あなたの未来に花束を 作:カサブランカ
『個性』…現代日本ではほとんどの人が持っている超能力的なもののこと。個性にはさまざまな種類があり、親から子へと引き継がれるのがほとんど。
(リカバリーさんの治癒能力みたいなものもあれば、外見に現れるものもある…と)
「はい、終わりだよー。今日もよく頑張ったね」
ニコニコと笑顔で労ってくるパンダ顔の医者と、テキパキと採血道具一式を片付けるツノの生えた看護師の姿も、もう見慣れたものだ。見慣れたとはいえ、まだ認めたくない気持ちはある。ただ一つ言えるのは。
(よかった…!私の外見は普通で、本当によかった…!)
髪の色も肌の色も普通の日本人の色で、どこからどう見ても普通の子だ。むしろ前世より可愛い顔立ちとかもう最高。まあ顔面偏差値についてはこの世界の人たちって総じて高いみたいだから、この顔が普通なんだろうけど。
「そういえば…先生、私にも個性ってあるんですか?」
「レントゲン上ではあるはずだよ。確かご両親の個性は『声援』と『強化』で、ヒーロー事務所でサイドキックとして勤めていたんだったかな」
「声援に、強化…」
サイドキック、という言葉の意味がよく分からないけれど、会話的におそらくヒーローの補助役ということなのだろう。…まさかこの体の子が襲われたり両親が死んだ理由って、敵と呼ばれる人たちからの逆恨みとかじゃないよね…?思わず体を抱いてぶるりと震えてしまった。テレビで大々的に報道された、この体の子の蘇生。それってつまり、敵の狙いがこの体の子…花車ファミリーの殺害だったとしたら、下手するとまた敵に狙われるのではないだろうか。
「…これは私の勝手な考えなんだがね」
私を見つめ、慮るような声音でパンダ医師は重々しく口を開いた。
「ご両親があのような形で亡くなったというのに、子どもの体で同じだけの傷に耐えられたのは…君のご両親の個性によるところが大きいと思うんだよ」
「………」
「君のご両親は事件のあったあの時、君だけでも生かそうと、していたんじゃないかと……あっ、すまない!ちょっと私は外に…ズビッ」
「先生、色々とダダ漏れていますよ。それじゃあ優子ちゃん、後でリハビリに行きましょうね」
「あ…はい」
顔中の穴から液体を滴らせてズブズブになりながら立ち去るパンダ医師は、なんだか哀愁を背負った動物園のパンダみたいだった。あとツノを生やした看護師も目が潤んでいた。ここの病院の人はみんな情に脆いのか?
(声援と強化、ねぇ…。なんともまあ、本当にサポート向きだよなぁ)
サポート向き、それは言い換えれば『他者依存』の個性とも言える。バリアを張る能力…あ、個性って言うんだっけ?バリアとか、透明化とか、幽霊みたいに肉体のない存在とか…そう言う感じの個性であれば殺される恐怖なんて感じずにいれたかもしれないのに。
(突然変異で違う個性が出る可能性もあるし…未来の自分に期待しとこう)
採血後のテープを上から押さえる指は、まだまだ短く小さく、そして細い。子どもとは、無力だ。ため息を吐いてもう一眠りするかと目を閉じようとした時、ドアが軽快なリズムでノックされた。
2.柔らかな心
「優子ちゃん、おはよう!リハビリの時間だよー!」
元気いっぱい!今日も幸せです!そんな溌剌とした笑顔でやってきたろくろ首の男性が、にゅうっと頭を伸ばしてやってきた。名前は六郎さん。ろくろ首にちなんだ名前なの?親のセンスどうなってんの?
「おはようございます、六郎さん」
「うんうんっ、優子ちゃんは今日も元気だね!ところで優子ちゃん!先生から外出許可出たし、ちょっと外に行ってみようか!」
「え」
確かに車椅子なしでも歩いて動けるようにはなった。でも筋肉が落ちてしまっているからか、スクワットも腹筋もまだできないし、走るのだってすぐ息切れするから難しい。そんな状態で、外出?
(それは…よくない、とてもよくない。だって狙われてるかもなんでしょ?なのに逃げることもできない体力で外に出て行くとか、殺してくれって言ってるようなものじゃない?死ねと?私に死ねと言うのか!?)
ニッコニコと満面の笑みのくせに、腹黒すぎるぞ、ろくろ首!淡々と恨みを連ねてやろうかと思ったけれど、どこからどうみても、彼に他意はないようだった。ただ単に、子どもは楽しく外で遊びたいものだ、と信じて疑わない目をしている。
「優子ちゃんはお外で遊ぶのが好きだったって聞いたんだけど、どうかな?おうちから遠いから、優子ちゃんのお友だちとは会えないけど…でもきっと楽しいよ!」
「あー…えーっと……」
別にリハビリ室に缶詰でも、と言いかけたけど、彼のキラキラした顔を見て諦めた。これ、リハビリ室選択したら引きこもりだって心配されるパターンでしょ。
「あー……じゃあ、公園にでも行きたいです」
「よし!行こう!」
「えっ、今から?」
そんなわけで連れてこられた公園には、個性を出しまくる子どもたちがわんさかといて尻込みをしてしまった。だってあの子、背中に羽生えてるし。あの子なんか両手爆発させてるし。うわー、子ども怖い。
「優子ちゃん、どうだい?あの子たちとお友だちになれるかな?」
あの子たち、と指さされた先にいるのはあの爆発少年だ。無理。ぜっっってーーーに!無理!大人ならまだしも、加減のかの字も知らないだろう子ども相手にお友だちごっことか絶対無理!
(せめてもっとまともで大人しそうな……あっ、あの子とかいいかも)
砂場で何か絵を描いている男の子がいる。頭がモシャモシャに爆発してるのが気になるけど、両手爆発させてる子より断然マシだ。
「…こんにちは」
「!!!っ、わ、」
絵を描くのに集中していたからか、飛び上がるほど驚かれた。ピャッと数メートル先の母親らしき人の所まで逃げてしまった。あーあ、失敗した。申し訳なさそうに苦笑して頭を下げてきた母親らしき人に、こっちからも頭を下げる。こりゃおしゃべりしましょう作戦は無理だな。それにしても何描いてたんだろう。
「………?…虫?」
バッタか?触覚がやたらと凛々しい感じの。しかしバッタに口を描くなんて子どもらしいというかなんていうか……ん?なんかこの笑顔、どこかで…。
「あ。もしかして…オールマイト?」
「!!!」
あっ、母親の影から顔を出した。丸くて大きな目がキラキラしている。純粋で子どもらしくて、いいなぁ、と思った。
「君、オールマイトのこと好き?」
「っ、うんっ!すき!だいすきっ!!!」
(かっ…可愛いな!!!)
「ぼくもいつかオールマイトみたいになるんだ!」
「へー。オールマイトみたいになって、どうするの?」
「こまってるひとをたすけるんだ。だからぼくもいつか、オールマイトみたいなかっこいいヒーローになるんだ!」
(困っている人を助けるために、かぁ)
悪い敵を倒すためでなく、弱者を助けるために。それは、とてもいいヒーロー像だ。別に勧善懲悪なヒーローが悪いってわけじゃない。ヒーローといえば華やかな悪役退治ばかりが目につくし、そっちがヒーローの本質と考える人も多いことだろう。でも私個人としては…オールマイトに手を差し伸べられた者としては、この子のヒーロー像は、とてつもなく大切なものに思えたのだ。
「…なれるよ。絶対に、なれる。君なら困ってる人も、悲しくて寂しい人も、みんなまるごと助けられるヒーローになれるよ」
「ほんとう!?ぼくもオールマイトみたいになれるかなぁ!?」
「絶対なれる。諦めなければ、いつか」
諦めなければ、いつかきっとムッキムキの筋肉超人になれるよ。表情筋を鍛えたらきっと顔の彫りも深くなるよ。あの触覚だってワックスで固めたらいけそうだし。アメコミのヒーローまんまになれるさ。中身だってきっと、弱きを助け強きを挫くってやつになれるさ。……まあ、本人の努力しだいだし、保証はできないけどさー。
「!!!おかあさんっ!ぼく、ヒーローになるよ!」
「ふふっ。そうね、出久ならきっとなれるわ」
ヒーローごっこをするからとマントを模した布を母親のカバンから引っ張り出しはじめた少年を見ていたら、ありがとうね、とこっそり母親からお礼を言われた。そのとても嬉しそうな笑顔に、下心があったなんて言えなくて、私は笑って返すしかできなかったんだけど。
「あなたはどこのお家の子なのかしら?この公園で会ったことないわよね?」
「ぅ、わー……」
そう話しつつ、見た目はとても普通な彼女は、地面に落ちそうになったカバンをひょいっと引き寄せて中身を息子に渡していた。超能力らしい超能力…もとい個性を目にして、思わず見えない糸でも仕掛けられているのでは、と目を凝らした私は悪くない。
「どうしたの?」
「あー…いえ、なんでも。私、この近所の者ではないんです」
「あら、そうだったのね。お名前は?」
「えっと、花車優子です。お姉さんのお名前は?」
「あら、私?私は緑谷引子で、あの子は出久。ねえ、優子ちゃん…もしよかったら出久のお友達になってくれないかしら?」
「え」
まさかの親からの提案。この年頃の子どもって、一緒に遊べばお友だちって感覚だと思ってたけど。しかも私、今日たまたま公園に立ち寄っただけのただのよそ者ですけど。
「えーと……今日だけの友達なら、いいですよ。私、今日はたまたまここに連れてきてもらっただけなんで」
「そうだったの。ええ、そうだとしてもぜひ」
「おかあさーんっ!できないー!」
「ああ、はいはい。あら出久、せっかくお友達ができたのにまたヒーローごっこするの?」
「ヒーローごっこじゃない!オールマイトなの!」
「はいはい」
(確かにオールマイトさん、あんなマント羽織ってたな…)
もしかして、出久くんとやらのこのマントって販売されてんの?まさかフィギュアとかのグッズも売られているんだろうか。気になる。……いや、別にそんな欲しくはないけど。
「でもせっかくなんだから、優子ちゃんと一緒に向こうで遊んできたら?ほら、ブランコも空いてるわよ?ねえ、優子ちゃん?」
「でも…」
出久少年の何か言いたげな目が、私とブランコをチラチラと行き来する。楽しげにブランコを漕いで遊んでいた子どもたちがちょうどいなくなったタイミングだ。ブランコで
遊びたいのに、何かためらうことがあるのだろうか。
「……出久くん、ブランコは嫌い?」
できるかぎり優しい声と表情を意識して尋ねてみると、出久少年はちょっと拗ねたような、恥ずかしそうな顔をして、小さな声で告白した。
「…うまくできないもん」
「じゃあ、私が手伝ってあげる」
「…いいの?」
「もちろん。ほら、行こうよ」
「…うん!」
キラッキラした大きな目に、期待と嬉しさが溢れている。子どもらしいエネルギッシュな笑顔だ。可愛い。とても可愛い。
「じゃあ引子さん、ちょっと出久くんを連れていきますね」
「よろしくね」
「はい」
どこかほっとしたような笑顔で私たちを見送る彼女の姿に胸が痛くなった。全然見た目も声音も違うというのに、なんだか自分の親を思い出して。
(…もやもや、する)
鼻の奥がツンとした。
(オチまで書けるか不明ですが)オチについてご意見をお聞かせください
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