「
〈ロ501〉が確認の通信を入れてきた。
「まだ時限装置が作動していない。イ401は大陸間
〈ロ500〉は僚艦に向けて言い渡す。
「
「ロ501、
感情を抑えた声でつぶやき、〈イ401〉の動向を見守る。
「人間を乗せた裏切り者。変わったやつもいるんだな」
〈ロ500〉が
「ロ501よりロ500。イ401が動き始めました」
「気づかれたか?」
〈ロ500〉は敵艦の位置と動きを見て、二、三分ほど黙したまま考える。
〈イ401〉はしぶといことで知られている。彼女の姉妹によれば人間のように策を
〈イ401〉は黒い煙を吐いて力を失っていく軽巡を見つめ、周囲を警戒するように旋回を続ける。
「われわれのステルス性は未だ有効なのか……?」
艦は傾斜したままだ。侵蝕魚雷爆発の衝撃が海中のいたるところで跳ね返っているのは間違いない。海底の測量データと比較すれば自分たちに気づくのではないか。じっとしていたら船体の形状が際立ち、必ず見つかってしまう。だが、もし動けば、さらに短時間で敵ソナーに発見されるだろう。
「ソナーに感あり! 方位二六一、イ401が魚雷装填!」
僚艦の報告によって懸念は現実となりつつあった。〈ロ500〉は胸のなかに生まれた焦燥感を自覚する。
「ロ500よりロ501へ通信。攻撃開始! 通常魚雷二基に対して攻撃指令を出せ! こちらからも二基使う」
指令がケーブルを介して魚雷に伝達される。〈イ401〉が即座に反応した。水面に近いため艦尾から微弱なキャビテーション音が発生。急速潜航しながら通常魚雷の
「展開済みの
〈ロ500〉は艦首を持ち上げて、船体を傾けたまま旋回する。
「イ401、急速潜航。敵魚雷爆発! 一番ユニット、ケーブルからの信号途絶……誘爆したか!」
続けて二番ユニットがホワイトノイズの嵐を駆け抜ける。〈イ401〉の装甲付近まで到達し、信管が起爆する。高性能爆薬によって形成されたバブルパルスが容赦なくクラインフィールドを削っていく。続いて〈ロ501〉が放った魚雷のうち一基が起爆。ふたつの火球が圧縮と膨張を繰り返し、互いに作用しあって海面まで駆けのぼる。相乗効果により威力が増したことで敵魚雷三基が巻き込まれる。
残った魚雷一基は、対ナガラ戦で放った
機関始動により重力子反応が発生する。〈イ401〉が気づいたのは間違いない。
僚艦も艦首を急角度で引き起こし、東シナ海に向かって転進を始めていた。
「巡航ミサイル発射時刻まで残り五分」
〈ロ500〉は自分に言い聞かせる。
「艦首魚雷発射管、一番、二番外部扉開放。目標はイ401……
二基のユニットは正常に航走し、瞬く間に六〇ノットを超えた。パッシブモードで海中を蛇行し、潜航中の〈イ401〉の後方へ張りつく。
〈イ401〉は魚雷発射管が艦首に集中しているため、背後からの攻撃への対応が難しい。
”霧の艦隊"の所属潜水艦にはフルバースト航行という切り札がある。運動している物体が水蒸気の気泡に包まれることで、水中での摩擦が極限まで軽減され、超高速で航走することが可能だ。が、この局面で使ってくることはあり得ない。〈イ401〉の達成目標は大陸間
敵艦が右舷に向けて鋭く旋回を始める。Uターンして、〈ロ501〉の後ろにつこうとしているのだ。
「ロ500よりロ501へ通信。展開済みの全魚雷に攻撃指令を出せ」
通常魚雷四基は最初からアクティブサーチで〈イ401〉を左右から挟み込むように航走する。侵蝕魚雷二基はやや遅れて、通常魚雷と同じ高速推進音を発しつつ二グループに分かれた通常魚雷を追った。
「イ401艦尾に複数の異音を感知」
〈ロ500〉はとっさに舌打ちした。パッシヴ
爆音が生じ、敵の尻を追い立てていた二基が衝撃破に変貌した。海面や海底にぶつかりながら、有明海から東シナ海へ、海没した
「一番、二番ユニット。信号途絶、ケーブル寸断……やられた」
早々に魚雷を処理されたことに憤りを覚えながらも、〈ロ500〉は東シナ海へ艦首を向け続けた。
〈イ401〉が艦首から通常魚雷八基を
「
〈イ401〉が放った魚雷のうち二基はアクティブのサーチモードで航走しており、明らかに
「ロ501よりロ500へ。イ401との距離、九五〇……九〇〇メートル、敵速力四五ノットに増速! このままでは、いずれ侵蝕魚雷の致死半径に巻き込まれる可能性大」
「ロ501へ返信。ケーブル切断後フルバーストでの離脱を許可する。
「了解。ケーブル切断完了。推進機以外のリソースをフルバースト演算に使用する。臨海まで残り三分。貴艦の幸運を祈る」
〈ロ501〉の重力子反応が増大する。置き土産とばかりに艦尾の魚雷発射管から魚雷を射出。〈イ401〉は〈ロ501〉に近づきすぎたため、魚雷を射出できない。もし起爆すればバブルパルスのなかに自ら突っ込むことになるからだ。
「方位〇〇六において魚雷爆発。
偽装した
〈ロ500〉はタイマーを一瞥し、残り時間を確かめる。二分を切っていた。
「深度八〇メートル。取り舵、方位〇三〇。速力四〇ノットへ増速。イ401を狩り場へ追い立てる。残りのリソースはフルバースト準備に振り向ける。臨界まで残り八分」
有明海の最大深度は一六〇メートル。敵と僚艦は熊本市沿岸、深度六〇メートル付近を航走している。〈ロ500〉が下から潜り込めば、通常魚雷爆発のバブルパルスから逃れるために海面付近に逃れるはずだ。もちろん、侵蝕魚雷の致死半径を計算したうえで敵への心理的圧迫も含んでいる。
「イ401、クラインフィールド展開」
かかったな。敵はありったけのパッシヴ
〈イ401〉の左舷に向けて襲来した魚雷群がパッシヴ
「ロ501よりロ500へ。フルバーストまで五、四、三……」
〈ロ501〉から通信が入った。侵蝕魚雷一基が彼女のすぐ脇を擦過するように航走し、敵の鼻先へ吸い込まれる。
「二、一、臨界到達」
超高速で離脱する僚艦の反応を見て、〈ロ500〉がほっとした。だが、次の瞬間、敵後方を追いかけていた侵蝕魚雷が反応を開始する。〈イ401〉が埋め立てにより急激に盛り上がった岸壁に向かって航走。装甲がぶつかるかの近さで回頭する。侵蝕魚雷は海没した旧熊本港に命中して起爆したのだ。魚礁となっていた沈没船や施設跡を消失させてしまった。
残された侵蝕魚雷一基が、フルバーストでかき回された海水のなかから姿を現す。
「侵蝕魚雷反応開始」
〈イ401〉の艦首付近からクラインフィールドを削り取り、重力子反応が消失した。〈ロ500〉は致死半径から逃れるため、右舷へ舵を切っていた。敵艦からできるだけ距離を置こうとした。そして、
「ハハハ! 我らはアドミラリティ・コードに従うだけだ!」
水中でロケットモーターの点火を確認。カプセル入り巡航ミサイルがようやく眠りから目覚めたのだ。
〈ロ500〉はすぐさま回せるかぎりのリソースをすべてフルバースト準備につぎ込んだ。大陸間
「フルバースト臨界到達まで残り五分」
わずかな時間を経た後、くすんだ細長いミサイル十二基が天草灘から躍り出た。海面を離れた瞬間、小さな翼端板が広がる。速度はマッハ一まで上昇。いくつか仕込まれた経路のひとつを選択し、着実に速度を増していった。あわや海面と触れ合うのではないか、と思うほどの超低空を飛翔する。海水を飛び散らせ、島原湾に突入。旋回しながら〈ロ500〉の頭上を抜け、あっという間にマッハ二・五、つまり最高速度に達した。ミサイルのいくつかは防御施設をめざして進む。それ以外は大陸間
山あいや鹿島湾の堤防付近から数十発の迎撃ミサイルが噴煙をあげ、再び黄色い閃光に包まれていく。
〈ロ500〉は敵艦と報復として放たれた魚雷群に背を向け、艦尾から通常魚雷二基を発射する。巡航ミサイルがもたらした結果を確かめることなく、全速で島原湾を抜け、先に離脱した僚艦の後を追った。
(終)