偽から出た真   作:白雪桜

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第七話 再会と暴露は突然に

 ある日の二番隊隊舎。

 

「気を付けての」

「はいっ。行ってきますっ」

 

 夜一から書類の束を受け取り、朔良は隊舎を出た。左右を確認し、瞬歩を使う。

 

 これは朔良の、瞬歩の修行だった。

 

 事の発端は朽木家への訪問。白哉を瞬歩の鬼事で見事打ち負かした朔良は、更に磨きをかけようとあれこれ方法を考えた。それを見かねた夜一に……と言うか、師として黙っていられないと、一つの修行法を提案されたのだ。

 それが瞬歩を使ったお使い。夜一の仕事の書類を別隊に届ける、というものだった。

 機密とかいいのかという話になりそうだが、朔良に任せるのは案内状や定期報告書と言った簡単なもの。重要文書や至急に必要な書類は持たせないということらしい。念の為に夜一のサインと判子が押された許可証を持たされているので安心だ。

 

 ただし決まり事が幾つか。

 

 疲れたらきちんと休むこと。

 柄の悪い死神には近付かないこと。

 寄り道をせずに真っ直ぐ行って帰ってくること。

 迷ったと思ったらその場を動かないこと。

 

 とまあこんな所だ。

 

 そういう訳で今日は三日目。初日が六番隊、二日目が五番隊だったのは隊長との面識を考えてのことだろう。銀嶺と蒼純には直接会って手渡せた。五番隊の時は丁度藍染が任務に出ていて平子だけにしか会えなかったが、何故かそれでよかった気がする。

 

「今日は十三番隊っ」

 

 これも夜一の配慮だろう。十三番隊の隊長はとても穏やかで優しいと聞く。それにこの隊には、会えるかどうかは判らないが『あの人』が居る。

 心なしか楽しみに、教えられた道順通りに瞬歩を駆使して走っていく。適度に休憩を入れつつ、ようやく目的の門の前に辿り着いた。

 

「失礼しまーすっ」

 

 基本どの隊舎にも門番はいないらしい。大きな門を開けるのは億劫で、一声かけてから瞬歩で塀に飛び乗り中に入る。

 隊舎内の道は全く判らないが、そのうち何とかなるだろうと楽観的に考えていた、その矢先。

 

「……ありゃ?」

 

 前方に人影発見。誰かと話す後ろ姿、酷く見覚えがある。

 

 まさか、こんなに早く会えるとは思わなかった。

 

「――海燕さんっ!」

 

「――え? あ……お前、まねっこ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だよー、そういうことなら早く連絡くれよまねっこ」

「連絡も何も、私死神じゃないですから。っていうか今の私雲居朔良ですってばっ」

「ああ悪い悪い。つい癖でな。いやお前のことさー、『まねっこ』としか呼んだことねえだろ」

 

 志波海燕。現在は十三番隊第四席を務めているそうだ。朔良が『まねっこ』になるきっかけを、そして『雲居朔良』になるきっかけを与えてくれた人である。

 

「そうですねー。海燕さんが『まねっこ』って呼び始めたから私名前忘れちゃったんですよねー」

「……うおい、怒るなよ」

「怒ってませんよう。『まねっこ』って呼ばれるのは嫌いじゃなかったですもん」

「……じゃ、嫌味言うなよ……」

 

 嫌味を言った覚えはないのだが、さておき。

 偶然にも隊舎で会った彼に事情を説明し、隊長の所まで連れて行ってもらえることになった。夜一に拾われたことから、今実行中の修行も含めた事情を。

 

「俺が届けてもいいんだがな」

「私、隊長に会っちゃダメですか?」

「いやそうは言ってねえけど……」

 

 ごにょごにょと言葉を濁す海燕だが、知ったことか。隊長に会える機会をみすみす見逃す手はない。

 離れのように建っている部屋まで案内された。

 

「隊長、海燕です。二番隊からのちっこい使いが書類届けに来ました。入れていいっすか?」

「ちっこい使い? よく判らないが構わないよ」

 

 簾の向こうから聞こえた穏やかな声。めくり上げると、布団に入って上半身だけ起こした長い白髪(はくはつ)の男性がいた。

 

「これは本当に小さなお使いさんだね。名前は?」

「雲居朔良です! はじめまして浮竹隊長っ」

「はは、元気のいい子だね。しかし死覇装でないところを見ると死神じゃないのか? 貴族のお子さんかな?」

「いーえ隊長、コイツ流魂街出身ですよ。ほら、前に俺話したでしょ。『まねっこ』ってガキのこと。コイツがそうです」

「ああその子のことか! ……ん? でも何故その子がここに?」

「なんでも四楓院隊長に拾われて弟子になったらしいですよ」

「何、夜一の?」

「はいっ。まだ瞬歩しか教えてもらってませんけど。あ、これ書類です」

 

 少々迷ったが、やはり寝ている人に手渡すのは憚られたので傍まで行って枕元に置く。具合が悪いのに長居しても悪いと、すぐさま立って一礼する。

 

「では失礼しますっ。お大事にっ」

「え、いや待ってくれ朔良ちゃん。もう少しゆっくりしていくといい」

「はい?」

「特に急いでいる訳ではないんだろう?」

「そーですけどお邪魔じゃあ……」

「邪魔なんてことはないさ。話に聞いてた物真似も見てみたいし……そうだ、お菓子あるんだ。あげようか」

「いただきます」

「……オメーこういうトコほんと現金だよな……」

「失礼ですね海燕さんっ。お子様と言ってくださいっ」

「いいのかそれで!? いやガキだけど!」

 

 なんかつっこまれたが気にしない。今はどの物真似をするかが重要だ。畳の上に正座し饅頭を頬張りつつ考える。相手は隊長とはいえ病人、あまり大騒ぎするようなものは避けるべきだろう。……と、思っていたのに

 

「犬とか猫の真似でいーんじゃねえの?」

 

 海燕におもいっきりにやにやした顔で言われたので前言撤回。ここは、おもいっきり騒がしてやろう。

 にぱ、と笑って口を開く。

 

 

「『おうまねっこ聞いてくれよ、今日ウチの副隊長がな』」

 

 

「ちょっと待てコラ」

 

 がし、と大きな手に頭を掴まれた。

 

「なんですかー?」

「なんですかじゃねえよ。何で俺の声出してんだよ。つーか何でそんな会話覚えてんだよ」

「おっしゃってる意味がわかりません―」

「テメエ……」

「凄いなあ、そっくりなんてものじゃないじゃないか! もっとやって見せてくれ」

「ちょ、隊長……!」

 

 

「『最近浮竹隊長がよー』」

 

 

「だから待て!」

 

 今度は両手で挟むようにして掴んで来た。

 

「『待て』って、私犬じゃないです」

「つまんねえ揚げ足取ってんじゃねえ! 何言おうとしてんだテメーは!」

「そんなに慌てることですかー?」

「そうじゃねえだろ! とにかく待」

 

 

「『十三番隊で』」

 

 

「待てっつってんだろうが――!!」

 

 

 はい、騒がしくなりました。

 

 

 

 

 

 

 ――結局、さんざん海燕をいびり……もとい、困らせた後、朔良は売り子や庄屋の声を真似ることにした。それでも浮竹は喜んでくれたので良かったと思う。

 

「それじゃあ、そろそろおいとまします」

「ああ、とても楽しかったよ。また来てくれるかい?」

「はいっ。ごちそうさまでしたっ」

「ったく、オメーはほんとに……」

 

「『実はよ』」

 

「判った判った! 俺の負けだっての!」

 

 両手を軽く上げて降参ポーズをとる海燕に、朔良はふふんっと笑ってみせる。

 もう少し話していたい気もしたが、あまり遅くなると夜一は煩い。イコール心配されているということでもあるのだが。

 見送ると言ってくれた海燕をやんわりと断り、戸口に立ってはたと思い至った。

 

「そうだ、お二人とも」

「ん?」

「何だい?」

 

 肩越しに振り返ってにっこり笑う。大事なお知らせだ。

 

 

「私、『まねっこ』ムキゲン(・・・・)営業停止にしましたのでっ」

 

 

 じゃあと言って去った後、「はあああっ!?」と声が聞こえた。

 

 


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