ。先に降りた喜助に続いた。
「ここって……」
地下に広がる大空間。案の定と言うべきか、双殛の丘の下にある“遊び場”と酷似している。
「修練場ですか?」
「主にそうっスね。“勉強部屋”って呼んでます」
「勉強部屋……」
「なかなかよく出来ているでしょう?」
確かに朔良にとっては慣れ親しんだ風景にそっくりだ。初めて足を踏み入れた気がしない。
喜助を追い越し見渡していれば。
「修行だけじゃなくて、内緒話するにもいい場所っスよ」
――ああ、ついにこの時が来たかと。
言葉の割に真剣な声音が届き、足を止める。
「夜一サンは寝てますし、鉄裁サンは気を遣って降りて来ません。ジン太と雨もしばらく戻って来ないでしょう」
「……はい」
覚悟はしてきた。きっと、最初に明かすならこの人だろうという確信もあった。尸魂界きっての天才たるこの人に、いつまでも隠し通せるとは思っていない。
「朔良」
さて。
「君が何者か、答え合わせをお願いするっス」
一体何処まで推察しているのだろう?
「あ、居た居た一護ー」
「は!? 朔良!?」
数日後。
今回の出張は一応、名目上は死神代行の行動観察ということになっている。喜助から下校時間などを聞き、義骸に入って学校帰りの一護を捕まえた。
「お前いつ……っつーか、何でコッチに来てんだよ」
「ちょっとした出張さ。建前はね」
「建前?」
「久しぶりに兄様に会ってゆっくりしてこいって」
「……ああ、そういうことな」
一護は決して察しの悪い男ではない。事情も多少話してある。それだけで何となく伝わったらしく、深くは訊ねて来なかった。
「きみは? 何か困っていることとかない?」
「今んとこは特にねーな」
「判った。私はあと何日かはコッチに居るから、何かあったらよろしくね」
「ああ」
用件のみを手早く済ませ、さっさと立ち去る。というのも、彼と一緒に居た学友らしき二人――一護より少し背の低い茶髪の少年と、更に少し背の低い黒髪の少年――が、ぽかんとしてこちらを見つめていたからだ。あまり長居して一護に迷惑を掛けてもいけない。
(それにしてもあの子達……少し霊力があったな)
特に茶髪の少年の方。もしかすると、死神を目視できるレベルかもしれない。
(織姫といいチャドくんといい、一護の周りには霊力の強い人間が集まるのかもしれないな)
思考を巡らせつつ、帰路に就いた。
そして、その晩。
虚発生の霊圧を感じた数秒後、伝令神機から同じ知らせのアラームが鳴る。今頃一護の代行証も鳴っていることだろうと、彼の仕事ぶりを見に行く為浦原商店の扉を開ける。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「気を付けてな」
見送りに出てくれたのは夜一ひとり。喜助は何か大事な用があるらしく、今日は朝から見ていなかった。
(必要なことなら、きっと話してくれる)
全てを明かして尚変わらない態度でいてくれる喜助は、今の朔良にとって最も信頼できる相手だ。
屋根と屋根の間を跳び、夜空の下駆ける。ほどなくして現場に到着した。
現れた虚をあっさりと倒した様を、少し離れた場所に隠れて確認する。問題ないと言っていたが、その通りらしい。
空座町担当死神の車谷善之助が一護に絡み始めたのを見て、上司として先に伝えておくべきだったかと反省する。仲裁に入ろうとしてーー
ーー剣戟音が響いた。
ひゅっと、息を呑む。常日頃から気配や霊圧を消して動く元隠密機動としての癖。これ程あって良かったと思った時はなかった。
淡い金髪は、かつてのように長くはない。けれど、飄々としたその笑みは変わらない。
一護に斬りかかったその人は、気になりながらも喜助に行方を訊けなかった一人だ。尋ねる資格が、自分には無いと感じて。
(真子、さん……!)
朔良から見て一護が左、平子が右という形で対峙している為、遠目でもどういった様子かよく判った。
平子が左手で顔をなぞったかと思うと、その動きに合わせて白い仮面が現れた様も、良く。
(! ……あれって……!)
見間違える訳もない。百年前の“あの夜”、彼を襲った白い物体と酷似している。
つまり――虚化。
(虚化を……使いこなせるようになったのか)
もう呑み込まれることは無いのだろうか。他の皆はどうしているのか。訊きたいことはあれど、やはり尋ねるべきではない。けじめをつけるまで――せめて、藍染との決戦に挑むまでは。
横顔からでは何の話をしているのか、唇を読むことはできない。だが一護と接触した辺り、用件は大体予想が付く。
(大方、一護の中の虚に関してかな)
彼の霊圧の根幹に虚のそれが混じっていることは、薄々察していた。確証を得たのは“内なる虚”が彼の中に在ると、喜助から聞いたからである。その力を使いこなせなければ、彼の人格は乗っ取られるだろうということも。
平子達が虚化を制御できるようになったのなら、彼等の下でその手段を得るのが最良に違いない。
あくまで人間で、真っ直ぐ過ぎる一護にその選択ができるかは微妙だが。
と、そこまで考えた時だった。
「っ!」
新たな虚の――否、虚に死神が混じったかの如き霊圧。
黒膣の開く気配と共に現れたそれに集中する。
(すぐ傍に雨竜くんが居る)
目の前の二人の状況は気になるが、流石に放っておけない。何しろ雨竜は今、滅却師の能力を失っているのだ。
尸魂界で会った時から彼の霊圧には普通の人間と違うものを感じていた。後に本人から滅却師と聞いてそれも道理かと思ったのだが、その上で引っ掛かりを感じたのだ。しかし他の滅却師を知らない以上、霊圧を比べることもできない。ダメ元で喜助に尋ねてみたら、あっさり答えを教えてくれた。
彼の救援に向かうべく移動する。どうせ平子の前に姿を現す訳にはいかないのだから。
瞬歩を得意とする朔良には大した距離ではなく、空を駆け目視できる範囲まで来た途端。
雨竜を襲っていた“虚”が
(この霊圧は)
見事なまでに隠されている。朔良も今深く探ってみて初めてその存在に気付いた。雨竜によく似た、しかし圧倒的に強力な霊圧。持ち主の姿を確認して、彼との血縁を確信した。
(雨竜くんの……お父様?)
霊圧の質だけでなく、顔立ちもそっくりだ。年齢的にも恐らく父親と見える。実力は桁外れのようだが。
(あれだと、隊長格にも匹敵するよ)
“虚”を一瞬で消滅させるその腕は、称賛に値する。
雨竜の父親と思わしき男は彼と少し話した後、早々に踵を返した。
危険が去ったことを確認し、ひとつ思い立ってその男の後を空から追う。
そう経たない内に――
「っと!」
飛んできた霊子の矢。想定内だったので慌てることなく珠水を抜いて叩き斬る。追撃が来る前に地面に降り立ち、後ろから追っていた筈の男がこちらを向いて弓を構えている様に感心する。
「こんばんは。一言も介さない内に攻撃とは、随分な挨拶ですね」
「許可なく尾行してくる礼儀知らずな死神に、遠慮してやる義理は無い」
「ごもっとも。では礼儀を通しましょう」
刀を鞘に納め、右手を胸に当てて一礼した。
「初めまして、私は雲居朔良。貴方のお名前は?」
「……石田竜弦」
「やっぱり。雨竜くんのお父様ですね」
「それがどうした」
「別にどうも。ただそう感じていただけです」
構えを解かない辺り、かなり警戒されているらしい。当然だが。
「いつまで付いてくるつもりだ」
「いえ、もうしませんよ。目的は果たしましたので」
「何?」
そう、目的――“思い立ったこと”は実行できた。
「貴方がた滅却師の力は興味深かったので。では、ご機嫌よう」
彼の攻撃は
どんな手段でも
気持ちを切り替えて。
ついさっきから感じているもう一体の“虚”と、それに対峙している死神の霊圧の方へ向かう。久方振りに感じるその相手は、夜一から現世に居ると聞いた人物だ。
一度会っておくだけでも――と、思考を巡らす間に一護の接近を察知し、そちらに方向転換する。
オレンジ色の頭が見え、素早く背後を取り腕を掴んだ。
「待って一護」
「! 朔良か」
一瞬身構えた彼はしかし、相手が判ると警戒を解いた。
「あの強い霊圧の所に行くの?」
「ああ。お前もだろ? 早いとこ……」
「きみは行くな」
理由は二つ。一つは今感じている死神の正体が彼の父親だからだ。どういう事情か知らないが、彼自身が知らされていないならなにか訳があるのだろう。まだ接触させるべきではない。
ここで告げるのは、もう一つの理由だ。
「は? 何でだよ」
「きみは行かない方がいい」
「だから何でって……」
「きみ、今はなるべく大きな霊圧の近くに居ない方がいいんじゃない? 特に戦いの中では」
息を呑み、黙り込む様を見て確信する。その表情は“当たり”と言っており、朔良が思っていた以上に状態が悪いのだと察する。
(推測でしかなかったけど……)
一護の“内なる虚”は恐らく、平時より戦いに呼応して出現する。抑え込む確かな術を得ていない今の彼では、大きな戦闘に加わるにはあまりに危険だ。
「……何で……」
「詳細は知らないけど、何となくなら霊圧で判る」
「…………」
「私が行く。勿論口外はしないよ」
「……判った。……悪い」
「気にしないで」
半分の理由のみ伝え、再び駆ける。後は彼の問題だ。
巨大な体躯の“虚”を視界に捉えた。仮面が一部裂けているようにも見えるが――と思った瞬間、その“虚”が崩れ落ちた。
手にしていた斬魄刀らしき刀ともども、一瞬――否、一撃で。
(―― 一心さん)
霊圧を消したまま近くに着地する。喜助も姿を現したので足音を立てずに歩み寄れば、二人の会話が聞こえてきた。その中に気になる単語を発見した。
(“
禁術を使って虚の
(……一心さんには、“そういうこと”にしてるんですか)
けれどもっと気になったのは、“
先程の“虚”は“破面”というらしい。斬魄刀らしきものを持っていたことから見るに、あれが“虚の死神化”の結果なのだろう。
けれど、二人の会話では今の奴はまだ未完成だという。崩玉を持った藍染が接触することでレベルが跳ね上がりはしたが、まだまだと。試作品だったと言う辺り、藍染らしいと思った。
そしてすぐに研究を終えるということも、“破面”を完成させるということも判る。
「……どうするよ」
「……何とかしましょ。いずれにしてもこの事態だ」
敵味方はともかくとして皆動く――ならば自分は、その中でどう動こうか。
まあ、今は取り敢えず。
「……さて、そろそろ引き上げますか」
「そうだな。あんまり遅くなって遊子と夏梨にバレてもまずい」
「へえ。じゃあ私にバレるのはいいんですか?」
二人揃って、勢いよくこちらを振り向いた。さっきの一護と平子の時と同じで、横から様子を見て近付いていたのだが、まるで気付いていなかったらしい。ちょっと優越感。
「朔良……いつの間にこんな近くまで……。腕上げたっスね……」
「さ、さ、さ、朔良ちゃん……! お、お久しぶり……」
「お久しぶりです、一心さん。お元気そうでよかった」
「お、おう……。えーっとだな、い、色々と訳が……」
どもり過ぎで、緊張しているのがありありと伝わってくる。
さて何から尋ねられるのか、根掘り葉掘り答える羽目になるのかと恐々としている一心に、軽く溜め息を吐く。
「別に何も訊くつもりはありませんよ」
「え……いいのか?」
「息子さんにも話していないことを、他人の私が問い質すのは違うでしょう」
「…………」
「上にも報告しません。いずれ知られることでしょうけど、今がその時じゃないのは判ります」
「……おう、ありがとな。助かる」
拍子抜けしたように、そして居心地悪そうにしながらも謝る彼を見ると、やはり相当に深い理由がありそうだ。
その後は一護に間違われて襲われたという彼の義魂丸――コンという名前らしい――に口止めをし、一緒に帰るというので喜助と二人見送った。
一心とコンの姿が見えなくなってから、隣で喰えない笑みを浮かべている師に切り出す。
「一心さんには真子さん達のこと、ちゃんと話してないんですね」
「聞こえてたんスか。ま、知らない方が双方動き易いと思いましたから」
「共倒れを防ぐ為、でしょう」
核心を突けば、僅かに目を瞠ったのが判った。
「藍染との戦いは総力戦になる。でも全ての戦力が一度に集まっては全滅の恐れがある。だから敢えて、個人で戦える分の戦力は別にしておく。そういうことですよね」
「……君も、様々な可能性を考えられるようになったんスねえ」
「あらゆる可能性を考慮し手段を用意せよ、そう教えてくれたのは貴方でしょうに。それに」
朔良は別に変わってなどいない。
「利用できるものは何だって利用しますよ、私は。たとえ貴方でも」
手段は選ばない。自分は弱くはないけれど、決して強い訳でもないと判っているから。
「……ホント我が弟子ながら、そういうとこが怖いっス」
「人のこと言えます? ルキアのこと隠し場所にしたくせに」
「それを言われちゃ反論できないっスねえ」
なんだかんだと言い合いつつ、二人揃って帰路に就いたのだった。
――事態が動いたのは翌日。
現世に再び、黒い亀裂が顕現した。
――少し前。
「一護オオオォォウ!!」
「おわっ!? 何だケイゴ!?」
「何だじゃねーよ何だじゃ! 誰だよ今の超美人なお姉さんは!?」
「うーん、僕らより二つ……いや三つか四つは年上な感じだね。二十歳くらい?」
「しかもかーなーりー! 仲良さそうだったけど!? 何!? 何!? 何なの!?」
「うっせえな……あーあれだ、旅行先でちょっと知り合っただけだ」
「ただの知り合い!? とてもそーは見えませんでしたけどオォッ!?」
「でも、ほんとに綺麗な人だったね。温厚そうだし、家庭的っぽいし」
「水色……悪いことは言わねえから、あいつだけは手ぇ出すなよ」
「え? 何でさ一護」
「あいつ……朔良は確かに普段は温厚だけどな、とんでもねえ顔隠し持ってんぞ」
「そうなの?」
「それにあいつには過保護で物騒な……えーと、親戚とか知り合いが多いんだ。しかも本命もいるらしいし、面白半分で手ぇ出していい相手じゃねえ」
「一護が物騒って、相当だね。判った、やめとくよ。本命の相手が居る女の子なら流石に悪いし」
「選ぶ立場的な上から目線!? ムカつくなこの野郎!」
「じゃーな」
「オオォイ! 俺は!? 俺の疑問は!?」
「うん、また明日ね」
「完っ全スルーなんすかああぁぁぁ!?」
大嵐の前の、超プチ嵐があったそうな。
お待たせいたしましたー! 白雪桜です。
難産でした……。どこまで出すかどう書くかもう難しくて難しくて……。やっとです。
こんなご時世ですので、皆様どうかお体ご自愛下さい。
次の話も頑張ります。
では。