デジモンアドベンチャー re:birth   作:kz

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第一章「スクラップ砂漠」
第1話 「目覚めた場所は」


 瞬きの合間に世界が一変した。

 

 午前7時5分、一瞬目の前が光に包まれたかと思うと、京介の視界は見慣れぬ天井を見上げていた。

 体を包む柔らかく、温かい感触。足元に視線を動かすと、茶色の毛布が掛けられていた。どうやらここはベッドの上らしい。体を動かそうとすると、何故だか全身が軋むように痛い。

 

「!? 起きた!!」

 

 突然の声にはっとして、ばね仕掛けのように聞こえた方へ顔を向けると、子供ほどの大きさをした緑色の恐竜のような生き物が、鼻が触れるかというほどの距離から京介の顔を覗き込んでいた。

 

「うわぁ!!」

 

 驚いて跳ね起き、そのまま勢い余ってベッドから後ろ向きに転げ落ちた。

 

「大丈夫!?」

 

 恐竜が京介に駆けよってくる。やばい、喰われる。パニックになった京介は、後頭部の痛みも忘れて転がるように恐竜から逃げ回った。

 

「待って! 待ってってば!」

「来るな来るな来るな!!」

 

 床や壁で体をぶつけながらベッドの回りを逃げ回ること5周半。突然ドアがバタンと開き、真っ赤なテンガロンハットを被った銀髪の凶悪そうな男が隙間から顔を覗かせた。

 

「おーおー、寝起きから元気なこった。体調は大丈夫なのかい?」

 

 人だ! そう安心したのも束の間、男の全身が見えた瞬間京介の体は驚愕で凍りついてしまった。

 深紅の甲冑に身を包んだ大男、首には蝙蝠の羽のようなマフラーをし、その両手は普通の人間のものではなく、猛禽の足のように鋭い三本の爪しかない。そして何よりも目を引いたのは巨大な銃身の形をした両足。形は人間に近くても人間でないことは一目瞭然だった。

「あ、へ……」

あまりの事態に声もでない京介を尻目に男は恐竜に話しかける。

 

「完全に固まってるじゃないか。一体何したんだ? ドラコモン」

「僕は何もしてないよ! 京介が頭から落ちたから心配してただけ」

「だ、そうだけど。おたく大丈夫……じゃないようだな」

 

 大男はやれやれとため息をつくと、腰を抜かして動けない京介の前に立つ。

 

「まあ一回落ち着け。俺の名前はマグナキッドモン。宛もなくデジタルワールドを旅する流れのデジモンだ。旅の途中でお前さんが倒れているのと、その横でドラコモンが困ったようにうろうろしてるのを見つけてな。知り合いの家、つまりここまで運んできたんだ。ここまではよろしい?」

 

 疑問や恐怖、不安、そして何よりも困惑が頭を埋め尽くす。何から聞けばいいのか、まずこの状況を飲み込めていない京介にはそれすら浮かばない。

 

「やれやれ、こりゃ困った。おいドラコモン、こりゃどういうことだ? こいつは喋ることができないのか?」

「京介はこの世界に来たばかりだからね」

「……なるほど。そういうことは先に言ってくださらんかね。説明の仕方が変わってくるだろうに」

 

 マグナキッドモンは頭を掻きながら「そうさなぁ」と思案する。

 

「まず、ここがデジタルワールドって世界だってことは知ってるか?」

「デジタルワールド……」

 

 知っていた。小さいころにテレビでやっていたアニメの中にあった設定だ。自分たちの住む、「現実世界(リアルワールド)」とは別の、電脳空間に広がるもう一つの世界。そこではデジモンと呼ばれる生き物が暮らしており、主人公たち「選ばれし子供たち」はその世界を救うためにパートナーとなったデジモンと一緒に冒険し、成長していく。そういう物語だった。

 

「それは知っている。知っているけど……まさかここが?」

「おおそうかい。それなら話が早い。そうさ、ここがデジタルワールドだ」

「……ちょっと待って。理解が追い付かない」

 

 気が動転してきた。デジタルワールド? ここが? なんの冗談だ? アニメは創作で、実際にあるわけがない。だが、目の前にいる大男と恐竜はそういう意味で見れば確かにデジモンにしか見えない。

 

(コスプレ? いや、クオリティが高すぎる。ドラコモンなんてあの鱗はどう見ても爬虫類のそれだし)

 

「京介?」

 

 ドラコモンと呼ばれたデジモンは気を遣ってか、ベッドを挟んで反対側から顔だけを覗かして心配そうに京介の顔を見ている。見てくれはどう見ても狂暴な恐竜なのに、不思議とその表情を見ていると飼い主に見捨てられた子犬を見ているような気分になった。

 

「……大丈夫だよ。もう怖くは『京介―!!』うわ重い抱き着くな潰れる!!」

「さっきからどたどたとうるさいのよ!! これ以上暴れるんだったら私の『アンソニー』が火を噴くわよ!!」

 

 バンと音を立ててドアが開く。

 中学生くらいの修道服を着た女の子が眉を吊り上げて立っていた。

 

「おお、ノワール。来たのか」

「マグナキッドモン、私はうるさいから静かにさせてきてって頼んだわよね?」

「ああ、だが俺は様子を見てくると言っただけで静かにさせるとは言ってないぜ」

「……あんたに任せた私がバカだったわ」

 

 ノワールと呼ばれた少女は、マグナキッドモンの屁理屈に相手にするのも無駄だと思ったのか、彼を無視して京介の方を向いた。

 

「目が覚めたみたいでよかったわ。私はシスタモンノワール。妹と区別するためにノワールと呼ばれているわ」

 

 名前からして彼女もデジモンなのだろうか。少なくとも服装は変わっているが見た目は人間に見える。とりあえずこれでようやく状況が理解できそうだと、京介はほっと胸をなでおろした。

 

 

 

 

 ノワールの説明によると、このデジタルワールドは京介が昔アニメで見ていたデジタルワールドとは厳密には違うらしい。デジモンたちが住んでいる電脳世界というところは同じだが、アニメやゲームの中に存在したファイル島やフォルダ大陸という場所はこのデジタルワールドには存在していない。少なくともノワールやマグナキッドモンは聞いたことが無いそうだ。

 

「ここはスクラップ砂漠。身寄りのない流れ者が最後にたどり着くデジタルワールドの最果てよ」

 

 少しだけ外を見せてもらうと、家の周りには見渡す限りの砂漠と、乾いた青空が広がっていた。家らしい家はノワールの家だけ。なぜかところどころに用途不明な電柱や標識が不気味に点在しており、それがかえって一層この場所の無味乾燥ぶりを際立たせていた。

 

「あんたが倒れていたのはこの場所から街道を一時間くらい歩いた場所だったわ。ドラコモンは京介が起きないって泣いてばっかで話にならなかったし、あと一歩マグナキッドモンが通るのが遅かったらあんたら砂漠の砂になってたわよ」

 

 ノワールの言葉に、砂漠のど真ん中でミイラになる自分を想像してぞっと身震いする。

 

「そういえば、なんでドラコモンは俺の名前を知ってたんだ?」

「だって僕のパートナーだもん!」

「答えになってない。どこで俺の名前を教えてもらったのかって聞いてるんだ」

 

 ドラコモンはほけっとした表情を浮かべた後、短い腕を体の前で合わせて(恐らく腕を組んでいる気になっているのだろう)思い出そうとうなっている。

 

「わかんない。でも教えてもらったんだ。ここに京介っていう人間が来るから、その人が君のパートナーになる人だって」

「誰から?」

「わかんない」

 

 頭を抱える京介。もしかしてドラコモンは自分に会う前の記憶を殆ど持っていないのではないか。だとしたらかなり厄介だ。ただでさえ状況を知る手掛かりが少ないというのに、肝心のパートナーデジモンが記憶喪失など、先行き不安にもほどがある。

 進展の無さそうなやり取りを見かねたノワールが、手をパンと叩いて場を仕切りなおす。

 

「まあ面倒な話はここまでにしておきましょう。いずれにせよこの世界で生きていくならどうしたって戦う力は必要だし、京介にとっても身を守ってもらう存在がいるのは心強いんじゃないの?」

 

 ドラコモンを見る。当の本人は任せろと言わんばかりに「えへん」と胸を張っているが、その自信は一体どこから出るのだろうか。現状信用できる要素が何もないだけに、ただただ頭が痛くなるだけだ。

 

「とりあえず今日のところはもう寝ておきなさい。明日からここでの生き方を教えてあげる。あとその腕についているデジヴァイスについてもね」

 

 そういわれて自分の手首を見ると、腕時計だと思っていたものは見たことない青と黒のメタリックなデザインのデバイスに変わっていた。デジヴァイスといえば、アニメではパートナーデジモンを進化させるために必要な道具だったはずだ。元々持っていた腕時計が無くなってデジヴァイスが腕に巻かれているということは、すり替えられたか、不思議な力で腕時計が変化したのだろうか。いずれにせよ安物だったから未練はないが、どうも釈然としない。なまじデジヴァイスが男心をくすぐるデザインをしているのが余計に複雑だった。

 

「今食事の準備をしてくるわ。大したものはないし、人間の口に合うかわからないけど」

 

 そう言ってからしばらく待つと、ノワールはコッペパンのようなパンと、茶色い汁に雑草のような葉っぱが浮いたスープを京介の前に並べた。見てくれは悪いし、入れてある器はカップだが、どう見ても味噌汁のように見えた。

(なぜパンと味噌汁?)

 恐る恐るだけその味噌汁らしきスープを口に含む。旨味はなく、しょっぱさはあるが何か違う。頑張って味噌汁を再現しようとしたが、作り方がわからなくてとりあえず味だけ寄せてみたような、飲めないほどではないのだが、旨くはない。だけどなぜか懐かしさを感じる、そんな不思議な味だった。

 

 

 

 

 部屋に戻り、ぱたんとドアを閉めると、京介は大きなため息をついて壁に身を持たれながらへたり込んだ。

あまりにいろいろなことが唐突に起きすぎて、頭がパンク寸前だった。

 それにしても、デジタルワールドときた。今朝までいつも通り大学に向かって代わり映えのしない一日を送ろうとしていた矢先にこれだ。おまけに聞けば2日も目を覚まさなかったらしい。道理で体が痛かったわけだ。

 

「……このまま帰れないとなると、単位やばいよな」

 

 こんな状態になっても考えることが単位の心配という自分に思わず自嘲する。デジタルワールド。デジモン。どちらも昔、まだ子供だった頃に京介があこがれた世界だ。それが21歳になってすっかり忘れ去っていた今になって、その真っ只中に放り出されてしまった。今更どう受け入れろというのか、現実感が無さ過ぎて感情が追い付かない。

 

「単位って何?」

 

 気が付くとドラコモンが京介の横で屈んでこちらを見ていた。独り言を聞かれていたことに少しだけ恥ずかしくなる。

 

「なんでもねぇよ。気にすんな。それよりも何か思い出したのか?」

「ううん。ごめんね」

「いや、いいよ。俺もいろいろありすぎて、正直これ以上何か新しい情報が出てきても受け止められる自信がない」

 

 ドラコモンの頭をなでる。ひんやりとした鱗の感触が心地いい。ドラコモンは気持ちよさそうに目を細めている。見た目は恐竜なのに大型犬をなでているような気分だった。

 

「なぁ、ドラコモン」

「何?」

「なんで俺が選ばれたんだ?」

 

 一番の疑問だった。どうして自分が選ばれたのだろうか。謙遜でもなく自分は何のとりえもない人間だ。特別な能力もないし、知識もない。人と馴染むのが苦手で、ずっと周囲から浮いていた。なんだかわからないけど、なぜかそこにいて、勝手に居心地悪そうにしている。それが周囲の宇津瀬京介という人間に対する評価だ。お世辞にもパッとしているとは言えない自分よりも、ずっと適任な人なんて他に山ほどいる。それとも、くじ引きのように全くの偶然で選ばれたのだろうか。それこそバカげた話だと京介は思う。

 

「わかんない。でも京介は僕のパートナーだよ」

 

 ドラコモンの言葉に気遣いも疑いもない。ただ正直に、屈託なく、京介がパートナーだと言い切る。それがどうにも眩しく、鬱陶しかった。

 当てつけのようにドラコモンの頭をぐりぐりとこね回す。

 窓の外には黒曜石のように深い黒を湛えた夜空が広がっていた。こんな場所でも空の色は変わらないらしい。

 立ち上がり、ベッドに体を横たえる。今日はもう寝てしまおう。そしてまた明日考えればいい。そう思っているうちに京介の意識はまどろみの中に静かに落ちていった。

 

 

 

 

「おはよう。朝食を用意しておいたから早く食べなさい」

 

 食卓を見ると、昨日と同じ味噌汁のようなスープが置いてあった。。

 

「ありがとう。いただくよ」

「それ食べ終わったら外に来なさい。マグナキッドモンが特訓を付けてくれるわよ」

「特訓?」

 

 聞きなれない単語に首をかしげる。

 

「よかったわね。あいつ生き方は適当だけど強さは確かだから。ドラコモンはもう外にいるわ。パートナーがぼこぼこにされる前にさっさと行ったほうがいいわよ」

 

 それを聞いた京介は急いで朝食を頬張ると外に飛び出した。

 

 

 

 

 遅かった。

 

「よう京介! タイミングがいいな。ちょうどドラコモンの特訓が一区切り着いたところだ」

 

 腰に手を当ててすがすがしい笑顔をうかべるマグナキッドモンの足元で、ドラコモンは目をぐるぐる回しながらへばっていた。

 

「ドラコモン!」

 

 ドラコモンのもとへ駆け寄り、抱き起す。幸い傷は大したことはないみたいだ。

 

「勢いはいいが、それだけだな。まぁ成長期にしちゃ上出来だ」

 

 悪びれもしないマグナキッドモンの言葉に沸々と怒りが沸き上がる。京介はマグナキッドモンを睨みつけた。

 

「お、いい視線だな。びりびりくるぜ」

「ドラコモンに何をした」

「なに、ちょっと小突いてやっただけさ。ほら、起きろよドラコモン。京介が来たぞ」

 

 マグナキッドモンの声に、ドラコモンが呻きながら目を覚ます。

 

「ドラコモン、大丈夫か?」

「うん、ありがとう京介」

 

 ドラコモンは重そうに体を起こすとぶるぶると顔を振った。

 

「やれるかい?」

「うん!!」

 

 マグナキッドモンの問いかけに意気軒高にうなずく。

 

「だ、そうだパートナー。あんたはどうすんだ?」

 

 京介は戸惑った。ドラコモンは完全にその気になっている。特訓だと言っていた。これで一体何が鍛えられるというのだろうか。京介の目にはただドラコモンががむしゃらにマグナキッドモンに向かっていって、何もできずにいいようにされるイメージしか浮かばない。そんなものが本当に特訓といえるのだろうか。疑心が心をめぐる。

 その時、ふとドラコモンと目が合った。ドラコモンは意識を前に向けながらも、視線は京介の方に向いていた。一緒に闘ってくれることを一切疑っていない無垢な視線。きっと理屈なんてはなから頭にないのだろう。まるっきり子供だ。いや、下手したら子供以上に純粋だ。その純粋さがきっとドラコモンの強さなのだろう。そんな視線を裏切れるほど、京介の心は強くなかった。

 

「わかった。やるよ」

 

 ドラコモンの目に闘気が宿った気がした。マグナキッドモンは口の端を吊り上げ凶悪に笑う。

 

「よく言った。それでこそ『選ばれし子供』だ」

「もう子供じゃない。で、具体的にどうすればいい?」

「俺に一撃加える。それが課題だ。簡単だろ?」

 

 マグナキッドモンは両手を広げて二人を挑発する。

 

「ドラコモン!」

「おう!」

 

 京介の掛け声に呼応してドラコモンがマグナキッドモンに襲い掛かる。渾身のテイルスイングは、しかしあっけなくマグナキッドモンに躱される。だが、京介の狙いはそれではなかった。ドラコモンの一撃に隠れるように小石を拾い上げると、死角からマグナキッドモンめがけて投擲した。

 

「……まぁ、当たればいいくらいに考えてたけど、さすがに無理か」

「不意を打とうって発想は嫌いじゃないけどな」

 

 京介が投げた小石はマグナキッドモンの手の中で握りつぶされ、砂となって風に舞う。

 こうして、京介とドラコモンの特訓が始まった。

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