異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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マジで長くなっちゃいました。
この話を読まなくても本筋には問題がないようにしておきますので、あれでしたら飛ばしてください。


第96話 軍人も たまには辛い 時もある 後編

俺の指から離れたボールが手のすぐ先に生まれた気流に飲まれ、凄まじい回転で軌道を変えながらミットへと飛んでいく。

 

これまでとは比べ物にならないキレで、イーズがキャッチできずに取り零すほど。

 

タシバと俺が野球場で思いついた魔球は大成功だった。

 

 

「ロボス殿! 凄いですよこの魔球!」

 

 

イーズは興奮したようにそう言った。

 

最初に使っていた横風を当てる魔球よりも、断然変化量が多いのだ。

 

 

「そちらから風の流れはわかったか!?」

 

「全然わかりません! これなら打者に曲がる方向を読まれませんよ!」

 

「よしっ! よしっ! この魔球を詰めるぞ! イーズ!」

 

「了解であります!」

 

「マァム! 打席に立ってくれ! なにか気づくことがあったら何でも言え!」

 

「はいっ!」

 

「あの~あたし、なんかやることあるっすか?」

 

「タシバは球拾いを頼む!」

 

「そりゃ~重要任務っすね……」

 

 

この日、俺は深夜に至るまで魔球を投げ込み……ついに真の魔球の完成を見たのだった。

 

 

 

実際は『魔球が完成した』なんて言っても、何かが大きく変わるってわけでもない。

 

魔窟である貴族リーグでは、俺の何倍も凄い魔球を持ったスレイラの姫様だって打たれるのだ、俺だって魔球があろうが打たれまくりだ。

 

ただ、一試合で打たれる回数自体は以前の三分の一程度に減り、ようやく戦力として数えて貰える程度になったというところか。

 

そうしてチームの役に立てるようになってしばらく経った試合の後、俺たちは姫様直々にお褒めの言葉を頂いていた。

 

 

「少尉、軍曹、最近凄いじゃないか。さすがはうちの長兄の手の者だな、きちんと仕上げてくれた、優秀だ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがたきお言葉、感謝します」

 

 

夫のサワディ・スレイラを横に連れたスレイラの姫様にそう言ってもらう事ができて、俺とイーズはほっと安堵のため息を漏らした。

 

一から取り組んでこれだけ頑張って「まだまだだ」と言われたら正直途方に暮れる所だったからだ。

 

しかし、褒められたからと言ってそれで喜んでいるわけにはいかないのが現状だ。

 

目的のザルクド流に勝つためには、投手としてもう少し上に行きたいのが本音だった。

 

 

「しかし、今一歩と申しますか……」

 

「そうですね、もう少し……」

 

 

イーズと目線を交わし合いながらそう言うと、ポケットから取り出した煙草に火を付けた姫様が不敵に笑って煙を吐いた。

 

 

「つまり貴官らは、もう少し守備率を上げたいと……?」

 

「そうですね、風で球に回転をかける魔球を編み出したのはいいのですが……やはり少佐の剛魔球とは違い当てれば前に飛びますので、未だにザルクド流にはいいように打たれてしまっています」

 

「配球も工夫をしているのですが、やはりザルクド流は読みが強く……」

 

 

あくまで、我々の敵はザルクド流なのだ。

 

他のどんなチームに通用しようと、彼奴らに負けているようでは仕方がなかった。

 

 

「打つ選手はどんな投手相手でも打つからな、そこは私自身も課題に思っている」

 

 

煙草を根本まで灰にしながら、姫様は苦々しげにそう言った。

 

まぁ、上手くなりたいと言って上手くなれるのならば世話はないか……

 

結局はもっともっと練習して、球速を伸ばしたり変化幅を増やしたりするしかないんだろう。

 

そう結論づけようとしたその時、これまでずっと黙っていたサワディ・スレイラから声がかかった。

 

 

「あの、風で回転をかけているっておっしゃられましたよね?」

 

「あ、そう……ですが?」

 

「逆に回転を消してみてはどうですか?」

 

「回転を……消す?」

 

 

俺には彼が何を言っているのかがわからなかった。

 

回転の力こそが俺の魔球の強みだ。

 

その強みを消して、一体どうしろというんだろうか。

 

 

「はい、回転のないボールって、ブレるんですよ。投手にもどういう軌道を描くかわからない球になるので、読み合いに強いザルクド流相手ならどうかな……なんて、はは」

 

「投手にもわからないって、それじゃあ君、捕手だって捕れないだろ」

 

「あ……そうですよね。ま、言ってみただけというか……」

 

「すまないな少尉、うちのはたまにこういうわけのわからない事を言うんだよ。学者だからかな」

 

 

彼は捕手なのになぜそんな事を知っているのか……? とか。

 

捕手が魔法を使えば捕球自体はなんとかなるな……とか。

 

様々な事が一度に脳裏に浮かんだが、とりあえず俺の口から出たのは無難かつ穏当な言葉だった。

 

 

「……いえ、何かのきっかけになるかもしれません。持ち帰って検討してみます」

 

「そうかい?」

 

 

どうせ壁にぶち当たっているのは確かなんだ、あくまで皆に相談してからの事だが、一度や二度回り道をしてみるのも構わんだろう。

 

 

 

 

そう思っていたのだが……翌日の練習場でその話を聞かせたタシバとマァムの反応は、どうにも劇的なものだった。

 

 

「それ、ご主人様が言ったのなら間違いないっす!」

 

「なぜだ? 彼は捕手だろう」

 

「ご主人様は最初投手だったんっすよ! ボンゴさんの投げる魔法を使わない魔球だって、ご主人様が教えたんです。野球に関してあの人の言うことは間違いないっすよ!」

 

「私もそう思います、そもそも野球って遊びを考えたのもご主人様ですから」

 

 

そうだったのか……彼が主導してルールを制定したって話は聞いていたが、まさかアイデア自体も彼から出ていたとはな。

 

 

「ロボス殿、やってみる価値はあるんじゃないですかね?」

 

「そうかな? まぁ、やってみるか」

 

 

とはいえ、回転をなくすなんて技は試した事もない。

 

球を投げる時には自然と回転がかかるから、それを打ち消す方向に風を吹かせるということか。

 

 

「行くぞ!」

 

「了解!」

 

 

パァン! と音がなり球はミットへ入る。

 

イーズは首を横に振りながら、こちらへとそれを投げかけしてきた。

 

 

「回転してます!」

 

 

考えた通りに投げてみたが、自然な回転とは逆方向に緩く回転がかかっているだけのようだ。

 

このままじゃあ単なる打ちやすい棒球、ザルクド流ならば誰が打っても本塁打だ。

 

 

「もう一回!」

 

「はーい!」

 

 

仕方がない、初めての試みなんだ。

 

ひたすら調整していくしかない、今日の練習は長くなりそうだ。

 

 

 

朝に始めた練習に変化があったのは、夕日が街を赤く染め始めた頃だった。

 

 

「ロボス殿! 今縫い目が見えました!」

 

「本当か!?」

 

「本当本当! やりましたよ!」

 

「もう一回投げるぞ!」

 

 

返ってきた球をさっきと同じように投げ返すと、イーズの方から「あー!」という叫びが聞こえた。

 

 

「また回ってます!」

 

「もっと投げ込んで感じを掴もう!」

 

 

なまじ一度成功してしまったせいだろうか……

 

この時点ではこの魔球の威力も何も全くわかっていなかったというのに、この日から俺達は毎日回らない魔球の練習をするようになった。

 

 

 

朝から晩まで、練習、練習、練習だ。

 

手のひらよりも小さな球の回転を、本当に自分の思った通りに風魔法で操る。

 

これは最初想像していたよりも遥かに難しく、そして面白かった。

 

何よりその練習を通して自分の風魔法そのものが明らかに洗練されていくのを、実感として感じていた。

 

野球というのは魔法の訓練としても使える競技だ、報告書にもきちんと書いておかなければな。

 

士官学校時代にこんな訓練があれば、きっと楽しくて今のように朝から晩までやっただろう。

 

いや、みんな投手をやりたがって奪い合いの殴り合いをしていたかな?

 

 

「ロボス様~、いつまでやってんすか? もう夜っすよ~」

 

「だからお前はもう帰っていいと言っているだろう」

 

「そういうわけにもいかないの、わかってくださいよ~」

 

 

彼女には迷惑をかけてしまっているな。

 

だが、俺は今自分が伸びているのが楽しくて仕方なく、ついつい長居をしてしまっていた。

 

俺はちらりとタシバの顔色を伺ってから練習場の壁に向かって球を投げ、跳ね返ってきたそれをまた拾う。

 

 

「だいたいこんな薄暗い中で球投げてて、ほんとにわかるんすか?」

 

「わかるとも、この魔球はちゃんと成功すれば不規則に軌道が変化する。同じ場所に投げて手元に返ってこなければ成功だ」

 

「普通はそんな簡単に同じ場所に投げらんないっすよ……しかし、男の人ってなんでこうなんすかね~。やりたい事見つけたら、そこに向かって一直線というかなんというか……」

 

「別にやりたい事というわけではない、これはどちらかというとやるべき事(・・・・・)だな」

 

 

そう、これはあくまで任務としてやっている事だ。

 

自分でも仕事に入れ込みすぎる質だとは思っているが、楽しいからやっているというわけではないぞ

 

本当だ。

 

 

「傍から見てたら、多分それってあんまり変わんないっすよ」

 

「そうかな? まぁ男など皆そんなものだ。一身をかけて成せることがあるとするならば、それを成さずにはいられないのが男というもの。お前の親父や兄は、そうではなかったか?」

 

 

少なくとも、うちの実家の父や兄はそうであった。

 

きっと、彼女らの主人たるサワディ・スレイラもそうだろう。

 

さすがにそれで国家反逆罪の疑いをかけられるのはやりすぎだがな。

 

 

「親とか兄弟とか、そんなもんいないっすよ~。あたし麦畑の出なんで」

 

「麦畑……そうか、孤児院か」

 

「そうなんすよ~」

 

「じゃあ父や兄は置いておいて、お前自身のやりたい事はないのか?」

 

「あたしっすか?」

 

 

彼女はきょとんとした顔で、自分の顎を指差した。

 

そんな事を聞かれるとは思っていなかったんだろう。

 

普段からハの字の彼女の眉毛が、もっとハの字になっていた。

 

 

「そうだ」

 

「そうっすねぇ~、あたしは……二つ名が欲しいっすね」

 

「二つ名? なぜだ?」

 

 

純粋に疑問だった。

 

二つ名なんて欲しいものだろうか?

 

 

「麦畑の中じゃあ、連れられて来た赤ちゃんにはお世話係になった子が名前を付けるって習わしがあるんすよ……と言っても、子供に好き放題名付けさせると大変な事になりますよね」

 

「ああ」

 

「だから、名付けてもいいって名前が最初っからいくつか決まってるんですよ。そしたらもう、名前が被る被る。あたしは子供の頃は『三人目のタシバ』って呼ばれてました」

 

 

夜の闇の中、魔導灯の仄暗い光に照らされた彼女の瞳はどこにも向かず、ただ虚空を見つめていた。

 

ただ調子がいいだけの女ではないとは思っていたが、こいつはこいつでそれなりに苦労しているのだな。

 

 

「なるほど……孤児院ではそういう事があるのか」

 

「だからですかね、麦畑にいた頃から自分だけの名前が欲しくてたまらなかったんすよね。だからシェンカーでも、あんまり向いてないってわかってた冒険者組に入ったんですよ。吟遊詩人に歌われるような冒険者になれれば、きっと名前が付くと思って……」

 

 

彼女はそこまで言ってから、肩をすくめて苦笑した。

 

 

「でも駄目っすね、必死こいて腕までもぎ取られて、なんとか暴れ鳥竜までは倒したんですけど……あたしの槍はそれ以上の大物には通用しなかったんです」

 

「そうか……」

 

「あ、いや別にだからどうだってわけじゃないんですよ。これからなんか別のことで大成できればそれでいいんすよ」

 

 

そう言って、タシバは俺の方を向いてニッと笑う。

 

 

「それがいい、前向きな事は大切だ」

 

 

俺はまた球を壁に投げた。

 

壁に至るまでにぐにゃりと軌道を曲げたそれは手元に戻らず、タシバの足元へと転がっていく。

 

成功だ。

 

十球に一度は成功するようになってきた。

 

球が転がった先のタシバはそれを拾って、手のひらの上でまじまじと見ていたかと思うと……

 

こちらに向けて思いっきり振りかぶった。

 

 

「まあでも、とりあえずは野球っす……ねっ!」

 

「おっ!」

 

 

彼女から返ってきた球はパンッ! といい音を立ててグローブに収まった。

 

 

「野球で俺がザルクド流に勝てば、俺に教えたお前も有名になる……かっ!?」

 

 

グローブの中の球を、壁ではなくタシバに投げ返す。

 

 

「いいっすね! きっとなれます……よっ!」

 

 

言葉と一緒に返ってきた球を、言葉と共に返す。

 

 

「じゃあ、もうちょっと練習に付き合ってくれ……よっ!」

 

「しょーがないっす……ねっ!」

 

 

こうしてタシバの協力を得た猛練習は、上手くいったのか上手くいっていないのか、ズルズルと冬が来るまで続く事になり……

 

さすがにもうその頃には、俺は完全に無回転魔球を習得するに至っていた。

 

もちろん捕手のイーズの方も魔法を使った捕球を編み出し、大きくブレる球を取り零す事もほとんどなかった。

 

 

 

これを冬までズレ込んだと言っていいのか、大一番に間に合ったと言っていいのかは、正直わからない所だが……

 

無回転魔球が完成した一週間後の今日が、ちょうど今期リーグのスレイラとザルクドの最終戦なのだった。

 

スレイラは今期これまでザルクドに対して驚異の九割負け、賭けの成立しない悲惨な成績だ。

 

最近じわじわと成績の上がってきたスレイラ白光線団(ホワイトビームス)にとって、ザルクド流はなんとしても勝って気持ちよく年を越したい相手。

 

そして俺にとっては、ここで勝たなきゃ左遷濃厚な因縁の相手。

 

こうして、スレイラ側の戦意だけはむやみに高い決戦が、冬のトルキイバで幕を開けたのだった。

 

 

「ロボス少尉、例の魔球が完成したと聞いている。期待していいのだな?」

 

「はっ! 無回転魔球、確かに完成しております」

 

 

朝の野球場、投手ミーティングの場でスレイラの姫様とそう話していると、彼女の隣に立っていたサワディ・スレイラが驚きの声を上げた。

 

 

「えっ? ナックルボールが完成したんですか?」

 

「ナックル……でありますか?」

 

「ナック……モガっ!」

 

「ああ、気にしないで。彼は何にでも変な名前を付けたがるんだよ」

 

 

スレイラ元少佐は子供を扱うように旦那の口を手で塞ぎ、唇を軽く曲げて笑った。

 

まあ気にするなと言うならば気にしないが、やはりこの魔球を教えてくれた男の言葉は気になるもの。

 

ナックルね、意味はわからんが無回転と呼べば敵に絡繰りがバレるかもしれんし……そう呼ぶのも構わんか。

 

 

「今日はライミィ・ザルクドの打席に合わせてマウンドに立とうと思う、悪いが少尉と軍曹はそれ以外の回を任されてくれるか?」

 

「もちろんであります!」

 

「了解しました」

 

 

サワディ・スレイラを引きずるようにベンチへ向かっていく彼女を見送り、俺とイーズは他人に聞こえないよう顔を近づけ、風を周りに吹かせて打ち合わせをする。

 

イーズのやつはすっかり伸びた髪を後ろで纏めて、日焼けで顔が真っ黒だ。

 

俺もずいぶん焼けたが、こいつは焼けて元々持っていた軽薄な雰囲気が際立ったように見える。

 

まぁ、軽薄なだけの人間でないことはわかっているがな……

 

 

「それでロボス殿、今日は使うんですか? 例のやつ」

 

「それについてなんだが……しばらくはあれをナックルボールと呼ぶことにしようかと思う」

 

「ナックル……? どういう意味なんですか?」

 

「サワディ・スレイラが口走った言葉で俺にも意味はわからんが、逆にそれぐらいの方が正体が掴めなくていいだろう」

 

 

諜報員の任務の中ではいつも暗号を使ったものだ。

 

野球の任務の中で使っても悪いことはあるまい。

 

 

「そういうもんですかね」

 

「それでそのナックルだが、今日は出し惜しみなしだ」

 

 

出し惜しみをして左遷されては意味がないからな。

 

もちろんいつかは打たれるだろうが……それならば、それまでにまた新しい戦術を生み出せばいいだけの事。

 

軍人にとって大切なのは、常に今目の前にある任務なのだ。

 

 

「そうですか、じゃあひとつ、ナックルでザルクド流の腰を抜かしてやりますか」

 

「ああ……そうだ、取り零してもいいが、走らせるなよ」

 

「もうちょっと信用してくださいよ」

 

「してるさ」

 

 

イーズの胸を拳でトンと叩いて、準備に向かう。

 

絶対に負けられない戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 

 

ドンドンドン! ドンドンドン!

 

パーパッパパッパーパ! パーパッパパッパーパ! パーパッパパッパーパパー!

 

楽隊の演奏する音楽が、いやに大きく聞こえる。

 

スレイラ家……いや、シェンカー家か。

 

この日はそこの奴隷達が有志で結成したという応援団の演奏が、試合の開始と同時に始まっていた。

 

今は三回表、ザルクド流の攻撃だ。

 

件のライミィ・ザルクドは四番打者だったので、一回と二回はスレイラ元少佐が抑えた。

 

順調に行けばここから二回は俺が投げる事になるが、打たれまくればその限りではないだろう。

 

気合を入れてかからなければな。

 

俺はパチンと右手で頬を張って、打席を向いた。

 

 

「行くぞ!」

 

 

まず投げ込んだのは右上から左斜下へとえぐり込むように入る回転魔球。

 

それは無回転(ナックル)の練習で魔法の練りが強まったおかげか、以前よりも更に回転が増し……

 

よっぽどの打者でなければ手のつけられない変化幅になっていた。

 

 

「ファウルボール!」

 

 

ただ、ザルクド流も伊達じゃない。

 

ストライクゾーンの端から端までを舐めるように移動した魔球に、きちんとバットを掠らせてきた。

 

最近のあいつらは、俺の手元の風までもを読み始めた(・・・・・)のだ。

 

流石は船乗り御用達の流派だ、離れた風を見るとは恐れ入った。

 

俺はグローブの中で握りを確かめ、今度は魔法を使わずに投げた。

 

翼人族のボンゴから教わった、魔法を使わない魔球だ。

 

 

「ストライク!」

 

 

ストレートの軌道から球三個分下に落ちた魔球に、バットは当たらない。

 

よしよし、いけてるな。

 

ただ、どんな状況でも油断できないのがザルクド流だ。

 

奴らは敵の球種の読みと剣士の勘と組み合わせ、どんな状況でも来そうな場所にきちんと振ってくるのだ。

 

魔法を使わない魔球は握りで回転をかけて変化させている都合上、投げられる種類が限られるのが難点だ。

 

球の握りを確かめていると、イーズから切り札のサインが来た。

 

まだ一人目の打者だが……

 

そうだな、今日は出し惜しみなしだったな。

 

俺は握りを変え、全力で振りかぶって投げた。

 

ボールにかかった回転を、前方二方向から吹かせた風でピタッと止めてやる。

 

自分で言うのもなんだが、はっきり言って神業だ。

 

そしてそこから先、球の軌道は俺の意思から離れ、ぐにゃりと歪むのだ。

 

 

「ストライク! バッターアウッ!」

 

 

ザルクド流の打者が、不思議なものを見るような目でこちらを見ていた。

 

これを読むのは至難の業だぞ、剣使い。

 

わからない(・・・・・)から読みようがない(・・・・・・・)、それが読み潰しの無回転魔球(ナックルボール)なのだった。

 

 

 

夏からこれまで、打倒ザルクド流に向けて努力していたのは俺達だけではない。

 

三塁手と遊撃手に配置された同派閥の仲間も、きちんと俺達を援護して出塁してくれた。

 

しかし、一部選手だけ強くてもどうにもならないのが野球というもの。

 

後に続く選手が出ずになかなか点数には繋がらず、五回表の段階で未だ試合はゼロ対ゼロのままだった。

 

だが、これでも夏よりずっと進歩した事には間違いはない。

 

夏の俺達ならば、ザルクド流に二回分(イニング)も投球すれば十失点は硬かっただろう。

 

少々苦々しくも、確かな成長を確認できたそんな五回表に、試合は動いた。

 

バッキィィィン!! という嫌な音が、球場中に響いたのだ。

 

 

「うおーっ!!」

 

「すげぇーっ!!」

 

「ザルクド、半端ねぇーっ!!」

 

 

万雷の拍手と客席からの声援を浴びながら、ライミィ・ザルクドは悠々と塁の間を駆けていく。

 

ああ、なんてことだ……姫様が本塁打を打たれてしまったのだ。

 

打つ打者はどんな球でも打つ、仕方のないことではあるのだが……

 

姫様は心底悔しかったのだろうか、次の五回裏の自分の打席で、ザルクド流の男の投手から本塁打を打ち返した。

 

これで状況は一対一の同点だ。

 

試合が、静かに加熱し始めていた。

 

ドンドンドン! ドンドンドン!

 

 

「「「かっとばせー! イーズ様!」」」

 

 

俺の相棒のイーズも、シェンカー家の楽隊の応援を受けて打席に立つ。

 

ここで奴がスレイラの姫様に続ければ最高だ。

 

応援席に向かって軽薄なウインクを飛ばした馬鹿者イーズの背中に、チーム全員の期待が集まった。

 

 

「タイム!」

 

「ターイム!」

 

 

ここで敵チームからタイムがかかり、勢いに乗りたい我々にとって一番つらい言葉が出た。

 

 

「投手交代! ライミィ・ザルクド!」

 

 

そう、敵チームのエースの登場だ。

 

ネットに纏められた栗色の髪、銀の竜が彫刻された漆黒のヘルメット。

 

その小さな手に握られた、あの泣けるほど硬い硬球が、子供用のオモチャの球のようにぐにゃりと形を変えるのが見えた。

 

彼女は剣術の大家の直系、勝負強さだけは折り紙付きだ。

 

案の定イーズとその後の打者は軽く三球三振に討ち取られ、俺達の出番が来た。

 

緊張感で、口から心臓が飛び出そうだった。

 

 

 

あっという間に八回裏の、スレイラの攻撃番となった。

 

一対一のまま終盤まで来た試合は、観客にとっては退屈だったかもしれない。

 

ただ、やっている側からすればこんなに疲れる試合はなかった。

 

打者はどうやってもライミィ・ザルクドの球にバットを当てられず……

 

俺は俺で、奥歯を噛み砕いて治癒魔法使いのサワディ・スレイラの治療を受けるほど無回転魔球(ナックルボール)を投げまくって、なんとか自分の出番を凌ぎ切る事ができた。

 

さすがにギリギリの試合の中でほとんど気力を使い果たしてしまっていて……

 

マウンドからヘロヘロ歩きで辿り着いたベンチにも、座ったと言うよりはほとんど倒れ込んだと言った方がいいような有様だった。

 

 

「ロボス少尉」

 

「は、はいっ!」

 

 

そんな状態でも、スレイラの姫様から声がかかると自動で体が跳ね起きて直立不動になった。

 

軍人はどんなに疲れていようが寝ぼけていようが、こういう時は体が勝手に動くように仕込まれているのだ。

 

一体何の用事だろうか?

 

できれば次の出番が来るまではこのままベンチに横になっていたかったのだが……

 

 

「九回裏の打席、是が非でも打ちたい。集中したいので、次の九回表も投手を頼めるか?」

 

「しかし、その回はライミィ・ザルクドの打席があるのでは……?」

 

「一か八か、この試合の貴官の調子の良さに賭けてみたいのだが……いかがか?」

 

「お……お任せください……このペンペン・ロボス、必ずや無失点で抑えて見せましょう!!」

 

 

内心はどうあれ、そうとしか言えなかった。

 

もう砂まみれになってもいいからグラウンドに倒れ込みたいぐらいヘトヘトだったが、俺のような立場で「やれ」と言われて「やりません」はない。

 

何はともかく、やるしかないのだ。

 

せめてこの回打席に立つ選手達ができるだけ攻撃を長引かせてくれる事を願ったが、当たり前のように全員が三振にされてすぐに交代になってしまった。

 

彼らを責めることはできない。

 

ザルクド流の強さは、俺が一番身に染みてわかっているからだ。

 

しょうがない、行くしかない。

 

ベンチから出る前にイーズと顔を突き合わせて、短く打ち合わせを行う。

 

 

「ロボス殿、どうします?」

 

「まだナックルは通用するか?」

 

「一試合ぐらいで対応される魔球じゃないと思いたいですね」

 

「違いない、俺達とあの二人の秋が丸ごと詰まった魔球なんだ、信じてみるか」

 

 

俺とイーズは、お互いの胸板をトンと殴り合って、マウンドへと向かった。

 

順調に打者をアウトにできれば、ライミィ・ザルクドは三人目の打者になる。

 

それまでに打たれては話にもならないな。

 

球の縫い目を確かめ、マウンドを足で固めると……

 

もう応援歌は聞こえなかった。

 

 

「ストライク!」

 

 

バットは振るが、ナックルに掠らず。

 

 

「ファール!」

 

 

バットに掠ったが、前には飛ばず。

 

 

「ストライク!」

 

 

見すぎたのか、バットを振れず。

 

 

「バッターアウッ!」

 

 

審判の言葉で、一気に音が戻ってきた。

 

バクバクと鼓動を急かそうとする心臓を、胸の上からトントン叩いて嗜める。

 

背の高い打者がとぼとぼとベンチへ引っ込んでいき、代わりに髭を生やした筋骨隆々の打者が出てきた。

 

これまでに何回も打たれた事のある強打者だ。

 

今日はまだ打たれていないが、いつ打たれたっておかしくない相手だった。

 

イーズの出したサインは、もちろんナックル。

 

ゆっくりと縫い目を確かめてから、しっかりと振りかぶった。

 

 

「ファール!」

 

 

いきなり掠らせてきたが、前には飛ばない。

 

 

「ボール!」

 

 

下に行きすぎて、ストライクにならなかった。

 

 

「ストライク!」

 

 

今度は高めに行ったが、きちんとストライクだ。

 

最後はど真ん中。

 

 

「ストライク!」

 

 

やはり、まだナックルへの対策はできていない。

 

胸を撫で下ろして、イーズからの返球を受け取った。

 

 

「バッターアウッ!」

 

 

髭の男と入れ替わりで出てきたのは、竜の彫られたバットを構えたザルクド流の姫、ライミィ・ザルクドだった。

 

イーズからのサインは当然ナックル。

 

普通の球なら全球本塁打にしかねない、貴族リーグでも屈指の打者だからな。

 

 

「ファール!」

 

 

対策不能の読み潰し球、無回転魔球(ナックルボール)すら、彼女にとっては読み筋なのかもしれない。

 

普通に振って、普通に掠らせてきた。

 

心臓が早鐘を打ち、手と額から汗が吹き出すが、風を纏わせて無理矢理にそれを飛ばす。

 

心で負けるわけにはいかない。

 

次のサインもナックル、コースは彼女の顔と手元の近くだ。

 

 

「ファール!」

 

 

集中で音を失った球場に、コォォンと高い音が響いた気がした。

 

当てても飛ばないバットの根本だが、彼女はまた掠らせてきたのだ。

 

緊張感が高まり、背筋を悪寒が登ってくるのがわかった。

 

次もナックル、コースは低く。

 

 

「ファール!」

 

 

ガッキィン! という音と共に空高く跳ね上がった球は、打席の後ろの観客席へと飛び込んでいった。

 

完全に読まれている。

 

というか、彼女ぐらいの打者になると読まなくても見てから当てられるのかもしれない。

 

足元がふわふわして、接地感がなかった。

 

この試合だけで、いくつか年を取ったような気がする。

 

視界が黒く狭く閉じていくような緊張感の中、イーズのサインだけがはっきりと見えた。

 

全力ストレート。

 

今日始めて来たサイン、一番最初にタシバとマァムに教えてもらったサインだ。

 

狙うコースは魔法の場所、打者から離れた低い場所(アウトロー)だった。

 

俺はイーズの配球に疑問を持たない。

 

俺とあいつは相棒だ、あいつと一緒に左遷されるならそれで構わない。

 

あいつが決めて、俺が応える、それだけだ。

 

俺は思いっきり振りかぶって、全ての魔力を風に変えて、投げた。

 

 

「ストライク!」

 

 

ザルクドの姫の竜のバットは……狙ったコースよりも少しだけ浮き上がったように見えた球の、ほんの少しだけ下を通り抜けたようだ。

 

 

「バッターアウッ!」

 

 

球場に音が戻ってきた。

 

 

「すげぇーっ!!」

 

「シビレたぜ!!」

 

「ロボス様ーっ! やったっすー!!」

 

 

聞き慣れた声が聞こえた気がして、観客席に目を向けた。

 

困っていないのに困ったような眉の山羊人族が、羊人族と一緒に笑顔で手を振っていた。

 

 

 

好投したのはいいが、九回裏で点数が入らなきゃ延長戦だ。

 

俺とイーズは念のためにサワディ・スレイラの魔法治療を受けていたが、結果としてはそんな心配をする必要はなかった。

 

スレイラ側の姫様ことローラ・スレイラ様は、やると言ったらきちんと結果を出すお方なのだ。

 

吸いかけの煙草を旦那に預け、スレイラの打者二人を軽く三振に仕留めたライミィ・ザルクドの前に立った彼女は……いきなり初球を観客席へとねじ込んだ。

 

やっぱりちょっと、ライミィ・ザルクドといいローラ・スレイラといい、本物の上流階級の血を引くお方達は俺のような木っ端貴族とはモノが違うようだ……

 

(イニング)休んで気合を入れたら本塁打が打てるならば、誰だってそうする。

 

その誰にでもできない事を、簡単にやってのけるのが大貴族の実力だということだ。

 

 

「はい、ローラさんお疲れさまでした」

 

「ありがとう、なんとか勝てたね。少尉も、軍曹もご苦労だった」

 

 

打席から戻ってきた彼女は旦那から受け取った煙草を美味そうに吸い、我々を労うが、その顔には汗ひとつ見当たらない。

 

俺もいつかは佐官に……と思っていたが、とてもじゃないがこの人のようにはなれる気がしなかった。

 

これは野球だが、彼女は部下の命のかかった同じような大一番でも、今日と同じように確実に結果を出してきたんだろう。

 

俺には無理だ。

 

俺は焦らず、地道に行こう。

 

ロボス家には、ロボス家にふさわしい格というものがあるのだ。

 

なんとなくイーズの方を見ると、何を思ったのかは知らないが……

 

彼も神妙な顔で俺に頷きを返してきたのだった。

 

 

 

その後、無事に貴族リーグも終了し、野球の練習をしなくても良くなった頃。

 

練習場で暇つぶしにキャッチボールをしていた俺達の元に、突然恐怖の査察官が訪れた。

 

俺にとって色んな意味で絶対に頭の上がらない相手、ローラ・スレイラの実の兄であるアレックス・スレイラその人だった。

 

事前に何の通達もなく、妹と義弟を引き連れて練習場に現れた彼の前で、俺とイーズ……

 

更にはなぜかタシバとマァムまでもが直立不動で敬礼をしていた。

 

 

「貴様がペンペン・ロボス、貴様がイーズ・ラヴだな。報告は聞いている、よくやってくれた」

 

「はっ! ありがとうございます!」

 

「光栄であります!」

 

 

顔はガチガチに固まったままだったが、俺は内心で深く安堵の息を吐いた。

 

よくやってくれた、というその言葉が欲しくて、毎日毎日朝から晩まで白球を投げ続けたのだ。

 

ひとまず、期待には応えられたと思っていいのだろうか。

 

 

「無論、ザルクドよりも上の順位に入れれば言うことはなかったのだが……妹からもそれは難しいと聞いている。今年は(・・・)ひとまず、可能性が見れただけでも良しとしよう」

 

「は……今年は……でありますか?」

 

 

もしかして来年は、順位でも上に行かなきゃ駄目なんですか……?

 

 

「スレイラの名を冠した軍が……野球(あそび)とはいえザルクドにいいようにやられていては、王都で困る人間がいるということがわかるな?」

 

 

背の高いアレックス閣下に、煙草の煙を吐き出しながら見下ろすようにそう言われ、俺が否と言えるわけがなった。

 

 

「あ……勿論であります!」

 

「それで、貴様らの任務とはなんだった?」

 

「ザルクドに勝つことであります!」

 

「では、そのようにしろ」

 

「かしこまりました!」

 

 

スレイラ元少佐も怖かったが、アレックス閣下の怖さは別格だ。

 

小さかった子供の頃、親父に叱られた時のように、俺は必死に縮こまってそのプレッシャーに耐えた。

 

 

「ああ、そうだ。冬の間には地元へ帰っても構わんぞ、列車の券も支度させよう」

 

「ありがとうございます!」

 

 

久々に北の地元へ帰れるのは嬉しい限りだ。

 

できれば、夏の暑い時期に帰りたかったが……

 

 

「それと……イーズ・ラヴ、貴様は曹長に昇進だ。追って辞令が届く、励めよ」

 

「ありがとうございます! これからも任務に邁進致します!」

 

 

イーズは昇進か、まぁ尉官になるまでは昇進も早いもの。

 

後で祝いの席を開かんといかんな。

 

そんな事を考えていると、アレックス閣下の顔がこちらを向いた。

 

 

「ペンペン・ロボス、貴様はもう少尉だから簡単に出世とはいかんが……相方にだけ褒美があっては腹立たしかろう。何か希望があれば言ってみろ、私のできる範囲の事ならば叶えてやろう」

 

 

えっ……いきなりそんな事を言われても困ってしまう。

 

金、酒、煙草、とっさに色んな欲が脳裏によぎったが……

 

その途中でふと浮かんで消えなくなったのは、困ったような眉毛の山羊人族の顔だった。

 

 

「……では、この二人に是非何か褒美を。彼女達は本当に熱心に仕事をしてくれましたので」

 

 

俺がそう言ってかちこちに固まったタシバとマァムに手を向けた事で、アレックス閣下は初めて二人の存在に気づいたようだった。

 

 

「この二人は?」

 

「うちの者で、お二人の教育役です」

 

 

アレックス閣下の問いに、すぐにサワディ・スレイラが答える。

 

閣下は俺達に向ける視線とは全く温度の違う瞳で彼の顔を見つめると、悩むように口の端をひん曲げて顎を触った。

 

 

「ふぅむ、ならば俺の管轄ではないな。愚弟、何かくれてやれ」

 

「わかりました。二人とも何がいい? 俺も個人的に二人には感謝してるんだよ」

 

 

サワディ・スレイラがその毒にも薬にもなりそうにない笑顔を二人に向けてそう聞くと、女達はまるで体の固まる呪いでもかけられたかのようにぎこちなく体を動かして、彼の方を向いた。

 

二人共、数秒ほど互いに視線を交わし合っていたようだが、先に口を開いたのは羊人族のマァムだった。

 

 

「あ、あのっ! 私、ピクルスさんのように冒険者として大成したいんです! ですので、ピクルスさんのような特別な武器があったらなあって……」

 

「特別な武器って、ピクルスの剛弓みたいなやつ? それならいいよ。チキンに言っておくから、後で相談して」

 

 

うんうん、武人として優れた武具を求めるのは当然の事。

 

アレックス閣下もスレイラ元少佐も「まぁそんなものだろう」という顔をしている。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「タシバは?」

 

「うーん、あたしは……」

 

 

突然の褒美の話にタシバは何も思いつかなかったのか、宙を仰いで迷い始めたのだが……

 

俺は彼女が前に欲しいと言っていたものを、しっかりと覚えていた。

 

 

「おい、二つ名はいいのか?」

 

 

俺が小声でそう言うと、彼女はハッとしたような顔になった。

 

 

「あっ、そうっすね……その、ご主人様、あたしできたら二つ名が欲しいんですけど……」

 

「二つ名? そんなのでいいの?」

 

「はいっ!」

 

 

平民がケチな貴族に褒美代わりに貰った名を自分の子供に付けるというのは、たまに聞くことのある話だが……

 

わざわざ自分にあだ名を付けてくれなんて言う奴はそういないんだろう。

 

これにはアレックス閣下もスレイラ元少佐も、変なものを見るような、不思議そうな顔で彼女を見つめていた。

 

だが、サワディ・スレイラはなんとも思わなかったようだ。

 

真面目な顔で、いいよとだけ答えた。

 

 

「別に俺がつけなくても、そのうち自然に呼ばれるようになると思うんだけどね。タシバやマァムのような人を表す、ちょうどいい言葉があるんだよ」

 

「なんすか、それって?」

 

「人を導く人、指導者(コーチ)だよ。だからお前は『コーチ』のタシバだね」

 

「コーチ、コーチですか……! ありがとうございます!」

 

 

俺もすっかりスレイラ家……いや、シェンカー家の空気に毒されてしまったんだろうか。

 

最近はサワディ・スレイラが意味のわからない事を言っていても、あんまり気にならなくなってしまった。

 

何だコーチって? どこの言葉だ? と正直疑問に思わなくもないんだが。

 

頭のおかしい犯罪をしたり、頭のおかしいデカい造魔を作るような奴が、おかしい事を言うのは当たり前という気持ちのほうが強くなってきてしまったのだ。

 

俺は凡人だ、天才を理解しようとしても疲れるだけ。

 

別にサワディ・スレイラを理解しろと命令を受けているわけではないのだしな。

 

 

「それじゃあマァムは冒険者に戻るって事でいいのかな? タシバはどうする?」

 

「あたし、もっと『コーチ』やります! 今トルキイバに野球をやりたい人って一杯いると思うんですよ! 色んな人に野球の楽しさ、教えたいっす!」

 

「ふぅん、じゃあそういう仕事をやってもらおうかな? 少なくとも、実績はあるわけだしね」

 

「はいっ!」

 

 

そう答えたタシバの笑顔は書き残して壁に貼っつけときたいぐらいのいい笑顔で、褒美を譲った俺も大満足の結果だった。

 

こうして、俺のクソど田舎(トルキイバ)での長い長い一年がようやく終わろうとしていた。

 

色々あったが、結果良ければ全て良しだ。

 

俺と相棒のイーズは失敗することなく任務を遂行し、片方は昇格することができた。

 

結果だけ見れば、大成功。

 

来年の事を思えば、今からちょっと気が重い。

 

サワディ・スレイラからは、あいつの部下に褒美を譲った礼なのか帝都の女性にも人気だっていう酒もひとケース貰ったし、実家の母や妹への土産もバッチリだ。

 

親父への土産は……野球の話でもじっくりしてやるかな。

 

トルキイバを離れる列車の中、サワディ・スレイラが思いつきで作ったとかいう駅弁というやつを頬張りながら……一年過ごしたド田舎の、高い高い空を見つめた。

 

窓の外には、この街にやって来た時と同じように、白い雪がちらつき始めていた。

 




体調不良で病院に行ったら抗原検査を受けさせて貰えました。
三十分ぐらいで結果が出るんですね、驚きました。
ちなノーコロナマン。
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