- 第2話 憂鬱な朝 -
翌日。
朝目覚めると、体が重かった。決して俺が太ったとか、いつの間にか鋼鉄の布団で寝てたとかではない。
「あ、やっと起きた!」
「なぁ……その起こし方やめないか?
そう、重かった原因はこいつ。俺の妹だった。年は俺と二歳離れていて、来年は俺の中学の一年になることになってる。
髪は母さんに似て茶髪で、黒髪の俺はちょっとばかり羨ましかった。髪の長さはロングが好きらしく、どうやら最近流行りの芸能人がロングだからという理由らしい。
流行というのはいつの時代も強い力を持っているんだと思わされた。もし、その芸能人がショートのカツラとか付け始めたらカツラがバカ売れだな。
そしてその流行の下僕である我が妹は、若干膨れてた。
「むー!」
「な、なぜに怒ってるんだ?」
「兄ちゃんのバカ、社会のゴミぃ!」
「おいまて、そんな言葉どこで覚えた」
「
恵子ちゃんとは、現在夏海がハマっているドラマの主人公の名前だ。毒舌な主人公がクズ男共をバッタバッタとなぎ倒していく物語で、その爽快感から今や大人気ドラマとなっている。
そしてその主人公を演じているのが、夏海の憧れている芸能人なのだ。
しかし、あれは子供に悪影響を及ぼしたりしないのだろうか。現に夏海が社会のゴミなんて覚えちゃってるし、そういうのが危険だからエンピツしんちゃんだって尻をあまり出せなくなったんだろ。
「えっとな、夏海よ。確かに恵子ちゃんが言ってるかもしれないがな、お友達にそういう言葉を使ったらダメだからな?」
「はーい!」
「よし、夏海はいい子だな」
頭を優しく撫でると、夏海はクシャッとした笑顔を浮かべ上機嫌だ。
「えへへー! あっ、兄ちゃん! お母さんがご飯できたって〜」
「ん、わかった。今日もありがとな夏海」
「うんっ! 先に下行ってるね〜」
部屋を出ていく夏海。
結局、今日も起こし方について言うことができなかった。いつもいつもなんだかんだで話題が逸れて、言いたいことが言えない。もしかしたら夏海が計算してやっているのではないかと疑うくらいは、失敗してる。
中学に入る前にはやめさせる。そう心に誓った。なぜならそろそろ俺の理性が暴発する寸前なのだ。
夏海が小学四年生の時くらいまでは、平気だった。それが変化したのは、小五でいつもどおり夏海が起こしに来て、馬乗り状態になってる時だ。異常なほど感覚が違ったのだ。
いつもとは違う、まるで全く知らない人にやられているかのような。そんな感覚だった。
そしてその原因は、夏海の発育にあった。
夏海の体の成長はとても早く、同じ年代の子でもまだ胸囲の発達はまだまだらしい。が、夏海はけっこう出てた。当時中一だった俺にとって、夏海のデカさは同級生の女子と同等かそれ以上。
つまり夏海は、俗に言うロリ巨乳というやつだった。それでもアニメとかでよくいるありえないほどデカいとかいう訳じゃないが……。
小六になった今でもその発育は止まらず、今じゃモデルにもなれるんじゃないかってレベルのスタイルに仕上がっていた。
まるで俺を監視すると言った彼女を思い出すそのスタイル……。
「うぅ〜。思い出すな思い出すな……」
もう少しで昨日のことを思い出すところだった。あれから家に帰った俺は、嫌という程あの光景を思い出しては悶えていた。
「……着替えるか」
もう、外も中もボロボロの体。疲労が溜まりに溜まって重く、気も乗らないでいた。
そして今日も学校が待っている。昨日まで普通だった学校への通学がこんなにも重苦しいとは……。
「憂鬱だ〜……」
悲鳴にも似た俺の声はどこにも届くことなく、自室のカーペットに落下した。
そして目線を下ろした先に見えるは、立派なテントを張ったものだった。
これはあくまで自然現象だ。決して妹に馬乗りされて……が原因なんかじゃない。第一、俺はシスコンでもなければロリコンでもないんだ。
普通にスタイルの良い女性が……
────い、言わないでください。恥ずかしいので……。
「くぅあああああっ!!! なぜ思い出す! なぜ思い出した俺ぇ!!」
脳から出ていけと言わんばかりに、カーペットへ額をぶつける。
もちろん頭突きする音は、響くわけで。
「に、兄ちゃん!? なにしてるの! おかあさーん! 兄ちゃんがおかしくなったぁー!」
頼むから出ていってくれ、俺の記憶。そして夏海よ、あまり騒がないでくれ……。
って、騒ぐきっかけになってる俺が言っても説得力なんてないか。
教えてくれ、俺はあと何回あの日の出来事を思い出せばいいんだ。
* * *
結局、記憶は出ていってくれることは無く滞在した。フラッシュバックとは、時に役立つが迷惑になる時もある。それを身に染みて感じた登校時、何度も何度も思い出してしまい疲労は限界を超えていた。
教室に入った俺は、誰にも見向きもせず自分の席に向かい腰をおろした。
覇気のない俺の姿を見ての感想なのか、来ていた他の奴らがコソコソと話している。中身がなんであれ、ああいうのは聞いていて気分が悪い。これも集団教育の醍醐味というか、闇というか……。
「紗夜さん、おはよう!」
「ええ、おはよう」
机に突っ伏していた俺の耳に声が聞こえた。それは今一番聞きたくない声で、一番会いたくない人。
「委員長、今日も綺麗だな……」
「ああ。同級生で綺麗なんて思ったの委員長が初めてだぜ」
男子共が委員長に聞こえるか聞こえないかの声で話している。
あんなふうに軽く委員長について言えるあいつらが羨ましかった。今の俺には考えるだけでも無理だというのに、それを口にすることが出来るんだから。
委員長が席に向かって歩く。
しかし、委員長の席とは真逆の位置、昨日使われてた友輝の席がある方向に向かっていた。
それは同時に、その後ろの席である俺の方に向かってきてると同じなのだ。そして先程まで後ろで話してた男子共は、そそくさと離れていき窓際に居座る者は俺だけとなってしまった。
ここまで横目でチラリと見るだけだった俺は、意を決して顔を上げる。
────鋭く、そして綺麗な瞳が俺を見下ろしていた。
「……な、なんだ」
「おはようございます」
「あ、ああ……おはよう」
なぜ委員長はこんな平然といられるんだ。
それが今日、最初の委員長への疑問だった。昨日の事を引きずっているのは俺だけなのか、それとも委員長がただ抑えてるだけなのか。
挨拶だけ済ますと、委員長はすぐに自分の席に戻っていく。
どっちかなんて分かりっこない疑問を抱えたまま、俺と委員長の会話は終わった。
「おいおいおい〜ビックリしたぞ? お前と委員長、いつの間にそんな仲になったんだよ」
委員長が席に戻ったと同時に、驚いた様子で
「別に……たまたまだろ」
「うっそつけ〜なんかなきゃあの委員長が挨拶なんてするわけないだろ」
「知らん。なんかいい事でもあったんじゃねぇの」
「なーんだそっか」
こいつ……バカだ。
中学二年生の男子の平均身長と全く同じで、髪は生まれつきの茶髪。とにかくチャラい男だが、良い奴だ。
それでもバカなので、テストの点数はいつも低い。そして中学校ではめったにありえない補修を受けていて、補修常習犯の称号を持っている。
「ところで友希よ!」
「あー声がでかい。で、なに」
「今日の体育楽しみだな!」
「え、今日って体育あった……?」
俺は急いで時間割を確認する。今日は平日最後、金曜日だ。金曜日の欄を見ると、そこにははっきりと五時間目に体育という文字が載っていた。
完全にあることを忘れていて、ジャージを持ってきていない。誰かから借りる……なんて選択肢は、俺には縁のないものだ。つまり、今日は体育に参加できないことが確定した。
「友希忘れたのか……?」
「……わりぃ」
「珍しいな。居眠りはするが、忘れ物するなんて初めてじゃないか」
「居眠りは余計だ。しょうがない、休み時間に先生に言いに行くか」
体育の前に必ず言いに来ること、それが体育を担当してる先生が決めたルールだ。
以前、一度そのルールを無視して授業が始まってから忘れたことを伝えた生徒がいた。そいつは、見事に叱られそれ以来目をつけられたとか……。
「HRまでまだ時間あるし今言いに行っても間に合うんじゃないか?」
「いや、あの先生来るの遅いからまだ来てないぞ」
「それって社会人としてまずいんじゃ……」
こういう所はちゃんとしてる。それがアキだ。いくらバカでもマナーとか礼儀とかはしっかりしてて、たまに教わることもある。
「大人しく休み時間までま「あー! 閃いた!」……え?」
「友希じゃあ借りる宛がない」
「そ、そうだぞ?」
「ならオレが借りに行けばいいってことじゃん」
「は?」
要するに、アキがジャージを忘れたと偽り誰かからジャージを借り、それを横流しで俺に渡す。そういった作戦だった。
しかしだ、それはあまりにも貸す奴に申し訳ない。知り合いに貸したはずが、全く接点もない者に使われてたなんて俺だったら耐えられない。
“バレなきゃ犯罪じゃない”そんな言葉があるが、“自分がやられて嫌な事は他人にはしない”小さい頃に教わったであろうこっちを最優先で守るべきではなかろうか。
「提案はありがたいけど、素直に忘れたと言ってくるわ」
「律儀だな〜。ま、そういう所が面白くて親友になったし」
「え、親友……? まだ話し始めて一ヶ月も経ってないが……」
「何言ってんだよ。親友になるのに月日なんて関係ないんだよ。大事なのは気持ちだ」
「気持ち……か」
暑苦しい、なんて考えは全くなかった。それどころか、とても清々しく安心している自分がいた。
「しっかし、そうなると今日のパートナーどうすっかな」
「誰か空いてないのか……?」
「うーん。ストレッチの相手なら友希になるんだろうけど、今日確かバレーのパス練習なんだよな」
確かにそれは困った。
ストレッチならば、足を抑えたり背中を押したりといった補助だけをすればいい為、見学者はその補助係に回される。それ以外にもバレーならネットの準備や得点板をやったりとあるので、さしずめ雑用だ。
「明君」
「ん? おお、どした?」
「
少し遅れて登校してきたこいつ。委員長の片想いの相手であり、イケメン野郎の
整った黒髪に整った顔立ち、そして整ったスタイル。無駄な場所が無い友輝の完璧な容姿は、見る女子全てを虜にする。
しかし、それ故に同性からは憎悪を向けられる対象だった。だが、女子に興味を持っていないアキは受け入れ、それなりに話す仲になったようだ。
「よかったら僕と組まないかな? あいにく、僕もパートナーがいなくてさ」
「おぉ! それなら大歓迎だぜ!」
「それなら良かった! それじゃ、体育の時間はよろしくね」
「任せとけ〜!」
俺は、一連の流れを少し離れた位置から眺めていた。これまでは、普通に接することができた友輝とも、今じゃ相槌を打つだけで精一杯だ。
こんな所にも昨日の影響が出るとは思わなかったな。
「おーし、お前ら席につけHR始めるぞ」
先生が教室に入ってくると、立って話していた生徒達は次々と座り始める。
今日も移り変わりの無い平凡な一日が始まった。