ーー朔良は一人、疾駆する。
突如出現した、破面の霊圧を感じ取ったのはつい先程のこと。すぐさま義骸を脱ぎ、浦原商店を飛び出して上空へ舞い上がる。目を閉じて改めて霊圧を探り、その行動を確認した。
数は六つ。四方に散る動きに、その目的を即座に察する。
恐らく、大小に拘わらず少しでも霊圧を持つ者を殲滅するつもりだ。
ならばと、最優先の場所は何処か逡巡しーー二秒で決めた。
援軍に向かうべく、瞬歩で駆ける。
まず浦原商店は大丈夫。喜助と夜一は勿論、今は恋次が傍に居る。回復要員は鉄裁だ。今現世において、最も戦力の集まっている場所だろう。
一角と弓親は論外。駆けつけたところで、手を出すなと一蹴されるに決まっている。
冬獅郎と乱菊も様子見でいいだろう。特に冬獅郎は護廷十三隊の隊長、最強の死神の一人なのだ。織姫もいることだし、深手を負っても何とかなるだろう。
雨竜の霊圧も探ってみたが、どうやら父親と共にいるらしい。あの男の実力は対面して凡そ把握している。彼といるなら雨竜に心配はない。
となると、やはり気になるのは一護とルキア、それにチャドだ。一護の実力を考慮すればそう不安もないのだが、内なる虚の現状は看過できない。ルキアは上位席官クラスの実力者だが、今攻めてきている敵の中で彼女が戦えそうな相手はせいぜい二体といったところ。他の四体は厳しいと見える。チャドに関しては言わずもがな。実力もそうだがまだ傷が完治していない筈。正直一番心配だ。
そんな心配なチャドの元に、一体行ってしまった。
(……あっさりルキアに倒されたようだから別にいいけど)
そうそう、他の四体とは言ったものの――
(一人、別格が居るね)
全部で六体の破面の中で、ずば抜けた霊圧の持ち主。他五体と比べるのも烏滸がましいほどの歴然とした差。
そいつが、一護達の方に近づいている。
(……あまり悠長にはしていられないな)
そして。
感知していた破面の霊圧が二人の前に降り立った直後、その腕がルキアを貫いたのが目視でも確認できた。
「ルキアっ!」
躊躇なく接近し、地面との間に腕を滑り込ませ、自分より小柄な身体を受け留める。朔良が飛び退くのと入れ違いに、一護が相手に斬りかかった。
更に後退し距離を取る。一護の状態も心配だけれど、
(腹部を貫通してるけど、急所は外れてる。これなら何とか……)
ルキアの義魂丸、チャッピーを呼び、巻き込まれないよう結界を張る。応急処置をしつつ、町中の霊圧を探った。と言うのも。
(一角の霊圧が跳ね上がった)
彼の霊圧としては、これまで感じたことがないほどに。だがこういった霊圧の急上昇の仕方なら、心当たりはある。
(恐らく、卍解)
まさか、一角が卍解を習得していたとは思いもしなかった。周囲に隠しているからには理由があるのだろうから、暴くつもりはないけれど。
……いつもみたいに脅迫ネタにしないのかって? 流石にこれは悪い。多分彼の信念に関わること、そこまで自分は恥知らずじゃない。
それはともかく。
破面達も気になる。何をしたのか知らないが、各々霊圧が上昇している。まるで。
(そうか。きっとこの感覚が、破面の斬魄刀解放)
対して、死神勢はまずい。冬獅郎と恋次は既に卍解していながら押されているし、乱菊は先程から動かない。一護も今卍解したものの、渡り合えているのはスピードだけだ。
まあ、乱菊が動いていないのは“待っているから”だろうけれど。
何を待っているかって? それは勿論――
(――来た。限定解除)
三人の霊圧が、五倍に膨れ上がった。間違いなく限定解除だ。
護廷十三隊の隊長・副隊長は現世の霊らに不要な影響を与えないよう、こちらに来る際には極端に霊圧を制限される。それは穿界門を通る時自動的に、それぞれの隊章を模した限定霊印を体の一部に打たれることで成立する。制限の割合は八割。つまり限定解除した今、彼等の力は先程までの五倍と言うことだ。
実は冬獅郎から、今回は限定解除の可能性があると話を聞いていた。当然、朔良も副隊長に就任したのだから対象である。許可申請が必要な為、戦闘になった際は乱菊に連絡するようにと。朔良は今戦闘に参加していないので連絡していないが、この状況であれば自分も限定解除して戦うことも視野に入れなければいけない。
何せ――
「――月牙」
――そろそろ、一護がやばい。
「天衝!!」
黒い月牙。強大ではあるけれど、同時に虚の気配も強い。これはきっと、彼の内なる虚の力が加わっている。そんな危険を冒さなければならないほど強い敵、ということだ。
だが。
「上等じゃねえか死神! これでようやく、殺し甲斐が出てくるってモンだぜ!」
上空に立つ破面の左側頭部と、左肩から右大腿にかけて袈裟懸けのような跡がついている。
しかし、その程度。手傷を負わせはしたが大したダメージには至っていない。しかも一護の霊圧には揺らぎが生じている。
(そろそろ動こうか)
既にこの場以外の戦闘は終了している。皆かなりの負傷ではあるが、ひとまずは勝てたらしい。ルキアの応急処置も済んだし、これ以上一護に負担を掛けることは無い。
それに、懸念はもう一つある。
(ついさっき、また黒腔が開いた気配がした)
同時に感じたのは見知った霊圧。あの男が一人で、というのは些か不自然さが拭えないものの、強敵には違いない。その上こちらに向かっているときた。
(殺気は感じないけど……)
戦闘以外の目的の可能性もある。どう来ても対処すべく、結界を維持したまま外に出た瞬間、その男は現れた。
今一護と戦っていた、浅葱色の髪の破面の背後に。その肩を掴み、抜刀せんとした動きを制するようにして。
(やっぱり東仙!)
朔良も前に出る。地上の一護と上空の破面の間に立ち、皆を後ろに庇う。珠水に手を掛け、いつでも対処可能なように身構える。その行動と殺気を感じないことから、恐らく東仙には此処で戦う意思はないのだろうが念の為だ。
「刀を納めろ、グリムジョー」
果たして、推測は当たった。
何故此処に居るのだと喚く破面に、東仙が淡々と告げる。
「独断での現世への侵攻、五体もの破面の無断動員、及びその敗死。全て命令違反だ」
(……藍染の策にしては雑過ぎると思ったけど、こいつの独断だったのか)
黒腔を開き、踵を返して立ち去ろうとする様に一息ついた途端、一護が叫んだ。
「待て! どこ行くんだよ!」
「!」
「ウルセーな。帰んだよ、虚圏へな」
「ふざけんな! 勝手に攻めて来といて勝手に帰るだ!? 冗談じゃねえぞ! 下りて来いよ! まだ勝負は――」
瞬歩で即座に傍に寄り、一護に背を向けたまま真正面に立つ。後ろ手に彼の肩を掴み、続く言葉を制止する。
「よせ、一護」
「朔良……!」
「勝負がつかずに済んで助かったのはきみの方だろう」
「……へえ、その女の方がよっぽど頭が回るみてえだな」
初めて視界に入った、といった様子で見下ろしてくる。
「何だと……!」
「その女の言う通りだろうが。さっきの技がテメーの身体にもダメージを与えるってことは、今のテメーを見てりゃ判る。撃ててあと二、三発ってとこだろう」
正直、少し驚いた。一護の状態については朔良の見立てと同じだったからだ。戦闘馬鹿かと思ったが、なかなか見る目はあるらしい。
しかし気になったのは、続いた“解放状態”という言葉だ。
先程感じた破面達の霊圧の上昇。卍解した一護でさえこの有様であるのに、その相手が更に強くなると見た。
(……まずいな)
これが彼等のレベルだというなら、朔良ものんびりとしてはいられない。
ひとまず今夜の戦いは終わった。事後処理に動くべくルキアに駆け寄れば、乱菊がやってきた。
「朔良」
「乱菊、ルキアを織姫の所へ。応急処置は終わってるけど、彼女に治してもらった方がいい」
「判ったわ」
ルキアを抱き上げ来た道を引き返していく後ろ姿を見送り、遅れて駆けつけてきた恋次と、じっとしている一護に声を掛ける。
「きみらも行け。その傷織姫に治してもらってきなさい」
「朔良さんは?」
「私は一角達と合流するよ」
「居場所判るんスか?」
「愚問じゃない?」
「……それもそうっスね」
「ってな訳でやって来たよ」
「どういう訳でなんだよ」
満身創痍の一角に、無傷の弓親が肩を貸している。
「誰もテメーを呼んでねーよ」
「これはご挨拶だね。せっかく治療しに来てあげたのに」
「それを早く言え。てっきり冷やかしに来たのかと思ったじゃねーか」
「とどめいっとく?」
「スンマセンしたっ!」
霊力を纏った拳を見せてにっこり笑えば、あっさり掌を返してきた。慌てた反応に満足し、近くの塀に背を預ける形で座らせる。
「なかなか深手だね。致命傷は無いけど」
「たりめーだボケ」
「減らず口だなあ」
「うるせーよ」
「あ、そこの君」
黙っていた弓親が突然振り返り、そろーっと立ち去ろうとしていた少年に声を掛けた。
「少し待っててくれるね?」
「…………ハイ……」
何だか目に見えてがっくりしている後ろ姿に首を傾げる。
「あの子は?」
「たまたま居合わせたんだ。彼の家にお世話になろうと思ってね」
「ふうん、まあいいけど。彼、一護の友達だよ」
「は? そうなのか?」
「この前一緒に居るところ見たよ」
「それはまた、世間は狭いね」
「家主の承諾があるならいいけど、あんまり迷惑かけないようにね」
「へいへい」
「あ、それと」
「あ?」
「この手の秘密をバラしたり脅迫ネタに使ったりするほど、私落ちぶれてないから」
「……あ?」
「きみほどの実力者があえて隠してるってことは、何か理由があるんだろう? ちゃんと黙っててあげるから、心配しなくていいよ」
驚いた表情に変わり、一角の卍解のことというのは伝わったようだ。手早く応急処置だけ済ませ、最後に「じゃあね」と言い置き踵を返す。
背後から「あれは脅迫……脅迫だよな? チキショー!」とかいう叫びが聞こえて再び首を傾げた。秘密にしておくと言ったのに、解せぬ。
「よし、行こうか」
「ったく……この先どうすりゃいいんだ……」
「まあどうにかなるって。君、待たせたね」
「あ……ハイ……。あのぉ……」
「うん? 何?」
「さっきのお姉さん……俺会ったことある気がするんスけど……」
「顔見てないの?」
「ちょっと……角度的に見えなかったっス……」
「そうか、じゃあ気のせいだよ」
「え……じゃあって……」
「うん、気のせい」
「いやいややっぱ会ったこと……」
「気のせいだろうっつってんだよ」
「…………ハイ……スイマセン……」
――そんな会話があったとは露知らず。
戦いから一夜明けた、今日。朔良は、一護の元を訪れた。
クレーターのように抉れた地面。最初に破面達と戦った場所に、彼は居た。
「一護」
「……朔良か」
こうしているだけでも、彼の霊圧が少しずつ別のものに侵食されていくのが判る。それも朔良だからであるが。
なればこそ、時間は無い。
「俺から会いに行こうと思ってたんだ」
「私に?」
「ああ。頼みがある」
朔良に頼み。彼の状態を分析すれば、察するのは容易い。
「俺と同じような霊圧の奴を探してくれねえか?」
果たして、予想通りだ。だが、ここは敢えて問いかける。
「……きみと同じって?」
「俺と同じ……虚の力を得た死神の霊圧だ。……お前なら、判るんじゃねえか」
「……判った。少し待っててね」
目を閉じ、立ったままの姿勢でできる限り力を抜く。全神経を霊圧探知に集中させ、研ぎ澄ませる。
確か彼等は、喜助手製の特別な義骸を使っている筈だ。現世に来てから毎日、喜助本人と鉄裁が使用しているそれを観察していた為、特徴は掴んでいる。ほどなくして、彼等の反応を発見した。
「……見つけた」
「! ホントか」
「少し遠いね。近くまで先導するよ」
「……何も訊かねえのか」
「きみが考え抜いた中でのベストなんだろう? 私も同意見なだけさ」
「……ん? ってことは、お前俺が探してる相手のこと知ってんのか?」
「おや、私が何も訊かないのにきみが訊くのかな?」
「……判ったよ」
渋々引き下がった様子にくすっと笑い、先導する。
しばし歩き、やがて目的の場所が見えてきた。
「あそこ。あの廃工場だよ」
「そうか、ありがとな。あと……」
「大丈夫、他のみんなには黙っとくから」
「……悪い」
「これから大変なのはきみの方だろう? こっちは気にしなくていい」
ぽん、と肩を叩いて送り出し、朔良自身は廃工場から見つからないよう塀の陰に身を隠す。
ひとまず引き合わせることはできた。後は一護次第だろう。
とはいえ、やはり動向は気になる。距離は保ったまま霊圧感知で様子を探っていると、突然一護の霊圧が跳ね上がり平子とぶつかった。
(死神化したのか)
殊勝に頼むのではなく、力尽くで聞き出すことにしたようだ。なんとも一護らしい。
(でも、そう上手く行くかな)
双殛の丘で感じただけだが、彼の虚の力は凄まじい。卍解した白哉を圧倒し、あっという間に追い詰めてしまうほどに。
(簡単に制御できたら苦労しないだろうに)
虚化についてはよく知らないが、強大な力はコントロールが難しいものだ。一護とてそうやすやすとはーー
「っ!?」
がっしゃーん、と派手な音が響き、咄嗟に角から顔を覗かせる。
(ええと……真子さん?)
一瞬の間に感じ取った霊圧を振り返って推理してみる。
一護と応戦していた平子を、殴ったのか蹴ったのかは判らないが、とにかくひよ里が吹っ飛ばしたようだ。で、工場の窓を突き破って飛んで行ったと。
(……どーいう展開になったらそうなるんだろう……)
二人の関係は百年経っても変わらずにいるようで安心した、そういえば他の人達はどうなのだろうか、などと少々現実逃避気味に思考を飛ばしていれば。
「……一護」
思わず、その名が口から零れた。
急上昇した、否、文字通り爆発したかのような彼の霊圧。虚の力が色濃く出ているそれは、戦っていたひよ里を瞬く間に追い詰めた。これは死ぬ、と思う程に。もっとも――
(あの人達が傍に居て、そんなことさせる訳ないけど)
予想通り、暴走した一護がすぐさま取り押さえられたのが感じ取れた。どうやったのかは知らないが、虚の霊圧もあっという間に霧散していく。
(しかし、まさか七人全員で抑え込みに掛かるなんてね)
それだけ彼の虚の力が強大だということなのだろう。その危険度が伝わったのであれば、ひとまずは大丈夫。ここから先は彼等、“仮面の軍勢”に任せるべきだ。
「……負けるなよ、一護」
届くことのない激励を残し、踵を返した。
「……と、いうことでした」
所変わって浦原商店の勉強部屋。崖のようになっている岩場に腰掛け、傍らに立つ喜助に一部始終を伝える。“仮面の軍勢”関連なので、報告しに戻ってきたのだ。まあ、報告するまでもなく彼の想定通りなのだろうが。
「そうッスか。思ったより早かったっスね」
「予想の範疇ですよね」
「黒崎サンの虚の力は強大過ぎます。先に克服したヒトから学ぶのが最善っス」
「確かに、こればかりは私にもどうすることもできません」
大きな力を抑え込むことに関しては、朔良も他人事ではない。
元々霊力を持たない者として生まれた朔良にとって、与えられた霊力というのは強大過ぎた。扱いきれない部分は封じているくらいなのだ。故に、一護の持つ力が強すぎてどうしようもないという状態には共感できる。
しかし、虚の力となると完全に門外漢だ。
「後は黒崎サン次第でしょう」
「まあ、結局はそういうことですよね。ところで、あの二人は修行中ですか?」
朔良が腰掛けた崖の下。目線の先では、チャドと恋次が土煙を上げながら派手にやりあっていた。
「そうっス。茶渡サンに頼まれましたので、阿散井サンにお願いしたんス」
「自分で相手をしない辺り、貴方らしいですね」
「そう言われましても、これ以上茶渡サンを鍛えるには卍解が必要だったんスよ」
「つまり、貴方の卍解は他人の修行に向かない、と」
一瞬、喜助が黙った。
「……何でそう察しがいいんスかねえ……」
「誰でも判るんじゃないですか? 貴方が元十二番隊隊長ってことはとっくに知られているんですから」
「……あー……まあー……それはともかく」
「強引に話題を変える気ですね」
「と・も・か・く。どうっスか? 君も修行したくなってきたんじゃありません?」
「私ですか?」
「ええ。――こんな風に」
――突如として振り下ろされた、抜き身の紅姫。けれど朔良は慌てず逆手で半分抜刀し、刃の部分で一撃を受け留める。
僅かな沈黙の後、喜助から感心した声が上がる。
「……成長したっスね。昔の君なら大きく飛び退って躱していた。こんな風に易々と刀で防ぐなんてできなかったでしょう」
速さを得意とする朔良にとっては、躱す方が簡単だ。腕力や耐久力が弱い分、特に。
刀を受け留められたのは、それが実行可能なだけの力を身につけたということだ。
「このくらい、できるようになってないとまずいですって。百年経ってるんですよ?」
「それもそうっスね。じゃあ、もっと見せてくれますか?」
「はい?」
「君の卍解。是非見せて欲しいっス」
……何とも、直球なことだと思う。しかしまあ。
「断る理由はありませんね」
師と仰いだ相手に、今の実力を見せるのは必要なことだ。まして喜助はなかなか自分から戦う気にならないので、このチャンスを逃すのは愚策なのである。
立ち上がり、もう少し開けた場所に移動する。一度納めた珠水を、今度は完全に抜き放った。
「それじゃ行きますよ、きー兄様」
「いつでもどうぞ」
彼もまた、紅姫を解放し構える。その動作を見届けてから、珠水の切っ先を地面に突き立てた。
「――卍解」
お待たせしました! 白雪桜です。
す、進まない……! 思ったように話が進まない……。
しかしながら話の内容が詰め込み過ぎになりそうでしたので、今回はここまでで切りました。
更新速度は遅いものですが、精一杯頑張りますのでどうか見守っていただけると幸いです。