恋は秘密から始まり   作:イチゴ侍

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第13話 元凶

 

 - 第13話 元凶 -

 

 

 

 ここは街の隅に置かれた港。既にその役目を果たし、廃墟と化した倉庫がズラリと並ぶ。朝日が登っているのにも関わらずその倉庫たちは不気味さを醸し出していた。

 

 既に錆びた扉は鈍い音を立て開かれる。

 

 中はただひたすらに暗く底が知れない。開けた扉から漏れる光でさえ、奥まで差し込むことはなく押し返されてしまう。

 

 こんな所に来るなんてごめんだった。ならばなぜ来たか、それは俺の手に握られた一枚の紙切れがそうさせた。

 

 

『町外れの港付近の倉庫に来い。そこで決着をつけよう』

 

 

 そして宛名には()()()()と達筆な字で書かれている。自分の名前を書くということは、奴も下手な芝居はする気がないらしい。

 十分に楽しんだという何とも胸糞悪いラブレター(果たし状)だろうか。

 

 

「おい。来てやったんだ、さっさと出てこい」

 

 無駄に響く倉庫だ。自分が声色に怒りが滲み出ているのが嫌という程わかる。コンクリートの壁はそれを包まず、そっくりそのまま投げ返すその冷たさに、背筋が震えた気がした。

 

 ほんの少しの合間、空白が訪れ……

 

 

「おや? 遠藤君じゃないか。こんな所にやって来てどうしたんだい?」

「そりゃあこっちのセリフだよ」

 

 丸めた紙くずを地面に叩きつける。

 

 

「こんなもんで呼び出しやがって…正面切って言いやがれよ」

「ははは、すまない。都合上、君に直接伝えられなくてね」

「都合だ?」

「まぁまぁ、でも…面白い()()は見れただろ?」

「…………」

 

 予想した通り俺への嫌がらせは、こいつが仕組んだことだったようだ。

 だが、こいつがストレートに『俺への嫌がらせをしろ』などと命令するはずもない。

 なぜなら策士だから。

 おそらくそこに繋がるように自然と誘導したんだ。『嫌がらせ』という道に進ませる、まさに線路に備わる()()()の役割を自ら担ったということだ。

 

 これによって、例え誰かが拷問にかけられようが『自分で決めてやったこと』ということになるし、ならざるを得ない。

 

 

「その様子だと、随分と堪えたんじゃない?」

「……いや」

 

()()()()()に見捨てられたんだもんな!」

 

 止まぬ高笑い。俺が何も言えないのがそんなにも面白いのか、口を閉じる気配はなくいつまでも見下すような視線を浴びせてくる。

 

 

「あの後、保健室で紗夜に手当をされながら僕が教えてやったんだよ」

 

 曰く、遠藤友希は街のヤンキーを束ね、気に食わぬ者を襲い痛めつけ二度と逆らえなくする。

 

 曰く、遠藤友希は女を侍らせ金を貢がせ、要らなくなれば捨て、しつこい女は痛めつける。

 

 曰く、遠藤友希は…………。

 

 

 ……どこまでも続く、偽りの人物像。

 そしてそれは遠藤友希()の人物像であらず、ある者の人物像を表すものである。

 

 

「それを聞いたら紗夜、なんて言ったと思う?」

 

 

 ────かわいそうな人ね。

 

 

「そうか」

「それ聞いちゃった時は笑い抑えるので必死だったよ。ぜひとも君に直接聞かせてあげたかったな」

「……想像できるよ」

「なんか反応悪いね」

「朝からブルーなんだよ。ほっとけ」

 

「──つまらない」

 

 こいつはどこまで哀れなのだろうか。

 きっと、いや決してこいつには委員長が言った言葉の意図が伝わることはないのだろう。

 

 だって()()()()()()()だから。

 

 これは予想……とかじゃなくて多分おれの希望、願望、自分の都合の良いように解釈してるだけかもしれないが……

 

 委員長はきっと知ったのだ。

 目の前にいる男がどれほど哀れで醜く、かわいそうなのかを。

 そこで委員長の中に住み着いていた大沢友輝という男の人物像は、一瞬で音を立て崩れ去ったのだろう。

 

 傍から見れば虚言、世迷言とも取れるものだが何故か確信できた。

 

 間違っていない……と。

 

 だから俺は委員長を解放する。

 この男から、何もかも────

 

 

「どこ見てんだよ……ッオラ!!」

「がっ────」

 

 くっ……後ろか? 友輝に集中しすぎた。それにこんな気を抜けない中で考えに浸るなんてもってのほかだ。

 

 後頭部に受けた打撃を俺は知っている。それはある日の昼休み、屋上から戻る時に襲ってきた三年の先輩による打撃。気を失いかけるが、すんでのところで踏ん張る。

 

 

「おい、立てよ」

 

 男の手には天井から鎖で繋がれた手錠が握られていた。それを慣れた手つきで俺の手首にはめ、逆も同じく。そして手では留まらず、両足へと続いていった。

 

 

「これからどうなるか……わかるかな?」

「集団リンチでもするってか……」

「それも面白い。でもそれで壊れるほど君はヤワじゃない。だろ?」

「へっ、どうかな」

「そうそう。遠藤君、確か僕を殴ってくれたね? あれ痛かったな〜……だからさ」

 

 刹那、丸裸の腹に友輝の膝蹴りが入る。身動きの取れない俺の体は、受け身もできずその衝撃をそのまま食らう。

 痛みに耐えきれず、嘔吐感に見舞われる。

 

 

「……へっ、あん……がい、よわい……のな」

「なんか言った……か!!」

 

 二度目の膝蹴り。

 地面に立っていればいつだって力を大量に使うのは、足だ。

 それ故に拳による攻撃よりも足での攻撃の方が力は出る。それを知っているのか、またはただの偶然か。

 

 

「俺は殴ったんだぜ……? お前は殴んないのかよ」

 

 口ではこうは言うが、正直かなりキツい。はっきり言ってそれほど強くはないのだが、当たる場所がいちいち悪すぎる。

 それでも……と必死に噛み付いていく。

 

 

「ははっ、お見通しだよ。僕を煽って冷静さを失わせようとしてるのかもしれないけど、はっきり言って愚策、無意味。その程度のやっすい煽りを受けたところで僕には微塵も効果はないよ」

「……チッ」

「残念だったね」

 

 三度目。

 もう出るものも出ないんじゃないかってくらいには吐き出した……気がする。当たりどころが悪いだけでここまで辛いとは思いもせず、もはや顔を上げることもできなくなってきた。

 

 

「もうダウンかい? 根性見せてくれよ」

「……」

「うーん、このまま意識失ってもらっちゃ困るんだよな……」

「まだ……なんかし足りない……ってか?」

「そうだな〜」

 

 わざとらしく考え始めた友輝。

 既に何をしようか決めているくせに……と心の中で愚痴をこぼし、ただ時が来るのを待った。

 

 

「よし、せっかくだ。これまでのネタばらしをすることにしよう」

「ネタばらし……だ?」

「君もそれなりに僕について知っているだろう? その中で疑問に思ったはずだ。なぜ、僕が紗夜だけじゃなく遠藤君まで狙っていたか」

 

 友輝の言う通り、俺はずっと疑問だった。これまでの友輝は、女だけを標的にして自分のモノにしては捨てていた。だが、そこで俺も狙われているのがそもそもおかしい。

 

 そして何故ここまで委員長に時間をかけているのか。ふと、いつかに聞いたヤンキー達の話を思い返す。

 

 

『あくまで今はあの人の獲物だからな?』

『へいへい。まぁ、飽きたらどうせこっちに寄越してくれんだろ?』

『どうだろうな? なんでも()()()()()()()()熟すのを待ってるらしいぞ』

 

 おそらくそれまては一日、二日でモノにしていたのだろう。だが、友輝と委員長が出会ったのは一年の初期。それから二年になるまでにかなり時間が経っている。そこの意図が俺には分からなすぎる。

 

 

「僕が紗夜をターゲットにしたのは君も知っての通り、一年の頃だ。その時はすぐにでも落としてモノにしようと考えていたよ、でも……それも飽き飽きしててね。マンネリ化って言うだろ? それだよそれ」

 

 だから委員長だけは新しい方法で落とすことにした。そして長期に渡る友輝の調理が始まり、見事に委員長は友輝に惹かれた。

 

 

「紗夜が僕に好意を持っていることはすぐに分かった。彼女、かなり隠すのが下手みたいだしわかり易かったね。でも一向に告白する気配が無かった」

 

 じれったい。

 それはそれまでの友輝には初めての感情だったようだ。氷川紗夜は自分に未知の感情を与えてくれる。そう知った友輝は趣向を変え、どう委員長を落とすかを決めた。それは……

 

 

「彼女は絶望させた末に僕のモノにする。文字通り、落とすことに決めたんだ」

「絶望だと?」

「そう、意思の強い彼女が信じていたものに裏切られやがて絶望する。従順な女っていうのはほんとめんどくさくてさ、いらないって言ってんのに喜んでくれるかと勝手にプレゼントを渡してきたり、ベタベタとくっついてきたり……非常に鬱陶しい」

 

 何様のつもりだ。まるで全ての女性は自分の手で転がされているかのような言い回し、自分に対して好意を持ってくれた人を道具としか考えていない。

 

 

「その点、紗夜は良いよ。彼女なら遠慮せず僕の境界線を土足で踏み入れることもないし、いざとなって捨ててもしつこく追ってきたりしないだろう。だからこそ、普通の彼女なんていらないんだ。壊れた彼女が欲しいんだよ」

「なに……言ってんだよ。お前」

「考えてもみなよ。紗夜は僕のことを優しい人だとでも思ってるんだろう。だが、実際の僕は女を使い捨てカイロのように使っては捨て、使っては捨てて……そんな事実を知った紗夜がどう思うか……たまらないよ!」

「だが、それで紗夜が壊れるわけがない」

「その通り!! そこで君の出番だ」

 

 狂気に染まった不気味な笑みを浮かべ、意気揚々と話す友輝はもはや狂人の一歩手前まで来ていた。

 

 

「この長い僕のシナリオに君を組み込もうとしたのは、二年に上がってあのクラスになってからだ」

「隅に隠れるかのようにする君はまさに僕の台本にはピッタリの存在だったんだよ居眠り常習犯君? だから僕は君と紗夜に接点がつくように仕向けた」

 

「……まさか」

 

「気づいたかい? そう、僕なんだよ。あの場に君が鉢合わせるよう動かしたのはさ!」

 

「でも……どうやって」

 

「本来なら、あんな場面に出くわすはずではなかった。紗夜のやつ、僕の机でいきなりし始めるもんだから驚いたよ。あ、もちろん隠し撮りで後から分かっただけだから」

 

 その一点だけは、友輝にとっての誤算だった。しかしそれ以外は予想通りに動いてしまっていたらしい。あの日の放課後、委員長が遅くまでいたのは友輝と話していたかららしく、その時に隠し撮りのカメラを設置し、しばらくした後に俺がやってくる。こうして……偽りの運命の出会いは作られた。

 

 

「まぁ、何はともあれ接点を作ってくれた所で、少しずつ君たちの仲を深めさせた」

 

 突如クラス中に広まった委員長との交際疑惑。あれも全て出どころは友輝がさりげなく呟いた所から始まっていた。

 

 そして体育で委員長を保健室に連れていった時も、男子の体育教師がすぐさま俺を指名したのは全て友輝が働いていた。だが、見学者に俺がいなければ、そこで動くことは無かったと友輝は話した。

 

 

「確か、先輩に襲われるイベントがあったよね?」

「イベント……だと?」

「あぁ、そんな怖い顔しないでよ。それを仕向けたのはもちろん僕なんだけど、あの時に紗夜を仕向けたのも僕なんだよ」

 

 思えばなぜ、委員長が看病してくれていたのか不思議だった。だが、その真相を辿れば行き着くのは結局こいつの元だ。

 そこでも友輝のさり気ない呟きだけで委員長を動かし、俺がいる屋上へ足を運ばせた。

 何があっても人を心配する委員長の気持ちを逆手に取って……

 

 

「君たちはつくづく僕の思い通りに動いてくれる。むしろ気持ちいいくらいだね」

「お前……」

「なんだよ。でもそのおかげで君はいい気分を味わえたじゃないか。君みたいな奴が一生接点なんてない紗夜みたいな女と青春を味わえたんだからさ! 感謝してほしいくらいだよ、偽りだけど」

 

 

 これまでのネタばらしはもう十分だった。

 つまり、俺が感じていた気持ちは全て……こいつに作られたものだったということだ。

 

 もう……どうでもよくなってきた。

 

 俺はどこかで自惚れてたのかもしれない。自分には特別な運命があって、こんな小説の主人公みたいな体験をしている自分ならどんなことでもやってのけると。

 でも、所詮そんな体験ができる人間というのは、誰かに作られた者が味わうものだということだ。

 

 小説の主人公には作家が。

 俺には友輝が。

 

 いいように動かされる操り人形でしかない俺は、最後には動かなくなり廃棄される。

 

 これが俺と委員長に与えられた作品での役割ということか。

 

 

「ここ最近は君たちを泳がせてあげたからね。楽しかったかい? 紗夜との偽りの青春は……って言っても今日壊れちゃったか」

 

「……まれ」

 

「紗夜も馬鹿だよね。僕という悪から救い出そうとしてくれる君を拒絶しちゃったんだからさ。ちょっと君の嘘の情報を流しただけでコロッと変わっちゃって」

 

「……だまれよ」

 

「そのおかげで僕の台本は完成したよ。自分を助けてくれようとしてた人を傷つけ拒絶し、自分を犯そうとしてる僕の側に居ようとしてしまった。それを一斉に知ってしまったらどんな顔をするのかな? かな!?」

 

「……ッ」

 

「自責の念にかられる紗夜をどう調理してやろうかな。無理やり犯して、そうだな……遠藤君の目の前っていうのもいいかもな。何度も君に謝りながら僕に犯されるんだ。うーんたまらない! 考えただけで震えてくるよなぁ!!」

 

 俺の耳には何も聞こえてこない。いや、塞ぎ込んだの間違いか。何が助けてやるだ。結局何も出来なかったじゃないか。彼女を助けたい……それも全てあいつに作られた感情。俺が委員長と過ごした日々は、彩を失い、灰色の記憶と化した。

 

 

「へへっ、もちろん俺らにもヤらせてくれるんだろうな?」

「先輩はよくやってくれたからね。もちろん加えてあげるよ」

 

 そして物陰からこぞって現れる友輝の下っ端たち。合わせて三十人弱。

 なんだ、最初から勝ち目なんて無かったじゃないか。

 

 ……このまま黙って過ごせば、知らないうちに終わってくれるだろうか。そして、次に目を開けた時いつもと変わらない普通の日常が戻ってくるんだ。

 

 そうと決まったらさっそく目を閉じ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────」

 

 

 目を閉じればそこにはあの人の顔。

 いつだって横から眺めるだけだった。

 

 凛とした綺麗な横顔。正面から初めて見た時、素直に綺麗だと、彼女の心の底からの笑いが見てみたいといつからかそう思うようになっていた。

 

 彼女にかかる曇りはどうすれば晴れる?

 

 彼女の太陽にどうすればなれる?

 

 簡単だろ。

 

 

「ん? あっれ〜まだ諦めてないんだ」

「……当たり前だろうが」

 

 何度倒れようと立ち上がる根性。

 

 逆境でも決して臆することなく挑む勇気。

 

 

「大好きな人が笑わないんだ……だから、その人が笑ってくれるなら……」

 

 

 ────命だって賭けてやるッ!!

 

 

「まだ抵抗するのか……だったら、おいお前ら。一番こいつを痛めつけた奴には褒美くれてやるよ」

「待ってましたァ!」

 

 湧き上がる歓声。

 ゲス共が……いいだろう。何発でも何時間でも付き合ってやる。俺は絶対にくたばらねぇぞ!

 

 

「かかってこいやァ!!」

 

 

 

 

 

 ────ガラン

 

 

 

 

 

「失礼するっす。さっきから近くをうろちょろしてた怪しい奴を捕らえてきたっす」

 

 一人の男を連れ、入ってきた男を()()()()()()()

 

 

「へへっ、わりぃ友希! 捕まっちまった」

「……アキ? お前なんでここに!」

「おや、明君じゃないか。まさか君も来てくれるなんてね」

「けっ」

「さっさと行けっす!」

 

 何故かやってきた両手を縄で縛られている様子のアキは、乱暴に背中を押され地面にうつ伏せになる。

 

 

「お手柄だったな……(たける)

 

 

 アキを捕らえたその男は、俺を兄貴と慕ってくれていた神野(こうの)(たける)だった。

 

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