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ユクモ村の危機を救ったティナはそのあと盛大に村人たちに迎えられた。前代未聞の危機から自分たちを救ってくれたことに感謝を示して、その日はお祭り騒ぎのようなムードに村全体が包まれていた。
しかしただ1人、カナトだけはそのムードの中に入れずにいた。理由は勿論あのティナの顔が脳裏にチラつくからだ。あの時のティナのなんとも言えない悲しげな表情……あんな顔は初めて見た。
本当ならあの火柱の中で何があったのかをもう一度問いただしたい。しかしそれをしたら今までの関係が全て壊れてしまう気がして恐ろしいのだ。
「結局僕は、外側が強くなっただけの男ってことか……」
力は昔に比べて格段に上がった。昔じゃ手に負えないようなモンスターにも立ち向かえるようになった。でも内面は全く成長していない。いつまでも天狼竜にやられたあの時の弱い心のままだ。
そう自虐気味に考えたカナトは村の喧騒から少し離れた場所で1人夜空を見上げていた。
「こんなところで何してるの?」
建物の影からひょっこり現れてそう声を変えてきたのはエリンだった。エリンは自然な動きでカナトの隣に立つと、同じように夜空を見上げる。
「村のみんなが探していたわよ? 最前線で戦った貴方に一言お礼を言いたいって」
「あぁ……あとで行かなくちゃね」
乾いた笑みでそう返すカナトを見て、エリンははぁと小さく息をついた。
「何を悩んでいるのかは知らないけど、またいつかのように1人で抱え込んで押し潰されてちゃだめよ?」
変わらず夜空を見上げているエリンの言葉を聞いて、カナトは驚いたようにエリンの顔を見る。
「ど、どうしてそれを……」
「何年あんたと一緒にいると思ってるの? それぐらいわかって当然よ」
そしてエリンもカナトの顔を見て真剣な表情で言った。
「何を悩んでいるのかは今は聞かない。でもよく考えてみて。貴方にとってその悩みはどういうものなのか、そして相手はそれについてどう思っているのか。よく考えて、心の整理をつけてから行動するのよ。前みたいに1人で突っ走るのはもうごめんだからね?」
「!」
そうだ。前は自分の空回りでバスクにまで心配をかけてしまった。自分がその人のためと思ってやっていることが、その人にとっての1番とは限らないのだ。
エリンの何気ない言葉はそのことに気づかせてくれた。
「ん、少しはいい顔になったんじゃない?」
「ありがとう……エリン」
「どういたしまして。心の整理がついたら、私にも話して貰うわよ〜」
そう言ってエリンは喧騒の中へと戻っていった。
カナトは再び夜空を見上げ、先ほどエリンに言われたことを再確認する。
「また同じ間違いをするところだったな……」
エリンが言っていたのはとても些細なこと。しかしそれに気付けるかどうかというのはとても大きい。
顔を上げたカナトの顔は、今の夜空のように晴れ渡っていた。
……Now loading……
村への襲撃から数日後、カナトとエリンはキールの部屋へと呼ばれていた。そしてそこにはティナの姿もある。ティナは初めてカナトと顔を合わせるやいなや強張った表情をしていたが、カナトが笑いかけると次第に安堵したような顔になっていった。
数日ぶりの顔合わせが終わったところでキールが口を開く。
「今日みんなに集まってもらったのは、先日のモンスターの大襲撃について進展があったからだ」
「ほ、ほんとですか!?」
「うむ、あのモンスター達はユクモ村の南に広がる大森林、そこから来ていたということがわかった。そして調査のため数人のハンターを送り込んだのだが……」
そこで一旦話を切ったキールはふぅと小さく息を吐いて続ける。
「森の中は多くのモンスターが我を忘れて暴れまわるという、地獄のような状況になっているそうだ」
カナト達も大陸に広がる異変については聞かされていた。だがそれも偶発的で局所的にモンスターの凶行が起こっているわけではない。しかし大森林の中では至る所で発狂したモンスターが暴れ回っているというのだ。
カナト達は先日の件と合わせて、その恐ろしい光景を想像して息を呑んだ。
「森の中は大変危険な状況となっており、並のハンターではとても太刀打ちできないだろう。そこでだ、前にティナくんには話したのだが、君たち3人には大森林の調査をお願いしたい」
キールは今回の異変が大陸全体に及んでいること、そして大森林はその異変が多く集中している場所だということを説明した。
「多くの危険が付き纏う大変な任務になるだろう。それでも行ってくれるかね?」
「「お任せください!!」」
キールの問いに対してカナトとエリンは即答でそう答えた。ユクモ村は自分たちの故郷。その村の近くで大きな異変が起こっているのだ。村を守るためにも2人が調査を辞退するという道理はなかった。
「ありがとう。よし、これより君たち3名に特別任務を言い渡す! 任務内容はユクモ村南の大森林の調査。モンスターが狂乱する原因を解き明かすのだ!」
「「「了解!」」」
……Now loading……
キールの部屋から出て各自調査の準備のため解散した後、カナトが店先でアイテムを物色している時、後ろからティナが声をかけてきた。
「カナトさん! その、少しお話しいいですか?」
「ティナさん……」
カナトは話の内容がどんなものかすぐに察することが出来たので、なるべく人の少ない場所に行こうと提案した。カナトの予想は当たっていたらしく、ティナも無言で頷いてカナトの後についていく。
そしてたどり着いたのは昼間だというのに人気のない小さな広場だった。
「ここは村の中でも穴場のスポットで、滅多に人が来ることはないんだ」
「ありがとうございます……その、すいません気を使わせてしまったようで」
カナトが広場の隅にあるベンチに座り、ティナにも横のベンチに座るように促す。するとティナはおずおずとカナトと同じベンチに座った。思わぬ距離の近さに一瞬ギョッとしたカナトだが、今はそういうことを考えている場合ではないと分かっているので、すぐに平静を装ってティナが話し始めるのをジッと待っている。
少しの間を開けてティナがその重い口を開いた。
「その、先日のモンスター大襲撃の時はすいませんでした。私を心配してカナトさんを来てくれたというのに、素っ気ない態度をとってしまって……」
「いや、いいんだ。あの時はティナさんも意識がしっかりしてなかったようだし、あの状況で周りのことまで考えろという方が酷ってもんだよ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
そして再び訪れる沈黙。肩が触れ合うほどの距離にいるというのに、お互いに顔を合わせようとしない。その気まずい空気を打ち破るようにティナが声を出した。
「あ、あのですね、実はあの時私──!」
「ティナさん!!!」
予想外のカナトの大きな声にティナは出しかけていた言葉を引っ込めてしまった。
「無理にその先は言わなくていいよ。理由は知らないけど、ティナさんにとってあまり話したくない内容だってことは分かる。勿論話してくれようとしてくれたことは嬉しいけど、無理してまで言って貰う必要はない。ティナさんの気持ちにちゃんと整理がついて、話す決心がついたらその続きを聞かせてほしいな」
「で、でも私は……」
「いいんだ、無理しなくても。僕はいつまでも待ってるからさ」
その言葉を聞いたティナは両手を強く握りしめた。
「……分かりました。本当に心の決心がついた時に改めてお話しします」
「うん、それでいいと思うよ。心の整理がついていないと1人で抱え込んで暴走してしまうからね。僕の体験談が証明しているんだ、間違いない!」
「ふふ。なんですか、それ」
「あははは!」
ひとしきり笑い合った後、2人は同時にベンチから立ち上がった。そこにはこの広場に来たときの気まずい空気はもう流れてはいない。
「さて、エリンも待っていることだし、早く準備を整えて調査に行くとしよう!」
「はい! 必ず私たちで異変の真実を見つけ出してみせますよ!」
2人は同時に村の中心街に向かって歩き出した。それぞれが仲間との絆を再確認し、大森林の調査に乗り出していく。