恋は秘密から始まり   作:イチゴ侍

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第9話 救い

 

 - 第9話 救い -

 

 

 

 

 知らない天井だった。

 シミひとつない純白のそれは、重苦しい雰囲気を感じさせず安心をくれる。

 

 微かに聞こえる揺れる木々の音。葉と葉が擦れ合い、まるでどちらが先に落ちるかを競っているかのようだ。

 

 ほんのりと臭う消毒液。ツンと鼻を刺激し普段なら嫌悪する刺激臭だが、今はどこか落ち着く。

 

 真っ白なシーツが目に入る。自分の体を覆う白をどかそうと手を出すが、誰かの気配がそれを邪魔をした。

 

 

「あっ……」

 

 白いカーテンの隙間から手を出し、中を覗いたのは──委員長だった。

 

 

「い、委員長……?」

「やっと起きたのね」

「ここは……」

「保健室よ」

 

 モヤがかかったかのようにはっきりとしない脳で、辛うじて理解出来た。つまり今俺は、保健室のベッドで横になっているそういうことか。

 

 

「なんで俺……こんな所に」

「覚えてないの? お昼休みに屋上で体調を悪くしてたのを先輩が見つけて連れてきてくれたのよ」

「お昼……屋上……先輩……」

 

 そうだ、確か教室にいるのが気まずくなって屋上に行って……アキがやって来て、もうすぐお昼終わるから教室に戻ろうと……そこで。

 

 

「あの先輩は……」

「遠藤君を保健室まで運んでくれてすぐ戻って行ったわ」

「そうか……」

「今度お礼を言っておいたほうがいいわよ」

 

 お礼なんて死んでもごめんだ。

 やっと思い出した。確かに俺は教室に戻ろうと屋上を出た。その時に物陰からあの先輩がやって来て、ハンカチかなんかで息を止められた挙句後ろから……。

 

 ……まだ少しぼんやりとしてやがる。でもほんの僅かに覚えてるのは、意識を失いかける時に委員長の姿を見たことだ。

 

 

「委員長も屋上に来てなかったか?」

「……ええ、行ったわ。そこで倒れかけてる遠藤君を見るなんて思ってなかったけど」

「どうしてあんな所に来てたんだ?」

「それは私のセリフな気がするけれど…………あなたが気になったからよ」

 

 決して顔は見せてくれない。ベッドの横に椅子を用意して、俺に背中を向けて話しているからだ。

 表情がわからない故、怒りを込めているのか心配してくれているのか、読むことができない。

 

 

「気にするのは、俺の方なんだけどな……あの後大丈夫だったか?」

「え、ええ。大沢君に保健室まで運んでもらったらしくて、お礼はもちろん言ったわ」

「お姫様抱っこで連れてかれてたもんな」

「……茶化さないで」

 

 照れ隠しのような鋭い視線をくらった。目が覚めてから初めてしっかりと委員長の目を見た気がする。

 決して光を失っていない瞳の明るさに、俺は少し安堵した。

 

 

「どうして気にかけてなんてくれたんだ。委員長だって友輝から聞いたんだろ。俺がやったんだって」

「ええ、聞いたわ」

「じゃあ、なんで──」

 

 ──近づこうとするんだ。そう口にする前に委員長が開いた。

 

 

「私はあなたから聞いてない。他人が話したことだけで判断するようなことは、私は決してしないわ」

「…………そう」

「だから聞かせて。あなたの話を」

 

 この人はどこまで優しいのか。もしかしたら自分を貶めた張本人かもしれない相手に、救いの手を差し伸べている。

 

 いや、優しいだけではなくきっと強さも持っているんだ。強さと優しさを持つ彼女だから、周りには人が集まる。

 

 俺も、その一人だったのかもしれない。

 

 

 気づけば俺は彼女に、自分はやっていないこと、そして犯人が身近な奴だとぼやかして話した。

 

 

「遠藤君が嘘をついてないことはわかったわ」

 

 そりゃ、話してる間ずっと目を見られてたからな。逸らそうとしたら疑われてたかもしれないし、だから俺もずっと委員長と目を合わせながら話した。

 

 

「なら良かった」

「でも、なら何故大沢君はあなたが犯人だって言ってるの……」

「あー」

 

 あいつが犯人だ。なんてことは委員長には話していない。これはあくまで予想だから憶測だけで決めつけることは出来ないし、それに──自分が好きな相手が犯人だと疑われているなんて知りたくないだろう。

 

 例え事実だったとしても……。

 

 

「そこは俺もわからない」

 

 委員長の様子から見て、俺に脅されているという嘘を吐いたことは言っていないようだ。

 きっと委員長から見て今のあいつは、ただ俺を犯人に仕立て上げようとしてるように見えてるのだろうか。

 

 

「ただ、その発言で今俺の立場が危ういってのは事実だ」

「……ごめんなさい」

「なんで委員長が謝るんだよ」

「あの場で私が遠藤君が犯人じゃないと言えていれば……」

 

 おそらくあいつならそれを曲げてくる。“俺に脅されているから発言せざるおえなかった”という解釈を周りにバラまいて、その勢いで委員長をその場から離れさせただろう。

 

 そうなっていたら俺の立場は、さらに酷いものへと変わっていたかもしれない。ある意味委員長には救われたと言っても過言ではない。

 

 

「その気持ちだけでいいよ」

「でも……!」

「……もういいって」

 

 頭をクシャッと撫でる。

 妹を落ち着かせる時によくやっていて、だいたいやった後には落ち着いてくれる。

 

 

「委員長が気に病むことないって、自分のことで精一杯なのに他人に……それも俺に気を使うことなんてないだろ」

「わ、私は……」

「優しすぎるんだよ委員長は」

 

 

 しかし、相手は委員長だ。知り合いとはいえ無断でやってしまった……と後悔するが、手を払われることもなく続いたので力を弱めて優しく撫でる。

 

 

「俺なんかが相手じゃ愚痴の一つもこぼせないかもしれないけどさ、泣き言の一つや二つ吐き出さないと辛いぞ?」

「……」

 

 この時、密かに心に決めていたのかもしれない。

 

 

「でも、まだ吐き出せられないなら……」

 

 秘密は時に呪いに変わる。

 あの日、彼女の秘密を知った俺には永遠に解くことのできない呪いがかかっているのだ。

 

 解けないのであれば、解かなければいい。それはきっと、諸刃の剣となり俺の足枷になることもあるが、力ともなるだろう。

 

 彼女を──委員長を救う責務が俺にはある。ならばそれを果たすために振るうべきじゃないか。

 

 

「全てが終わった時に泣き言なんか吹っ飛ばして──幸せにしてやる」

 

 堂々と胸を張ってそう言い切ると、委員長は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「あなたの方が……優しすぎるじゃないですか」

「これでも勇気振り絞ったんだ」

「ふふっ……」

「なんかおかしかったかな?」

「これじゃあ、告白……みたいですね」

 

 

 ……発言を思い出してみよう。

 

 ──幸せにしてやる。

 ──勇気振り絞ったんだ。

 

 言い逃れできないような言葉のラインナップだ。

 

 

「お、男に二言はない! 嫌だと言われても撤回はしないぞ」

「そうですか?」

「信じろ……って言うにはまだ難しいだろうけどさ、きっと信じてもらえるように……いつか」

 

 途方もない約束に、内心頭を抱えながらもそう答える。

 

 そう答えるしか俺にはできなかったから……。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 その日、俺は昼休みからずっと寝ていたらしく、委員長と話していた時間は放課後だったらしい。

 そんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ないが、委員長は気にしないでくださいの一点張りだった。

 

 保健室を出て、まずは先生の所へ向かった。二時間とはいえ、保健室で休んでいたとなれば心配の一つでもさせてしまっただろう。

 

 

「おお、遠藤。もう大丈夫なのか?」

「はい。すいません心配をかけてしまいました」

「なんもお前が謝ることじゃないだろ〜? 男は意識失うくらい元気があった方がいいんだよ。気にすんな」

 

 豪快に笑い飛ばす先生に、頭も上がらない。

 

 

「……ありがとうございます」

「おう、明日は元気に来るんだぞ!」

「先生……明日は振替休日です」

「あれ? そだっけ?」

「先生が把握してないでどうするんですか……」

「はぁー!? 生徒だけずりぃぞ! 俺にも休みをくれ!!」

「職員室でよく堂々と言えますね!」

「ちっくしょー!」

 

 血涙を垂れ流す先生から思わず一歩引いてしまった。きっとこれが社会の闇で、そのほんの一部分を今俺は見せられたのだろう。

 

 用事はとっとと済ませたので、空っぽとなった教室へ戻り、荷物をまとめて学校を出た。

 

 校門をくぐり一歩外に歩き出すと、堅苦しい空気から一転して穏やかで自由な空気へと変化した。心なしか足が軽く、少しでも上げれば飛べそうなくらい地球の重量を無視している。

 

 ……スキップでもして帰りたいくらいだ。

 

 と。

 

 

「……なんだあんたら」

 

 ぞろぞろと物陰から湧き出てくる男達。どいつもこいつも面が、いかにも悪人ですよという感じだ。

 

 

「おい」

「へいっ」

 

 俺の後ろに二人周り、両手を抑えられた。おそらくついてこい……と言っているのだろう。変に抵抗はせず、されるがまま俺は連れてかれる。

 

 数はおよそ七、八人くらい。誰の顔を見ても見知らぬ奴らばかりで、これと言って因縁がありそうな奴は一人もいなかった。

 しかし、これが偶然捕まったと考えるには少々出来すぎてる。おそらく計画的ななにかだろうか、この少数の誰かが発案したは、まずないだろう。

 

 

「ここなら誰も来ねぇな。おう、もういいぞ」

 

 連れてこられた先は、人気が一切ない小さな公園だった。

 遊具は酷く錆び、花が植えられていたであろう花壇も殺風景だ。

 

 

「で、なんなんだお前ら」

「ある人に雇われてな、その人からはこう言わてる『遠藤友希ってやつを痛めつけとけ』ってな」

「随分とガキみたいな理由だ」

「軽口叩いてられんのも今のうちだぞ」

「やるってんなら上等だ」

 

 勝てるとは言ってないがな。まず、殴り合いの喧嘩なんて生まれてこの方やったことなんてない。てか、人を殴ったこともない俺がどうこの数に勝てと……。

 

 思いっきり煽ってるが、口が勝手に動くとはこういうことを言うのだろう。内心ではもうなにも喋らないでくれ……だ。

 

 人の助けを求めようが、ここは一通りがほぼない都会の街の隅っこみたいな所だ。強そうな格闘家も、喧嘩が強くて正義感も強い主人公みたいなのも来ない。

 まず、おまわりさんですら通らないだろう。

 

 

「っらぁ!!」

 

 男の一人が足を踏み出し、真正面の拳を当てに来た。

 俺は念の為にと、左腕を盾のようにして横にずれる。当たらなかったのはほぼまぐれだったが、集中していたからというのもあるだろう。

 

 

「──ッ! あっぶな……いきなり殴ってくるやつがあるかくそっ」

「あぁ? 喧嘩だぞ、殴って何がわりぃんだよ」

「根っからのヤンキーかよ……」

「ブツブツ言ってんじゃねぇよ!」

 

 次はとても短い拳の突き出しが来る。わざわざ避けるほどでもないが、本能的に後にバックステップでかわしていた。

 

 

「……てめぇ、今なんで避けた」

「あ? なんとなく……だよ」

「こいつ……俺のフェイントを読んでたってのか?」

「そっちこそボソボソと何言ってんだよ……付き合ってられるかっての」

 

「おい、いつまで遊んでんだ。俺らで片付けんぞ」

 

 あーあ、一対一ではやらせてくれないか。こりゃあもう勝ち目ゼロかな……せっかく委員長に看病してもらったのに、またベッド送りだ。

 

 結局、こいつら動かしてる奴が分からなかったな……。

 

 くそっ……チュートリアル後の初戦闘で中ボスと戦ってるようなもんだろ。無理ゲーにもほどがある。

 

 

「やっちまえー!!!」

 

 

 ここまでか……。

 

 

「──やっと見つけた、兄ちゃん!!」

 

 高らかに響く少女の声。

 ああ、毎朝のように聞く声だ。

 

 

「え、え……ええぇ……?」

 

 

 絶体絶命のヒロイン()を助けに来たのは、主人公()でした。

 

 

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