長に認められて『雷狼の里』の一員になれたわけだが、今日はもう遅いとのことでその場で解散となった。各々自分の寝床と決めている定位置に戻っていく。
当然俺にはそんな場所はないのだが、そこは堅物が気を利かせて空いている木の洞に案内してくれた。なんだよ、仲間になってみれば結構いいやつじゃねーか。そう言ったら思いっきり威嚇されたが。照れ隠しだな、分かる分かる。
そのまま洞の中でくるまって寝て、その日は過ぎていった。
翌日、日の光と共に起床した俺は、群れのことを何も知らないのでとりあえず昨日の広場に行ってみることにした。するとそこにはすでに数匹のジンオウガが集まっているのが見える。みんなきっちりと整列していて、なんだか学校の朝礼を思い出したよ。
「おい、お前もこちらへこい」
ボーっとその光景を見ていた時、後ろから堅物にそう声をかけられた。堅物が整列しているジンオウガ達の前に立つのが見えたので、俺もその横に続くことにした。
「みな、昨日のことは知っていると思うが、改めて紹介しておく。我らの里に新たな仲間を加えることになった」
その途端、わっと歓声が上がった。まぁ歓声とは言ってもジンオウガだから遠吠えに近いものだが。
「こやつの力は昨日の長との試合で見た通り。戦力としても申し分ない。我らの里に新たな仲間を加えるのはとても珍しいことだが、異論はあるだろうか?」
堅物が言葉を切ってしばらくジンオウガ達を見ていたが、ジンオウガ達が特に何かをいう気配はない。どうやら異論はないようだ。内心少し心配していたが、結構安心出来たな。
「よし。異論はないな。ならば今日の集会は終了だ! 各々自分の持ち場へと行き、今日の勤めを果たせ。雷狼の里に栄光あれ!」
「「「「「「「栄光あれ!」」」」」」」
堅物の遠吠えに合わせるように、全てのジンオウガが遠吠えを重ねていく。多分これが群れでの結束の証みたいなものなのだろう。次回からは俺もやってみよう。
遠吠えが終わった後、ジンオウガ達が迅速に行動を開始していた。恐らく今日の勤めとやらをしに行くのだろう。見回りとか警備とかだろうか?
「おい白いの」
再び堅物が話しかけてくる。てか白いのって。前々から思っていたことなのだが、こいつら名前ってものはないのだろうか。
「白いのはやめろ……俺のことはそうだな、シロウとでも呼んでくれ。お前はなんて言うんだ?」
「名前持ちなのか。つくづくよく分からんやつだな。群れに所属しない1匹狼が、どこで名前をもらったのだ?」
堅物の話によるとジンオウガの間で名前というのは、群れの長と長が認めた数名に与えられる、勲章みたいなものらしい。雷狼の里で名前持ちは長を含めてたった6匹しかいないそうだ。因みに堅物も名前持ちで、ウォルと言うんだと。
「まぁいい。ではシロウ、お前はこの里についてまだ何も知らんだろう。それについて詳しく教えてやる」
そこから時間をかけて、ウォルは里のルールやらなんやらを教えてくれた。やっぱりこいつはいいやつだな。そんなことを思いながらウォルを見ていたら、また睨まれたが。閑話休題。
雷狼の里はこのハクサンの森(この森一帯をそう呼ぶらしい)で最大勢力を誇る群れで、現在も勢力拡大中なんだそうだ。群れの総数は驚きの100匹。そのうちの40匹が戦闘可能な個体だと言う。ジンオウガが40匹も攻めてきたら……人間の街は終わるな。いや、ティナだったら何とかするかもしれんが。
40匹と言うのがどれほど多いのかと言うと、ほかのジンオウガの群れの総数が50前後だと言えば分かるだろう。そこから非戦闘員を抜くと、他の群れの戦闘員は20ぐらいか。圧倒的な数の差だな。
群れのルールは厳格なものはないが、大まかなものはある。喧嘩両成敗だったり、食事のルールだったり。でも基本的には自由な感じなようだ。
「大体こんなところだ。分かったか?」
「おう、教えてくれてありがとな」
「ふん、新たな仲間を束ねるのも私の仕事なだけだ」
そう言ってウォルは仕事があるとかで去っていった。照れ隠しが多いやつだ。
さて、勤めとやらも今の俺にはないし特にやることもない。少しぶらぶらしてみますかね。
……Now loading……
雷狼の里は森の中にぽっかりと空いた草原部分を中心として、円形状の縄張りになっている。そういやジンオウガって山の斜面とかに生息してるんじゃなかったのかって思ってウォルに聞いたんだが、こっちの方が獲物が多いからと返ってきた。んで昼間の中心部の草原では、戦闘員のジンオウガが何やら訓練していたり、非戦闘員や子供のジンオウガが遊んでいたりしている。夜になったら草原を囲むように生えている木々の洞で寝ると言ったところだ。
今は昼前ぐらいで、元気に遊ぶ小さなジンオウガ達が見える。この群れで生まれた子供達だろう。チョコチョコしてて可愛いなぁ。
そうやってじーっと眺めていると、視線に気付いた子供ジンオウガ達が一斉に駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ、お兄さん昨日長様と戦っていた人でしょー!」
5匹の子ジンオウガのうち、1匹が真っ先にそう聞いてきた。
「ああ、そうだよ」
「すごーい!」
「長様と互角なんて、びっくりしたー」
「ねー!」
やはりジンオウガなのか、強いものに憧れる習性があるのかもな。俺が肯定した途端に嬉しそうな顔をしながら、俺の周りをぐるぐると走り始めた。
「ぼくもいつか、お兄さんみたいに強くなれるかなー?」
最初に質問してきた子ジンオウガがそう聞いてくると、他の子ジンオウガ達も「ぼくもー」「わたしもー」と一斉に質問してくる。
「毎日ちゃんと食べて、たくさん寝て。体を動かして努力すれば、誰だって強くなれるぞ」
「「「「「ほんとー!?」」」」」
子ジンオウガ達が目をキラキラさせながら俺の方を見てくる。うお……眩しすぎて直視できねぇ。
「ああ、でもお母さん達に迷惑をかけてはいけないぞ」
「「「「「はーい!」」」」」
俺の言っていることを分かっているのか、分かっていないのか。子ジンオウガ達はケラケラ笑いながら走っていってしまった。
やっぱり可愛いなぁ。テンプレみたいな諭し方をしてしまったが、喜んでいるようだしいいだろう。それにしても子供に好かれるってのはいいな。昨日長が飛びかかってきたときは驚いたが、今日の子供達の反応を見るに長には感謝しないと。
その後もいくつかの子ジンオウガ達のグループに質問攻めに会い、全てが終わる頃には昼過ぎとなっていた。子供に好かれるのはいいが、流石に疲れたぜ……
……Now loading……
雷狼の里での飯は、ほとんど自分で獲ってくるんだそうだ。まぁジンオウガは狩人と称されるほどだし、特に驚きはない。それに雷狼の里の縄張りは思っていた以上に広く、旨い狩場もいくつも抱えているらしい。俺も昼飯は近場で狩れたアプトノスを食べて済ました。
昼飯後はスヤスヤと眠っている子供達を見て目の保養とした後、再びぶらぶらと歩き回ることにした。昨日入ったばっかりの新人ということで結構注目されたが、面と向かって話しかけてくる奴はいなかった。全く、好奇心旺盛な子供達を見習ってほしいな。
そうしてぶらぶらしているうちに、戦闘員のジンオウガが訓練している場所にたどり着いていた。ジンオウガというのは単体でも強いのだが、この群れでは連携して戦うことも視野に入れているらしい。今はその練習をしている最中だな。
近場でそれを見ながら感心していると、このグループのリーダーらしきジンオウガが近づいてきた。
「昨日群れ入りした御仁とお見受けする。一つ吾輩と手合わせしてはくれぬか?」
いきなり戦いを申し込んできたこいつは、ランという名前持ちの一体だった。ウォルの次に強いとされているらしく、少し見聞きしただけだが、部下からの信頼も厚そうだ。
「俺は構わないが、随分といきなりだな」
「それについてはすまぬ。しかしウォルの奴から相当の手練れと聞き及んでおった故に」
ジンオウガってのは、どうやら俺が思っていた以上に好戦的なやつが多いようだな……まあ俺からしたらかかってこいってところだが。
「なるほどな。では一戦だけ付き合うとしようか。俺はシロウだ、よろしくな」
「かたじけない。吾輩はランと申す」
互いに少し距離を取って向き直る。始めの合図はランの部下の1匹に任せることにした。
「始め!」
……Now loading……
数分後、ランの首元には俺の剣尾がすんでのところに突き立てられていた。
「俺の勝ちだな」
「驚き申した……まさかここまで強いとは。これは長殿が認めたのも納得であるな」
剣尾を収めるとランが驚いた顔をしながら立ち上がった。再び向き合って頭をコツンとぶつけ合う。どうやらこれは前世でいう握手のような意味合いもあるようだ。
「強者であるシロウに頼みが。今吾輩達は新たな戦術を開発中なのであるが、なかなかいい案が出てこないのである。そこでシロウの意見も参考にしたいのだが如何に?」
「もちろんいいぜ。そうだな、今はどんなことをやってるんだ?」
「今はこんな感じで──」
その後はランに前世で培った色々な戦術を教えていった。だいぶ感謝されたみたいで、次からの訓練にも時間があれば付き合ってほしいと言われたぐらいだ。もちろん快く了承したぞ。
そんな感じで、俺の里での初日は過ぎていった。