くっそ……イビルジョーのやつ、まだうろうろしてやがるのか。
イビルジョーに襲われてから2週間は経ったと思う。その間、俺がイビルジョーに襲われることは無かった。まぁ細心の注意を払って行動してたからな。
だが奴は諦めてないのか、まだ俺のことを探して渓流やその周辺をウロウロしている。
すでに渓流の生態系は壊滅寸前まで追い込まれている。あれだけいたガーグァはその姿を消し、ブルファンゴとか1週間前から見もしない。
大型モンスターは縄張りを守るために奴に挑み、その全てが返り討ちに終わったようだ。
まさに渓流はイビルジョーの独断場。我が物顔で闊歩する奴に逆らえるものなど、存在しなかった。
それは人間側も同じ。流石にイビルジョーともなればギルドも焦るのか、何回かハンターが送り込まれてきたっぽい。だが、結果は全て敗北だった。しかもキャンプ送りではなく、全員即死という結果。
流石に俺も不味いと焦り始めるってもんだ。どう考えてまも奴に勝てる要素はなく、あっちは俺を探しているという始末。毎日の食事を確保するだけで精一杯だ。
と、思ってたんだけどなぁ……
……Now loading……
「ガァァァァァァァァ!?」
渓流にイビルジョーの悲鳴が轟いた。今まで傷一つ負った所など見たことがないイビルジョーの体は、今や至る所から血が流れている。
強者のプライドからか戦意は失ってないようだが、勝敗は一目瞭然。このままいけばイビルジョーが敗北するだろう。
い、一体何が起こってるんだ……
あり得ない。そんなことはあってはならないと思考するが、目の前の現実がそれを無情にも否定してくる。
あれほどの強さのモンスター。俺はてっきり、大討伐部隊でも編成してくるのかと思っていた。だが、実際に来たのはたった一人。その1人に、あれほどの猛威を振るったイビルジョーがボコボコにされている。
しかも、見た目はまだ幼い少女のように見える。俺の目算だと、中学生……ぐらいか? 恐らく15、6ぐらいなのは確かだ。
そんなか弱そうな女の子が、20メートルはあろうかという化け物を圧倒している。これが信じられるかってんだ。
イビルジョーが威嚇の意味を込めて大きく咆哮するも、少女は微動だにしない。ただ手に持つ得物を静かに構えて、油断なくイビルジョーのことを見ている。
その態度に怒ったのか、イビルジョーが突撃した。ただの突撃ではない。足の筋肉を限界まで使った、ロケット頭突きとも言えるものだ。
しかし少女は、やはり動じない。イビルジョーの足の隙間。そのほんの僅かな隙間に体を滑り込ませ、攻撃を回避する。それだけでも十分凄技なのに、それだけではない。攻撃を仕掛けたはずのイビルジョーから血が吹き上がったのだ。
少女はあの一瞬とも言える通りすがりの瞬間、イビルジョーを最低でも10回は斬りつけた、と思う。
なんせその初動が俺でさえ見えない。僅かに腕を動かしたということしかわからない程、速いのだ。
先程からこのようなことが連続して行われている。仕掛けるのはいつもイビルジョーだが、傷を負うのもイビルジョーなのだ。少女には着崩れ一つ見受けられない。
あれが、ハンターなのか……? あれほどまでに強い存在だというのか。だとしたら、俺など生き残れる道は残されていないじゃないのか? くそっ、ここまで過酷な世界だとはな……
「もう、終わりにしましょう」
初めて少女が言葉を発したことによって、俺の意識は再び戦場に戻った。見ると、今まで受けの構えだった少女が、攻めの構えをしている。ここで勝負を決めるつもりなのだろう。
初めてイビルジョーに、恐怖の表情が浮かんだ気がした。見るからに動揺しているのが分かる。だが、その判断を下すのは、少々遅かったかもしれない。
少女が一歩地を踏む。それだけで彼女の体は凄まじい速度で前方に飛び出し、一気にその間合いに詰めていく。腰だめに構えた太刀。恐らく抜刀術の類だと思われる。
「奥義 一の太刀『瞬…………!?」
その時だった。イビルジョーが、今までしたことのないような行動をしたのだ。その巨大なアギトを、思いっきり地面に叩きつけて土砂を巻き上げた。
突然の行動に一瞬たたらを踏む少女。その僅かな時間で、イビルジョーは地面に穴を掘り逃げ出したのだ。
土煙が収まった後には、静かに納刀する少女と、巨大な大穴が残されてるだけだった。
「逃して、しまいましたか……」
ポツリと呟く少女の顔には、汗ひとつ浮かんでいない。まるで、さっきまでの戦闘が無かったのではないかと錯覚するぐらい、穏やかな佇まいだ。
俺は純粋に畏怖を覚えた。あれほどの剣技を操る少女。一体どれほどの鍛錬を積んできたというのだろうか。少なくとも、齢15歳の少女が身につけられる技術ではない。前世でも、あれほどの達人は見たことがなかった。
「うーん。上手くいきませんでしたねぇ。さて……」
そう言って伸びをする姿は、ごく普通の少女に見えた。さっきの戦闘を見ないで今の少女を見かけたら、危険性0と判断してしまうかもしれないほどに。
うん? 心なしかこっちを見ている気が……
「そこに隠れている人……いえ、モンスター? 聞こえてますか?」
少女がこちらを真っ直ぐ見つめてそういった。
なっ! 俺の潜伏が見破られただと!? 仕事柄潜伏する機会が多かったこともあり、潜伏にはかなりの自信があった。それこそ、前世では見破られたことなどない。
確かに体が変わったとはいえ、それをこうも簡単に……?
「やる気があるなら出てきてください。相手になってあげましょう。ですが、やる気がないのなら、今すぐ立ち去ることです。まぁ、言っても理解出来ないでしょうが……」
彼女は気休め程度の警告として言ってるようだが、言葉が理解できる俺からしたら渡りに船だ。ここは素直に退散させてもらおう。
背後から襲われる危険性はあるが、その時はその時。どうせ正面切って戦っても勝ち目など無いし。
そのまま振り返ることなく、走って帰路に着いた。幸い、あの少女が追ってくるなんてことはなかった。
……Now loading……
はぁ……なんか1日のうちにとんでもないことが起きたなぁ。まさかイビルジョーが負けるなんて思ってもみなかった。
まぁ奴が居なくなってくれたのはいいことだが、それよりあの少女のことだ。彼女は危険だ。いや、危険なんて言葉では表せないほどヤバい。もう二度と接触しないように心がけねば。
それにしても、ハンターか。今まではイビルジョーに瞬殺される姿しか見てなかったが、今日を振り返って考えが変わった。
ハンターは危険だ。モンスターにとって天敵といってもいいだろう。幸いなのは、ハンターはモンスターを殲滅するために動いているのではなく、自然との調和を齎すために動いているという点か。
まぁ怪しいけどな。調査の邪魔だから。といってモンスターを狩るなんて展開は、ゲームでもあったし。油断はできない。
俺はまだハンターと戦ったことはないから、危険視はされてないだろう。だが、このままではいつかハンターと戦うことにはなるはずだ。
そうなった時、今の俺では圧倒的に実力が足りない。あの少女と対峙して、せめて逃げられるぐらいの実力をつけなければ、この世界では生きていけない。
……よし、武者修行の旅に出よう。やはり実力をつけるには実戦が一番。しかしハンターと無闇に戦うわけにもいくまい。
狙うは別地方にいる大型モンスター達。俺には能力吸収の加護もあるし、一石二鳥だ。
そうと決まれば早速行こう。もしかしたら、ギルドの調査隊とかが送りこまれてくるかも知れないしな。イビルジョー討伐は諦めてないだろうし。
願わくば、あの少女が最強の一角と呼ばれるぐらい、この世界で強い存在でありますように。あんなのがうじゃうじゃ居たら、たまったもんじゃねーからな。
さらば、渓流!