『どうでした・・?』
『社としての対応で新しく決まったことはまだないよ・・これから始まる向こうとの打ち合せの中で、指示や要望の中身が分かればそれに基づいて対応を決めるってさ・・』
そう言いながらソリッド・メディアを取り出してスコットに渡す。
『新しいワーク・アドレスだとさ・・置換して、関係している各部署とこれまでの取引相手に変更通知を送ってくれるか?・・それと、このアドレスもアドレス・ボックスに入れて置いてくれ・・』
そう言って貰ったメディア・カードも全部スコットに渡した。
『分かりました。パスワードは?・・』
『決めてくれ・・後で携帯に送ってな?・・』
『了解です・・・携帯端末のアドレスは?・・』
『このワーク・アドレスとはリンクさせてないが・・』
『社内や取引先で先輩の携帯アドレスを知っている人は?・・・』
『お前も含めて何人かいるけどね・・』
『なら携帯のアドレスも換えた方が良いですよ・・同じものにしますか?・』
『いや、新しいアドレスの最初と最後の二文字だけを換えて、リンクさせておいてくれ・・』
そう言うと携帯端末も取り出して手渡した。
『パスワードは同じで良いよ。この携帯のSWカテゴリーに、この携帯のアドレスを知っている人が入っているから、同じ文面でアドレス変更通知を送信してくれるか?・・』
『了解です』 『どのくらいでできる?』 『20分ですね』
『解った・・頼む』 『仕事はどうなってる?』
『今日やるべきような事は、もうないですね。それよりもうニュース・メディア12社からこのデスクに通話がありましたよ・・』 『どうした?』
『取り敢えず全部広報に廻しましたけど・・』
『そうか・・ありがとう・・すまんな・・それじゃこのデスクとの通話サブルーチンに、ニュース・メディアを名乗る通話は自動で広報につながるようなプロトコルを加えてくれるか?・・それとレコード・メッセージにもそう言う一文を頼むよ・・』
『お安い御用ですよ・・・それで今日はどうします?・・』
『・・そうだな・・今日と明日いっぱいはここでやらなきゃならないことはないな・・』
『帰っても良いんじゃないんですか?・・休暇を取って・・』
3Dモニターから眼を離さず、パネルの上で指を走らせながら話している。私はその後ろでソファに腰を降ろした。
『・・昼飯を食うまでにチーフに連絡するよ・・終わったら自分のデスクに戻ってくれ・・ありがとう。昼まではここにいるから・・』
『分かりました。もう少しで終わりますから・・』
私は座ったまま伸びをしてさり気なく周りを見回した。こちらを気にしているような同僚はいないようだ。気を遣ってくれているな・・。
不意に私の携帯にコールが入った。
『どうぞ。まだ手を付けていませんから・・』と言って手渡してくれる。
『悪いな・・』と受け取って繋いだ。相手は先程のエリック・カンデルだった。
『突然すまない。今はどこにいる?・・』
『オフィスにいますよ・・』 『仕事中か?・・』
『いえ・・スコットが手伝ってくれていたので、私のやる事は暫らくはありません』
『そうか・・・実はまた事態が急転してな・・・またもう少し付き合って欲しいんだが・・』
『良いですよ・・・どうしたんですか?・・・』
『いきなりですまんが記者会見を開くから、出てくれ』 『はい!?』
これにはかなり驚かされた。
『メディアの取材攻勢がすごくてな・・受け流し切れなくなって来た・・社長も含めて取締役員のほぼ全員の耳に入っているし、大口投資家やウチのメインバンクからも問合せが入ってな・・・形だけでも公式発表をやって切り上げるよ・・』
『分かりました。いつですか?』
『午後イチでやろうと言ったんだが、昼飯前で押し切られてな・・11時から始める・・10時から何か軽くつまみながら打ち合わせしよう・・・さっき話した応接ラウンジで良いか?・・』
『良いですよ・・分かりました』 『・・じゃ、その時にな・・』 『はい・・』
通話を終えて、また携帯をスコットに手渡す。
『・・どうしました?・・』 『会見を開くとさ・・』
『ええ!?』 『型通りの公式発表だって言ってたけど、荒れるかもな・・・』
『いつです?』 『昼飯前だと・・・』 『そりゃキツイすね・・・』
『1人で?・・』 『まさか・・・最低でもチーフと、もう1人は付くだろ・・』
『・・それじゃ、その会見が終わったら直帰ですね?・・・』
そう言って携帯を手渡してくれた。
『・・・そうするよ・・終わったのか?・・・』
『・・終わりました・・パスワードは、僕からのメッセンジャーに入ってます・・』
『・・ありがとう、助かったよ・・もう戻ってくれ・・私も、あと少ししたらまた5階に上がるから・・・・』
『・・分かりました・・・ファイルは、見れば判るようになってますから・・・』
『・・本当にありがとう・・・これからも宜しく頼むよ・・・』
『・・こんなのお安い御用ですよ・・またいつでも声を掛けて下さい・・』
いつもの笑顔を見せてスコットは立ち上がった。
『・・ああ、今度奢るよ・・』
私の最後の言葉に直接には応えず、左手でのサムズアップを笑顔でキメて自分のデスクに戻った。
私はデスクの傍には立ったが席には着かずにファイルやら資料やらをザッと見渡して確認した。相変わらずスコットはきれいに、判りやすく機能的にまとめてくれる。
デスクのライトを消してバッグを取ると、スコットには上に行くからと右手で合図してオフィスを出た。
エレベーターに乗って5階で降りる。応接ラウンジでは三つほどボックスシートが使われていたが、先刻エリック・カンデル等と話したシートは使われていなかったので、同じボックスの先刻と同じシートに座った。
バッグを開けてリストを出した。500人の女優やら様々な分野・方面での女性タレントやモデル、ヴォーカリストが載っている。
そうは言っても画像と名前と年齢の他には、データコードがプリントされているだけだ。
どうやら彼女達の詳細な個人データは、このデータコードでサイバースペースからダウンロードできるらしい。
プリント・リストの最後の行に、URLアドレス・コードがあったので、私は携帯端末を取り出してそのコードを打込んでブラウズさせ、彼女達全員の詳細な個人データをダウンロードした。ダウンロードには2分ほど掛かった。
2人、3人と読み進めていったが、ふと思い付いて私は、芸能的な学歴・経歴・経験・業績・スキルとは直接的に関係の無い個人データを分離するようセットアップして実行させた。
データの分離が終わるまでに1分ほど掛かった。改めて読み直そうとしたが、何人かの話声と靴音が聴こえて来たのでファイルを保存して閉じ、携帯端末をポケットに仕舞った。
ほぼ同時にエリック・カンデルが4人の男を連れて入ってきた。私は立ち上がって迎えた。
その中の1人を見た時、自分が緊張するのを感じた。
4人の中の2人とは、さっき会った。宣伝部のアグシン・メーディエフと広報部のマスード・カーンだ。
「おっ、度々すまないな・・」 「・・いえ、大丈夫です・・」 「・・ちょっと待ってくれ・・・」
そう言ってエリック・カンデルは、アグシン・メーディエフとマスード・カーンを伴ってディスペンサーコーナーに入った。残りの2人は、真っ直ぐこちらのボックスに入ってきた。
ハーマン・パーカー常務・・・42才・・常務の中では最も若い・・・現在の営業本部長でもある。
私と握手を交わした時に人懐こそうな笑顔を見せた。
「・・・まずは、おめでとうと言わせて下さい・・・頑張って下さいね・・・初顔合わせなので、紹介しましょう・・・営業本部次長でファースト・ディレクターでもある、ミスター・ジェア・インザー・・・」
「・・よろしく・・・」 「・・よろしくお願いします・・・」 握手を交わして席に着いた。
「・・・もう挨拶は終わったようだな・・・・」
エリック・カンデルがあとの2人と共につまみを持って入ってきた。
つまみは中皿2枚に8種類のオードブル盛り合わせ・・メーディエフはコーヒーポッドと紙コップを・・・カーンはオレンジジュースとジンジャーエールのピッチャーを持っていた。
「・・まあ、慌ただしくて申し訳ないんだが・・・昼飯前には終わるからな・・・・」と、カンデル。
そう言いながら中皿をテーブルに置くと、メーディエフから紙コップを貰って配った。
少し疲れた様子で座るとオードブルを一つまみ口に放り込んだ。
「・・・常務は知っているな?・・・お前と役員会を直接につなぐパイプ役として、さっきの緊急役員会で選任された・・・・ミスター・インザーは、その補佐を務められる・・・・」
「・・・改めてよろしく頼む・・・・」 そう言いながらインザー氏も一緒にメディアカードをくれた。
「・・・会見は11時から10階のホールで始めるが、長くても30分で必ず終える・・・出るのはお前と常務と私の3人だ・・・司会は私が務める・・・こちらから伝えるのは、事実と基本的な方針・姿勢だけで、お前の心情や考えている事などについては、質疑応答の時に簡潔に答えれば良い・・・・大丈夫だとは思うが、あまりベラベラ喋るなよ・・・お前の中で、もう決めていることがあっても、答えたくなければ答えなくて良いからな・・・」
そう言いながらニヤリと笑うと、またオードブルを一つまみ口に放り込んでコーヒーを飲み干した。
「・・・気楽に構えていれば良いからな・・・」 「・・・分かりました・・・」
続いて常務が口を開いた。
「・・実際に大会が始まるまでには、色々な打ち合わせやら話し合いやら催しもあるでしょうが、誰からどのような話があったかについては、面倒だとは思いますが、フロア・ファーストチーフにも私にも、同じレポートを上げて下さい・・・』 『・・了解しました・・・・』
『・・・ところでアドルさん・・・・どのタイプの艦を選びますか・・?』と、常務が訊いた。
『・・・そうですね・・・軽巡宙艦を選ぼうと思っています・・・』
『・・・ほう・・・重巡宙艦と比べると・・火力がかなり劣りますが・・・差し支えなければ、理由を教えてもらえますか・・?・・・』
『・・確かにそうですが・・私は火力よりも機動力と操艦技術で戦いたいと思っていますので・・・』
『・・戦場となる空間は、デプリが多いと聞いていますので・・・ゲリラ戦を展開するつもりですか・・?』
『・・結果的にはそうなると思います・・・重巡ではダッシュも小回りも利きませんからね・・・』
『・・・なるほど・・・分かりました・・・軽巡ならクルーは50人ちょっとですね・・・人選はあなたが・・?・・』
『・・・はい・・・500人ほどからなるクルー候補者リストを貰っていますので、その中から・・・・』
『・・・そうですか・・・分かりました・・・』
『・・さっきの話の中でも言ったが、社として行うお前に対してのケア・マネジメントの方針に変わりはないからな・・・会見で訊かれれば答えるが、こちらからベラベラ喋るつもりはない・・・・』
エリック・カンデルがまたつまみを口に入れてオレンジジュースを飲んでから、確認するように言った。 『・・・分かりました・・・・』
少し改まった調子で常務が後を引き取り、口を開く。
『・・会見では、先ず私から概要を説明します・・・その後捕捉があればファーストチーフからお願いします・・・その後質疑応答に入って、終了と言う流れですね・・・』
『・・分かりました・・』
『・・それじゃあ、会見前の打ち合わせとしてはこれで良いですかね?・・』と、エリック。
『・・そうですね。では10時50分にホール脇の控室で・・』と、ハーマン・パーカー。
彼が立ち上がったので、1秒遅れて全員が立ち上がった。
応接ラウンジからの出掛けにエリックから呼び止められた。
『・・会見までどうするんだ? ああ、オードブルか? ウチのチームの昼飯になるから心配ないよ・・』
『・・控室で一服していますよ・・そんなに時間も無いですし・・』
『・・すぐに終るから気楽にしてろ・・』 『ありがとうございます・・』
『・・終わったらすぐに帰れ・・明日は休んで良いから・・』
『・・分かりました・・』 『・・気楽にな・・』
左肩を軽く叩いて、左に行った・・・腕のクロノ・メーターを見ると、もう10:35 だ・・何をする時間もない・・10階に上がることにした・・通常のエレベーターはマスコミの関係者なんかで一杯だろうから・・役員専用のエレベーターに乗った・・10階で降りると直ぐに控室に入った・・・ドリンクディスペンサーにコーヒーを出させると・・奥の席に座った・・灰皿を用意して最初の一本に火を点けた・・コーヒーを飲みながら携帯端末を取り出し・・先刻の話し合いの前に、クルー候補者たちの芸能的な学歴・経歴・経験・業績スキルとは直接的に関係の無い個人データを分離して保存したファイルを呼び出して開いた。なかなかに興味深い経歴やスキルの持ち主がいるものだ・・・。
煙草を揉み消し8人目の個人ファイルを読み始めて3分程したぐらいで、控室のドアがノックされた。ファイルを閉じてクロノ・メーターを見ると、10:48 だった。
「・・どうぞ・・」と、応えて立ち上がる。
ドアを開いたのは30代後半のように見える男で、続いて20代前半のように見える女性も入って来た。
「・・アドルさんですか・・?・・」 「・・そうですが・・」
「・・初めまして・・私はホール・ディレクターのアラミス・イェルチェン・・こちらは、フロア・マネージャーのサリー・ランドです・・今日は宜しくお願い致します・・10:55になりましたら、舞台上に用意しました席に着席してください・・それと、今回はおめでとうございます・・頑張って下さい・・応援していますので・・」
「・・ありがとうございます・・」
「・・初めまして・・サリー・ランドです・・私も応援しています・・頑張って下さい・・後で・・サインをお願いできますか・・?・・」
「・・ありがとうございます・・良いですよ・・」 「・・!ありがとうございます!・・」
嬉しそうな表情を見せて、出て行った。