恋は秘密から始まり   作:イチゴ侍

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第15話 痛みの先に

 

 - 第15話 痛みの先に -

 

 

 

 

 私は見た。いつも見ていたものが崩れさり、新たな道ができるのを。

 

 私は聞いた。いつも聞いていたものが偽りだと知り、真に聞くべき理を知るのを。

 

 最初は見たくもない聞きたくもないことが目の前に突きつけられて嫌になった。

 

 でも、それでも目を逸らしてはいけない。そう訴えかけているような背中を見た。

 

 どんなに折られても曲げることなく、ただがむしゃらに伸ばし続けるその背中は、ここに来る前に一度見たもので今の私には眩しくて羨ましい。

 

 

 

 

 

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 私は保健室で彼と別れたあと、教室へ戻ると衝撃を受けた。あれだけ汚されていた遠藤君の机が元通りどころか、元より綺麗になって置かれていた。

 教室と廊下の境目で止まっていると先生に声をかけられた。ちょうどHRが終わったところだったらしい。

 

 

「おう、遅かったな氷川」

「遅れてすみません。ところでその……あれは」

「ん? あぁ、新品に取り替えてやったよ。元のはどこにあるか……なんて聞くなよ?」

 

 そこは職権乱用だかなんだかで無理を通したらしい。もちろん汚れた机を掃除するのは、やった本人達への罰にする模様。

 

 

「本当はな、遠藤には見て見ぬふりでもしてくれと言われててな」

「なんでそんな」

「俺もなんでだって聞いたら「教師ってそういうものなんでしょ?」って当たり前だろみたいな顔で言われちまったよ」

「そういうものってそんな言い草……」

「いや、そう言われて当然だよ。氷川は教師のお世話になることなんてほとんどないだろうから分からないだろうけどさ、教師はどこまでも面倒事に首を突っ込みたくないんだよ」

 

 知らなかった。教師とは生徒一人ひとりに心身になってくれる人。学校とはいじめを決して許さない場所。それが当たり前だと思っていたけれど、私は知らなすぎたのだろう。

 

 

「あくまで世間体ってのを気にする。ようするに自分のことしか考えてないんだ。氷川はよく覚えとけ」

 

「先生は勉学については助けてくれる。社会に出ても大丈夫なように基礎を教えてくれる。でもな────正しい大人としての生き方は教えてくれないんだ」

 

 ────先生はどうなのか。

 そう聞くには、私はまだ知らないことが多すぎる。話をする先生はどこか遠くを眺めているようだった。それでいて、何かを懐かしんでいる気もした。

 

 

「氷川もいつか分かる時が来る。『何か』に憧れるとその『何か』のいい所しか見えなくなるもんなんだ。そして自分がその『何か』になった時にようやく見えてくるものがある」

「悪い所……ですか」

「そう。だから色んな視点から見るんだ。『何か』になったあとでも遅くない。なぜならそこから自分がどう動くか次第で悪い部分も良い部分に変わるからな!」

 

 それはまるで今の先生を言っているような気がした。きっと先生も先生に憧れてなった。でもそこからは自分が想像していた、憧れていたものとはかけ離れた姿だった。

 憧れはあくまできっかけに過ぎない。憧れになって終わりじゃなくて、なってから自分がどう考えて動くか。それを知っているから先生は今、正しい大人の、先生の生き方を示した。

 

 でも、それは大人の世界に出た時にしたくてもできない場面があるのだろう。全部が全部、自分で考えて動けるわけじゃない。

 

 そして先生は「自分はガキのまんまだったみたいだ」と言った。

 

「……あいつと関わりすぎたからかな」

「……?」

「こっちの話だ。ところで遠藤はどうした?」

「あっ! それが……」

 

 私は、あの時に頼まれた通りに早退したことを伝えた。すると、先生は何かを考え始めた。

 

 

「そうか……氷川、俺からも頼みがある」

「はい?」

「あいつらを止めて欲しい」

「……?」

 

 わけがわからない。てっきり遠藤君を連れ戻してほしいと頼まれるのだと思い込んでいた。

 あいつら、とは誰々を指しているのか。一体、先生は私に何を止めろというのか。

 

 

「多分、あいつらを止められるのは氷川しかいないだろう。……って、すまん長話が過ぎた! 俺はすぐに授業に向かわなきゃいけないから、とにかく遠藤を頼んだ!」

「え……あの、私も……授業……って、遠藤君を?」

 

 こうして私は早退をすることになり、あいつらのうちに遠藤君が入ってることが最後に分かった私は、遠藤君を探すことにした。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 それから学校の玄関にいた明君を見つけ、何か知っているとつけて回ると倉庫にたどり着いた。

 その前の物陰あたりで、明君と同じ学校のおそらく後輩が隠れていて後輩の男が明君をロープで縛り付けると、一直線で倉庫の入口へと向かっていった。

 

 私も耳を傾ける。

 

 

「怪しいヤツを捕らえてきたっす」

「なんだそいつ」

「多分中にいる奴の仲間っすよ」

「ああ。名前なんつったっけな……」

()()()()っすよ」

 

 遠藤君!! ってことはこの中に……?

 

 

「そうそう。ま、今ちょうど大沢さんにボコられてる最中だろうし、思い出しても無駄なだけだな」

「もう始まってるんすか?」

「おう、さっきから話し声が聞こえては殴る音が響いてるぜ」

 

 大沢……? それってまさか。それに殴る音ってことは、喧嘩なの? でもそんな殴られ殴るような喧嘩じゃないような気がするわ……。

 

 胸の奥がざわざわとし始める。

 

 

「なるほど…………よし、よくわかったっす。それじゃお勤めご苦労様っす────ねっ!!」

「ぐほっ……がっ、て、てめぇ……なに、しやがる」

 

 いてもたってもいられず立ち上がろうとした時、明君を担いでいた男が扉の前にいた男を蹴り飛ばした。

 

 

「後の仕事は俺がやるっすから黙って寝てるっすよ」

「やるな……てかこれ外せない?」

「……外したらバレるじゃないっすか」

「それもそか、ならもうちょい緩めてくれ」

「了解っす。……ここからは、敵ってことでよろしくっす」

「あいつの頼みとはいえ、嫌な役目貰っちまったな」

「これは俺にしかできないことっすから! 本望っすよ!」

 

 一体何をしようというのか全く見当もつかない中、私は好奇心で距離を縮めていく。倉庫内に二人が入っていったのを確認して、少し空いた入口から中を覗いてみることにした────。

 

 

 鎖に両手両足を縛られた遠藤君が、誰かに蹴られる姿が見えた。

 

 私はすぐにでも飛び出して、彼を助けてあげようとする────でも体が動かない。

 

 どんなに目の前でひどいことが行われようとも、私は『怖い』という感情に勝てない。だから助けになんていけない。

 

 弱い自分が嫌いだ。

 

 口ではなんとでも言える言葉の数々。その中から一体どれだけ行動で示せるだろうか。

 

 何一つない。

 

 下唇を強く噛み締める。誰でもいい。お願いだから。

 

 

 ────彼を助ける力を私にください。

 

 

『友輝……いや、お前……本当に委員長のこと、なんとも思ってないのかよ。本当に自分の欲求を満たすだけの道具としか思ってないのかよ』

 

『あぁ? 当たり前だろ。道具! 違うな……性処理とか言った方が合ってるかー?』

 

『はぁ……よくわかったよ』

 

 そこで私の初恋は終わりを告げた。

 ────ひと粒の涙も流れることなく。

 

 

 そしてわかった。

 私が助けようとしている人が、誰を助けようとしているか……

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

 

 

 

 

 もう少し恐怖に駆られるかと思った。

 どんなに貧弱でも刃物は刃物だ。切られても刺されても痛い。そんなものが目の前に迫ってきていたら、誰でも「怖い」「死にたくない」と思い始めるだろう。

 

 俺は違ったらしい。

 

 どこまでも平常心。揺らぐことなく、ただ一点。刃物の刃先だけを見つめる。正面から見ればとても狂気になんか見えない。貧弱で、細くて、長さもない。

 でもあいつからしたらそれで十分だと思い込んでいる。

 

 それが言えるのは()()()()()()()()だけだと言うのに……。

 

 

「くたばれぇ…………死ねェェエェえぁぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇエ!!」

 

 捨て身で駆け出した友輝は、友希の(ふところ)めがけてカッターナイフを突き刺す────はずだった。

 

 その軌道がたどり着く先は……

 

 

 

 

 

 

「武────ッ!!」

「ッ! ぁ……ぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わかりやすいんだよ……お前。

 

 

 

 

 

 

「な、な……ぇ……?」

 

「あに……き……なに……して」

 

 他人のために命を賭ける様は『偽善者』と呼ばれるのだろうか。

 

 熱い。横腹が焼けるような感覚が徐々に増していく。異物が外から入ってくる感覚は、とても気持ち悪い。

 

 

 ────血が滲んできたか。

 

 

 汚れた白ワイシャツを徐々に赤が染めていく。小さな切り口でもどんなに浅い傷でも止まらず血は流れる。今すぐにでも弱音を吐いて、地面をのたうち回りたい。

 

 俺にナイフが刺さったのが予想外だったのか、ナイフにかけられた手のひらが離れた。そして入りが浅かったのか、すぐにカッターナイフを取って投げ捨てる。

 

「────!!」

 

 空を割くような叫びをあげ、逃がさまいと離れていく友輝の腕を掴む。

 

 

「な……なっ……」

 

「俺は! 委員長を! 紗夜(・・)を! 誰にも────」

 

 

 素早い動きで友輝の懐に踏み込み、体を背負い上げて掴んだ腕を思いっきり引く。

 

 

渡さねぇ────ッ!

 

 声を出す間もなく、友輝は背中を打ち付け倒れた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「兄貴……」

「お前、わかりやすいんだよ。カッターナイフを握った時、確実に目は俺を向いているようで向いていなかった」

 

 だけど刃先は俺を向いていた。それもそのはず。構える時は必ず真っ直ぐに持つからだ。剣道の試合の際、選手は竹刀を真っ直ぐ構える。そこから横、斜め、もしくは相手の意表をつくそのまま振り下ろす攻め。

 だけど、もし剣道を防具なしでやるとしたら……? いつもはよく見えない相手の表情、視線が丸わかりだ。

 

 いくらフェイントしようとしても素人なら目が示してしまうのだ。

 

 こいつがなんでも出来るやつだってことは周知の事実。もし、フェイントを仕掛けてくるなら()()()()()()()()()()()()()がいる。

 

 

「……はっ、ナイスだったぜ。()()

「伊達に運動神経だけは悪くないからな! ……って何言わせんだよ」

「それより兄貴! 血が……」

「あぁ、こんなもの────」

 

「────遠藤君!!」

 

 意識が朦朧としすぎてついに幻聴でも聞こえてきた。こんなところであの人の声が聞こえるなんて……。

 

 

「遠藤君ッ!」

「……い、いいん……ちょう?」

「紗夜ちゃんなんでここに!?」

「あなたを追ってきました」

「え! つまり、玄関からってことか……全く気がつかなかったぜ」

「それより、止血しないと」

 

 すると委員長は、ポケットからハンカチを取り出した。

 

 

「これで抑えてください!」

「任せろ俺が抑えとく」

 

「いや、それじゃダメだ」

 

 手錠の鍵を外してくれた先輩だった。先輩はすぐさま傍に寄ると、自身のワイシャツを包帯代わりに俺の腹にきつく巻いていく。

 

 

「俺はこれでも医者の息子だ。敷かれたレールの上を歩くのが嫌になって今はこんなんだけどよ」

「先輩……」

「お前には何かと迷惑かけちまったからな」

「……ありがとうございます」

「どうってことない。それよりも早いとこ救急車を呼んだ方がいい」

 

 そう言うと先輩は倉庫を出ていった。

 

 

「こいつら縛り上げといた方がいいな。武! ちょい手伝ってくれ」

「え……でも兄貴が」

「いいからこいっての! また暴れられたらめんどくさいんだよ」

「りょ、了解っす!」

 

 そしてアキと武もそこらで伸びているのを集めて縄で縛っていた。昔から聞く『お縄につけ』とはこのことを言うのだろうか……どことなく物理的な気もするが。

 

 

「見事に刺されちまったな……俺の中ではもっと緩く終わるはずだったんだけどな」

「…………」

「俺さ、ナイフを向けられた時に不思議と怖く感じなかったんだよ」

「…………」

「……それで思ったんだ。俺って意外と『死』に無関心なんだなって、だからこれからも抗うとかそういう事しないんだろうなっ────」

 

 ふわりと暖かで穏やかな『何か』に包まれた。その『何か』に気づくまでは一瞬だった。

 

 

「私が悲しみます!!」

 

「委員長……?」

 

 

「あなたが死んだら私が悲しみます! だから…だから生きてください……悲しませたくないと言うなら抗ってください! 私のために生きてください────ッ!!」

 

 

 胸元に顔を押し付け、溜まったものを吐き出すように話す委員長。俺はそれを唖然と聞き、その間だけは痛みも何もかも忘れていた。

 

 少しすると自分の言ったことを思い出したのか、顔を真っ赤にした委員長の顔が目の前に出てきた。

 

 

「あ、あの……今のは、そ、そうです! 友人として! 友人としてです! 決して、その……」

「分かってるよ。()()

「────ッ!?」

 

 顔の赤らみがより増していき、噴火でもするじゃないかというほどまで来ている。

 

「な、なんでいきなり名前で呼ぶんですか!!」

「委員長がやっと友達だって認めてくれたから」

「だ、だからって……」

「よろしくっ、さーよ!」

「…………はい

「紗夜は名前で呼んでくれないのかー」

「わかりましたよ! 友希くん! これでいいですか!!」

 

「……」

「……」

 

 お互いに照れる始末。

 

 

「お熱いねぇ〜」

「お似合いっすね兄貴とお嬢」

「……その呼び方はやめた方がいいぞ?」

 

 

 それから救急車が到着したのは、およそ数十分後だった。

 

 

 こうして……とても長く、とても短い戦いが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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