「カポネという男が私に接触してきましてな。島を出るために協力しようと」
ウルージが語るのは、まだ見ぬ侵入者。
「とりあえず了解はしたが……どうにも油断ならない男で」
話を聞くに、ローたちを助けた者であると分かる。
「おそらく近いうちに姿を現すと思うが、ある言伝を預かっている」
彼らと対面するのは何時になるのか。
「王を倒すには、おもちゃ箱を壊す必要がある」
太陽が燦爛と輝く。
降り注ぐ陽射し、草を撫でる風、川の流れる音、泳ぐ魚達、そのどれもが心地よく感じられる環境の中で、辛気臭い顔で川辺に座り込んでいる者達が三人。三人の手には、木の釣竿。
「釣れねェな」
「本当だ!」
「あきてきた!」
ロー、ペンギンと村の少女は川辺に座り込んで釣りをしていた。他に村の少年を二人加えて。
言葉の通り、釣れてはいないようだが。
シャチとベポは、釣りの様子を眺めたりして自由気ままに過ごしている。
「もうよー、手掴みで獲ったほうがよくないか?ベポ、そういうの得意じゃ」
「アイアイ、やろうと思えばできるけど」
「獲れりゃ良いってもんじゃねェんだよ」
そう言うペンギンは横目で隣に座る茶髪の少女を見る。
「うん、ありがとうね、付き合ってくれて」
少女ははにかみながら言う。どうやらハートの海賊団は、少女に付き合って釣りをしているようだ。
「良いってことよ!おれ達の食料調達にもなるしな」
「そうだぜ!・・・・・・でも、キャプテンが付き合ってくれたのは意外だな」
「ただの気まぐれだ」
釣竿を持つローは目を閉じ、体がぴくりとも動かない。かなり集中しているようだ。
「気まぐれかー。・・・・・・そういや、ウルージさんは」
「ウルージさんは、力仕事を手伝う予定あるって言ってたよ。残念」
溜息を吐く少女。彼女は、ウルージの事をかなり好いているようだ。暗い表情で水面を見ている。
「力仕事かー。ウルージさんらしいなー。だが、あの人が満足に使える釣竿ってあるのか」
「それなら大丈夫!私がプレゼントしたから!」
「そうなのか。仲良いんだな」
「うん!」
少女は誇らしげに浮かれるが、釣りに集中しなくては、とすぐに気を引き締める。その顔は真剣そのものだ。
「・・・・・・そういや、家で会った時、妙に嬉しそうだったけどなんでだ?」
シャチはちょっとした疑問を口にした。
「なんでだろうね?んー・・・・・・」
少女は少し顔を俯かせて、考える。
「村の問題については、聞いた?」
「・・・・・・ああ、変色する病だっけか」
「うん」
釣竿を持つ右手を見る少女。その右手は一部分が赤く変色していた。
「私は赤だけど、人によって色は違うの。・・・・・・気味悪がる人は多い」
「・・・・・・体に害はないんだろ?うつることもないって」
「そうだね。それでも気味悪がる人はいるの。変な噂が流れてたりするし」
「・・・・・・」
ローが持つ釣竿が、僅かにぶれた。
「だからね、きっと、嬉しかったんだ」
少女は少しの間だけ、目を閉じた。そして、何かに感謝するような表情を見せる。
「こういう事もあるんだね・・・・・・って!?ああっ!?」
少女から驚愕の声が上がる。目を開けた彼女が見たものは、しなる釣竿。ローが持つ釣竿だ。
「フン」
ローは何の感慨もなさそうに釣竿を引く。そうすると、水面からそれほどは大きくない魚が姿を現し、そのままローの手中ヘと収まった。
「・・・・・・中々だな」
魚を手にした彼の口角が少し上がる。ローは魚を数秒間ながめ、近くにある蓋付きのバケツの中に投げ入れた。少女はその動きを凝視している。
「良いなー、・・・・・・良し!私も!」
少女の釣竿を持つ手に力が入る。
「絶対に釣る!」
「ハハハ、その調子だと釣れてないみたいだな」
「!」
ロー達の後方から聞こえてきた明るい声。彼等は声のした方ヘと顔を向ける。向けた先には林があり、体の一部が白く変色した男が立っていた。男は細身で、やや高めの身長だ。
「お兄ちゃん!」
「よう、仲良くやってるか?」
どうやら黒髪の男は少女の兄のようだ。人のよさそうな笑みを浮かベながら、ロー達の方ヘ歩いてくる。
「うん!ローさん達、すごい良い人だよ!」
「そうかそうか、それは良かった」
嬉しそうに言う妹の様子を見て、これまた嬉しそうな兄。
「妹に付き合ってくれて、ありがとうございます」
ロー達に感謝の言葉を告げる兄。
「礼なんていらねェよ!」
「そうだぜ。それよりも、そっちの用事はどうだ?」
「いや、駄目だったよ。やっぱり、夜じゃないとな」
兄はまいったな、と頭を掻く。
「探してるのは光り輝く薬草だっけか」
「ただの噂だろ?」
「そうなんだけどね。・・・・・・ちょっと、探したい気持ちになって。マリィにこんなこと言ったら怒られそうだけど」
よく見ると兄の衣服、茶色のズボンには、葉や土が付着している。
「怒られるよ!夢見すぎ!」
「ハハ、だよな」
叱咤する妹と、苦笑いする兄。どことなく和やかな雰囲気がある。
「・・・・・・それで、オレはもう帰るつもりなんだが、お前はどうする?」
「私はまだ、釣りしてるよ」
少女は川の方に向き直り、気合を入れて釣りに臨む。兄はそれを見て微笑んだ。
「そうか。・・・・・・ローさん達と仲良くな。妹をよろしく、皆さん」
「おう!任せとけ!」
手を振るベポ達に見送られながら、兄は元いた林の中ヘと消えていった。
「優しそうな兄貴だったな」
「うん!」
釣りは進み、子供たちの元気な声が水辺に響く。
「釣るぞー!!おれも!!」
「おれも!!ウルージさんよりでかいの釣ってやる!!」
「釣れたー!一匹だけだけどー!」
夕日がロー達を赤く染めている。彼等は釣りを終え、子供たちと別れ、帰路についていた。先頭を歩くのは嬉しそうにはしゃぐ少女。両手にバケツと釣竿を持ち、軽やかに歩く。
「おれも釣れた―!」
「おれも!おれも!」
「おれもだ!」
少女に合わせて、ベポ達ははしゃぐ。
「・・・・・・ガキか」
一人、呟くロー。見慣れた光景とはいえ、少し呆れてしまうようだ。
「ローさん達、本当にありがとうね!」
少女は振り返り、満面の笑みをロー達に向ける。
「よせやい!照れるぜ!」
わざとらしく、顔を両手で隠すシャチ。
「やめないよ!本当に感謝してるんだから!」
「釣りに付き合ったぐらいで大げさだなー」
「この程度のことなら、また付き合うぜ」
わいわいと楽しそうにしながら歩くベポ達と少女。それを少し遠くから眺めるローは、いつかの記憶を探っていた。
記憶の中には少女がいる。自分の後ろではしゃいでいる。
「・・・・・・」
「じゃあ、ここでお別れだね」
少女達は二本の分かれ道で立ち止まった。ロー達と少女の進む道はここで違える。少女は名残惜しそうにロー達を見る。
「・・・・・・この村は、本当に良い村だよ。村長さんは良い人だし、綺麗な置物を売ってる店はあるし、だから、もっと楽しんでいってね」
お願いしてるような口調で言う少女。
「おう!」
「またな!」
「楽しかったぞ!」
ベポ、シャチ、ペンギンは、それぞれ変なポーズをとって、少女に別れを告げる。
「アハハハ!・・・・・・本当に面白いね、ベポさん達」
少女は邪気のない笑みを見せ、ベポ達はその反応に満足そうだ。
「・・・・・・それじゃあ、さようなら」
寂しげに言いながら、少女は分かれ道をかけていく。少しかけた所で未練があるかのように立ち止まるが、結局ふり返ることはなく、そのまま歩き去った。
少女と別れ帰路を歩くロー達は、今日の出来事について話をした。
「いやー、今日は結構、色々あったな」
「キャプテンが吹き出したこととか、子供の用事に付き合ったこととかな」
にやにやとした意地の悪い笑みで言うシャチ。
「キャプテン、優しいな!」
「ただの気まぐれだと言っただろうが」
「・・・・・・まあ、何にしても、この村には世話になってるからな」
「会った村人、気の良い奴等ばかりだしな。・・・・・・村長にも礼を言いに行かないとな!」
どうやらベポ達は、この村にかなりの好感を持ったようだ。しかし、ローは居心地の悪い、どうにも調子が狂うと感じていた。
この村にいると、妙に昔のことを思い出してしまう。
(・・・・・・)
きっと、この村のせいだけではない、と彼は考える。
「あの娘が言ってた店とかさ」
「今度はウルージさんも誘って」
「アイアイ!」
雑談をしながら道を歩く、ハートの海賊団。ウルージのこと、少女のこと、薬草のこと、様々な話題が出たが、そのほとんどが楽しいものだった。
話は弾み、やがて、彼等の拠点にたどり着いた。
「着いたー!ん?」
「家の前にウルージさんと、誰かいるな」
そこそこの大きさの、少し古めかしい家。家の前にはウルージと、白衣を着た女性が立って話をしていた。ロー達は二人に近づいていく。
「ただいま!ウルージさん!」
「おお、お帰りなさい。魚釣りはどうでしたかな?あの子は楽しそうでしたか?」
「魚はあんまり・・・・・・だが、あの娘は楽しそうだったぜ!」
「それは良かった・・・・・・。用事があったとはいえ、悪いことをしましたな」
埋め合わせをどうしようか、と目を閉じ考えるウルージ。
「また今度、付き合ってあげれば良いんじゃねェか?・・・・・・それよりも、その人は」
ペンギンは白衣の女性ヘと顔を向ける。女性もロー達の方ヘと顔を向けた。
「はじめまして、この村で医者をやっているマリィといいます」
丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をする、オレンジ色の髪を、肩まで伸ばした女性。外見的に、これといった特徴はなし。見たところ、変色してる部分は皆無のようだ。
「はじめまして!おれは、ペンギン!」
「おれはシャチ!」
「おれはベポだ!」
「・・・・・・ローだ」
ハートの海賊団もそれに応えて自己紹介をする。
「ええ、あなた達のことは聞いています。この村に滞在するそうですね」
どうやら彼女はロー達の事を、ある程度知っているようだ。
「ああ、そうなりそうだな」
「・・・・・・それならば、一つ注意を。この村にいたことを他所では言わないように」
「?」
苦々しげな口調でマリィは言う。
「・・・・・・ああ、病気の事か。他言無用っていうのは少し大げさじゃねェか。皆が皆、って訳でもないんだろ?」
「・・・・・・そうですね。ですが、一部、異常な嫌悪感を抱く者たちがいるのは事実です」
マリィがロー達に向ける眼差しはとても真剣なものだ。赤橙色の瞳が光り、手袋を着けた彼女の両手は強く握りしめられている。その気迫におされ、ロー達は何も言えなくなる。
「とにかく、公言しないのが一番です。・・・・・・私は用事があるのでこれで失礼しますが、ウルージさん、体はお大事に」
マリィはウルージとロー達にお辞儀をすると、小走りでロー達の脇を走り抜け、何かに急かされるように去って行った。
「いやー、マリィさん、かなりの気迫だったな。何で、あそこまで・・・・・・」
「まあ、何か事情があるんだろうが、詮索することではねェな。さっさと家に入って飯にしようぜ」
そうですな、とウルージは頷き、家に向かって歩き出す。ふと、その後姿を見たシャチの頭に疑問が生まれる。
「ちょっと待て!ウルージさん、どうやって入るんだ!?」
ウルージの巨体、それはどう考えても入り口を通り抜けられない大きさ。
「おーおー、問題ないですぞ。別の入り口がありますからな」
ウルージはそう言うと、家の左側に回り込んで姿を消した。別の入り口に向かったのだろう。
「この家って、でかい奴にも配慮してるんだな」
「居間と廊下の天井、高かったしな。・・・・・・おにぎり食べてた時は床に座ってたけど」
世界には巨人族でなくとも、巨体を持った者達が存在する。ロー達の拠点はそういった者達に配慮したものの様だ。
「おにぎりかー、夕飯は何だろうな」
「ていうか、誰が作るんだ?」
まだ見ぬ夕飯に期待を膨らませながら、家に入っていくベポ達。ローも家に入り、ドアを閉めようとして、少し静止する。彼は、その場で外の光景を眺めた。
夕日に照らされた村、遠くに見える山、そして、思い起こされる今日の出来事。
明るく元気な少女と、柔らかい雰囲気の兄。
「・・・・・・」
彼は、少しだけ笑みを零し、ドアを閉めた。
原作の雰囲気が感じられるか
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かなり
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普通
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微妙