戦闘回終了。
先に動いたのは狼の方であった。
狼はその圧倒的俊敏性によりその場を離脱し、野生の経験を元に姿を隠し一撃離脱を繰り返す戦法のようだ。
侵入者にして赤龍帝である彼は腕を失った痛みに喘ぎながらも、姿を隠した狼を見つけるために全神経を集中させて警戒していた。そして落とされた失った腕を器用に足で蹴り上げ、左手で取り右腕にくっ付けた。どうやら倍加の力で再生力を底上げしたようだ。完全にとはいえないが腕を取り戻した彼は
そこからは持久戦であった。
野生の獣は基本的に獲物が油断するをじっと待ち、した瞬間に全力で狩りに行く。この狼も同じように、彼が気を緩めるまで隠れ、時に脅し、精神を疲弊させる。
そのようなことを知らない彼は、いくら警戒しても風の音や
どちらも容易には動かない、動けないといった状況の中で先にシビレを切らしたのは侵入者の彼だった。
「クソがッ、何処にいやがるッ!?隠れてないで出てこいよ!出てこないっていうならここら一帯吹き飛ばしてやるッ!!」
未だ僅かにしか時間が経っていないというのに彼がヤケを起こしたのは、彼が今まで神器に頼って戦ってきた者だったからだ。武人は相手の出方を読み、潰し、誘い込むといった心理戦もこなすが、彼にそんな経験はなく、ほとんどの場合倍加に頼った蹂躙であった。
故に追い詰められてきた思考は、今までと同じように力押ししか考えられなくなっていたのだ。
もちろん一帯を吹き飛ばす程の大技にはタメが必要で、狩人たる狼はその隙を逃さない。
完全に死角となっていた上空から、音もなく彼の首を噛みちぎろうと強襲した。
が、どうやらそれは彼の作戦通りだったようだ。
「引っかかったなこの野良犬がッ!」
狼が上空から飛来してくることは予想外だったが、死角から攻撃してくるだろう、と彼は考えていたのだ。だからこそやる気もない大技を出し、隙を作った。
しかし先程言ったように彼は駆け引きに慣れていない。そのことを作戦を考えている間に自覚した彼は、このように思った。
だからこそこの攻撃は自爆に近かった。
狼が自身へ攻撃を届かせる前に倍加によって大きく上昇した魔力を指向性を持たせず爆発させたのだ。
だが野生を生きる狼は、彼が狼を罵る前にそのことを察知し、回避行動を起こした。
結果、ほぼ無傷で攻撃を躱した狼はしかし彼を見失っていた。それは、砂煙で視覚嗅覚が使えないことも理由ではあるが、それ以上にもう近くに彼がいないという証明でもあった。彼程度の実力では狼の察知能力から逃れることは
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「ふッ、ふッ、ふッ、……ふぅぅぅ。なんとか生き残ったッ!」
彼は、彼にここのことを教えた魔法使いから緊急用に、転移で異界の端へ飛ぶことが可能な転移札を渡されていた。貴重な転移札を渡されていた理由は、今回の依頼が内部の調査だったからであった。
つまり彼は依頼内容と忠告を無視して行動していたのだ。その結果、異界内部をロクに調査しておらず、このまま帰ったとしても何も報告できなかっただろう。
「クソがッ、とんだ災難だったぜ……。早く宿に帰って女で遊ぶかな……ッ、?」
彼は気づいていなかった。たとえ気づいたとしても同じように油断していただろうが。
この異界で、
その油断と不注意のツケが彼の命をもって払われた。
それは美しい鳥であった。鮮やかな緑色をした蒼い瞳を持つ小鳥だ。
普段であれば黄色い嘴は、今は紅く染まっている。
彼の心臓を突き穿ったが故であった。
「ガバッ、グブッ、バ、カなッ、こ、こんな、所で、死にたくッ、ねぇッ!
俺は、まだ、やりゴフッ、だいが、あるんだッ……!」
膝をつき、穿たれた胸から血を垂れ流す、もうすぐ息絶えるだろうその姿を、鳥は感情を浮かばせた目で見ていた。
それは食欲であった。
それは達成感であった。
そして何よりも……、歓喜であった。
この鳥は、異界の主であるナナシの目として彼を監視していたのだ。そしてもし、彼が狼から逃げる、または狼を倒すことがあれば彼を殺すように命令されていた。その命令を完遂し、これで主に褒めて頂くことができる!ついでに食料ゲット!っと喜んでいるのだ。
「嫌、嫌だ。こんな、こんな終わりなんて……ぃ……ゃ……」
「ピヨピヨ、ピ、ピヨッ!」
彼が完全ぬ息絶えたことを確認した小鳥は、その体躯に見合わぬ力で彼の死体を持ち上げ飛び去って行った。