月の光も雲に遮られ、目の前も見えない位の暗さの中。
お父さんに突き返されたあの遺書を、もう一度部屋に置き残し、ランプ点けた灯を頼りにして、古宮さんの管理する薬品倉庫を目指す。
今日こそは死んでしまおうと、足音を立てないようにゆっくりと歩く。 そろそろ素早く動くことなんて、出来ないけれど。
暗闇に揺らめく火を見て、ボーッとしていると、私が死んだ後の事をついつい思い描いてしまう。
このデカい体の処理は、考えたくないくらい面倒臭そうだ。
しかし、今掛けている迷惑に比べれば、きっと大したことは無いのだと、勝手に思い込む。
そう思えば思うほど気分は落ち込み、さっさと死んでしまおうと歩を進める。
この家に置いてもらい始めてから暫く。
ここに住んでいる人達は、変な人ばかりだということを思い知り、同時に優しい人達である事も、よく分かった。
あの助手を除いて。
色々と足りない私の所為で、食事や入浴の時も、とても気を遣わせてしまっているように感じるのだ。
食事の時を例に挙げるとすると、私の前に置かれた食器だけ、指が少なくても扱い易いような形状に工夫された物だったり。
私の為に用意してくれたのかと、自意識過剰気味に妄想すると、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そうして食事に手を伸ばせずにいると、古宮さんが世話を焼いて私に「あーん」を実践して来たりして来るので、流石にそれは断って、自分で食べ始めるしかなかったり。
また、お風呂を使わせて貰う時は殆どの場合は、白ちゃんが着いて来るのだが。
何かと理由を付けて1人で入っていると、古宮さん、偶にメイドさんが乱入して来て、体を洗ってくれたり、転ばないように気を遣ってくれたりと。
白ちゃんはまだ子供なので、面倒を見なくてはいけないのだが、古宮さん達の場合は私の面倒を見に来てくれているので、なんというか、死にたくなる。
メイドさんなんか、湯船でマッサージまで。
因みに、ここの屋敷は見た目だけでなく内装も豪華で、浴槽は何とかっていう木で出来ていて、天然の温泉を引っ張ってきているそうだ。
私なんかが居ていい所ではないと、何度だって思う。
そうして、死ぬ理由に思いを馳せながら、古宮さんの部屋の前を通り過ぎようかとした時。
突然、後ろから抱きしめられる。
本当に唐突な事で、予想だにしていなかったので、思いっきり悲鳴を上げようとしたのだが、抱きしめてきた人が口を抑えてそれを阻止する。
その手の感触で、誰かが分かった。
メイドさんだ。
マッサージをしてくれる時も微妙にいやらしい手つきで触ってくるので、どんな手かはよく分かる。
女性らしく、白くて繊細で、ハリのあるつやつやな手。
私なんかとは比べ物にならないくらい、綺麗な手だ。
その手に連れられるまま、女性用のトイレに。
そう、この屋敷は男女で設備が分けられている。
絶対にホテルか何かを改築したんだろうなぁ…
それはさて置き、私を便座に座らせると、メイドさんは姿を漸くみせる。
何時ものようなフリフリの、アニメとかに出てきそうなメイド服ではなく、動きやすそうな、機能性重視といった感じの黒い作業服を着ている。
別に私は何をされようと死ぬだけなので、特に何も言わずに黙っていると、メイドさんが、軽薄そうな様子の一切ない、優しそうな声色で話し掛けてくる。
「こんな夜中に出歩いて。私みたいなのに襲われちゃいますよ?」
よく分からないが、襲うなら襲ってくれと言わんばかりに、羽織っていたコートを脱ぎ始める。
「ああ、もう、違うの。別に襲うつもりは無いのだけれど。ごめんなさい、普通に言えば良かったね。…自殺しようとしてるなら止めるよ?」
ああ、この人も私を止めるのか。
どうせ夜は長いし、この人から止める理由を失わせよう。
「……メイドさん、私は、何も出来ません。…迷惑を掛けているだけです。心配を掛けて、気を遣わせるだけです。…どうか、私を殺させて下さい。」
死にたい。
死にたいのだ。
自分を変える方法がそれしか見つからないから。
居るだけで迷惑になる私を終わらせる為に。
「成程、貴女が死にたがる理由は、迷惑が掛かるのが嫌だから、ですか。」
納得するような素振りを見せるメイドさん。
どうかこのまま、私の好きにさせてくれますように。
「いやー、ダメですね。私、可愛い女の子の世話を焼くのが大好きなんですよ。」
可愛くない私の世話を焼く理由は無いですね。
「何を仰るか。可愛いですって。…誰だって、苦手な事はありますよ。貴女の場合、生活するのが苦手なだけで。…あの子供舌な博士とか、フードファイターに比べたらあなたが1番手が掛からない。」
ヤレヤレと肩を竦め中と思うと、私の手を引いて、立ち上がらせる。
「さて、と。私はそろそろ寝ますが、貴女も一緒にいかが?眠れないのはお互い様でね。偶には良いでしょう?」
頼まれたら断れない。
死のうと思っていたけれど、この人と話していたら少し毒気が抜けて、眠たくなってきた。
流石にトイレで寝るのは不味いので、お言葉に甘えて…
「よっこいしょ。あーよしよし、いい夢みなさいな。」
どうしてか、私をお姫様抱っこして来たところで、とうとう瞼が落ちる。
明日こそは、きっと死のう。
「あー、やれやれ、睡眠ガスは効き目が薄いですねぇ。…全く、こんな可愛い子が死のうとしているのになんで皆は気づかないのでしょうねぇ。古宮博士は首輪着けられてすっかり萎れちゃったし。私1人で、そう何人もお世話出来ませんけどねぇ…」