古宮博士に連れられて、バカでかい屋敷に来てから1日後。
どう考えても性行為に及んでいた助手君と博士を2人の子供たちの追求から守るのは非常に大変だったが、とっても美味しい朝食をメイド野郎が出してくれたので、何とか注意を逸らすことができた。
いつの間にか戻ってきていたメイドの出してくれた助け舟に感謝しつつも、去り際にボソリと
「ええ、SEXですね、分かります。」
と言ったことに関しては誠に遺憾である。
後で頭をグリグリしてあげよう。
さて、ここまで大きなアジトを直ぐ様用意できる辺り、流石、古宮博士と思っていたが、どうも嫌そうな顔をしていた。
移動中に聞いた話によると、古宮博士の姉、といっても実の姉ではなく、世話になっていた施設の先輩で、強制的に姉と呼ばされていたようだが、その人物に頼んで工面して貰ったそうだ。
家として使わせてもらう条件として、その女性がここに来て、自分たちと会うことになっているそうだ。
どうも博士は、その姉を名乗る人物が苦手らしいので、その条件は多少渋っていたそうだが、助手君の為にも、ひと肌脱いでくれたらしい。
古宮博士の周りには、変人か押しの強い人間しか居ないのか、と少し呆れたが、目の前に荘厳な日本庭園やら、無駄に広い屋敷が出てきては、古宮博士の周りには金持ちしか居ない、という感想も追加された。
つい先日まで人が住んでいたように、沢山ある部屋の隅々まで手入れがしっかりされていて、キッチンにあった業務用冷蔵庫には、数々の食材が入っていた。
うちの食いしん坊が直ぐに食べ尽くすだろうが、とりあえず2日位は買い物に出なくて済みそうだ。
ところで、昨日ウチに来た警察官の女性、メイド野郎に心の傷をこじ開けられ、その穴を強姦されそうになっていたあの人、いったいどうなったのだろうか。
全てはメイドのせいなのだが、そいつをけしかけたのはこちらの責任でもある。
その場にへたりこんで居ただけなら肉体的には無事だろうが。
まさか、用事を残したとか言って前の家に戻って行ったメイドの目的って……
深く考えるのは、やめよう。
頭が痛くなってくる。
そんなこんなで、なんだかんだメイド野郎に振り回されながらも、楽しい朝食の時間を終え、広い玄関の掃き掃除をしていると、白い杖をついた、美しい金髪を腰まで伸ばした、サングラスの女性が、1人でふらふらとやってきた。
確かに門の鍵は閉めていた筈なので、入ってくることができるとしたこの屋敷の持ち主か、それ以外なら忍者くらいだろう。
少しふくやかな体型をしているこの女性には忍者は向いていないので、恐らく屋敷の持ち主、つまり、古宮博士の姉という御仁だろう。
さて、ふくよか、と表現したが、黒いタートルネックのシャツを着たその女性の体型は決して太っちょという訳ではなく、暖かい母性を感じるような体型で、どことなくエロスを感じさせる。
整った顔立ちには酒気を帯びていて、こんな朝っぱらから呑んで来たのか、と、また碌でもない人間な気配もするが、古宮博士の知り合いに普通の人間が居た試しがないので、仕方がないと言えば仕方がない。
用を尋ねると、呂律の回っていない口調で何かを言ってきたが、全く聞き取れなかった。
歳で俺の耳が弱ったか、単純にこの女性に酒が回りすぎているからか。
こんな状態で、しかも眼も見えないようなのに、よくここまで歩いてこれたものだ。
帰巣本能とか言うやつだろうか?
冗談はさておき、古宮博士が事前に言っていた、「アル中で盲目のはた迷惑な女」という特徴にもよく合致していることだし、家に入れても良いだろう。
面倒事が増えそうでもあるが、ここに居られても困るだけなので渋々客間へと手を引いてエスコートする。
元々ここの家主なので客間というのもおかしな話だが、訪ねてきたのだから取り敢えずは客だ。
取り敢えず酔いを覚ましてもらわないとお話が出来ないので、水でも飲んでもらおう。
コップに水を注ぎ、手渡すと、一気に飲み干し、そのまま倒れるように眠りに落ちてしまった。
朝っぱらから酒をかっくらってきた訳ではなく、昨夜からずっと呑んでいた、ということなのかもしれない。
どちらにしても、碌でもない人間ではないことは間違いないが。
そんな飲んだくれにはそっと毛布をかけて、用のあるはずの古宮博士を呼びに行く。
昨晩のこともあって、心做しかぐったりとしている博士を自室の布団の中から引っ張り出すと、悪態を吐かれながらも、先程の女性を通した客間に連れていく。
こうして見比べて見ると、やはり古宮博士とこの盲目の女性が姉妹であることは信じがたい。
そりゃ、血がつながっていないらしいので顔や背格好が違うのは当たり前だが、同じ環境で育ったにしては、服装や見た目の清潔感、雰囲気がこうも違うと、赤の他人レベルにも見える。
片や食事を全く摂っていないのかと疑うレベルの体の貧相さ、片や裕福な環境で育っていそうなふくよかな体型。
片や服装には一切気を使っていないであろう、着崩した汚らしい服装、片や酒に酔っているというのに服装は清潔さを保っている。
酔っぱらいに言うのも何だか癪だが、何日も服を洗濯に出さずに着続けている古宮博士と比べたら、この女性の服装は物凄く清潔だ。
ちゃんと毎日服を洗濯してそうだし、ちゃんと毎日お風呂に入っていそうだ。
「日本が綺麗好き過ぎるだけで、私達の居たところではそんなことは気にされなかった。」
と、少し前に博士に言われたが、お風呂には入らないにしても、体を拭くとか、服を替えるとか、何かしらやりようはあるはずだ。
古宮博士の言い分にも一理あるが、子供たちの教育に悪いのでやめてほしい。
さて、客間で自身の金髪を口に入れ、もごもごと何か言いながら、ぐっすりと寝ている姉に対して、古宮博士は露骨に舌打ちをしながらズカズカと近づいていき、顔面に強烈な張り手をお見舞いする。
「おい、アル中、起きろ。わざわざ会ってやってるんだ。用件があるなら早く言え。」
「ぅん…あ、待って、吐きそう。」
乾いた音が小気味よく鳴り響き、客間の窓から見える中庭に置かれている鹿威しが、水を落とす。
起き上がりがけに古宮博士に吐かれた吐瀉物も、爽やかに洗い流されるようだ。
古宮博士が顔を洗い、服を替える為に、部屋から出て行ったおかげで、部屋には俺と、頬を赤く腫らした、妙にすっきりとした様子の女性の、二人っきりの状態に逆戻りしてしまった。
いくら自分が元諜報員とは言え、初対面の人が吐いた直後に、どのようなことを話せば良いのかなど、分かるはずもなく。
ただ、気まずい時間が過ぎていくだけだ。
早く、早く誰か来てくれ…と、ただ切に願うのみ。