第25話.side???
「死んだ……?」
「ああ……息子は交通事故にあって死んだ。今までせがれと仲良くしてくれてありがとな。葬儀についてはまた後日。それじゃあ俺は行くから……」
そう言って家から出ていった義父さんの背中は、酷く悲しいものだった。いつもおちゃらけた調子で私たちをからかってくる彼の姿は、どこにも感じられない。そしてそれは私も同じだった。
『彼』が死んだと聞かされた時、私の心に満ちたのは無。悲しみも、苦しみも何もない。完全な無。感情が死んだと言っても過言じゃないかも。
ただ一つだけ心に到来した思いは、自分の生きる意味が無くなったということ。『彼』がいなければ自分が存在している必要はない。それだけ『彼』の存在は私の中では大きかった。
『彼』との出会いは忘れもしない7年前のこと。私は旅行先で運悪く犯罪組織につかまってしまい、人身売買の道具として扱われそうになっていた。様々な場所から攫ってきた子供たちと一緒に狭い牢屋に押し込まれたときは、子供ながらに死を覚悟した。
そんな時に現れたのが『彼』だった。その国の軍の作戦に同行していた彼は、私たち「商品」が閉じ込められている檻を解放してくれたのだ。
そのまま軍の本体が犯罪組織のアジトに攻め入り、犯罪組織は壊滅したのだった。でも私に待っていたのは解放の喜びを打ち消すほどの絶望だった。私の両親はすでに売られて知らない国に送られてしまったか、すでに殺されてしまった可能性が高いとのことだ。
その知らせを聞いた私は足元から世界が崩れてしまったような感覚を覚えた。そんな私を心配してくれた『彼』は、なんと身寄りのなくなった私を引き取ってくれたのだ。
一時は完全に心が死んでしまった私だったけど、『彼』が献身的に接してくれたおかげで徐々に感情を取り戻すことができた。以前に比べてかなり口数は減ってしまったけど。
そうして一緒に生活していくうちに、私はこう思っていた。この人に恩返しがしたい。何もない私に唯一残されたこの命で、この人を一生支えていきたいって。
そんな『彼』が死んだ。私の生きる導だった『彼』が……私の心は再び無に戻った。何も感じず、何も考えず。
『彼』の葬儀が終わってからはそれがより顕著になった。完全に死んだ目で組織の集会に出たときは、お化けかなんかと勘違いされたほど。そして感情も思考も死んだ人間がそう長く生きられるはずもない。実際私が自ら命を断つのに、さほど時間は掛からなかった。
……Now loading……
気づけば真っ白な空間にいた。左右上下全てが白い空間だ。そんなところにいても、私の心が何かを感じることはない。たとえ目の前に白いワンピースを来た少女が突然現れても、驚くことすらなかった。
「うーん。今度の人は自殺者かー。自ら命を断ったのなら、転生の望みは薄かなぁ」
少女が何かを言っている。私には関係のないこと。早く楽にしてほしい。私はもう何もしたくない……
「プロフィールは……
その言葉を聞いた瞬間、私の心に一点だけ炎が宿った気がした。
「今……なんて? トラックに轢かれた……少年?」
「え? ああうん。ちょっと前に導いた魂なんだけどね? 面白い子だったんだよー。いきなり拉致がどうこうとか言ったり、私をみてあんなに冷静な反応をするのには驚かされた。 いやー、あんな人間そうはいないよ!」
そう言ってケラケラと笑う彼女だったが、私はそれどころではなかった。私の中でカチリとピースがハマったような音がする。もしかして、とそんな思いに駆られて、私は目の前の少女に質問を繰り返した。少年の容姿、立ち振る舞い、態度、言葉使い。全てを聞いて確信した。『彼』だと。
「それで、彼はどうなったの?」
「君、なかなか質問攻めがすごいね……」
凄まじいまでの質問攻めを受けた彼女が疲れたような表情を浮かべたが、今は無視する。
「答えて」
「はいはい、分かったから落ち着いて? 彼は転生に応じて第二の人生を歩むことを決めたよ。今頃新しい生を満喫しているんじゃないかな」
転生。その言葉には少し覚えがあった。『彼』が読んでいた書物に、転生を題材にした話が沢山あったから。確か、ラノベとか言ってたっけ? あんまり興味がなくて私は読んでなかったけど、知識ならある。
「私も転生したい」
「おぉう。聞く前から答えが帰っきちゃったよ……それはありがたいことだけど、行ける世界はこちらが決めさせてもらうよ?」
「その少年と同じ世界なら、問題はない」
「分かった。そっちがその気ならこちらとしても問題ないよ。彼と同じ世界に送ってあげよう」
小さく灯った心の炎が、激しく燃え上がるのを感じる。止まっていた私の中の時間が動き出した。『彼』にまた会える。自然と笑みが浮かんだ。
「それで、転生先は何がいいかな?」
転生先。確か転生というのは新たな生を受けて生まれ変わることだったはず。だったらこれも決まっている。
「彼と同じもので」
「彼と同じ、ね。あの子はジンオウガって言う四足歩行型の大型モンスターに転生したんだけど……分かるかな? ジンオウガ。まあともかく、人間とはかけ離れた怪物に変わりはない。本当にいいのかな? 人間の姿を捨て去って、モンスターとして生きる覚悟はある?」
ジンオウガという言葉を聞いて、私の心には懐かしさが到来していた。『彼』と私はあまり趣味は合わなかったけど、数少ない合った趣味の中の一つがモンスターハンターだった。『彼』の家に居候していた私は、暇なときはよく『彼』と一緒にモンハンをしていたものだ。
それにしてもいくらモンハンが好きだからって、ジンオウガに転生するなんて。ふふっ、キミらしいね。
「覚悟は出来てる。なんの問題もない」
「その目、本気みたいだね。分かったよ、君をジンオウガとして転生させてあげよう」
そうして彼女は片手を前に出し、何かを念じるように目をそっと閉じた。すると彼女の手から光る鱗粉のようなものが出現し、私の周りを取り囲み始める。やがてそれらは一つにまとまり、私の中に吸い込まれていった。
「これは?」
「ちょっとしたおまじない。転生する君へ私からのささやかなプレゼントだよ。向こうであの子に会ったらよろしく言っといてね」
次の瞬間、身体が光に包まれた。徐々に意識がなくなっていくのが分かる。けどそれは嫌な感じじゃなく、どこか暖かい気がした。これが転生……
『彼』にまた会える嬉しさを噛みしめながら、光の中で私は目を閉じた。