- 第6話 母は強し -
「うん、美味しい」
「ありがとうございますっ!」
コーヒーの味は中学生の俺には早いこともあり、ココアを頂いていた。しかし流石は珈琲店。香りから味まで市販の物とは格が違った。
ホットを頼んだのだが、一滴体内に入るだけで骨の髄まで染み込んできて暖めてくれる。
甘さも程よく俺好みの味だからか、俺は既にこのココアの虜になっていた。
「こんな美味しいココア初めて飲んだよ」
「そ、そうですか……?」
「今までここを知らなかったのを凄く後悔するレベルで美味しいよ。毎日通いたいくらいだ」
「本当ですか!」
たまたま店の前で出会っただけで、まだ大して話してもいないが話しやすい雰囲気を彼女が作ってくれているような気がした。
「そう言えば俺、まだ自己紹介もしてなかったな……」
「私もまだ名前しか名乗ってないですね」
「それじゃ、先に俺から。……名前は遠藤友希、中学二年だ」
「二年生……先輩だったんですか!」
「ということは、羽沢さんは後輩……?」
「そうですね。一個下なので」
中学一年ってことか。
てっきり同い年か年上かと思ってたんだが、まさか俺の方が年上だったとは……。
「中学はどこ通ってるの?」
「羽丘の中等部です」
「羽丘ってあのすっごい綺麗なとこか!」
「確かに綺麗ですね。教室も設備が充実してますし」
「そうだ。教室一個ずつに冷房付いてるってあれ、本当なのか……?」
アキが前に呟いていたのを覚えている。
去年の夏頃、あまりの猛暑に全員がバテてた時に「羽丘には冷房あんのになんでここは無いんだぁ!」と嘆いていた。
それを今思い出し、ふと気になったので聞いてみる。もしかしたらアキへの土産話になるかもしれないからな。
「確かにありますよ。でも自由に使えるわけじゃないので使い勝手がいい……とは言えないかもです」
「そっか、いや……あるのが分かっただけで収穫だったよ」
「……?」
首を傾げる羽沢さんに「こっちの話」とぼやかす。そして話題を変えるため気になっていたことを口にした。
「そういえば、さっき会った時どこかに行こうとしてなかった?」
確か、店から出てきた時には外出用の服装だった。今はその上にエプロンを付けているけど。
もし大事な用事があったのだとしたら、俺は邪魔をしてしまったことになる。
しかし、思い出したのであろう羽沢さんは、それでも焦るような素振りは何一つしていなかった。
「ああ、実は今日は早く起きちゃって……それで散歩でも行こうかな〜って」
「そ、そうだったんだ」
同じ理由だったので少しドキリとした。
「普段起きる時間までの暇つぶしだったんですけど、遠藤先輩のおかげで楽しく過ごせましたっ!」
「せ、先輩……!?」
「あ、あれ……ダメでした?」
「いや、ダメってわけじゃないけど……」
突然の事だったから思わず驚いてしまった。まるで、剣を抜く前に斬られたみたいな。
それにしても……先輩か。なんていい響きなのだろう。そんな風に呼ばれる日が来るなんて夢にも思ってなかったから、むず痒い気持ちと嬉しい気持ちで頭がぐちゃぐちゃだ。
「別にそれほど年が離れてるわけじゃないし、それに先輩なんて柄でもないしさ。普通に友希でいいよ。羽沢さん」
「……」
「ん? 羽沢さんどうかした?」
「名前」
「名前?」
オウム返しになった。
名前が一体どうしたというのか。まさか名前を間違えた……? いや、確かに羽沢つぐみと名乗っていたはず。俺、ちゃんと羽沢さんって呼んだ……よね?
「私には名前で呼ばせるのに……名前で呼んでくれないんですか?」
「あ、ああ……そっか。えっと、じゃ……つぐみちゃん」
「はいっ! 友希先輩!」
先輩、というのも悪くない……かもしれない。
「あら、つぐみ早いわね」
「あ、お母さん!」
店の裏からやってきたのは、つぐみちゃんのお母さんらしい。お母さん……と呼ぶにはあまりにも若い。つぐみちゃんのお姉さんと言われても信じられるレベルだった。
まさに大人版つぐみちゃんのお母さんは、俺を見るとすぐさま近づいてきた。
「あなた……」
「あ、えと……その」
「つぐみの彼氏……?」
「へっ!?」
「ちょっと、お母さん!?」
な、何を言い出すんだこの人は! 初対面でいきなり彼氏と思われるなんて……いや、まぁこんな朝っぱらから娘が男を連れてきたらそりゃあ彼氏だと思われてもおかしくないか。
「俺は、遠藤友希といいます。娘さんとはついさっき店の前で初めてあったばかりで、今ココアをご馳走になっていたところです」
「友希先輩の言う通りで、べ、別に彼氏なんかじゃないよ!」
「あら、違うの? 残念」
残念? この人、残念って言った!? 普通、両親って娘を簡単に嫁に出さないんじゃないのか……? よくドラマで聞くけど、あれって間違いなの?
すると、つぐみちゃんのお母さんは、つぐみを連れて奥の方へ背中を向けて行ってしまった。
「……友希君ね。それで、つぐみは友希君をゲットするのかしら?」
「……お、お母さん!! なんですぐそっちに持っていくのさ」
「……彼優しそうじゃない? それにちょっとカッコイイし」
「……た、確かにそうかもしれないけど……!」
なにやらコソコソと話しているが、俺にはあまり良く聞こえない。
「あ、あの〜?」
「はっ! そうだわ……友希君、家で朝ご飯食べていきなさい!!」
「えっ、ええー!?」
「な、何言い出すのさお母さん!?」
「せっかくだからいいじゃない〜。ねっ、友希君も急いでるわけじゃないんでしょ?」
「は、はぁ……」
「よし決定ね!」
お構いなく……と言おうとしたが1歩遅く。
すぐにつぐみちゃんのお母さんは、キッチンに立ち用意を始めていた。完全に帰るタイミングを失った俺は、どうしたらいいか分からず座りながら右往左往していた。
「これはもう食べていかなきゃいけない……よな」
「……先輩、本当にごめんなさい」
「うん、つぐみちゃんのせいじゃないから謝らなくていいよ?」
「うぅ……お母さーん!!」
つぐみちゃんは、暴走するつぐみ母に届かぬ叫びを上げる。
俺はそんな姿を見て励ましの念しか送れなかった。
*
「本当にご馳走になっちゃったな……」
一頻り話し、つぐみ母の手料理をご馳走になった俺は、すっかり明るくなった外へと出ていた。
「いいんですよ。お母さんと私が勝手にしたことなんで、先輩は気にしなくていいです」
「でもな……」
「なら……その代わりと言ってはなんですが、羽沢珈琲店の常連になってくれますか? それでおあいこということで」
「それなら願ったり叶ったりだ! 毎日でも来させてもらうよ」
「えっへへ〜、約束ですっ!」
そこで俺はつぐみちゃんと別れた。開店はいつも早いらしく、モーニングタイムの時間につぐみちゃんも朝食を取るとか。今回は、俺がいた事もあって一緒に取ったけど。
つぐみちゃんの笑顔に見送られながら、俺は帰路についた。
「八時……か」
少しばかりの散歩だったのにも関わらず、三時間ほどにもなっていた。おそらくもう少ししたら夏海が起きる頃かと思うが、俺がいなくなってて心配してるかな……。
────さっさと帰るか。
膨れた腹を支えながら商店街を歩く。閉じていたシャッターは、バラバラと開かれていて、来た時とはまた違った光景となっていた。全体的に明るく、それでいてほんのりと活気立つ店達。
空だった店に人が入るだけでこうも感じが変わるものかと感心していると、遠くで数人くらいの男の声が聞こえた。
「おい、聞いたか……?」
「なんだ?」
「
「まぁーたやってんのか。中坊のくせに随分とイキってんな」
「面だけは一丁前にイケメンだからな。てか俺らも中坊だろって」
「ははっ、そうだった」
チンピラか? こんな朝っぱらからご苦労様ですわ。
てか、中学生って……俺と同じかよ。服装が学ランで身長も同じか、少し上くらいの二人組だ。遠目でだから正確かどうかは、わからんが。
「今度はどんな女なんだ?」
「なんでもあの人と同じクラスの学級委員長らしい」
「ほー、今までにないタイプを狙ってんだな」
「これまで遊んでそうな女とかばっかだったしな。確かに変わってる」
「委員長ってことは、ガリ勉のメガネ系女子とか?」
「それがめちゃくちゃ美形らしいぞ」
なんだ……この感じ。
なんで俺……足が震えてんだ? くそっ、止まらねぇ。
あいつらの口から委員長って言葉が聞こえた辺りからだ。くだらない話してるなくらいの気分で聞いてたはずなのに、動機がおかしくなって落ち着こうにもそれができない。
何故か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
委員長なんていつも聞き慣れてて、少しドキッとする時もあるけど、今はそれと全然違う。とてつもなく格が違った。
「うっひょー!! めっちゃそそられるなぁ〜」
「あくまで今はあの人の獲物だからな?」
「へいへい。まぁ、飽きたらどうせこっちに寄越してくれんだろ?」
「どうだろうな? なんでも今回はかなり長く熟すのを待ってるらしいぞ」
「マジかよ……かなり本気じゃねぇか。それほど上玉なんかねぇ?」
これが中学生の会話だろうか?
いかにも常習犯のような口ぶり。それもかなりの数をこなしてる。俺でも話の内容は分かった。
────女で遊ぶ。
ああいうのは、そう呼ぶんだろ。
くだらない。同じ年の奴だからって誰もが普通なんて思ってた自分を殴りたい。あいつらは普通じゃない……異常だ。
そしてちょくちょく出てくる
「ま、全てもう少しで終わるらしい」
「それまで暇だなー。と────さんの釣った女と遊ぶかな〜!」
「勝手にやってバレても知らねぇぞ……」
人が多くなってきた。そのせいで一部聞き取れなかったが、あんなのとはもう金輪際関わることはないだろう。聞いたところで胸糞悪くなるだけ、聞くだけ無駄というものだ。
チンピラ達の背中が見えなくなると、俺もその場を去った。
「ただいま〜」
「兄ちゃん今までどこ行ってたのさ!!」
帰ってくるなり、玄関で俺は怒られていた。仁王立ちする夏海の横を素通りしてリビングへと向かう。
「ちょっと兄ちゃん! 聞いてるの!」
「そんなに怒んなって、ただ散歩行ってただけだから」
「三時間も散歩してる人なんてどこ探してもいないもん!」
「俺がいる」
夏海よ。俺に勝つにはまだまだお前は未熟だったな。もっと経験を積んでまた俺に挑んで……
「友希、そこに座りなさい」
「はい。お母様」
鬼神を背後に出現させたお母様に見つかってしまった。戦闘画面に入ったはずなのに、にげるのコマンドがない!? 存在自体を消されたって言うのか……。
このボス二連戦、一戦目と二戦目で差がありすぎないだろうか。
「どこに行ってたのかしら?」
「散歩してました」
「どこまで?」
「商店街の奥の方……くらいまでですかね」
「心配させてごめんなさいは?」
「……心配させてごめんなさい」
母は強し。
その日の朝、俺はそれを充分感じたのだった。