俺が群れに加わってから早いものでひと月が経とうとしていた。あれからこの群れにもだいぶ馴染むことが出来たし、みんなからの信頼を得ることにも成功したぞ。長すら凌駕する俺の力をたたえて、若なんて呼ばれることもあるぐらいだ。気分はいいがあんまり自惚れないようにしないと。確かに力は長よりあるだろうが、純粋な戦闘技術なら長の方があると思う。俺と長の間に確かな力の差はないのだ。
ちなみに長の名前はレオンという。
それから、他のジンオウガの群れとの縄張り争いを見学した。初めは縄張り争いがどんなものか全くわからないので、後ろから見ているように言われたのだ。
こちらから出向いたのは総勢25体のジンオウガ。残りは多方面の警戒と縄張りの守りに当たるのだそうだ。対して相手の総数は15。数の上ではこちらが圧倒的に有利だった。
しかし相手の戦い方は相当うまかった。地形をうまいこと利用して常に同じ数同士でぶつかるように誘導していたし、連携の精度もなかなかのもの。数では有利なはずなのに、なかなか攻めきれない状況が続いていた。レオンが参戦するまでは。
乱戦の最中に飛び込んだレオンは、破竹の勢いで敵のジンオウガをなぎ倒していき、瞬く間に戦いの流れをこちらに引き込んだ。一気に崩された相手側は撤退していき、勝負あり。勝鬨をあげるレオンと仲間達を見た時は、思わず鳥肌が立ったぐらいだぞ。
そんな感じで平穏なようで濃い1ヶ月を過ごした俺は、ついに仕事をもらうことになった。役割は遊撃部隊。縄張りの中を自由に探索し、非常事態が起こったらすぐに駆けつけるというものだ。自分の判断で行動することを許される、名前持ちにしか与えられない役割。それが遊撃部隊だ。
群れに入って1ヶ月程度の俺にここまでの待遇をしてくれるとは、レオン達には感謝してもし足りないぐらいだ。その期待に応えられるだけの働きをしていきたいぜ。
今日も遊撃部隊として縄張りの警備にあたっている。雷狼の里の縄張りは中心の草原部分が最重要だが、外側の森林部分ももちろん大切だ。他のモンスターに狩場を荒らされてないか、他のジンオウガの群れが縄張りを侵してないか、それらを確認しなくてはならない。
俺の担当は縄張りの西側。他のジンオウガの群れの縄張りとは面していない、ある意味どんなモンスターでもいる可能性がある魔境だ。
「今日も異常はなしっと」
とはいえジンオウガの群れにわざわざ侵入してくるモンスターなんて、そういるものではない。その日も特に異常は発見できず、俺は群れの中心部である草原地帯へと戻ることにした。
……Now loading……
しかし異常は起こった。夕方の点呼の時だった。東方面の警備に出ていたグループが、いつまで経っても帰ってこないのだ。ジンオウガが時計を持ってるわけもないし、多少の時間のズレが起こるのはしょうがない。だが、そこは野生に生きる生物。体内時計はかなり正確なはずだ。現に今までこれほど遅れて戻ってくる奴はいなかった。何やら嫌な予感がする。
そろそろ日が沈む頃合いだというのに、まだ戻ってこない。痺れを切らしたレオンが、偵察に優れたジンオウガを向かわせる。
そしてその偵察が帰ってきた時、嫌な予感が的中したことを知った。偵察に行ったジンオウガともう一体。行方不明になっていたジンオウガのうちの一体が、ボロボロの状態で姿を現したからだ。
「何があったぁ!?」
思わずレオンがボロボロのやつに駆け寄って聞く。
「す、すいません、長……子が、我らの子が人に拐われてしまいました……っ」
話をよると、昼間に縄張りの東を見回っていたところ、檻に入れられた子供のジンオウガを発見。即座に連れ去られたと判断したみんなは、追いかけるものと報告しにいくもので別れようとしたという。その時、突然全方位から鉄の刺が無数に飛んできて、一斉にやられてしまったらしい。
密猟団。その言葉が俺の頭の中に浮かんだ。ジンオウガの群れの中から子供をさらうとは、相当用意周到な奴らだ。子供が群れから離れる時間、見回りに来る時間、それらを全て確認した上での行動だろう。
それに見回りのみんなを倒した鉄の刺とやら。バリスタと見て間違いないな。体に刺さっていた一本を見て確信した。犯人は違法に対竜兵器を持ち出してモンスターを狩る、密猟団だ。
そこまで一瞬で推理してその結果をレオンに伝えようとした。伝えようとしたんだが……言葉が出なかった。
目を向けた先には、未だかつてないほど怒りに燃えているみんながいたからだ。ドス黒い殺気が抑えることなく溢れ出ていて、殺気を向けられたわけでもないのに自然と身震いしてしまうような、そんな迫力があった。
これは非常にまずい展開だ。こういう場合は常に冷静さを保っていないとどんどん悪い方に事が進んでしまう。それは避けなくてはならない!
そう思い口を開きかけた瞬間、横に立っていたレオンの咆哮がこの場を飲み込んだ。するとどうだ。あれだけ殺意にみなぎっていたみんなの表情に冷静さがもどり、溢れていた殺気も鳴りを潜めてしまったではないか。
「お前ら落ち着けぇ。はらわたが煮えくり返ってぇいるのは分かる。俺も同じ気持ちだからなぁ。だが冷静さだけは失うなぁ?それは相手の思うつぼだ。いいなぁ?」
そういうと周りのみんなは静かにうなずき完全に落ち着きを取り戻した。これがこの森の最大勢力を纏め上げる長の実力……!
まったくすごい。たったこれだけの時間で全員の興奮を抑えて見せたのだ。改めてレオンという群れ長の偉大さを実感する。
「よし! 聞けぇお前ら! 俺らの群れから子供がさらわれたぁ! 力の無い、だが未来ある子供を拐うとはぁ、許しちゃおけねぇ大罪だぁ! これより雷狼の里の全勢力を持ってぇ子供の奪還に向かう! 異論のあるやつぁいるかぁ!」
誰一人として異議を唱える者はいない。静かに燃える怒りをその目に灯している。それは俺も同じ。
「よぉし!! 第一、第二部隊は俺に続けぇ! 卑劣な人間の手から俺らの子を助け出すぞぉ!」
レオンの遠吠えに合わせて、俺を含め出撃する全てのジンオウガが遠吠えをあげる。ひとしきり遠吠えを上げた後、密猟団の匂いを覚えていた先ほどのジンオウガを先頭に、総勢20体のジンオウガが動き始めた。
待っていやがれ密猟団ども。俺らの仲間に手を出した代償は安く無いぞ。