群狼の血族   作:王子の犬

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ナガラ突入

 佐賀県鹿島沖。かつて有明海とよばれていた水域は轟音と砲火で埋め尽くされていた。

 ”霧の艦隊”所属の軽巡洋艦〈ナガラ〉は艦尾部の左右両舷に八基ずつ合計十六基から成る対地ミサイルを射出。真っ赤な炎と渦巻く煙を引きずりながら、灰色のミサイルが垂直に体を持ち上げ、各々のタイミングで目標へと向きを変える。

 一方、地上では、大陸間単段式宇宙輸送機(SSTO)破壊を阻止すべく、ミサイル防衛システムが稼働していた。山あいや沿岸部から煙の帯が空に向かって伸びる。そして炸裂した朱色の無数の光が、大陸間単段式宇宙輸送機(SSTO)の発射台を照らし、突入する〈ナガラ〉の全容を露わにする。同時に、数少ない防人の生き残りである〈あまつかぜ〉と〈たちかぜ〉の姿をも浮かび上がらせてしまった。

 〈あまつかぜ〉と〈たちかぜ〉が主砲を発射した。

 〈ナガラ〉は射撃データを算出し、十二・三センチ連装砲の照準を微調整する。飛来する砲弾に対してクラインフィールドを展開。砲弾炸裂によって生み出された熱を別次元に移行する。移行可能な熱量には限りがあるため、何度も使える防御手段ではない。だが、人間を相手にするかぎり、熱量が限界に達することはめったになかった。

 高性能爆薬と破片弾頭が発生させた光はすでに消失し、代わりに闇を引き裂くように〈ナガラ〉が主砲を発射。深紅に輝く砲弾が弧を描いて飛翔する。一発の砲弾が〈あまつかぜ〉左舷の艦中央部に飛びこむ。いとも簡単に装甲を貫通し、機関を破壊して大爆発を引き起こした。コンマ数秒をおいて、二発目の砲弾が〈たちかぜ〉の艦尾部に弾着する。装甲をぶち抜いてMk13単装ミサイル発射機(GMLS)の弾庫に突入。砲弾炸裂によって爆発が生じ、三十発以上残存していた対艦ミサイルが誘爆する。結果として〈あまつかぜ〉と〈たちかぜ〉は轟沈し、五百名を超える乗組員が即死した。

 〈ナガラ〉が長洲・多比良間に散布された機雷原をものともせず突き進む。三基六門からなる主砲を一斉射撃し、なおかつ再装填したミサイルを空に解き放った。

 

「ナガラから通信。ワレ、敵水上艦艇ヲ撃滅ス。敵輸送基地ヘノ攻撃ヲ継続」

「ナガラに返信。了解。引き続き作戦を実行せよ。貴艦の武運を祈る。以上」

 

 〈ナガラ〉が戦闘を繰り広げるはるか下で、〈ロ500〉は息をひそめていた。彼女は僚艦〈ロ501〉と共に島原湾の深度百メートル付近で、夜陰と泥濘(でいねい)にまぎれて身を隠している。

 海中は雑音だらけだった。だが、〈ナガラ〉から逐次寄せられた戦闘情報により水上の様子が手に取るようにわかった。スクリューが水をかき回すリズミカルな重低音が消えた。音源であった〈あまつかぜ〉と〈たちかぜ〉の船体が機能を失い、急速に沈没しつつあるのだ。

 人間の作る船はあまりにも脆(もろ)い。二つの光点が画面から消えたのを見て独りごちた。その間も耳を澄ませて、〈ナガラ〉の足元に注意を払い続ける。人間には厄介な味方が存在する、と教わっていたからだ。作戦開始前、〈ナガト〉が予測を述べていた。人間にとって重要な拠点ならば彼女が出てくるだろう。敵の名は〈イ401〉と。

 〈イ401〉は大戦期の潜水艦のなかでは最大級となる伊400型と大きさや形状が酷似している。全長は百二十メートル超であり、UボートIXC型と酷似した形状を持つ〈ロ500〉よりも重武装だった。

 〈ロ500〉と〈ロ501〉はすでに兵器の展開を終えていた。特殊なカプセルに入った巡航ミサイル十二基は遠く離れた天草灘にある。近海から水上艦艇を駆逐し、衛星による探知を不可能にしたからこそ可能となった手段だ。時限爆弾さながら、設定発射時刻が来るのを待っている。〈ナガラ〉の突入が成功したとしても、巡航ミサイルが無駄になることはない。彼女は人間の施設を破壊し、殺せば殺すほど弱体化していくことを知っていた。

 さらに通常魚雷八基と侵蝕魚雷二基、囮魚雷(デコイ)二基も微速であたりをうろつかせていた。魚雷群は、〈ロ500〉と〈ロ501〉の全魚雷発射管と有線で繋がっている。彼女たちの魚雷発射管は艦首四門、艦尾二門の合計六門である。しかし、〈イ401〉は艦首八門であり、攻撃力においては"霧の艦隊"所属潜水艦と比べても群を抜いていた。

 ただ、全門斉射が発生するような戦場はまれである。過去の戦訓から侵蝕魚雷を一発撃ち込めば事足りると分かっていた。

 そのとき〈ロ501〉の暗号化通信を受信する。

 

「ロ501よりロ500へ。ソナーに感あり。深度四〇メートル。方位一九〇よりナガラに高速接近する物体を捕捉。スクリュー音なし。キャビテーションの音紋照合。データバンクに一件該当あり。イ401」

「ロ500よりロ501、ナガラにデータを転送せよ」

「了解。転送完了」

 

 〈ナガラ〉はデータを受信した直後、七番、八番発射管から通常魚雷を発射していた。識別を容易にするため、それぞれ高周波と低周波を発するようプログラミングされている。

 同時に〈イ401〉も魚雷一基を発射していた。だが、ナガラが魚雷を放ったことが意外だったらしい。続けて囮魚雷(デコイ)二基を速射(スナップショット)する。水中に投じられた囮魚雷(デコイ)は襲いかかってきた魚雷二基に向けて突進を始めた。

 

「敵魚雷、ナガラに接近」

「ロ501、音響スペクトル、およびタナトニウム反応の解析結果は?」

「501了解。解析値から……侵蝕魚雷と判明。ナガラに転送します」

 

 〈ロ500〉は眼前に投影された滝状表示(ウォーターフォール)から彼我の位置関係を把握し続けた。赤い丸が霧の艦隊であり、青い丸が敵艦だ。彼女から見て、敵艦は方位二六〇にいた。

 

「ナガラの七番ユニットが今、アクティブサーチを開始」

 

 七番ユニットは甲高い探信音(ピン)を発した。が、囮魚雷(デコイ)を〈イ401〉として誤認し、進路を変更する。

 

「続けて、八番ユニットがアクティブサーチを開始」

「イ401、キャビテーション音消失」

 

 定石通り囮魚雷(デコイ)に注意を向けさせるつもりだろうか、と〈ロ500〉がほくそえむ。

 

「イ401は機関停止後、急速潜航したものと推測する」

 

 七番ユニットが起爆し、囮魚雷(デコイ)一基を消失させる。衝撃波が伝播する最中、八番ユニットが敵魚雷とすれ違う。〈ナガラ〉が右舷へ回頭を始め、舵が効き始めるまでの防御手段として対魚雷ロケットを発射した。

 

「八番ユニット命中まで五、四、三」

 

 〈ロ500〉は滝状表示(ウォーターフォール)を注視する。画面上に〈ナガラ〉の航跡や、〈イ401〉や囮魚雷(デコイ)の発する音が小さな渦巻きを描いている。

 

「二、一、目標到た……敵クラインフィールド展開」

 

 八番ユニットは深度を下げ、〈イ401〉の発令所付近で爆発した。クラインフィールドによって爆発とバブルパルスの熱エネルギーが別次元へ移される。衝撃波だけが伝わり、しばらくして海中にひろがった。

 ようやく〈ナガラ〉の舵が効き始めた。

 間に合うのか。〈ロ500〉は危機感を抱く。大陸間単段式宇宙輸送機(SSTO)の防衛に成功すれば敵の目的が達成される。それゆえ一撃必殺で敵を葬り去ろうとするだろう。

 〈ナガラ〉の左舷に赤い障壁が出現する。

 

「ナガラ被弾」

 

 〈ロ501〉が淡々とした声で告げる。〈ナガラ〉はクラインフィールド展開中に直撃を受けたため、侵蝕魚雷によって生じた重力波が船体をむしばんでいった。物質の構成因子の活動を停止。すなわち原子間の結合を担う電磁気力が相殺され、物質構造を崩壊に導く。

 

「ああ。分かっている」

 

 〈ナガラ〉の左舷中央部に球形の重力波が出現していた。次第に赤黒い色に変わり、消失する。一瞬後、球形にえぐれた断面が露出した。火球が膨れ、閃光が走る。空気中に衝撃破が広がっていく。

 そのあと水を伝わってきた音で〈ロ500〉は激しく揺さぶられた。火球の脈動に続いて、爆発の衝撃が何度も海面反射して、彼女とその僚艦も船体が傾いてしまった。

 海中はホワイトノイズで埋めつくされ、反応の沈静化が進むにつれ状況が明らかになる。

 

「ナガラ火災発生」

 

 〈ロ500〉は、破砕された軽巡の船体が炎を吹き上げて海中に没していく姿を感知していた。

 逆に〈イ401〉が艦首を持ち上げる。海面に向かい、白鯨さながらに水上へ躍り出た。

 

 

 




本作はあらすじに書いたとおり、次回で完結します。

【補足】
佐賀県鹿島沖
アニメ第一話より。佐賀県宇宙センターが鹿島市らしき場所にあったため。

長洲・多比良間の機雷原
アニメ第一話とGoogleマップの航空写真より。目測で見当をつけました。
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