ハンターサイドの話、続きです。
モンスターがまるで波のように押し寄せてくる。狂ったような咆哮を上げながらこちらに向かってくる様は、とても形容し難い恐怖を感じさせるものだ。
「ひ、ひいいいい!!」
1人、また1人と立ち向かうハンターの数は減ってきている。一体でも一般人にとっては十分脅威となるモンスターが、山のように襲ってきているのだ。下位や新人のハンターには荷が重いというもの。咎められるものではない。
残ったのは上級ハンターやキールについてきた少しのG級ハンターのみ。しかしその全員の顔は緊張でこわばっている。ここにいる誰もがこれほどのモンスターの大群と戦ったことなどないのだ。当然だろう。
そしてそれはティナ達も同じだった。
「ティナさん、これは……」
「考えるのは後です! 今は一刻も早くモンスター達を押し止めないと……!」
村の周りが鉄柵で覆われているとはいえ、翼を持つモンスターならそれも関係ないだろう。とはいえ空ばかりに意識を割いていても今度は圧倒的な物量の地上組に押し込まれてしまう。
ティナは久しぶりに冷や汗が伝うのを感じた。
「カナトさん、今ここにあるバリスタはいくつですか?」
「移動型バリスタはたった3機。それもあんまりいい精度じゃないんだ。とてもバリスタだけで制空権を取るのは難しいよ……」
「なるほど。なら!」
ティナは集まっているハンター達の方を振り返り、声を大にして叫んだ。
「ガンナーの方々は全員空から来るモンスターに集中してください! 地上のことは他のハンターに任せて、決して空からの侵入を許さないようにお願いします! 残りのハンターのうち、盾持ちの方々はなるべく前へ! 危険なことはわかっていますが、少しでも長くモンスター達を引き付けてください! それ以外のハンターは全力でモンスターを狩って下さい!!」
ティナの声は緊張で静まり返っていた戦場によく響いた。そしてこういう時は皆自分たちを引っ張ってくれる誰かの登場を待ち望んでいるものだ。
ティナのことを知っているハンターは声高らかに、気づいてないハンター達も今はこの声の通りにすべきと判断して了承の声をあげた。
自分のするべきことを示されたハンター達は迅速に動き始める。彼らは皆上位以上のハンター。あまりにも現実離れした現象のせいで遅れを取ったが、本来は優秀なハンターなのだから。
「私たちも行きますよ。カナトさん、エリンさん!」
「OK!」
「分かった!」
こうしてハンター対大群のモンスターの戦いが始まった。
……Now loading……
「はぁっ!」
「ギャォォォォォ……」
戦闘開始から30分が経っただろうか。ハンター達の巧みな動きによって未だモンスター達の侵入を許さないでいた。
ドンドルマで名を馳せているG級のランサーが数人いたのが功を奏して、前線が崩壊せずに済んでいるのだ。ガンナーの一斉射撃によって空から来るモンスター達もうまく牽制出来ている。
そしてティナは1人で20体目のモンスターを斬り伏せたところだった。
「はぁ、はぁ、きりがない!」
斬っても斬ってもモンスターは止めどなく押し寄せてくる。
「ティナさん! このままじゃ持たない!」
剣モードに切り替えたスラッシュアックスでモンスターをなぎ払いながらカナトが近づいてきた。昔ならここにいるモンスター達に囲まれるだけでピンチだったのに、今ではとても頼もしいものだ。
その成長にティナは少し微笑んだが、状況がそれを許してくれない。今もティナ目掛けてアオアシラが大きな爪を振り下ろしている。
「はっ!」
しかしそれでやられる彼女ではない。振り向きざまに太刀を一閃させてアオアシラを切り裂いた。
「前線の様子はどうですか?」
「ランサーの人達がなんとか抑えてるけど……このまま続けてたらいつか突破されかねない。せめてモンスターがもう少し減ってくれれば……」
カナトの言葉を聞いてティナは深く考え込んだ。みんな決死の思いで戦ってくれている。ならば自分も続かなければと。
「……カナトさん」
「何? ティナ、さん……?」
呼び掛けられて振り向いたカナトが見たのは、見慣れたティナの顔。なのにカナトは怖気付いてしまった。それほど今の彼女の表情は鬼気迫るものだったからだ。
「私はこれより
「下がるって……まさかあの数を1人で相手にする気!? そんなの無茶だ! いくらティナさんが英雄だからってそれは……!」
「お願いです。カナトさん」
「ティナさん……」
最初カナトはティナが諦めて自暴自棄にでもなったのかと思った。しかしティナの目は全く諦めていない。それどころか何か覚悟が決まった目をしていた。
「分かった。みんなには下がるよう言っておく。ティナさんの本気がどれほどか僕はまだ知らないけど……無茶はしないで」
そう言ってカナトは他のハンター達が戦っている方に走っていった。
「無茶はしないで、か。久しぶりですね……他人から戦闘で何かを心配されることなんて。さて……」
ティナは1人前線に残ったことで、全てのモンスターが自分に集まってきているのを感じた。
今周りに人間はいない。いるのはモンスターだけだ。
自然と体が恐怖で震える。目の前に迫るモンスター達に対してではない。本気を出すことに対してだ。だが、
「皆を守るためなら、私は!!」
そう宣言したティナの真紅の瞳が、眩い輝きを放った──
……Now loading……
「よし、これで全員だな」
カナトは言われた通りハンターの皆んなを後退させていた。初めは不満をいうものも多かったが、ティナの名前を出すと驚くほど素直に従ってくれたので後退は速やかに行われている。
カナトはティナの知名度と信頼の高さに改めて感心させられていた。
「流石はティナさんだ。でも……」
カナトは1人残っているティナがいる方へ目線を向けた。本気を出すと言っていた彼女。たしかに自分は彼女の本気というものを見たことはない。だが、本当に1人で大丈夫なのだろうか? 無理をしてないだろうか……
やはり無理にでもついていくべきだったかと考えていたその時、モンスターの群れの中心から、巨大な火柱が上がるのが見えた。
「な、なぁ!?」
火柱が上がっている場所はかなり遠い。だというのに鉄の門前まで引いていた自分のところまで眩しい閃光が目を焼く勢いで届いているのだ。
次に襲ってきたのは台風のような勢いで吹き荒れる熱風と、耳をつんざく轟音。とてもじゃ無いがカナトは立っていられなかった。
しばらく頭を押さえて地面に伏せていたカナトだが、熱風と爆音がなくなったのでそっと頭を上げてみた。
見渡してみると巨大な火柱は消えており、あたりは静寂に包まれている。
「なんだ今のは……!?それにおかしい。静かすぎる。さっきまで聞こえていたモンスターの咆哮が一切聞こえなくなった……」
周りのハンター達もざわめき始めている。このままでは混乱が生じると思ったカナトはみんなの前に出た。
「僕が状況を確認してきます! 大勢で行っても混乱するので、皆さんはここで待っていて下さい!」
「あ、おい!」
誰かが呼び止めたような気がしたが、それを無視してカナトは走り出していた。混乱を収めるためと言っていたが、本当はティナのことが心配でたまらないのだ。
「ティナさん……」
静まり返った戦場を、カナトは一直線に突き進んだ。
……Now loading……
「これは!?」
前線だった場所まで戻ってきたカナトが見たのは、全てが焼け焦げた大地だった。地面も木も、そしてモンスターさえもが焼け焦げて黒い炭状のなにかとなっているのだ。
「……はっ! ティナさん!? ティナさん!」
焼けた大地を進んでいると、ティナが仰向けに倒れているのが見えた。カナトは一目散に駆け寄り、彼女の上半身を抱える。
「ティナさん、しっかりして! ティナさん!」
「う……カナトさん」
ティナが薄らと目を開けたのをみてカナトは安堵のため息をついた。
「周りの、モンスターは……どうなりましたか……?」
「え? あ、あぁ。モンスターはいないよ。全員焼け死んでる……」
「そうですか……っ!」
言いながらティナはヨロヨロと立ち上がる。カナトがそれを支えようとするが、ティナはそれを手で制した。
「ティナさん、一体何があったの?」
「私にも分かりません……あの後私はすぐ、何かに吹き飛ばされて、気を失ってしまいましたから……私に任せろなんて言っておいて、こんなザマですいません」
ティナはそう言って「はは……」と薄く笑う。
嘘だ。カナトはすぐにそう思った。これでも半年近く毎日ティナと顔を合わせてる身。彼女の表情の細かい変化も少しは分かるようになっている。
だがカナトがそれを言い出すことはなかった。なぜなら笑う彼女の顔が、どうしようもなく悲しい表情をしていたから……
「そっか……」
「ええ。モンスターの脅威は一先ず去りましたし、1度村に戻りましょう」
これ以上話すことはないと言わんばかりに、少しふらつきながらも足早に去っていくティナ。それを複雑な表情で追いかけるカナト。
人類史に残るほどの脅威を乗り越えたというのに、焼け焦げた大地でそれを喜ぶものはいなかった。
すいません、書ききれませんでした……
次回もハンターサイドの話です。オウガさんの登場はもうしばしお待ちを!