「葵。今日の夜は何食べたい?」
高校受験に成功し、いつもは無愛想なお父さんもその日はご機嫌だった。
特別な日だけど、だからこそ、よく家族で行く中華料理屋さんをリクエスト。
そこなら長身に驚かれることもないしね。
少し驚いた顔はされたけど、やっぱり直ぐにご機嫌に。
ゆったりと準備をしていたお母さんを子供みたいに急かして、お父さんは車に真っ先に乗り込む。
こうやって自分のことのように喜んでくれるのは嬉しいのだけど、少し照れくさい。
ちょっとだけ足腰の弱いお母さんが助手席に乗り込むのに手を貸す。
扉を開いて、腰を支えて持ち上げるように乗せてあげる。
シートに座ったことを確認すると扉を閉めて、私が乗り込もうとする。
車高の少し低い軽自動車だから、屈まないと私は中に入れない。
こういうところで、ちょっとだけ私って可愛くないなと、コンプレックスに感じてしまう。
伸ばした方が良いと友達に言われてからずっと伸ばしてきた髪も、今では短くするタイミングを逃してしまって、惰性でそのままにしてしまっている。
鏡に映る私の顔で気づいたのか、お父さんは私が受験に成功したことがどれだけ嬉しいか並べ立てることで話題を変えてきた。
お母さんはこちらを振り向いて、ギュッと手を握ってくれた。
うん、少しだけ元気は出た。
コンプレックスまみれの私で、心配だった高校生活にもお父さんに勇気を貰った気がする。
けど、運転は前を見てやってほしい。
中華料理屋の駐車場に到着した。
キッチンの真裏にあるみたいで、とても良い匂いがしてきて、食欲を唆るのだ。
お父さんとお母さんを先頭に、私は一歩後ろを歩く。
楽しそうに話す2人を他所に、匂いを嗅いでいると違和感を感じる。
焦げ臭い。
嫌な臭いに思わず顔を庇うように腕を上げる。
一瞬遅れて、前を歩く2人も焦げ臭さに気が付きその事を私に話そうと振り向き、
突然私の方へ駆け出す。
視界が、真っ白に染まる。
痛い。
痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い。
全身の痛みに、目を覚ます。
身体を起こそうとすると、酷い頭痛と耳鳴りに襲われる。
思わず頭を抑えようとするが、両腕とも痛くて動かない。
なんなら、全身が痛くて動かない。
私、さっきまで何をしていたんだっけか。
知らない人の声が遠くから聞こえてくる。
私に呼びかけているような声だったので、声を返そうと思ったのだが呻き声しか出ない。
まさか、喉まで痛いとは。
えっと、あぁ…
お父さんと、お母さんは?
何かに乗せられて、運ばれる感覚を最後に意識は途絶える。
また、目を覚ます。
今度は真っ白い天井。
見知らぬ天井で。
全身の痛みはマシになったけど、まだまだ身体を動かすのには足りなくて。
それでも気がついたことはあった。
左腕が無い。
襲いくる喪失感に、涙が滲む。
お父さん、お母さん、何処?
心細いよ。
涙の滲む眼で部屋を見渡す。
誰もいなかったけれど、雰囲気から察するに病室だと思う。
病院にいる理由と、未だに現実かどうか判別できていない、左腕の喪失感。
分からないことが多すぎて、滲んでいただけの涙はポロポロと溢れる。
一度泣き出すと中々涙は止まらないもので、看護師らしき人が来てもしばらく泣いていた。
客観的に見ると、こんなにデカイ女が延々泣いているというのは酷い絵面だったのでは無いかと思う。
来てくれた看護師の人には悪いことをした。
漸く泣き止んだ私に、看護師の人は優しく話しかけてくれた。
大丈夫、大丈夫、と。
そういうのを言う時は大丈夫じゃない時の方が多いと、私は知っていたのだが。
言われると落ち着こうとしてしまうのが人という物のようで、すっかり私が落ち着いたのを見ると、看護師さんは待っててねと一言残して何処かに行ってしまった。
一人になって暫くすると、なんだか本当に心細くなってきてしまった。
誰か呼ぼうと声を出すが、喉に焼け付くような痛みと共に、掠れた、聞き取れない声とは言えない様な雑音しか出ない。
喉が渇いているんだと思う。
現実かどうかを確かめる様に、失った腕に巻かれた包帯を撫でていると、医者らしき男が柔らかな面持ちで入ってくる。
私が包帯を撫でているのを見て、少し悲しそうにしていた。
そんな顔しないでよ、私が一番悲しいんだから。
お医者さんは、状況を説明し始めた。
途中で私が喉が痛いことに気づいて、水を持ってきてくれた。
一息に飲み干して、生き返る様な心地で溜息をつく。
そこで、また話を再開する。
どうやら、私たち家族が入ろうとしていた中華料理屋で爆発事故が起きたらしく、丁度厨房の真裏に居た私は爆炎でほぼ全身に火傷を負い、崩れ落ちた建物に腕を切断されたらしい。
私のことより、お母さんと、お父さんは?
目を逸らさないで。
やだ。
嘘だ。
なんで。
「……………親御さんは、貴女を庇う形で亡くなっていたそうです。だから、貴女はそこまで軽傷で済んでまして…」
なんで、どうして、なんで私なんか。
なんで私なんかが生き残ったの?
こんな、可愛くもないようなデカ女、放って逃げてくれれば良かったのに。
私なんかよりも、お母さんとお父さんか生きててくれた方がきっと他の人だって喜んだだろう。
いっそ、私も一緒に死ねば良かったのに。
ああ、死んでしまいたい。
負の思考は頭の中をグルグルとループし、虚無感と絶望感の両方に襲い掛かられる。
もう、どうでもいいか。
思考を放棄した私は、痛む身体にも構わず窓の方へと歩いていく。
話している途中で歩き出した私に、お医者さんは困惑していたのだが私のしようとしている事を察したようで、止めようと必死に私を宥める。
窓を開け放ち、心地の良い春風が吹き付ける。
医者を蹴り飛ばし、窓をよじ登り、宙へと身をまかせる。
結局死ねなかった。
偶然、植木がクッションになって擦り傷だけで済んでしまったのだ。
唐突に私が身投げしたのを気でも触れたのかと思われたのか、病室に毎日カウンセラーがやってくる。
下らない話、陳腐な慰めしか言わなかったカウンセラーだったけれど、ある日突然素晴らしい話を持ってきた。
何と、死ぬことができる仕事があるのだという。
毎日毎日監視が付いていて、自殺するにできなかったのだが、これでようやく死ねそうだ。
夜中、カウンセラーはこっそりやってきた。
目隠しをされ、車に乗せられ、何処かへ連れ去られる。
その後に待っていたのは、控えめに言って地獄だった。
連れていかれたのは研究所のような場所で、着いて早々拘束、そしてなにか薬品を注射される。
毎日毎日、薬品を注射されては大きなストレスを与えられるという、なんの実験かもわからないような責め苦を味わっていた。
そのストレスを与える方法が実害の残る物が多く、今現在居候させてもらっている所でも大変迷惑をかけてしまっている。
例えば、指を一本一本丁寧に変な方向に折ってきたり、指を数本切り落としてきたり。
ただでさえ片腕が無いというのに、指が変なふうに治ったり無くなったりすると物を持つのが大変になってしまう。
これのせいで、家事を手伝うことができない。
例えば、薬品の副作用で片眼を破裂させたり。
取り敢えず痛くて、それで距離感が掴みづらくなる。
例えば、片方の足の先を切り落としたり。
これをされてしまうと、バランスが取れなくなってこけやすくなってしまう。
このデカい身体でよくこけるとどうなってしまうか。
そこら中に身体をぶつけて、色々と壊してしまうのだ。
とりあえず、人の家の物を壊してしまうのはとても耐え難い。
死のう。
ということで、夜中に頑丈なロープと遺書を用意していると、この家の唯一の常識のある大人である…えっと、名前をなんて言ったんだっけな。
まあ、その人の娘さん(白ちゃんと言うらしい)が、私の足に抱きついて止めてくる。
嫌だ、嫌だと泣き出してしまったので、白ちゃんのお父さんが飛び込んできた。
すっごく怒られた。
居るだけで良いとは言われたのだが、こんなデカいのが居るだけだったら邪魔じゃ無いのかと、何度も自殺を試みている。
白ちゃんに悉く阻止されているのだが。
ここのお家は居心地がいいので、お父さんとお母さんを思い出してしまう。
何度も何度も泣いてしまうけれど、その度に変な出来事が起こって涙は引っ込んでしまう。
あの、古宮さん。
何で首輪を?