その日の天気は大荒れで。
梅雨は明けたはずだというのに、雷雨だった。
そんな日でも関わらずうちの娘はもりもりとご飯を食べまくっている。
というわけで、家の備蓄が無くなってしまった。
天気は悪いが、仕方ない。
買い出しだ。
夕食のメモは変態女装メイドから貰っているので、後は大量に買い込むだけだ。
と、なんと屋敷の前に誰か座り込んでいる。
長い髪と長身を纏めて座っていたため、ぱっと見ではゴミが捨てられているのかのように見えた。
ごめんね。
着ているものは白いTシャツだけと、相当危ない格好をしている。
うむ、何処か既視感がある。
うーむ、この子も何かしら面倒な事に巻き込まれているのだろうか。
取り敢えず、連れ帰ろう。
背負おうとした時に気がついたのだが、どうやら彼女、片腕が無い。
血が滲んでいる様子は無いので、古傷のようだが。
軽っ。
うちの子より軽いってどうなっているのだろうか。
うむ、これは食材を更に買い込まねば。
「おや、また新しい女の子を拾ってきたんですか。なに?今日の夕飯ですかー?」
一旦屋敷に戻ると、変態女装メイドは物凄く絡んでくるが無視だ無視。
おい、何故お前がうちの娘を連れているんだ。
しかも物凄く嫌そうじゃないか。
「あ、分かります?無理矢理連れてきたんですよー。ほら、見てみてー?パンツ!」
あ、この馬鹿。
うちの娘のパンツを盗んでやがる。
こら、くたばれ。
あ、おい、馬鹿!思ったよりローキックが効いたからってパンツを口に含むな!
唯一安心して預けられる唯一の人物がマッドサイエンティストって、ウチはどうなっているんだ、一体。
博士の部屋に入ると何故かされていた拘束を解き、事情を説明すると博士は看病を快諾してくれた。
博士、物凄く暑そうで、調子悪そうだったが。
うーむ、空調が効いてないのかな。
結構モーター音的な駆動音は聞こえていたんだが。
まあ、今日も我が家はそこそこ平和だな。
さて、買い物に行こう。
空腹と全身の痛みで、目が覚める。
片目が見えない、拭いきれない違和感に思わず目を擦る。
ここは、どこだろう。
フカフカのベッド。
ホテルのような壁紙。
大量の電子機器。
そして、部屋の端で自慰に励む白衣の女性。
えっ…と、ここは?
「………あ…………えっと、ね。私は、古宮。あの、決して痴女では無いし、君は何も見なかった。」
私に見られている事に気がついた女性は、慌てて着崩していた衣服を直し、真っ赤に染まった顔で自己紹介を始めた。
少し、怖い。
というか、科学者には、つい最近トラウマを植え付けられたばかりだ。
ああ、思い出したくも無いのに。
白衣と、真っ白いベッド。
嫌だ。
もう、あの実験は嫌。
「あっ…と。ごめんね、怖がらせるつもりは無かったんだ。その、ちょっと助手に焦らされてて…」
ふと、意識は目の前の古宮という女性に戻る。
イかれた実験とかはしなさそうな、優しそうな女性だ。
が、しばらくまともに人間と会話をしてこなかった私は何をどう言えばいいか全く分からず、口篭ったままなにも言えない。
ああ、死にたい。
こうやって、まともに会話もできない。
実験から逃げ出さずに、そのまま死んだ方が良かったのでは無いだろうか。
ぎゅっと、手を握られる。
左腕は肩から下が無い。
右手を握られる。
右手も、小指は無く、中指も半分ない。
何度、君悪がられたことか。
何度、振り払われただろうか。
こうして、人の温もりに触れられたのはいつ振りだろう。
お母さんと、お父さんが死ぬ少し前以来だろうか。
自然と、涙が溢れる。
「大丈夫、私は君に危害は加えないよ。…君に何があって、何を背負っているのかは分からないが、取り敢えず、ご飯だけでも食べていきなよ。」
ゆっくりと、優しく語りかけられる。
手を握られ、怯えと同時に、それを大いに上回る安心感が。
けど。
「…………ご、ご飯は、遠慮しておきます…」
お腹はとても空いている。
こうやって、腕も指も少ないと、上手く食べられない。
それと、片方失明していて、距離感が取りづらい。
あの、そういうのを察していただけると。
食べ方が下品に…
あの、そんなに残念そうな顔されても…
いや、あの
「いいからいいから!食べづらいって話だろう?私があーん、してあげるから。」
「…………あ、あの。」
「博士!?誰ですかそれ?!なんで博士にあーんさせてもらおうと?!」
誰なの?
唐突に叫びながら入ってきた美形の男性が、古宮さんを博士と呼ぶ。
この人、目が死んでる。
わたしは、すこしにがてかな。
「あのなあ…今この子をうまいこと丸め込もうと…」
「そんな事より博士!なんで拘束解けてるんですか?自力では解けないと思うんですが!あ、けど玩具はそのままなんですね。博士はえっちだなぁ。」
ああ、もうやだここ…
なんでこの人は古宮さんのズボンの中にナチュラルに手を突っ込んで…
え、なにその…長くて…太い…
古宮さん、その、艶っぽい声出すのやめてもらっても…?
「ふむふむ、成る程。身体のあちこちに実験跡が見られることから、嵐に乗じて逃げ出したと推理できますね。ここら辺にそういう施設といえば、如月生体実験所でしょうね。…えっと、確かあそこは人間の遺伝子組換による種の進化を目指しているんでしたっけ。一度見学に行きましたが、実験は拷問のような痛みらしいです。…ええ、大変でしたね。博士が匿うと言うのなら、僕はなにも口出ししませんよ。」
古宮さんが何とか話を逸らし、私についての話題になった。
助手らしき人は私をじっと見つめたかと思うと、突然そう言いだした。
全て、合っている。
私が生活費に困って、実験に協力したのは確か、如月という名前の会社だったし、実験の前にされた説明には遺伝子組換による…という下りもあった。
実験も、気が狂いそうな程の痛みを受け、それに耐えられなかった私はこの雷雨に乗じて逃げ出したのだ。
が、この人は何者だろうか。
見学に行った、と言うことは関係者なのだろうか。
何故そこまでわかるのだろうか。
「ああ、そんなに心配そうな顔はしないで下さい。僕は、博士の味方ですので。博士が貴女の味方である限り、僕も貴女の味方です。」
物凄く、胡散臭い。
他人の気持ちなんか一切考えていない、あの実験狂のような。
…殺してしまいたい。
「はーい!お夕飯ができましたよぉ〜!さっさと食堂に…おやおやおやおや?目が覚めたんですか!ささ、貴女の分も用意してありますよ。」
そんな黒い気持ちを吹き飛ばすかのように、物凄く明るい声でメイドさんが入ってくる。
ここ、いやに豪華な内装かと思ったらメイドさんまでいるの?
なんだか、より胡散臭く感じるような…
うーん、けど、これ以上拒否しても無駄そうだし…
「………え、えっと…は、はい…」
「よーし、さあ、こちらへどうぞ。」
紳士的な態度で、とメイドさんに言うのは少しおかしいかもしれないけれど、手を取って私が立つのを助けてくれた。
手を腰に回し、支えてくれるのかと思ったら何故かお尻を揉んできた。
こんなガリガリなお尻、揉んでも面白くないだろうけど。
「んー、ふむふむ、貴女って少食?それともあんまり食べさせてもらって無かっただけ?…そんだけ抱き甲斐のある身体してるんだから、もっと食べなさいな。」
身長の高さはそこそこ気にしていたのだが、古宮さん以外の2人は私と同じくらいの身長で、あまり弄られる事は無さそうだ。
どうやら、ここにはまともな人は少ないらしい。
案内された食堂に着くと、配膳をする中年男性。
あ、この人はなんだかまともっぽい。と思ったのも束の間、可愛らしい少女が一足先に食べ進めていた。
その身体のどこに収まっているのか疑問に思う程、フードファイターのような量を食べ続けている。
「おはよう。事情は話してくれるのが一番だが、折角準備したんだ。食べて行ってくれ。」
「作ったのは私だけどねー!」
男性が此方の方を向いて語りかける。
なんだか、父性を感じる。
あの少女は、この人の娘さんなのだろうか。
メイドさんに手を引かれ、席に着く。
他の方々も席に着いたかと思うと、三者三様の食前の祈りをしていた。
私と男性…心の中では、お父さんと呼ぼう。
は、いただきますと、日本式で。
メイドさんは、なんだか太陽に感謝を呟いていた。
メイドさんは独特な人だな、と。
そこそこ大きい食卓の上に並ぶのは、日本食だ。
白米に、味噌汁、焼き魚と数々の小鉢。
私の前に置かれた味噌汁は、お椀ではなく持ち手のあるカップに入れられていた。
少し違和感を覚えたが持ち手があると、指が少なくてもとても飲みやすくなる。
そして、私がぷるぷると震える手で箸を取ろうしたところ、隣に座っていた古宮さんが強奪。
本当に、あーん、を実践してきた。
久し振りの温かいご飯と食卓に、なんだか、また涙が出てきそうになった。
ご飯は美味しかったし、行く当てもない。
暫くここに滞在する事になった。
変な人も多いけど、古宮さんみたいにいい人もいるから何とかやっていけそうです。
そういえば私、いつの間に服を着せられていたのだろう。