「だいぶ奥まで来たんじゃないか?」
「うん。あの大きな山がもうすぐそこ」
奥へ奥へと進み続けてどれくらいたっただろうか。森の深部は濃い霧がかかっていて、昼か夜かもよくわからない有様だ。なので何日経ったか詳しいことはわからないが、里から逃れてからは結構な時間が経ったと思う。終わりが見えなかったが、ようやく終点が見えてきたぜ……
あれから森の奥を目指しつつ仲間を探していたんだが、ついぞ1人も見つけることはできないでいる。だが全員死んでしまったと決まったわけじゃない! これからも根気よく探してみるつもりだ。
「それにしても、ここらへんはなんか不気味だな……」
「霧も紫がかってきて毒々しい。今のところ体に害は無いみたいだけど」
「一応道中でウチケシの実も見つけたしな。念のため毎日食べておこう」
「うん」
この現象がゴア・マガラのウイルスによって巻き起こされたものだと決まったわけじゃ無いが、俺たちはウチケシの実を毎日食べるようにしている。狂竜ウイルスにはもちろん効果はあるし、他のものが原因でも効果はある……はずだ。あるよな? 自信はない。
数に限りはあるが俺はそのうちウチケシの実の効果も吸収できるだろうし、澪音1人の分だけなら余裕があるぐらいだ。
森の様子は奥に行けば行くほど阿鼻叫喚という言葉が似合うようになってきている。狂ったような咆哮が幾度も聞こえ、訳もなく暴れ回る大型モンスターがあちこちで狂乱している。目に耐えない光景だ。
しかもこれは勘だがやはりこの森の奥地、正確にはあの霊峰とやらに原因があるように思える。時たま霊峰から吹き下ろされる風を浴びると、この上なく悪寒が走るのだ。明らかに怪しいもんだ……
やはり霊峰に向かって進むのに間違いはなさそうだな!
とその時
「ガアアアァァァァァァァァァァァ!!!」
すぐ前方から狂乱したモンスターの声が聞こえてきた。このまま進めば確実に鉢合わせになるだろう。
俺は澪音の顔を見て小さく頷いてから、慎重に前に進むことにした。
……Now loading……
少し進むとややひらけた場所に出た。と思ったのだが、そのひらけた場所というのは周りを覆う大木達が何本も倒されてできた人工(竜工?)の広場、要するに戦闘が起こってできた場所だった。
現に今も目の前からは大きなもの同士がぶつかるような音や、何かを叩きつけている音が聞こえてくる。すると、
「ちぃぃっ!!」
戦闘をしていた片方だろうモンスターが俺と澪音の前にいきなり現れた。相手に吹き飛ばされてここまで飛んできたのか!?
そして吹き飛ばされてきたモンスターはとても見知った顔をしていた。
「レ、レオン!?」
「シロウかぁ!? お前は無事だったんだなぁ。良かった……」
俺はいきなりレオンに会えたことに心底驚いていたが、何故かレオンは驚きよりも安堵がその表情に現れていた。
少し首を傾げつつもレオンが何かと戦っていたのを思い出して、加勢の意を伝える。
「シロウ……いいか、落ち着いて聞けぇ。ランを見つけた」
「本当か! ランは今どこにいるんだ!?」
ランが見つかったと聞いて俺はその何かのことも忘れて舞い上がった。
いきなり仲間を2人も見つけられたぞ! やっぱなぁ。あいつらがそう簡単に死ぬはずだないだよ。特に名持ちの奴らはこの森の中で見てもかなり強いし。何にせよこれで……
「だが奴はもうダメだぁ。
「は……え? 何言ってんだよレオン……ランが、ランが何だって?」
その問いにレオンが答えるより早く、広場の奥から答えがやってきた。
「ガアアアァァァァァァァァァァァ!!!」
レオンとさっきまで戦っていた何か。その正体は、紫色に染まった目をしたランだったのだ。
紫色の目にはどう考えても理性というものが残っていない。怒り状態のモンスターに似た、目の前の敵を殺すという強い敵意しか感じられない。
「う、そだろ……ラン、俺だ。士狼だ……わかるだろ? なぁ!?」
茫然と俺はランに手を伸ばすが、俺の問いかけにランは雷光虫弾という暴力で答えた。あの誰よりも戦術というものを大事にし、群れの中で1番知的だったランがだ!
頭の中が半ば真っ白になっていた俺はその雷光虫弾を避けることができず、後ろに弾き飛ばされた。
「士狼!」
澪音が駆け寄ってきて俺の体を起こしてくれるが、俺にとって今のダメージなどどうでも良かった……
なんとかランを元に戻す方法しか考えていなかった。
「レオン! 青い実は……ウチケシの実は食べさせたのか!?」
火山での一件から狂竜ウイルスのことを知った俺は、一応と思いレオンにウチケシの実のことを教えていたのだ。もし身内がいきなり狂乱したり我を失ったら、青い実を食べさせるといいと。
しかし帰ってきたレオンの答えは、俺をさらなる絶望の底へと叩き落とすものだった。
「食べさせたさぁ……だがまるで効果がねぇ! この前見つけた調子の悪い仲間に食べさせた時は、確かに効果があったぁ! だがランには持っていた分全てを無理やり食べさせたが、このままなんだぁ……」
「そ、そんな……」
もしかしたら、完全に狂乱しきる前なら効果があるのかもしれない。だがランはレオンが見つけた時からこの状態だったという。
「シロウ。俺はこんな仲間の姿は見ていられねぇ……せめて俺の手で眠らせてやるのが、最後のリーダーとしての役目だと思ってる。手を、貸してくれねぇか……?」
もう……もうランを倒すことしか方法がないのか? あのランを……一緒に戦術を練ったり、共に修練に励んだランを……こ、殺すことしか……? 俺は、俺は!
「士狼!」
ハッと顔を上げるとそこには、真剣な顔をした澪音がいた。
「み、澪音……」
「しっかりして。リーダーさんの言うとおり、あの症状がなんなのかわからない今、私達にできることは少ない。それに士狼も気付いてるはず。あの症状になったものは命を削っているって」
あぁ、それは俺も思っていたことだ。狂乱したモンスターは自らの命を削って、体のリミッターを解除して暴れている。限界以上の力を絶え間なく引き出しているのは、本人からしたらとても苦痛を伴うことだ。
もしこのまま俺たちが霊峰に到達して治す方法を知れたとしても、その頃にはランはもう……
「ランって人のことは私はよく知らないけど……苦しんでる。今もあの人は苦しんでる。だったら、早く楽にさせてあげるのも仲間の役目」
「ミオンの言うとおりだぁ。リーダーとして、仲間として、そして何より友として……苦しんでいるランを解放してやりたい。手伝ってくれるかぁ? シロウ……」
今も頭の中はぐちゃぐちゃだけど。まだランが助かる方法があるって探したい自分がいるけど。それ以上に! ランに苦しんで欲しくない……
その思いは俺も同じだ。
「分かった……俺も手を貸す……仲間として、ランを助けてやらないとな……!」
狂乱して手当たり次第に木をなぎ倒しているランの前に俺たち3人は立った。
ラン……今楽にしてやるからな。
……Now loading……
そこからのことは正直思い出したくない。仲間を攻撃する罪悪感、後悔、それらの悪感情に何度も飲み込まれそうになった。
でも理性が無いはずのランの目が「長、シロウ、ミオン、頼む」って言ってる気がしたから……俺たちは最後まで戦った。
「ラン……ごめん……ごめん」
「不甲斐ないリーダーですまねぇ……ラン」
「………………」
戦闘が終わって夜がふけても、俺たち3人はまともな会話を出来ずにいた。全員顔を地面に向けて誰とも顔を合わせようとしない。無意識に今の自分の顔を見られたく無いと思っていたのかもな。
ようやく再起できたのは朝日が昇る頃だった。
「いつまでもウジウジしてても仕方ねぇ……こんなんじゃランに顔向けできねぇからな」
「そう……だな。こんな姿を見られたら、ランに笑われちまう」
「うん……」
落ち着いてきてから、俺と澪音は原因と思われるのは霊峰ということ。そしてこのまま霊峰を目指して進むことを話した。
「レオン、お前はどうする?」
「俺はこの森をくまなく探索してみよう思う。もしかしたら毒にやられて苦しんでる仲間が居るかもしれないからなぁ。そういう奴らを見つけて、出来るだけ多く救っていきたい。今は群れだの縄張りだの言ってる場合じゃねぇ。こんな悲劇を繰り返さないためにも……出来るだけ多くの同胞を救いてぇ」
レオンは仲間を探すために森をくまなく調べることに決めたようだ。レオンらしい、リーダーらしい選択だと思う。
「じゃあ俺たちは行くよ。仲間にあったらよろしく言っといてくれ」
「あぁ。そっちこそ、元凶にあったら、俺とランの分までぶちかましておいてくれよぉ?」
コツンと頭同しをぶつけた後、俺たちはレオンと別れた。
こんなウイルスを撒き散らしてふざけやがって……『雷狼の里』を敵に回すとどうなるか、思い知らせてやる……!