異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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どんどん話が長くなってしまってすいません


第95話 軍人も たまには辛い 時もある 中編

『速いと言えば速いが、あれぐらいなら逆に打ちごろ』

 

 

魔導学園火の玉団(ファイアボールズ)のエストマ翁が俺のことをそう評した壁新聞が、部屋から練習場への通り道の裏路地に貼ってあった。

 

試合から三日と経っていないというのに、筆の速いことだ。

 

大敗北を喫したあの試合の後、俺とイーズ軍曹の新人バッテリーはスレイラ元少佐から叱られもせず、もちろん褒められもせず、ただ次の登板日だけを告げられて帰された。

 

不甲斐なさと悔しさで、部屋に帰ってもとても寝付けないと判断した俺達は酒場へと直行。

 

タシバとマァムも巻き込んで甚だ苦い酒を大いに飲み、次の登板での勝利を誓いあったのだった。

 

その翌日である昨日は二日酔いであまり練習にもならず……試合を失点無しで抑えられるようになるまでは禁酒にしよう、と誓いを立てて早々に退散した。

 

つまり、今日からだ。

 

今日から、俺達は本気で猛特訓を始めるのだ。

 

 

 

「率直に言えタシバ、俺に何が足りん?」

 

 

他の選手達も走り込みやキャッチボールをしている練習場のマウンドで、俺達四人は練習開始前の会議を行っていた。

 

 

「勝負勘っすかね~」

 

「勝負勘? それはどういうものだ?」

 

「なんて言うんですかね、ロボス様の投球は素直すぎるんですよね。投球は相手の裏をかかないと駄目なんですよ」

 

「ふんふん」

 

「相手がどの軌道のボールを狙っているのかをよくよく見極めて、そうじゃない場所に投げ込まないといけないんです。相手は奥方様の魔投球だって打ち返してしまうような人達なんですから、球の速さだけではとてもとても……」

 

 

奥方様……?

 

ああ、スレイラ少佐のことか。

 

なるほど、あくまでこいつらにとっての主はサワディ・スレイラということなのだな。

 

 

「いやいやこれは耳が痛いな、そりゃあ少尉だけの問題じゃないですよ。俺がミットを置く場所に球が来るわけですから、俺が主体になって頭を使っていかないといけないな」

 

 

タシバの話を俺の隣で聞いていたイーズ軍曹が、苦笑いで長髪を掻き上げてそう言った。

 

 

「軍曹、俺お前の間柄とはいかんが……我々は大負け仲間じゃあないか、俺のことは名前で呼べ」

 

「ロボス殿、では俺のことも是非イーズと」

 

「ああ」

 

 

俺は尻ポケットから煙草の箱を取り出し、イーズの方へ向けた。

 

お互いに一本ずつ取って、魔力で火を付ける。

 

苦い煙だ、敗北の残り香だ。

 

屈辱をそそぐその日までは、酒だけではなく煙草(こいつ)も断つとしよう。

 

練習場の真ん中に立つ俺達の間を熱い風が吹き抜け、二人が吐き出した煙は巻き上げられるように晴天へと溶けていった。

 

 

 

「とにかく、大事なのは打者の目を惑わす事なんです。まずは色んな速度の球を投げられるように特訓しましょう!」

 

「それならば簡単だっ! 正面から風を吹かせて減速してやればいいのだっ!」

 

 

ホームベースの方でマァムに指導を受けながらミットを構えるイーズに向けてゆっくり時間をかけて球を投げながら、タシバにそう答える。

 

細やかな風の扱いには自信がある。

 

胸を張ってそう言った俺に、彼女は首を横に振った。

 

 

「そこは魔球じゃ駄目なんですよ。魔球頼りで勝てるほど今の貴族リーグは甘くないっすよ。魔導学園火の玉団は全員魔法使いでしたけど、どこのチームにもだいたい平民が混ざってるんですから」

 

「平民……? そうか……投手、捕手、打者の三人が魔法使いでない時は魔球は投げられないんだったな」

 

「そうなんです、魔球頼りの投手はそこでいいようにやられちゃうんすよ……」

 

 

イーズから返ってきた球をグローブで受け取り、またゆっくりと慎重に投げ返す。

 

ただ漫然と投げているわけではない。

 

高低左右、様々なコースに正確に投げ入れられるようにする練習中なのだ。

 

 

「奥方様も貴族相手にはめっぽう強いし、普通に投げても速いんすけど……平民の強打者には結構打たれちゃうんですよね。それに……」

 

 

タシバはなんとなく言いにくそうに俺のことをチラリと見た。

 

 

「何だ? 言ってみろ」

 

「ロボス様のあの風で軌道を変える魔球、別の考えた方がいいっす」

 

 

何っ!?

 

どういうことだ?

 

イーズから返ってきた球を受け取り、じっとタシバの方を見た。

 

彼女は左手の人差し指をピンと立て、それに風を送るように右手で扇いだ。

 

 

「あれって打者も風浴びてるんで、曲がる方向が丸わかりなんすよ……」

 

「あっ……」

 

 

全く気づかなかった……

 

どうやら、本当に問題は山積みのようだ。

 

 

 

投げ込みも大切だが、研究も大切だ。

 

俺とタシバは特訓の合間合間に休憩がてら野球場へと行くようになった。

 

野球の疲れを野球で癒やしていると思うとなんだかよくわからんが、とにかく今は知識が欲しかった。

 

 

「あの投手はどうだ? 強いのか?」

 

「あの人は繋ぎの投手ですよ、主力が休憩する間に投げる人っす」

 

 

繋ぎ、そういうのもあるのか。

 

たしかに投手は体力も使うが、精神が磨り減るようなところがある。

 

俺もあの日、調子が崩れ始める前に交代できていたらもっと冷静に投げられたに違いない。

 

 

「繋ぎね……なるほど外から見れば俺もそうか」

 

「へへ、それは内から見てもそうっすよ」

 

「こいつ、小憎たらしいことを言うようになったな」

 

「野球に関することなら何でも気にせず言えって命令したのはロボス様じゃないっすか」

 

「フン、別に咎めてはいないだろう」

 

 

わかっているつもりでも、人の口から言われるとちょっとは腹が立つものだ。

 

 

「それより、ロボス様もあの人の仕事をよく見ておいてください。あの人は繋ぎとしては上手いんですよ」

 

「繋ぎは所詮繋ぎだろう? 上手い下手があるのか?」

 

 

そう問う俺に、タシバは両手の人差し指で投手と守備陣を指差して頷いた。

 

 

「ありますよ~、あの人は最初からあんまり三振を狙ってないんですよ。大きく打たれない事を重視して、守備と協力して打者を打ち取るんです」

 

「守備と協力……」

 

「三振でも、守備が捕っても、アウトはアウトですから」

 

 

たしかに、俺はまだ一人で三振を取り続けるには力が足りない。

 

そう考えれば、勝つためにはああいう選手こそを参考にすべきなのだろう。

 

 

「それで、大きく打たれない球とはどういう球だ?」

 

「低めの球は打たれにくいと言われてます。打者から離れた低い球(アウトロー)はめったに本塁打(ホームラン)にならないってのも投手は皆なんとなく知ってるんですけど、投げるのが難しいんすよね」

 

「なるほど……おっ!」

 

 

ここで話していたからというわけではないだろうが、ちょうど投手がタシバの言った通りのコースに球を投げ込んだ。

 

打者が手でバットを持つ点から一番遠い場所に投げ込まれたその球は、すくい上げるようなスイングで高く高く打ち上げられ……そのまま観客席へと吸い込まれた。

 

 

「おい本塁打だぞ……」

 

「う~ん、だから野球って難しいんすよ……勉強になりました?」

 

 

腕を組んで首を傾げ、苦笑いをしながらそう言った彼女の肩を、俺はちょいと肘の先でつついたのだった。

 

 

 

そんな日々を過ごしていた中、ある日突然タシバが見覚えのある鳥人族を練習場へと連れてきていた。

 

金髪の鳥人族、たしかサワディ・スレイラの腹心の一人だったか……

 

一体なぜこんな所に?

 

 

「お二人とも、今日は大蠍団(スコーピオンズ)の方から先生に来て頂きました」

 

「先生?」

 

「どっちの先生だろう?」

 

「投手の方です。この人は平民リーグ最強の投手、ボンゴさんっす」

 

「…………ど……も……」

 

 

ぺこりと頭を下げるその女はどうにも華奢で小さい。

 

正直、最強という言葉は全く似つかわしくない姿だった。

 

 

「とりあえず投げて貰います、見ればわかるんすよ」

 

「ボンゴさん、いいですか?」

 

「…………う……ん……」

 

 

低めにミットを構えるイーズに対して投球姿勢を取る彼女の手元を、斜め後ろから見つめる。

 

パァン! と音が鳴る。

 

何も言わずに振りかぶって投げたその球は、快音を立ててイーズのミットに収まった。

 

たしかに速いが……それだけか?

 

 

「…………み……ぎ……」

 

 

そうつぶやいて、彼女が次に投げた球は左から右へと鋭く流れてミットに収まった。

 

 

「…………ひだ……り……」

 

 

今度は右から左。

 

彼女が方向を宣言するたびに球はどこからでもその方向に曲がり、途中からイーズが一切ミットを動かさなくなっても、確実にそのど真ん中へと収まっていた。

 

 

「どういう絡繰りなんだこれは……」

 

「…………か……い……」

 

「かい……?」

 

「ボンゴさん多分、回転って言ってます」

 

「…………そ……」

 

 

回転か……手元で回転をかけるということか?

 

 

「しかし、凄まじいな……これではまるで……」

 

「『魔法みたい』っすか? ボンゴさん、そう呼ばれてるんすよ。『魔術師』のボンゴって」

 

「魔術師……? いいのか? その呼び方」

 

「まぁ~鳥人族だから通用する二つ名ってとこはありますよね……」

 

 

正直、亜人種じゃなければうるさ方が問題にしそうな二つ名ではあるな……

 

しかし腕の方はまさしく魔術師、技を教わるにやぶさかではない。

 

 

「是非、是非ともその魔法を使わない魔球を俺に教えてくれ!」

 

「…………い……よ……」

 

 

何を言っているのかよくわからない彼女から技を学ぶのにはなかなか苦労したが、途中に通訳として呼ばれて来た猫人族や馬人族達の助けを借りながら、彼女の都合のつく限り行われた。

 

教えを受けたことによって俺の球種は一気に増え、イーズからも組み立てが楽になったと大好評を得た。

 

 

 

そんないい風が吹いてきている中、俺たちにとっての二試合目が行われた。

 

試合の相手は貴族リーグ上位のチームであり、今回の任務の目的でもある、ザルクド流野球部だ。

 

 

「新しい投手が入ったのね、お手柔らかに」

 

 

試合前、我々に挑発的な目を向けてそう言ってきたのはザルクド流直系の剣士、ライミィ・ザルクド。

 

何やらスレイラの姫とも因縁浅からぬ相手らしい。

 

それが理由になったのかはわからないが、この日の先発投手はローラ・スレイラその人だった。

 

 

「今日、我々の出る幕はあるのかな?」

 

「凄まじいの一言ですね」

 

 

試合が始まってからはひたすら三振の山が積み上げられ、だいたいの打者はもう最初から振るのを諦めているようだった。

 

当たり前だ、スレイラの姫様が投げるのはバットをへし折る速度の魔球なんだ、怪我をしてその後の試合に響いたら元も子もないからな。

 

しかし、そんな魔球をきちんと打ち返す化け物も、貴族リーグの中にはそこそこ存在しているのだった……

 

その一人が、彼女の因縁の相手であるライミィ・ザルクドだ。

 

ライミィ・ザルクドの振ったバットはバッキィィィン!! と凄まじい音を立てて、ボールを観客席へと運んでいく。

 

バットの真芯で打てばどんな球でも前に飛ぶ、とタシバが言っていたのを半信半疑で聞いていたのだが、どうやらあれは本当のようだった。

 

投げ捨てられたバットの腹にはボールの形に陥没ができていて、姫様の球速の凄まじさを感じさせた。

 

 

「うぉーっ!!」

 

「すげぇーっ!!」

 

「やっぱザルクドはすげぇな!!」

 

 

観客達も大盛り上がりだ。

 

悠々と塁を回るライミィ・ザルクドを悔しそうに睨む姫様には申し訳ないが、これは仕様がないことだ。

 

そもそも彼女一人で全てを完封できるならば、我々にこの任務が回ってくることなどなかったのだから。

 

そのまま残りの打者は姫様が片付けたが、ずっと全力投球を続けてきて体力的にも辛くなってきたのだろう。

 

投手交代が言い渡され、俺たちの二度目の出番は六回裏から始まった。

 

 

「ロボス殿、一応相手チームは全員に魔球を使えるようですが、どうします?」

 

「今日は魔法を使わない魔球だけでいこう、まだ風の魔球は未完成だしな」

 

「わかりました」

 

 

ごく短い作戦会議を終え、イーズと別れてマウンドに立った。

 

敵は剣術ザルクド流、バットをまるで剣のように構えた男がいやに大きく見える。

 

イーズがミットを構えたのは、打者から離れた低い場所(アウトロー)

 

俺は左から右へと変化する握りで球を持ち、全身全霊で投げ込んだ。

 

バカンッ! と快音が響く。

 

当たり前のように俺の初球を打ち返した剣士は、なんでもないような顔で一塁へと走っていく。

 

はぁっ、と口からため息が漏れる。

 

傍から見ていれば短いはずだが、俺たちにとっては長くて辛い、お仕事の時間が始まったのだった。

 

 

 

 

夏の暑さもずいぶんと過ぎ去り、最近は朝になると肌寒いような日も増えてきた。

 

球場にやって来る客もほとんどが長袖を着込んでいるようだ。

 

街は収穫祭とやらの話題でもちきりで、白光線団(ホワイトビームス)の者達も収穫祭の準備で練習に来れない事が多くなってきた。

 

団員の大半は平民だ、俺のように責任のある立場とは違う。

 

その気楽さを少しだけ羨ましく思いながら、俺は今日も他者の投球から魔球のヒントを探すために球場へ足を運んだのだった。

 

 

「最近ずっと、三失点以内に収まってるじゃないですか」

 

「それはな、三失点もしている(・・・・・・・・)と言うのだ」

 

「最初は三十三失点だったんですから、凄いっすよ」

 

火の玉団(ファイアボールズ)戦の話はやめろ」

 

 

あの屈辱的な大敗からしばらくが経ち、最近はうちのバッテリーもかなり敵の打線を抑えられるようになってきた。

 

色々試しているのに未だに魔球の開発は上手くいっていないが、その分勝負勘が付いてきたように思う。

 

以前のように簡単に遠くまで飛ばされる事がなくなってきたのだ。

 

もう少し、もう少しなのだ。

 

決め球さえあれば……

 

そう思いながら、祈るように投手の手元を見た。

 

 

「ロボス様、ホットドッグ食べますか?」

 

「ああ、コーラも」

 

 

ポケットから小銭を出してタシバに渡すと、彼女は嬉しそうに売店へと走っていく。

 

気楽なやつだ、きっと未来には何の憂いもないのだろう。

 

俺は冬にこのリーグが終わる前に、せめてザルクドに一勝ぐらいはしなければ面目丸潰れだというのに……

 

その報告に行った時のおっかない上司の顔を想像すると、なんとなく気分が重くなる。

 

あの人も結婚して丸くなってくれればいいんだが、多分そういう人ではないんだろうなぁ……

 

煙草でも吸おうかと思って胸ポケットを探り、禁煙していたことを思い出して思わず項垂れる。

 

酒も煙草も絶ってしまうと、いよいよ楽しみのない人生だな。

 

俺もこの任務が終わったら、上司のように家庭でも持つか。

 

まぁそれも、任務が無事に終わればの話だが。

 

客席の応援団が吹き鳴らすラッパの音が、俺の丸めた背中を叩くように跳ねていた。

 

 

「何か落としたんすか?」

 

「あ? いいや、何も」

 

 

顔を上げると、コーラとホットドッグを両手に持ったタシバがきょとんとした表情でこちらを見ていた。

 

こいつには格好の悪いところは見せられんな。

 

 

「ホットドッグっす」

 

「ああ」

 

 

背筋を伸ばして腸詰めを挟んだパンを受け取る。

 

これは妙に肉の安いこの街では手軽に食べられる料理で、万人に親しまれている名物と言ってもいいだろう。

 

 

「コーラっすぁっ!」

 

「おっ!」

 

 

タシバが手を滑らせ、俺の体にコーラが降り注いだ。

 

 

「すいません! すいません!」

 

「ああ、いや、大丈夫だ」

 

 

俺は手の周りに風を纏わせ、服にかかったコーラを足元へと吹き流していく。

 

軍服を着ている時じゃなくて良かった。

 

土汚れならばいいが、茶色いシミは少しな……

 

 

「あの、それ……」

 

「何だ?」

 

 

服に風を当てながらタシバの方をチラリと見ると、彼女は目を丸くして俺の手を指差していた。

 

そんな事をしている暇があるなら、始末を手伝ってほしいんだが……

 

 

「それって……魔球にならないっすか?」

 

「何がだ?」

 

「その手から風を出すやつっす」

 

「これは手から風を出しているわけではなく、手の周りに風を集めているだけで……」

 

「ボールの周りに風を集めたらどうっすかね?」

 

「何の意味が……?」

 

 

タシバは風を吹き出している俺の手をガシッと掴み、円を描くようにぐるりと回した。

 

 

「これっす、回転っすよ! ボンゴさんが言ってたっす! 回転が大事だって!」

 

「そうか、風でボールを回転させるということか!」

 

「そーゆーことっす!」

 

 

俺とタシバは一瞬互いに目を合わせ、球場の出口へと走り出した。

 

今思いついたことをすぐに確かめたくて、茶色く濡れたシャツも、周りからの目線も気にせずに、遮二無二走った。

 

無人のベンチを飛び越え、寝ている猫の脇を駆け抜け、練習場目指して走った。

 

途中で二人共大事にホットドッグを抱えている事に気づき、それが無性におかしくて、笑いながら走った。

 

駆ける俺たちの背中を、秋の涼風が押してくれていた。




チキンタツタのレモンの奴がもうすぐ食べられなくなると思うとつらい

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