古宮博士のお姉さん(ナツさんと言うらしい。)が、古宮博士に胃の内容物を託してから数分。
客間に漂う気まずい空気を引き裂くように、新しい白衣を着た古宮博士と、助手くんが扉を開けてやってきた。
相変わらず不機嫌そうな顔をする博士と、嫌に上機嫌な助手くんは、ナツさんが寝るために敷いていた座布団を強奪すると、遠慮なく畳に腰を下ろす。
「で、私と話したいことって何なんだ。先に言っておくが、私は姉さんと話すことなど一つもないからな。」
冷たい視線を眼鏡越しに浴びせながら、容赦のない物言いだ。
ナツさんと目も合わせようとはしない。
実の姉では無いとは言え、日本に帰って来たのはほんの数ヶ月前。
かなり長い間会っていなかった姉妹の再開が、このような感じで大丈夫なのだろうか、といらぬ心配をしながらも、目の前のナツさんに視線を移す。
鋭い物言いに加え、目覚ましに張り手まで食らったというのに、当の本人は平気そうで、それどころか、幸せそうな顔を浮かべ、涙までにじませている。
「雪ちゃん、久しぶり。別に大した用があるわけじゃないの。わたしね、雪ちゃんから連絡が来たとき、すっごく嬉しかったの。こんな飲んだくれでも、まだ、姉と呼んでくれることが、本当に嬉しかった。」
「そう呼ばないと姉さんが怒るからな。」
「そりゃそうかもしれなけど……とにかく、嬉しかった。わたし、また、家族が居なくなっちゃったのかな、って、この三年間とっても寂しかったの。ね、雪ちゃんが良ければだけど、また一緒に暮らさない?わたし、もう寂しいのは嫌なの。真っ暗な中で、一人ぼっちなのは嫌。」
ナツさんの目に滲んでいた涙が突然溢れ出し、悲痛な叫びが漏れ出す。
盲目で、このでかい屋敷に家族も居なくて、一人ぼっちで過ごしていたと考えると、久しぶりの再開に涙を流すのも無理は無いだろう。
美しいブロンドの髪を震わせながら泣きじゃくるナツさんにそっと寄り添う博士を見て、俺はその部屋から静かに立ち去った。
つもる話もあるだろうし、俺は居ないほうがよさそうだ。
◇
「わかった、一緒に」
ぱす、と、軽く、乾いた音がその言葉を遮った。
幸せそうな笑顔と、寂しさと歓喜の入り混じった涙、それと、赤黒いなにかが、畳に張り付いている。
助手の手に握られているのは、鉛を発射するための機械。
「おい。」
「博士」
「何をやっているんだ。」
「博士。」
「なにも聴きたくない。」
「博士」
「やめろ。」
「これで、貴女の家族は、僕を除いてだれも居なくなりましたね?」