- 第8話 強襲 -
そして翌日。
重い足取りとため息を引き連れ、学校までやって来た。
ここまで来るだけで相当の視線を受けた。どれも同じ中学の生徒で、先輩から後輩まで幅広く。信号を待っている間なんてコソコソと後ろで話され、もちろんそれは俺にギリギリ聞こえる程であった。
噂で聞いた程度くらいの癖してグチグチとうるさい奴らだが、そんなのを一つ一つ相手してたらキリがない。
一番心に来たのは、ちょっと前まで挨拶だけはしてくれてた女子から完全に避けられてたことかな。
まるでゴミを見るような目ってああいうのなんだな〜なんて呑気に考えてたら今度は違う女子共から写真撮られるし、てかお前ら何学校に携帯持ってきてんだよって話なんだが……。
他にもまだまだあるんだが、登校だけで濃密すぎたので思い出すだけでお腹がいっぱいになるからやめておこう。
「……ここまで来ちゃったか」
目の前に立ち塞がる教室の扉。
何もかもこの扉から始まった。いつもいつも何かが始まる時は決まってここは塞がってる。これを開けた瞬間から俺の戦いは始まるのだろうか。一体いつまで続くのか分からないゴールの見えないマラソンコース。そのスタート地点に今、俺は立っている。
ガラガラ。
年期の入った木製の扉を開けると、視線を一斉に浴びた。
恐れ、嫌悪、怒り、軽蔑……俺に向けられる目には、それらしか宿っていない。
それでも俺は前を向かなきゃいけないんだ。胸を張って堂々としていないといけないんだ、と自分に言い聞かせる。
きっと一度でも下を向いたら負けを認めたことになる。それは友輝であったり、周りの視線であったり。
だから俺は怖じ気立つことなく、自分の机へと一直線で向かう。
気に食わないのならかかってこい。
気が済むまで殴らせてやる。俺に脅しは一切効かない。なんせ俺にはもう下がないのだから。
上に上がるしか道が残っていないのに、下に下がったらなんてこと考える必要これっぽっちもない。
────なんだあいつ……。
────あんなことやっておいてよく来れたな。
この学校の生徒だ。来て何が悪い?
────紗夜ちゃんに謝りもしないとかどうかしてるわ。
────委員長が可哀想だわ。
謝ってどうなる。それでお前らは満足するか? 「それで許されるとでも思ってるのかしら」とか言われるのがオチだろ。
あと、一つアドバイスしてやる。同情ほど悪質なものはないぞ。
椅子に腰を下ろす。これと言って特に変化はなかった。いつか見た学園ドラマでは、椅子や机を外に落とされたり机に落書きされたりといじめられている描写があったのだが、意外とないことに驚いた。
────おい、あんま目合わせない方がいいぞ。
────私達もあいつに秘密を握られてるかも。
ああ、そういうことね。
つまり俺は、いじめられている……のではなく、怖がられているっていう解釈でいいのな。噂程度で知った奴は恐れなしで近づいてちょっかいをかけてくるが、実際にあの現場を見た奴は近づくこと自体恐れている。
ならば、気にする必要はないだろう。視線のせいで落ち着かないが、これも我慢するしかない。
俺の席から遠く離れた所で集まってコソコソとしてる奴らを視界から外し、同じく昨日サボったアキを見やと少し離れた所で三〜四人で話し合っていた。
アキには少しの間だけ距離を置いてもらっている。おそらく今の俺の行動は制限されていて、少しでも下手に動けば余計状況を悪化させてしまう。
だから俺以外の奴に情報を集めてもらうことにした。唯一信じられる親友に。
反撃に出るためには武器が必要だ。そのために俺は……
「みんな、おはよう」
「……」
友輝、そして委員長が一緒に教室に入ってきた。俺はその姿を遠くから凝視する。友輝には変わった様子はなく、きっとあれがあいつの仮面なのだろう。
だが、委員長は見るからに様子が変わっていた。目線も常に下を向いていて表情ははっきりとは見えないが、心ここに在らずといった感じだ。
相変わらず女子達からの人気をかっさらい男子から睨まれている。それは俺に向けられるものとは天と地の差だ。もしかしたら地ですら俺はないかもしれないがな。
「友輝君おはよう!」
「うん、おはよう。……ほら紗夜も」
「……あ、えと……おはようございます」
女子達の飛び交う声は瞬く間に消え去り、教室内は静寂に包まれる。
「紗夜がこうなってるっていうのに……」
俺を見る友輝。
それにつられて次々とクラスの連中が見てくる。
「君はそこで見てるだけか? いや、まずなんでいるんだ遠藤君」
「……っ! ……なんだ。来て悪いか?」
「来て悪いか……だって? 無神経にも程があるね」
「空気を読むのは苦手なもんでね」
友輝のやつとまともに会話をするのはこれが初めてかもしれない。その初めてがこんな探り合いになるとは夢にも思ってなかったな。
もしかしたら俺たちはそういう星の元に生まれてたのかもしれない。
まぁ、今はいい。
それよりも気になるところはそこじゃない。
一瞬。微かに一瞬。
────委員長が目を見開くのが見えた。
勘違いとかそんなんじゃない。友輝が「遠藤君」と俺を呼んだ時にピクリと頭が揺れ、表情に変化が訪れていた。
それが怯えなのかどうかは定かではないが、可能性が見えた気がした。武器の一つが手に入るかもしれない可能性が……。
「今すぐこの場から去れ」
「おいおい、俺にサボれってそう言いたいのか」
「昨日はサボってたようだが?」
「おかげさまでな……」
決して動じない。気持ちは常に俺様系主人公だ。そして……
────タイムリミットだ。
「おい、さっさと座れ。朝のHR始めるぞー」
教室の扉から顔を出し、全員に声をかける先生。時刻は既にHR開始の八時半を過ぎていた。
バラバラと生徒達は自分の席に座りだし、俺の前に友輝が座る。今まで違和感なんて無かったのに、今となってはここまで居心地の悪いものになるとは……。
「────」
先生が話している間も、俺は委員長から目を離すことは無かった。
*
昼休み。
暖かで穏やかな風が吹く。絵の具で隅から隅まで塗りたくったかのような純粋な水色の空。多色が何一つないその空を見上げると、自分の心が筒抜けになっているような気分だった。
風に揺られながら青空を見上げ食べる弁当がここまで美味しいとは思わなかった。
記憶が正しければ、初めて屋上に来たかもしれない。おかげでテンションがちょい上がってたりする。
ここには変な視線もないし、悪意もない。この空間だけが今、本当の平和と呼べるのではないか。
授業中は至って普通だった。
合間の休み時間も俺が動きを見せなければいつも通りの光景で、今朝のことが嘘のように思えた。
しかし、昼休みともなるとその時間は長い。それに俺だって飯を食わなきゃいけないわけで、そうなると必然的に動くことになる。
教室では居心地が悪く食べるどころではなかったので、この屋上へと逃げてきたというわけだ。
────遠足みたいで楽しいな。
小学校低学年の頃は密かに楽しみにしていたものだ。まぁ、だいたい一人で食ってたんだけどさ。
きっとあの時の楽しみっていうのは、こんないい天気の中食べることが出来るって意味で楽しみだったんだろうな。
「こーんな所でなにやってんの?」
「……アキか」
「そんな嫌な顔すんなって、ちゃんとバレずに来てやったからさ」
「そうじゃなくて、なんでここにいるって分かったんだよ」
ここに来るということは誰にも言っていないはずだし、まず言うやつもいない。
それに来る時に誰かの気配も感じなかったから、後を付けられた可能性もないはず。
「あー、なんとなくだ」
「は、はぁ?」
「ここに行けば会えそう! みたいな感じがしたんだよ」
「勘ってことか」
つくづく思う。アキとはどこか不思議な縁でもあるんじゃないかと。
「朝から一人で寂しそうにしてっから来てやったんだ。感謝しておけよ〜」
「……余計なお世話だ。ありがと」
「ツンデレするならちゃんとやれってーの」
俺の隣に腰を下ろし始め、鉄格子に背中を預け屈伸するアキ。手ぶらで来たということは、既に昼飯は終わらせたのか。
「お、その玉子焼き頂き〜」
「おま、やりやがったな」
「へっへへ、腹減ってたもんだからさ」
「弁当どうしたんだ?」
「忘れてきちゃったっ!」
「あっそう」
「もう少し反応が欲しかった」
ん、まてよ……?
「お前、さては弁当たかりに来たな?」
「ソ、ソンナワケナイダロー」
「本当のことを言えばミートボールやるぞ」
「はい、慈悲を貰いに来ました」
白状するの早すぎだし、まさかミートボールで釣れるとは思わなかったぞ。まぁ、美味しそうに食ってるからいいか。
「────いや〜マジでありがと! 午後の授業耐えられないところだったぜ……」
気がついた時には遅し、俺のおかずのほとんどがこいつに食われていた。
しかし、残ったの野菜だけなんだが……これでどうしろと。
「あっ、そうそう。情報仕入れといたぞ」
「あー、うんありがとう」
「そんな落ち込むなって、おかずの代金ってことで!」
くっ……情報代をうまい具合に使いやがった。しかし背に腹はかえられぬ、ってこういう時に使うんだっけか。
「……ちょっと気をつけた方がいいぞ友希」
「どういう意味だ?」
「友輝な奴、相当やばいのとつるんでやがったわ」
話によると、友輝はこの辺では有名な中学生のごろつき共とつるんでいるらしく、その場面を偶然見かけた生徒がいたらしい。
その時は、ただ友輝が絡まれてるとしか思わなかったらしい。
そしてもう一人の証言によると、女子を口説いて大人数の男の中に放り込んでいたらしい。それらを合わせるだけでも友輝がその中学生ヤンキーとつるんでいることが分かり、また指揮している可能性も出てきた。
「その中には、うちの生徒も混じってるらしいな」
「こうなってくるとあの写真の犯人の目星もついてくる」
「……信じたくはなかったが、そういうことだよな」
となってくると、最終的に俺一人では確実に無理だ。数にものを言わせてボコボコにされるのが目に見えてる。
やはり先生の協力が必要か。
「慎重に動く必要があるな……アキ、ありがと」
「いいってことよ! だがな、無茶はすんなよ?」
「わかってるって」
「紗夜ちゃん助けてハッピーエンド迎えるまでヘタレんなよ!」
激励の意味を込めた掌底を思いっきりくらった。ヒリヒリとした痛みなんか気にならないほど、たくさん気合をもらった気がした。
「そんじゃ、先に教室戻ってるからな。くれぐれもサボるんじゃねぇぞ!」
「わーってるよ」
まるで台風のように素早く去っていったアキ。
広げていた弁当を片付けて、俺も教室に戻ろうと扉のドアノブに手を当てる。
開いた瞬間。
「いまだ」
「……ッ!?」
「大人しくしやがれ」
「……んッ!!」
────待ち伏せか……!
俺が出てくるのを物陰で待ってたってのか。しかもこの巨体……おそらく上級生、三年の人だろう。
鼻と口元をハンカチで押さえつけられ、呼吸困難に
────遠藤……くん?
誰かの声がした気がする。
とても優しくて、それでいて澄んだ声。
そこで俺の意識は途絶えた。