偽から出た真   作:白雪桜

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第八話 幼き感情

 最近、少々変わった友ができた。

 

 出会ってから毎日のようにやってくる彼女は流魂街出身だ。素直で純粋なのに、少し悪戯好きでかなり強引。賢いのだが抜けている所があり手加減というものを知らない、そんな少女。名を――

 

 

「白哉ーーっ!」

 

 

 ――雲居朔良。

 

 

 

 

 

 

「はい私の勝ちっ!」

「……また……速くなったな……そなたは……」

 

 会いに来てやることと言えば瞬歩の鬼事。勝敗をはっきりさせるために制限時間付きだ。若干ではあるが日に日に速度を上げているようなのは、きっと気のせいではない。何せ彼女は、午前中は師の手伝いと称して瞬歩の修行をしているのだから。自分の所に遊びに来るのは決まって午後だ。

 だからと言って、負けるつもりで相手をしている訳ではない。……今の所一勝もできていないが。

 

「あー楽しいっ! ねー白哉休憩しよっ」

「……すまぬが私は鍛錬中だ。終わってから……」

「えーでも素振りでしょ? いいじゃないほらほらっ」

「お、おい」

 

 ぐいぐいと引っ張られて、仕方なく縁側に腰掛ける。隣に座った朔良は袂をごそごそと探り、小さな包みを取り出した。

 

「はい白哉っ、辛子煎餅っ」

「え」

「で、私は苺大福っ」

「……何故」

「あれ? 白哉は甘いもの苦手で辛いもの好きって聞いたんだけど」

「……誰に」

「銀嶺爺様」

 

 四楓院夜一でなくて良かったと心から思う。

 

「随分、爺様と親しくなったのだな」

「うんっ! 銀嶺爺様も蒼純様も、会ったらいろいろお話してくれるの」

 

 昨日も、と楽しそうに話す彼女を見るのは、嫌ではなかった。終始笑顔の彼女の傍に居ると心地いいとさえ思えた。

 遊んで、話して、共に庭を回る。これが朔良と過ごす時間だった。

 

「桜も散っちゃったねー」

「そうだな」

「でもすぐ椿が咲くよっ。椿って六番隊の隊花だったよね。銀嶺爺様と蒼純様の隊っ」

「ああ」

「白哉も六番隊に入りたいの?」

 

 返答に窮した。決まっている、尊敬する父と祖父の隊に入り、いずれは隊長となるのが目標だ。しかし、即座にそうは言えなかった。

 

「……そなたは」

「うん?」

「そなたは、どうしたい?」

 

 聞いてみたかったのだ、彼女の意思を。ずっと目標を変えることなく掲げて来た自分とは違い、彼女が死神としての教育を受け始めたのは最近だ。近い実力と才を持った初めての友。何を目指すのか、何を目標に掲げるのか。気になって仕方がない。

 

「どーいう意味?」

「……『まねっこ』を辞めたと、父上から聞いた」

「うんっ」

「……何故笑っている? 『まねっこ』が好きではなかったのか?」

「好きだったよ」

 

 好き“だった”。ならば、今は。

 

「あ、今は嫌いってことじゃないの。もっとやりたいことができたの」

「……やりたいこと?」

「……白哉はさ」

 

 ぴょん、と縁側から飛び降りた朔良。てくてくと歩き、少し離れたところで足を止めた。背を向けたまま、こちらに話しかけてくる。

 

「お爺様の後を継いで、朽木家の当主になるんだよね」

「……ああ」

「で、同じように六番隊隊長になりたいって思ってる?」

「……朔良、そなたは何を」

「思 っ て る ?」

 

 僅かだが、怯んだ。強い意志の籠もった声、答えることを強要する声。こんな彼女は初めてだ。

 

「……そう、思っている」

「だよね。白哉はそんな感じがしたもの」

「朔良?」

「でもさ」

 

 振り返った彼女は、笑っていた。

 

「私にはそういうの、無いの。『まねっこ』をしてたのは、半分はお金稼ぎで半分は楽しかったから。でも今はお金の心配ないし、もっと楽しいこと見つけたの」

「……楽しい?」

 

 後ろ向きな発言とは裏腹に、とても強い勝気な瞳が挑戦的に煌く。ばっ、と両手を広げて続いた彼女の言葉は、間違いなく白哉の心を突いた。

 

 

「強くなること」

 

 

 単純で、明快な回答。何の裏もない、純粋な答え。

 だからこそ、白哉は驚きを隠せなかった。

 

「瞬歩で夜姉様に負けた時、仕方ないってわかっててもすっごく悔しかった。もっと強くなりたいって、思った」

 

 こんな、自分より年下の少女が、それを言うのかと。

 

「夜姉様を超えたい。そう思ってたから、白哉の言ったことがすっごくうれしかったの」

「言ったこと……?」

「……『あ、当たり前だ! 四楓院夜一など、いずれ抜き去ってみせる!』」

 

 初対面の時交わした言葉。寸分違わぬ声と口調で紡がれたそれは、確かに自分の言葉だった。

 

「私だけじゃないんだって思った。でも、わかってたの。『まねっこ』をやってちゃあ、本当に追い越すことなんてできないの」

「朔良……ではそなたは」

「無理してやめたワケじゃない。どっかでやめなきゃいけないのもわかってた。それがちょっと早かっただけ。それに言ったでしょ」

 

 しゅっ、と姿が掻き消える。かと思えば、文字通り『眼前』に居た。どうしてか、胸が高鳴る。

 

「強くなるのが楽しい」

「……朔良」

「でもまだ白哉みたいに目標はないの。何になりたいとか、強くなってどうしたいとか、全然わかんない。けど」

 

 一歩下がって離れる彼女。内心ほっと息をつく。これ以上心臓が跳ねてはどうしようかと思っていた。

 なぜ胸が高鳴るのか、その理由は見当もつかないが。

 

「今はただ、強くなりたい。死神になりたい。白哉と一緒に、もっともっと大きくなりたい。……これが答えじゃ、ダメかなあ?」

 

 答えと言われ、はたと気づく。そうだ、自分は彼女に質問していたのだ。「そなたはどうしたいのか」と。自らの思いを語りながらも最初の問いにきちんと答えてくれた彼女に、問うた自分の方が忘れていた。

 

「い、いや、それで構わない」

「そう? よかったー」

 

 ぱあっ、と弾けるような笑顔。訳も判らず赤面すると、上から声が降ってきた。

 

「おや、遊びに来ていたのか朔良ちゃん」

「あ、蒼純様っ!」

 

 振り返るといつの間にか後ろに父が立っていた。そう言えば、今日は確か非番だった筈だ。縁側に膝をついて朔良の頭を撫でる父は、何故かとても楽しそうだ。

 

(思えば……)

 

 朔良と初めて会った日も、祖父と一緒に楽しそうな顔をしていたと記憶している。一体何が楽しいのだろうか。

 

「いつも白哉と遊んでくれてすまないな」

「私が楽しいですからいいのですっ」

「そうか。次は何かお土産を用意しよう」

「いいですようそんな」

「甘いものは好きだろう?」

「大好きです」

 

 ……素直だ。

 しかし、心温まる会話であるはずなのに。彼女が「大好き」と言った時胸中に浮かんだのは、奇妙な不快感だった。もやもやとした黒雲のようなものが僅かにあるようで、すっきりしない。こんな感情は初めてだ。

 

「っと白哉、庭まわろっ!」

 

 それが、彼女に話しかけられただけで瞬く間に消え去った。何となく気分がよくなって、掴まれた手を素直に引かれる。

 

 朔良の笑顔は、まるで太陽のように感じた。一緒に大きくなりたいと言われて、少なからず喜びを覚えた。

 時折高鳴る胸の鼓動も、握られた掌も。とても心地いい。隣に立って共に成長していけるのが自分だという実感が湧いた。

 何故ここまで、そう感じるのかは判らないけれど。

 

「……こちらの台詞だ」

「? なにが?」

「何でもない」

 

 

 (『嬉しかった』は、こちらの台詞だ)

 

 

 

 

 今はまだ、この気持ちの名前を知らない。

 

 

 

 


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