今回は遅くなった分いつもより多めでお届けしています。
「夜も更けてきたな。しっかりつかまっててくれよ?」
「分かりました」
霊峰の崖を駆け上っていた俺だが、この霊峰めちゃくちゃ標高が高い。全速力で駆け上がってきたつもりだが、気づけば夜中になっていた。
視界が悪い時に戦闘にでもなったらかなり危険だし、夜が明けるまで待機したほうがいいとは思う。だが下で澪音達が必死に戦っているのだ。それを思うととてもではないが足を止める気にはならなかった。
とはいえ完全に垂直に近い山肌を上るのは俺でもかなりきつい。しかも時折山頂から猛烈な風が吹き下ろしてくるのだ。そのたびに足を止めたりしているので、なかなか思うように前に進めない。
「…………」
「…………」
今も猛烈に吹き荒れる風が俺たちを襲っているので、風が収まるまで比較的傾斜の緩い山肌でじっとしている。しかし今回の風はいやに長いな。待っている時間は暇だし、ティナに話しかけてみることにした。
「なぁティナ。ハンター達って普段はどんなことしてるんだ?」
「いきなりですね。何故そんなことを聞くのですか?」
「いや、ふと気になったというか。このまま沈黙の時間を過ごすのも退屈だろ?」
「ふふ、確かにそうですね。ではハンターになる為にはどうするのか、というところから話しましょうか」
一度話題を見つけてしまえば話というのは結構続くもので、俺もティナも自分の周りのことをお互いに話し合った。ティナからはハンターの生活やそれによってもたらされる人々の暮らし、ハンターの階級制度についてなんかも聞いた。逆に俺はこの間まで出ていた旅の話を主にした。意外と旨かった食材や、口で語るには言葉が足りないほどの絶景の話などをした。
「平原にある鏡のような湖ですか?」
「ああ。特にあの場所はまっ平らな地形になっててな。湖の水がまるで鏡のように空を映してるんだ。特に夜は絶景だぞ。地平線を挟んで視界が星空いっぱいになる」
「ロマンチックですね……」
ティナは俺の話の中でも絶景の話が気に入ったようで、色々と質問をされた。それに詳しくかつ面白おかしく返答したりして、まあそれなりに楽しい時間だったよ。
しかし無限に話が出てくるほど俺もおそらくティナもネタが多くない。そのうち口数も少なくなり、また静寂の時間がやってきた。何か話さなくては。そう思い少し焦った俺は、つい気になったことをよく考えもせず口に出していた。
「なぁ、なんでティナからは古龍の気配がするんだ?」
「ッ!!」
話した瞬間、やばいと思った。今まで和やかに微笑んでいた彼女の顔から一瞬で笑顔が消え、あまつさえ殺気がまるで衝撃波のように俺の全身を襲った。ティナが発した闘気で山頂から吹き下ろされる風が少し押し返されたほどだ。
思わず身構えてしまったが、俺が真っ二つになることはなかった。
「す、すまん! 聞かれたくない内容だったか。今のは忘れてくれ……」
おそらくティナにとって触れられたくない話題だったのだろう。俺はよく考えもせず彼女のプライバシーを侵害してしまったと考え、謝罪した。
「いえ、大丈夫です。それより、何故私から古龍の気配がすると?」
しかし返ってきたのはこのような質問だった。彼女の顔は見えないが、声音からは殺気や怒気などは感じられない。
「あ、ああ。実は俺も半分古龍みたいな存在なんだ。だから龍脈って分かるか? 古龍の扱う独特な力の流れをティナから感じてな」
「古龍みたいな存在? 貴方、自分で自分のことをジンオウガだって言っていたではないですか」
「いや、それはまあそうなんだが」
参ったな。確かに俺はジンオウガだとティナに言ったし、自分もジンオウガのつもりだ。だが古龍化してるのは間違い無いし、それをどうやって彼女に伝えるべきか。
能力吸収は俺の切り札みたいなもんだ。それを知られるのは……でも踏み入った話をしたのは俺からだ。だったら俺も秘密の一つや二つ、話すのが道理というものだろう。
「信じてもらえるか分からないが、俺は食った生物の力を取り込むことが出来るんだ。半分古龍っていうのは、前に古龍の一部を食べて体が古龍化しかかってるっていうことだ」
「生物の力を、取り込む? にわかには信じられないですが、それを信じるならば、貴方の特異な力も説明がつくというわけですね。成る程……」
それからティナは黙ってしまった。俺が言ったことを少しは信じてもらえたのだろうか?
「分かりました。貴方の言ったこと、信じましょう」
「本当か?」
「ええ。貴方が見せた様々な技の数々。それらが先ほどの話の裏付けとなりますから。そしてここまで話してくれたんです。私も自分のことを話しましょう」
俺はデリカシーのない発言のお詫びとして話したんだが、何故か彼女も自分の秘密を明かそうとしている。勘違いなのだがそれに茶々を入れるのはお門違いというものだろう。俺は黙って聞いていることにした。
「今から見せるもの、話すことは一切他言無用でお願いします」
そういった瞬間、ティナの存在感が大きくなった気がした。そして彼女から発せられるオーラも、先ほどまでに並べてかなり大きくなった。元々凄まじいオーラを発していた彼女のそれが、また大きくなったことで俺は驚いて足を滑らせそうになった。
「驚くのはまだ早いですよ」
そういうとティナは俺の背中から降りて目の前に来た。そして
「これは!?」
なんとティナの背中から龍の翼が生えているのだ。よく見ると背中の方から尻尾が伸びているし、目も爬虫類や竜のように縦に割れていてとても人間のそれには見えない。
「私は龍と人間のハーフなんです」
「ハーフ……ってあのハーフか? 龍と人間の子供ってこと、か?」
「はい」
そういう彼女の顔はすごく悲しそうだった。そんな彼女の顔を見て、驚いて機能停止していた脳が冷やされ、冷静な思考が戻ってくる。
「龍と人間の間に、子供が生まれるのか?」
「いいえ。生まれませんよ。普通なら、ね」
すぐに俺の脳裏に浮かんだのは生態実験という文字。前世でも親父の話で聞いたことがあるし、俺も一度そのおぞましい所業を目にしている。とにかく道理を外れた外道の所行だ。
「貴方の想像通りでしょう……わ、私は……うっ」
次の瞬間ティナは激しくむせ返った。見ると彼女の額には玉のような汗が浮かんでいる。相当無理しているらしい。
「おい、無理はするな! 話したくない内容なら無理に話さなくていい!」
そういうとティナはスッと体の力を抜いた。途端に龍の翼や尻尾は消え失せ、縦に割れていた目も元に戻った。
先ほどのティナの突然のえずき。おそらく拒絶反応だろう。小さな頃に体験した恐ろしい出来事が彼女の脳裏にフラッシュバックしたのだろうか。
「少しは落ち着いたか?」
「……ハイ」
少しやつれたように見えるが、落ち着いたかどうかは怪しい。とりあえず俺は彼女を休ませようと背中に乗せなおす。するとティナが小刻みに震えていることに気づいた。振り返って顔を覗いてみると、彼女は焦点の定まらない虚な目で虚空を見つめていた。
「私は、人間ではありません。そしてそれが仲間達に知られるのがたまらなく怖い……言おうとしたことはありましたが、結局口からは何も出なかった。だってそうです! 私が人でも竜でもないバケモノと知ったら、きっと彼らだって私から離れて──」
「ティナは人間だ!」
思わず叫んでいた。今のティナは
「ティナには人も竜も分け隔てなく思いやれる心がある。ティナには他人を気遣う優しさがある! 数日しか共にいない俺如きの軽い言葉でしかないが、ティナは人間だ。だから自分のことをバケモノだなんて言うな」
「でも……」
「仲間に知られるのが怖い、一緒にいたい、離れて欲しくない。人間らしい感情と欲も持っている。そんな奴が人間じゃなかったら、世の中のだれが人間だっていえるんだ?」
「うっ……くっ…………うぅう」
俺の言葉なんて軽い。それはわかってる。ティナとはまだ数日の付き合いだ。その程度で彼女の全てが分かったなんて傲慢なことは言わない。だけど、目の前にいる弱った少女を励ましたかったのだ。かつては出来なかった。そして俺は失敗した。でも今は違う。
それから静かに声を抑えているティナのことを、俺は何も言わず見守っていた。
……Now loading……
「落ち着いたか?」
「はい。申し訳ありませんでした……」
そう言うティナの表情には、確かに冷静さが戻っていた。先ほどの彼女は明らかに精神に異常をきたしていた。あのまま放っていたら壊れてしまいそうだったが、なんとか持ち直せたみたいでよかったよ。
「それより謝るのは俺のほうだ。ティナをこんなに追い詰めたのは俺が話を振ったからだし。本当に済まなかった」
「い、いえ! 確かに話を振ったのはそちらですが、私が勝手に喋ったことです。貴方が悪いわけでは……」
「そうか?」
「はい。思えばなんであんなに喋ったのか、自分でも不思議なくらいです」
おそらくだが、それは俺がモンスターだからだろう。先ほどの彼女の言葉を聞いた感じ、ティナは自分が龍との混血なのが他の人に知られることに強い恐怖を感じている。だから今まで誰にも話さなかったし、話そうとしても失敗してきた。
しかし俺はモンスターだ。人間ではない。だから多少は抵抗なく話せたのだろうと考える。
「もし、溜め込んでいるようなら遠慮なく俺に話せ。いつでも聞いてやるから」
「ありがとうございます。感謝します」
そうして微笑んだ彼女の顔は憑き物が落ちたかのように晴れ渡っていた。
……Now loading……
その後、ようやく風が止んだので俺は山頂へと再び足を進めていた。ずいぶんと後れを取ってしまったな。澪音達がいつまで踏ん張れるかわからないし、急ごう。
「あの、先ほどはありがとうございました」
そんな時ティナからこんなことを言われた。
「あそこまで踏み入った話をするのは初めてでした。お陰で胸の奥のざわめきが少しなくなった気がします」
「ならよかった。俺もティナの意外な一面を見られたしな?」
「貴方こそ意外と意地悪なんですね? でもこれをきっかけに、彼らにもこの話が出来るよう努力してみようと思います」
「そうか。無理はするなよ?」
「勿論です!」
この調子ならティナは大丈夫そうだな。さっきは焦ったものだが、なんとかなって一安心だ。さて山頂まではあと少し。ここからは気を引き締めていかないとな。
背中にいる最強剣士との絆が少し生まれたのを確かに感じながら、俺は崖を登る足に強く力を入れた。
最強と言われてもティナはまだ15歳の少女。いろいろ背負うにはまだ幼すぎるし、空回りもしますよね。