「これが霊峰か……」
「間近で見るととんでも無く大きい山ですね」
俺たちはようやく霊峰の麓に到達していた。ティナ達と組んでからというもの、森で襲ってくるモンスターへの対処がとても楽になったので、思ったより早く辿り着くことができたな。
それにしてもカナトとエリンの成長っぷりには改めて驚かされた。こないだちらっと見たときも強くなっているのは感じていたのだが、行動を共にすることでより深くそのことを理解したよ。
特に連携がとてもスムーズになっている。前も決して連携が良くなかったわけではないが、今はそれが間違えるほどに上手くなっている。2人の攻撃には一切の無駄がなく、お互いの攻撃が綺麗に敵に叩き込まれていく様はもはや感心するレベルだ。
そんなわけでモンスターとの戦闘は俺と澪音、ティナ、カナトとエリンのローテーションで捌いていったので、疲労も単純計算で3分の1に抑えることができた。
けどやっぱり、この中だとティナの戦闘能力は頭1つ、いや2つぐらいは飛び抜けていたな。まず俺たちと違って1人だというのに戦闘にかかる時間は2分の1以下なのだ。ほとんどのモンスターを初撃で倒してしまうからな。
うーむ。あの小さな体のどこにそんなパワーがあるというのだろう? それにティナからは何か古龍と似た気配がするような?
「士狼、気をつけて。ものすごい数の気配がこっちに向かってきてる」
そんなことを考えていると、澪音の緊迫した声が聞こえてきた。慌てて思考をやめて周囲の気配を察知してみると、確かにこれまでの比じゃない数のモンスターがこちらに向かって走ってきているのがわかる。
「おいティナ、やばいぞ」
「分かってます。このモンスターの数……捌くのには一苦労するでしょう。そしてもし疲弊しているところに、例の元凶が奇襲でも仕掛けてきたら……」
確かにまずい。このままここで足止めされてたら、いつまで経っても霊峰の頂上に向かえないかもしれない。捌ききったとしても疲労はかなり蓄積されるだろう。どうする……?
「士狼、ここは私に任せて」
澪音が一歩前に出てそう言った。
「私がここでモンスターを足止めしているうちに、士狼は頂上にいる元凶を倒して」
「だが澪音! あんな数のモンスター、いくらお前でも……!」
「僕たちも残る」
慌てて澪音を止めようとしたとき、前に出た澪音の横にカナトとエリンが並んだ。
「この中ではティナさんと天狼竜が1番強い。正直その元凶とやらに僕らが立ち向かっても、足手纏いになるかもしれない……だったら、ティナさん達が安全に戦えるよう、僕らがここでモンスター達を止めるべきだ」
カナトの言葉にエリンが小さくうなずく。
「でも危険ですよ! ここに集まってきているモンスターの数は、おそらく100や200じゃ下らないです! そんな数の暴走モンスターをたった3人で迎え撃つなんて……!」
「ティナの言う通りだ! 確かにここで大勢のモンスターと戦うのは危険かも知らない! だがお前達が死んでしまったら、それこそ意味がないだろう!?」
澪音には勿論死んで欲しくないし、カナト達だって村で待っている人たちがいるはずだ。こんなところで犬死にするなんて、あんまりにもっ……
「私なら大丈夫。それにこいつらもいる。士狼達が元凶を倒すまで生き残るなんて、余裕」
「うん。だからティナさん、天狼竜。ここは僕たちに任せて行ってくれ! 早くしないとモンスターに囲まれてしまう。だから早く!!」
こちらを見る澪音、カナト、エリンの顔は覚悟が決まっている。それを見た瞬間、俺は自分も覚悟を決めなくてはいけないと悟った。
「だ、ダメです……私も残って!?」
説得しようとするティナの体を強引につかんで、背中に乗せる。そして俺は一気に霊峰の崖を駆け上がり始めた。
「シロウ!? 何をするんですか! おろしてください、このままでは彼らが!」
「あいつらの覚悟を無駄にする気か!?」
「っ!?」
俺の言葉にティナは今にも駆け出しそうだった足を止めた。
「あいつらはもう覚悟を決めていた。そして俺たちに全てを託してくれたんだ。今戻ったらそんな覚悟も、託された思いも全て無駄にしてしまう……俺たちがすべきことは後ろに戻ることじゃない。真っ直ぐ前だけを見ることだ!」
「シロウ……」
それっきりティナは黙って動かなくなってしまった。少し強引だったが、今はこれしか方法が思いつかなかったんだ。すまん。
俺は澪音達3人の思いを胸に、霊峰の崖を全速力で駆け上がっていった。
……Now loading……
「ありがとう天狼竜。必ず元凶を倒してくれよ……」
カナトはだんだん小さくなっていく士狼の背中を見つめながらそう呟いた。かつては復讐をすると誓った相手。それが今はとても頼りになる存在になっている。その事実にフッと笑ったカナトは、迫りくるモンスターの群れに視線を戻して木を引き締め直した。
「さて、あいつらをどうにかしないといけないわけだけど……ミオンは僕達の言葉は分かるんだよね?」
その言葉に澪音がコクリと頷いたのを見て、カナトはよしと頷いた。
「じゃあミオンは黒い霧を最大展開させつつ、霧の中に入ったモンスターを確実に仕留めて行ってくれ。エリンは近くの高台に移動したのち、僕たちの援護を。勿論自分の身を守るのを最優先にね。僕は澪音の霧で錯乱したモンスター達を狩る」
カナトが矢継ぎ早に作戦を立てていくのを聞いて、エリンは一瞬驚いていた。確かにカナトはパーティリーダーだが、あまり作戦を立てるのは得意ではなかったのだ。それが今はどうだろう。それぞれの長所を生かして的確に指示を出しているではないか。
カナトが修行で成長したのはパワーやスタミナだけじゃないことを感じ取って、エリンは少し感動していた。
「よし、じゃあ作戦開始だ!」
カナトの宣言と同時に澪音が全身から黒い霧を噴出する。霧に包まれたり、吸い込んだ敵にさまざまな状態異常を与える特殊な霧だ。士狼と出会ってからさらに技に磨きがかかっており、今では拡散する範囲や状態異常の強弱までをも自在にコントロールすることが出来る。
今回は敵の数が圧倒的に多いので範囲は最大限に、状態異常の強さもMAXに設定した超極悪なものになっている。今のこの霧に包まれたものは火傷と凍傷で動きが鈍り、毒と麻痺でジワジワと体力を削られ、混乱と精神汚染で前後不覚に陥ることだろう。
現に元より脳のリミッターが外れているモンスター達でさえ、澪音の霧に飛び込んだものは見当違いの方向に突撃して行ったり、動けなくなったりしている。
そして動きが鈍ったモンスターなど、澪音の敵ではない。これでも澪音はジンオウガ。近接戦闘ではほとんどのモンスターを凌駕している。動きが鈍いモンスターから重点的に、確実に仕留めている。
そして戦っているのは勿論澪音だけではない。スラッシュアックスを手に持ったカナトは、霧のギリギリ範囲外で錯乱して同士討ちをしているモンスター達をまとめて倒しまくっている。事前にウチケシの実を用意しているから、澪音の霧の餌食になることはない。
また飛行モンスター以外は追って来られないような尖った岩の天辺に陣取ったエリンは、霧の中で悶えているモンスターを射抜きつつ、澪音とカナトの死角から襲おうとしているモンスターの急所を的確に射抜いて完璧なフォローをしている。
「士狼の邪魔は絶対させない。ここは通さない!」
「必ずここは凌いで見せる! だからティナさん、天狼竜、2人も負けるな!」
「2人とも熱くなりすぎて周りが見えなくなってないといいけど……ま、今は燃えてる方がちょうどいいし、2人に手出しはさせないけどね!」
モンスターの大群はまだまだ霊峰の麓に集結し続けている。3人の決死の防衛戦は始まったばかりだ。
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