あなたの未来に花束を   作:カサブランカ

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1・ヒーロー

 

 

 

なぜ生まれてきたのか、生きている意味はあるのか。意識を持った時、いくつかの歌のフレーズが頭の中に浮かんだ。それはどれもこの世界には存在しない歌でーー私が人生をコンティニュー…いや、「人生の2周目」を始めたという、確固たる証だった。

 

「わたし…なんでいきてるんだろ」

 

「!!!せっ…先生っ!!!ゆ、優子ちゃんが…優子ちゃんが目を覚ましました!」

 

「そんな…奇跡だ!!!っ、優子ちゃん!私が見えるかい!?私の声が聞こえるかい!!?」

 

見ていて憐れなほどに狼狽えて、白衣の女性と男性が叫んだ。後から聞いたらその日は私の…いや、「この体」の4歳の誕生日だったらしい。

 

 

1.ヒーロー

 

 

なんか、私は一度死んだんだって。瞳孔反射も脈の触知も脳波も心電図も呼吸も全部機能停止状態。死亡時刻の宣告が行われ、機械を全部外して、医者が警察に死亡報告しようとした矢先に私が目覚めたんだとか。奇跡です、我々は奇跡を目の当たりにしたのです、と担当の医師と院長がテレビでマスコミ相手に熱弁していた。

 

(くっっっだらない)

 

昔ながらの黄色い生首みたいな容器に入ってる、あの糊そっくりの重湯をスプーンで口に運びながら、テレビから目をそらした。私がここで目覚めて1週間。水分摂取から始めて、まだ液体食地獄は続くらしい。飽き飽きしながらもお腹は空くから、仕方なく胃を黙らせるためだけに手と口を動かした。

 

(…つまんないなぁ)

 

この歳なら拙く自我を主張しながら年相応に駆け回っていたであろう子どもが、突然変異したように大人びた受け答えをしたことに周囲の人々はショックを受けていた。

 

『きっとご両親を目の前で惨殺されたショックで心が…』

 

『ご両親が亡くなっているだなんて、あんなにも小さい子に何て言えば…』

 

『あんな小さい子が親を求めることもせず、いつも無表情でいるんですよ!きっとあの現場を見ていて、それで…っ!』

 

『親族は?ええっ!?関わりたくないですって!?そうか、個性婚から逃げた同士で駆け落ちを…』

 

(オイオイオイ…なんか不穏な言葉しか聞こえないんですけどー)

 

なんか「悪い人」に「ひどいこと」をされたとかで、全身ボロボロの私は、文字通り腫れ物扱いされている。身体的にも、コミュニケーション的にもだ。とはいえ病態が安定してきたからと救急の部屋から移動したことや、何も理解できない子どもと油断するからか、病室の外や詰所から漏れる会話、談話室の患者家族の噂話、テレビなんかでもたやすく情報は入手できる。特別聞き耳を立てなくったって、割と自然と。

 

「……孤児で、事件の被害者か」

 

2度目の人生とはいえ、ちょっとこれはハードすぎない?これじゃまるで前世の続きみたいだ、と大きく息を吐いたら、扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

「お邪魔するよ。おやおや、もう食事が食べられるのかい?」

 

小柄なおばあさんが私を見て驚いたような声を出した。リカバリーガールと呼ばれる彼女は、毎日私の所へ来てくれる。治療してくれるのはもちろんありがたいんだけど、それ以上に貴重な会話相手になってくれるのが嬉しい。その反面、病院の医師ではないからか、決まった時間にしか会えないのがちょっと寂しい。…肉体年齢に引っ張られるからか、このところなんだか時々、無性に寂しくなるし。

 

「具合はどうだい?」

 

「体動かすと痛いけど、大丈夫です。ちゃんとリハビリで歩いたりもしてます」

 

内臓の傷はすぐ離床しないと他の臓器に癒着するから、と鬼のような形相の医師や看護師に叩き起こされたのは1週間前。最初は体を起こすだけでも激痛で涙と悲鳴が出るほどだったのに、今ではなんとか歩けるぐらいにまで回復したんだから不思議なものだ。ちなみに医師と看護師は鬼の形相をしつつ、私が苦しむ姿を見ては影で涙をどばどばと流していたのを知っている。優しい人たちなんだよなぁ。

 

(優しいからこそ、未だに私に親の話とかもしてくれないんだろうけど)

 

いい加減今後のことが心配だし、リカバリーさんが帰ったら直球で聞いてみようかな。スプーンを手放して、私は大きく伸びをした。

 

「あーあ、美味しくない!早くラーメンとかカレーとか、アイスとかケーキが食べたいです」

 

「そう言うだろうと思って持ってきてやったよ。ほら、手をお出し」

 

「えっ?あ、ゼリー!」

 

プラスチックの小さなカップに入ったカラフルなゼリーが3つ、手のひらに落とされた。赤、黄、緑。信号機カラーだ。チープなアルミの蓋を指で押すと中のゼリーがぷるりと動いた。

 

「それを全部食べ終えたなら1つだけ食べてもいいよ。残りはまた明日」

 

「…はぁい」

 

すっかり冷めた重湯に渋々スプーンを突っ込んだ。孫を見るような目で私を見て、リカバリーさんはにこにこと笑った。きっと私が全部食べ終えるまで治癒はしないんだろう。

 

「ねえ、リカバリーさん。何か話してください」

 

「そうさね…昨日は何を話したっけ」

 

「ヒーローの話でした。私を助けてくれたのもヒーローだったって」

 

正直、ヒーローなんてものが現実に存在するなんて、そんな世界知らない。映画かよ、とか、特撮かよ、と言いたくなるような場面を何度もテレビで目にした。窓の外の戦闘なんかも、何度か見た。それでもそこまでしてようやく理解できたのは、自分が死んで生まれ変わったってことだけだ。それも、転生ってのじゃなくて、死んだ子どもの肉体に取り憑く的な感じで。

 

(私なんかに体を乗っ取られて、この子はかわいそうだなぁ)

 

だいぶ傷の薄れた体を小さな手のひらで撫でた。おそらく私は、この子の命が消えた時にこの子の肉体に乗り移ったんだろう。漫画みたいな世界で、まさかそんなことになるなんて。

 

(ーー飛び降り自殺じゃなくて首吊りだったら、よかったのかな。そしたらこの子の体を奪わなかったのかな)

 

親が突然事故で死んで、たった1人残されたものの悲しさと寂しさに負けて、大学受験も受けずに衝動的にした自殺だったけれど。まさか転生して、しかも肉体の持ち主も親が突然死んだなんて。なんて偶然だ。神様はなんてひどいんだ。

 

「それじゃあ、オールマイトの話をしようか」

 

服の下の傷跡を撫でていた私に、リカバリーさんはとあるヒーローの話をしてくれた。オールマイト…最高のヒーロー。正義の象徴で、無敵で、いつも笑顔。ヒーローを絵に描いたようなヒーロー、まさにコミックスに出てくるヒーローそのもの。

 

「…大変ですね」

 

テレビでも見たし、その名を聞かない日はない。オールマイト、正義のシンボル。年中無休で人を助ける。無敵の超人。私はそんな人には絶対になりたくない。

 

「そんな滅私奉公みたいなこと、私には絶対にできないししたくもない」

 

「…優子ちゃん、あんたはヒーローが嫌いかい?」

 

「いいえ。でも、好きでもないです。…どうでもいいっていうか」

 

関わりたくない、これに尽きる。ヒーローなんてものと関わりたくない。特殊メイクでもしているのかと笑って全部吹き飛ばしたくなる異形の人間も、嫌。本音を言うとリカバリーさんの治癒の個性ってのも。だって、あれらを本当のことと認めちゃえば、私はーー。

 

「…ごちそうさまでした」

 

器を空にして、今度こそ本当にスプーンを投げ捨てた。ヤケクソぎみに口に放り込んだゼリーはチープなオレンジの味がして、吐きそうなほど甘く感じた。

 

「わーたーしーがー来たー!!!」

 

「ゲホッ」

 

ワーワーきゃあきゃあと騒がしいなと思っていたら、突然部屋の扉が開いて濃ゆい顔が出てきた。え、何なの?何事なの?

 

「え、だれ?」

 

「ハッハッハ!君が優子ちゃんだね!私は正義のヒーロー、オールマイトだ!」

 

暑苦しくも高らかに宣言した男性は、白く輝く歯を見せて笑った。ああ、確かテレビでもこんな感じで笑ってたなぁ。

 

(これが…オールマイト。正義の象徴?でもなんでここに…)

 

「あっ、すみません、ちょっとこの子と話をしますので…ええ、みなさんとはまた後日…」

 

扉の外からオールマイトを一目見ようと押しかける他の患者やその家族たちを看護師と一緒に断って、オールマイトは病室の扉を静かに閉めた。てっきり勢いよく戸を叩きつけて閉めるものと思っていたから、意外と繊細に動くことができる超人の姿に面食らった。

 

「……お仕事はいいんですか?」

 

「うおっ!すごいな。話には聞いていたが、本当に大人びているね。仕事は大丈夫だよ。事件があったら飛んでいくけどね」

 

その口調にピンときた。彼に私のことを話したというのはリカバリーさんか。きっと昨日の話から何か思うことがあったんだろう。

 

「どういったご用件ですか」

 

「…以前からね、君のことが心配だったんだ」

 

「私?…ああ、親が死んだかわいそうな子どもって話ですか?そんなのこの世にごまんといますけど」

 

「そうだね。確かに…そうだ。だけどね、今こんなに悲しんでいる君は、この世界に君しかいない。そんな君を私は放っておけないんだ」

 

「…意味が…よく分かりません。そもそもあなたは他人でしょ?」

 

「ああ、そうだね。血のつながりもなければ君やご両親とも縁がない、ただの他人だ。だが、私はヒーローだ。そして君のヒーローでもありたい」

 

「………」

 

「私を君のヒーローにしてみないかい?優子ちゃん」

 

「…しません。したくない」

 

「…その理由を聞いてもいいかな?」

 

「だ、って………私はあなたに救われていないし、憧れてもいない。だから、あなたは私のヒーローじゃない。ヒーローなんてそんなラベルでしか人を見られないなんて、私は、嫌だ」

 

なかば独白のような、呟きのような声だった。なのに、オールマイトは近くに寄って、息まで詰めて、私なんかの言葉を1つ足りとも漏らさないようにと真剣に聞こうとしていた。

 

「私、なんでこの世界にいるんですか。なんで個性とかヒーローなんてものが存在するんですか。なんなんですか。なんでですか。私はただ、両親と生きて、一緒に死にたかっただけなのに」

 

これは、この子の想いなんだろうか。それとも前世の私だけの想いなのか。いや、きっと、とめどなく口から溢れるこの言葉は、前世の私とこの肉体の持ち主、どちらのものでもあるんだろう。漫画みたいにふわりと軽やかで美しくなんてなかった、飛び降り自殺を思い出した。体が地面に引っ張られて、怖いと叫ぶ暇もなくぐんぐん近付いてきた地面。その時確かに、私は後悔したのだ。死にたくないと、願ってしまった。

 

(私がいなければ、この体の持ち主も…死ななかったかもしれないのかな…)

 

4歳になったばかりのこの体の女の子を思った。親を目の前で殺されて、この子は何を思ったんだろう。ヒーローに救いを求めたのかな?ヒーローなんて存在しなかった世界で生まれ育った私には、その感性は理解できないけど。真摯な目で私を見つめるヒーローを見つめ返して、ふと、思った。ヒーローでなくても、こんな人が私のそばにいてくれたなら、どれだけ救われたことだろうか、と。

 

「この世界に個性やヒーローなんてものが存在するなんて、認めたくない。だって、私…私は……」

 

手の中でずっと握りしめていたゼリーが、ぐっと形を歪めた。幼児の手ではプラスチックの容器が微かに凹むだけの、ちっちゃなゼリー。目に痛いほどの緑と赤を見下ろして、どうしようもない現状の自分を哀れんで、とうとう涙がこぼれてしまった。

 

「……これからどうやって、生きていけばいいの」

 

「優子ちゃん」

 

今の私の頭なんて卵みたいに潰せるだろう大きな手が2本、にゅっと伸びてきた。驚く私の方へと体を傾けて、オールマイトは私を包み込むように抱きしめてきた。

 

「…辛かったね」

 

「っ!」

 

息を飲んだ。オールマイトは、それ以上の言葉をかけてこなかった。ただ、私をまるごと抱きしめてくれた。ちらりと横目で見ると、彼は眉をぎゅっと寄せて、まるで私の感情を共有しているような苦悶の顔をしていた。

 

(ーーあったかい…)

 

その温もりが、優しさが、どれだけ私を救ってくれたことか。たとえそれが偽善のパフォーマンスだって構わないとすら、その時私は思ったのだ。こんな私の心の変動は、きっと神様にだって分からないだろう。救われる、という言葉を、本当の意味で理解したようにすら思えた。親が死んで、自分も後を追って、目覚めたら親すらいないまっさらな状態でハードモードな人生2回目がスタートしてた。絶望しきりの私を、この世界で初めて抱きしめて受け入れてくれたのは、どうでもいいと言いつつ拒絶していたヒーローの代名詞、オールマイト本人だった。

 

「……わたし、これからどうしたらいいの?ひとりで、どうしたらいい?」

 

「君は1人じゃない。私がいる。周りの大人たちがいる。君が君らしく生きられるように、私たちは何だって協力する。絶対に。ーー約束だ」

 

縋り付いた先の正義のヒーローはとても優しくて、でも決して甘くはなかった。私に選択権を与え、自分で立ち上がれと促してきた。大人に全て委ねて甘えてしまえばいいなんて無責任なことは一言も言わなかった。今の私には突き放されたようにも受け取れた言葉だった。でも、私を真正面から見る目に雑念も見放す色もなくて、だからこそ私は素直に頷くことができた。この人なら本当の本当に、私が私らしく生きていけるまでずっと助けてくれるのだろうと。

 

「オールマイトさん」

 

「なんだい?」

 

「ーー助けてください」

 

身勝手だ。自己中心的な考えだ。他人に縋るなんておこがましく、厚かましいことだ。だけど、今の私には彼しか縋れる人がいなかった。深く下げた私の頭をオールマイトは驚くほど優しく撫でて、暑苦しいほどにーー疑うことすらできないほどまっすぐに、ヒーローらしい笑顔を見せた。

 

「もちろんさ。君は私が誰だか忘れたのかい?」

 

「オールマイトさんは、オールマイトさんでしょ?」

 

「うーん、そこはヒーローって言って欲しかったな!」

 

「ヒーローなら誰でもいいわけじゃないですもん」

 

救ってもらうならあなたがいい、そんなニュアンスで伝えたら、オールマイトは深い彫りの奥で目を丸く見開いた。

 

「…参ったね。君、本当に4歳?なんだか大人と会話しているようだよ」

 

「…まだ未成年ですよ」

 

前世でもね、とは言わず、曖昧に答えた。手の中の2つのゼリーが、ぽこん、と元の形に戻った。

 

 

 

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