雨降る夜。 兵器は少女になった。   作:山並

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博士の追憶は止まない

古宮博士は、かつて日々を過ごした、妙に綺麗に保たれた自分の部屋の端で、小さく丸まっていた。

 

独りにさせてくれ、と一言言い残し、ぐちゃぐちゃな心の整理に努めていた。

 

 

私が父から逃れ、保護された後。

 

父から逃れても、私を引き取るような人物は居ないようだった。

 

母は行方が分からず、その他の親類は、私の事を知りもせず、知ったとしても会いにも来ず、きっと、私のことなどどうだって良かったのだろう。

 

行くアテのない私は、同じような境遇の他人と共同生活を送るための保護施設へと押し込まれた。

 

そもそも人と距離を置いて生きてきた私は、そこでも、一言も喋ることなく過ごしていた。

 

ただ、保護者役の人間に言われた家事やらをこなし、下らない職業訓練をしているだけで、後は独りで本を読んでいるくらいしか、やることはなかった。

 

唐突に、何かしらの恐怖に襲われることもあったが、部屋の端で丸まり、俯きながら唸っていれば、そのうち直った。

 

そんなある日、私に面会を求めてきた女性が居た。

 

私は、その女性とは母のことではないだろうか、と少し期待していたが、部屋に現れたのは、フォーマルなスーツでピシッと決めた、見知らぬ金髪の女性だったため、早々にその希望は打ち砕かれた。

 

その女性は「古宮 ナツ」と名乗り、快活そうな笑みを浮かべ、私の頭をそっと撫でた。

 

ふと、父の顔が頭によぎり、私はその手を払い除け、ナツと名乗った女性を睨みつけた。

 

私がそうして嫌そうな顔を浮かべると、その女性は少し落ち込んだ様子を見せたが、直ぐに笑みを浮かべると、私の手をギュッと握って、引き寄せた。

 

今まで出会った人間のどの手とも違う、弱々しくも優しい、暖かい手に、私の表情は少し緩んでいたのだろう。

 

私は、その女性に引き取られた。

 

その女性は、自分の事を姉と呼ぶように強要したが、それ以外には何も強いたりはしなかった。

 

それどころか、私との約束は必ずと言っていい程守る、誠実な人だった。

 

「雪ちゃんが不自由に思わない環境を作るわ。約束ね。」

 

と、言ったと思うと、私の為に、地下に研究室を設けた。

 

「もっと色んな本を読ませてあげる。約束ね。」

 

と、言ったと思うと、書庫には、本が段々と増えていった。

 

姉は、所謂大金持ちだった。

 

類まれなる才覚で、株と土地を転がし、一代で日本有数の資産家になったという。

 

「後は適当に会社立ち上げて、適当に成功してたら、家族が居ない事に気がついてね。わたし、どうやら寂しかったようなの。」

 

とは、本人の談だが、姉の家は広く、お手伝いさんを2人雇っても掃除の手が届かない程で、独りでは余程寂しかっただろう。

 

姉さんは、私の事を本物の家族の様に愛してくれて、心配してくれて、応援ならしてくれた。

 

それでも、私の周りにある幸せは、長くは続かないようだった。

 

姉さんは、昼夜問わず、家で仕事をしている時も、傍らに酒瓶を置くようになっていた。

 

仕事でのストレスか、それとも私への不満か、兎に角、姉さんはおかしくなっていた。

 

太ったり痩せたりを繰り返し、常に酔っているし、呂律も回らず、平衡感覚もままなっていなかった。

 

思えば、私はもっと早く、姉さんの異変に気づくことができたような気もする。

 

どうして1番近くに居たのに、何も出来ていなかったのだろうか、と、後悔は襲ってくる。

 

姉さんが、完全にアルコール中毒になったころ、漸く、私は姉さんに酒の禁止を言い渡した。

 

酒瓶は全て回収、処分し、外に行く時も着いていって、酒屋に寄らないように手を繋いで歩いた。

 

姉さんは、約束を守った。

 

姉さんは、私が見ている限り、酒を飲むことがなくなった。

 

私のせいで、私のせいで止められなくなったお酒を、ただのエゴで禁止し、自己満足で、姉さんがお酒を飲むのを止めたと、勝手に判断していたのだ。

 

姉さんは、私の研究室に入り込み、メチルアルコールを震える手で、零しながらも飲んだ。

 

私の居ない内に、最悪の事態が起きていたのだ。

 

 

私は、姉さんを助ける術を持たなかった。

 

私がせっせと作っていたのは、人を助ける物じゃなくて、人を殺すための兵器だったから。

 

後悔し、絶望し、逃げるように、私は家を出ていった。

 

 

「ねえ、雪ちゃん?何処なの?暗いよ、怖いよ、寂しいよ……」

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