異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

106 / 121
第98話 お年玉 親も子供も 嬉しいね

雪がパラパラと舞い落ちる夜も夜中、今日は大晦日、今年最後の日。

 

家族と一緒に今年の事を思い返したりしながら、皆自宅でのんびりと過ごす、そういう日だ。

 

そんな静かな日に、トルキイバの街の中で一箇所だけ、闇を切り裂く光と騒音を撒き散らしている場所があった。

 

中町の一角、最先端の五階建て超高層(・・・)マンションが立ち並ぶシェンカー家の奴隷たちの巣窟、その名もシェンカー通り。

 

双子をしっかりと寝かしつけた後、今年の事を色々と話しながらそこに歩いてやってきた俺とローラさんは、視界に入る光景に完全に面食らっていた。

 

 

「なぁ、去年はこんなに人がいたかい?」

 

「いや……ここまでは……どうなってるんですかね?」

 

 

人、人、人。

 

通りはまさに人の海だった。

 

立って歩いている人達はもちろん、通りの地べたに布を敷いて酒盛りしている集団がいたかと思えば、マンションの通路から顔を出して騒いでいる人達もいて、上にも下にも真ん中にも人間がいる状態だ。

 

 

「ぎゃはははは!」

 

「飲み過ぎだっつーの!」

 

「飲み溜めだ! 飲み溜め! タダで酒が飲めるなんて年の瀬ぐらいなんだからさぁ!」

 

 

老いも若きも楽しそうにうちの酒造場の振る舞い酒を飲みまくり、立ち並ぶ屋台やマンションに入っている店で調達した肴に舌鼓を打っているようだ。

 

しかし、なんだろうか。

 

どんちゃん騒ぎではあるんだけど、お祭りと言うほどの非日常感はないというか、前世の花見が近い感覚だな。

 

大人ばっかりじゃなく子供達も沢山来ているというのも、なんだかいかにもそれっぽい。

 

夜中だからか、眠そうに目を擦っている子もちらほらいるけどな。

 

 

「去年も人が多かったと思うが、今年はもう比べ物にもならないな」

 

「年の瀬は元々仕事もありませんし、近所の人がみんな来ちゃったのかもしれませんね。こんなに騒いでちゃあ、後で町会長から怒られるかもしれないなぁ……」

 

「まあ、たしかにね。でも君は、こういう賑やかなのが好きなんだろ?」

 

 

なんだか楽しげにそう言うローラさんだが、今日のこれは賑やかっていうかうるさいっていうか……

 

 

「いやいや、年末年始ぐらいはちょっと賑やかに過ごしたいなあって思うぐらいですよ」

 

 

なんなら今はシェンカーの人間だけでもめちゃくちゃ数がいるんだから、身内だけの集まりにしたっていいぐらいなんだ。

 

まぁでも、そうするとうちの子達が彼氏とか旦那を連れてきにくいだろうから……まだしばらくは今の形の方がいいんだろうけど。

 

奇声を発しながら酒を飲む人々を見つめながらそんなことを考えていると、隣のローラさんが「おっ」と声を上げて中空を指差した。

 

 

「この上のキラキラしたやつは、この間君が作ってたやつかい?」

 

「あ、そうですよ、こうして吊るすと華やかでいいでしょう」

 

「見ているとちょっと目がチカチカするけれど、ハレの日はこれぐらいでいいのかもね」

 

 

そう言って目を瞬かせた彼女が指差す先では、様々な色のイルミネーションがキラキラと瞬いていた。

 

通りの両側に立ち並ぶマンションの間に張り巡らされたそれの上には、屋上から屋上へと渡された天幕が貼られていて、雪と風がシャットアウトされている。

 

パッと見はアーケード商店街のクリスマス商戦のような光景だが、この世界にクリスマスなどない。

 

なんなら年末年始のどんちゃん騒ぎなんて習慣も元々なかったのに、大晦日に家でじっとしてるのに寂しくなった俺が勝手に人を集めて騒ぎ始めただけだしな。

 

今年のこれはさすがにちょっと集まり過ぎだとは思うけど、俺の寂しさを紛らわすために出てきてくれた皆には心からの感謝を送りたい。

 

 

『トルキイバの西の端ぃ~♪ デンデの店のそのうどん~♪ 豚の骨を一日煮込んだ~♪ 驚天動地のまろやかさ~♪』

 

「なんだあの歌? うどんの歌かな?」

 

「食レポみたいなもんですかねぇ、吟遊詩人も色々考えるなぁ……」

 

「食レポって何だい?」

 

「えっ? 食レポ? うーん……何と言ったら伝わるやら……」

 

 

今年最後の稼ぎ時に張り切って芸を披露する吟遊詩人や大道芸人達を二人で見物しながら、通りの真ん中にあるシェンカー一家の本部へと向かう。

 

本部前に作られた舞台ではうちの楽団員が組んでいるバンドが演奏をやっているらしいのだが、拡声用の道具なんかを使っていないので距離さえ取ればそこまで音は混ざらないのだ。

 

 

「皆様、ご覧ください。私の左手にございますコインが……パッ! あら不思議! コインは一体どこへ行ったのでしょうか?」

 

「手の動きが遅いんだよなぁ」

 

「手の甲見せてみろ~!」

 

「こっちからはコイン丸見えだぞ」

 

 

そんななんともガバガバな手品を披露しているのは、高い帽子を被って顔を白く塗った普通のオジサンだ。

 

多分普段からやっているわけじゃなくて、年末のかくし芸みたいな感じで準備をしてきたんだろうな。

 

毛も生えてない素人の見世物だから稼げるのかどうかは知らないが、見ている酔っぱらい達も普通に楽しんでいるようだ。

 

酒の力というのは偉大だな。

 

 

 

そんなこんなで人の間を縫いつつ、色んな場所で足を止めてはようやく辿り着いた本部前。

 

そこではかっちりとしたスーツに身を包んだチキンと、その隣に侍る管理職候補の羊人族が俺達を待ち構えていた。

 

 

「ようこそいらっしゃいましたご主人様、奥方様。お年玉の儀、こちらにて準備万端整っております」

 

「ありがとう。今日はこんなに人が来たんじゃ大変だっただろ?」

 

「ご苦労様」

 

「とんでもございません」

 

 

そう言ってにこやかに頭を下げるチキンだけど、きっと計画から準備から大忙しだっただろう。

 

俺が更にねぎらいの言葉をかけようとすると、チキンはサッと片手の平を上げ、それを隣の羊人族に向けた。

 

 

「今回はこちらのトロリスに中心となってやらせました」

 

 

そう紹介されてぺこりと頭を下げた彼女は、なんだかガチガチに緊張していて初々しい感じだった。

 

モコモコの毛が四方八方にピョンピョン跳ねていて、なんともお疲れな感じが伝わってくる。

 

一応再生魔法をかけておいてあげよう。

 

 

「屋上から天幕張ったり、初めての試みもあっただろうから大変だったね、ありがとう」

 

「とんでもございません」

 

 

緊張はしながらもチキンを真似した感じでそう答える彼女に、思わず笑みが溢れた。

 

なんだ、しっかりジレン達の次の世代も育っていってるじゃないか。

 

 

「それでチキン、我々は前と同じように舞台の上からお年玉を撒けばいいのかな? 今回も是非やってほしいとの話だったが……」

 

「去年の……あ、いやまだ今年のでしたね。今年の始めのお年玉の儀が非常に好評でして、近所の子供達や親御さん達から一年中『あれは来年もやるのか?』と問い合わせを受け続けていまして……」

 

「あー、たしかに子供達は喜んでたなぁ」

 

 

お年玉の儀というのは、俺が今年の初めにシェンカー通りのアパートの棟上げ式がてら行った、お年玉の名を借りたおひねり投げの事だ。

 

おひねりと呼ばれる小銭やお菓子なんかを紙で包んでひねったものを、舞台の上から投げたのだ。

 

大人も喜んでいたが、そういえば子供達は狂喜して地べたを転げ回るように拾っていた気がするな。

 

 

「もう大人気ですよ、今日は去年来てなかった子達も噂を聞きつけて沢山来ていますから」

 

「そういえば今日は子供が多かった気がしたけど、そういう事だったのか……」

 

 

おひねりを開けるまで中に何が入っているかわからないというのが、子供達にとって楽しかったのかもしれない。

 

あんまり子供向けのくじ引きみたいなものもない分、とにかくこっちの子供達はスれてないからな。

 

景品が豆菓子だろうと小銭だろうと、フルパワーで大喜びだったんだろう。

 

まぁ、喜んでくれる分には何でもいいんだけど、その中から将来賭け事で身を持ち崩す奴が出そうで少し心配だな。

 

 

「あと今年はご主人様達の他にも有志が集まってのお年玉投げがある予定なんですけど、舞台を使っても構いませんか?」

 

「有志!? どういうこと?」

 

 

別に投げる方は人がやりたがるほど楽しくないと思うんだけどな……

 

 

「子供達にせがまれて個人的に約束してしまったという者が複数いるそうでして、是非やらせてほしいと……」

 

「いや別にいいけどさ……」

 

 

お年玉、どんだけ子供に人気なんだよ!

 

あ、いや……お年玉自体は前世でも大人気だったっけ……

 

 

「あ、それとこれはお年玉の儀とは関係がないんですけど」

 

「何?」

 

「深夜商店で今日だけ限定発売してる年越しうどんなんですけど。あれは今年中に食べればいいんですか? 年を越してから食べればいいんですか? 店員がお客さんに時々聞かれるらしいんですけど……」

 

 

チキンはそう言って、新シェンカー本部ビルの二階に移転した深夜商店を指差した。

 

 

「あー、それはね……諸説ある、というか……」

 

「ご主人様が考えたのに、誰が異説を唱えるっていうんですか……?」

 

 

彼女は不思議そうな顔で首をかしげた。

 

そりゃそうか。

 

 

「じゃ、まぁ今年中ってことで」

 

「それじゃあ後で店員に伝えておきます」

 

「うん、よろしくね」

 

 

ちなみにうちの年越しうどんは、ごぼうと玉ねぎとベーコンのかき揚げ風フライが乗っかったうどんだ。

 

特別目新しいメニューというわけでもないが、こういう時に尖った食べ物を出してもしょうがないからな。

 

それを販売している深夜商店をなんとなく見上げてみると、今この瞬間もひっきりなしに人が出入りしていて、なかなか繁盛しているようだった。

 

 

「そういえば、深夜商店(あれ)ってどうなの? 繁盛してる?」

 

「してますよ、一店しかないのにアストロバックス三軒分ぐらい儲かってます」

 

「そんなに!?」

 

「そりゃあ……まず第一に何人も給仕(ウェイトレス)がいる喫茶店とは人件費が文字通り桁違いですし、第二に商品に自社生産の物が多いんですよね、第三に商品が割高な割になぜかよく売れてまして、第四に深夜はもちろん昼間にいらっしゃるお客さんも結構多くて、もう……もう……」

 

 

一つ一つ理由を数えながら儲かった金額を思い出していたのか、チキンの顔に浮かんだ笑顔はだんだん深くなっていき……四つ目を数える頃には、ついに満面の笑みとなっていた。

 

それどころか、何かに感極まってしまったのか、その先の言葉もなかなか出て来ないようだ。

 

鉄の女と呼ばれたチキンをこんなだらしない顔にしてしまうなんて、競合他社のいないコンビニエンスストアというのはここまで利益率のいいものだったのか……

 

 

「……もう?」

 

 

俺がそう促すと、いい笑顔の彼女は心底楽しそうに続けた。

 

 

「もう……ウハウハですよ。できたらもう二、三店舗出したいんですけど……」

 

「今は物珍しくて人が来てるだけじゃない?」

 

「それでも、物珍しく思って貰ってるうちに定着させたいんです」

 

 

チキンは今日もやる気満々のようだ。

 

 

「でもシェンカー通り以外での深夜営業は、やっぱり街の人からの苦情が出たりするんじゃないの?」

 

「ご主人様、うちがどれだけ物件買ってると思ってるんですか? シェンカーの人間しか住んでないような場所はシェンカー通り以外にもまだいくつかありますよ」

 

「あ、そう。じゃあ無理しない程度に……」

 

「もちろんでございます!」

 

 

まあ、工場作るってわけでもないんだし、コンビニなら店一軒分。

 

失敗しても畳みやすいからいいか。

 

 

「あ、ところでさ。チキンの服屋はどうなの?」

 

「あ、それはまだ、ぼちぼちです」

 

 

なんと、あんなに笑顔だったチキンの顔が一瞬にして真顔になってしまった!

 

利益が出てないわけじゃないとは報告で聞いていたけど、深夜商店(コンビニ)と比べてしまうと……って事なんだろう。

 

軌道に乗るまでは、あんまりこっちから話題に出さないことにしよう。

 

大盛況の光溢れる深夜商店の上の階、照り返しの光で闇の中に浮かぶチキンの店の看板を見て、静かにそう思った俺なのだった。

 

 

 

 

『みなさ~ん! いきますよ~! 新年まで! 五! 四! 三! 二! 一! 新年! あけましておめでとうございます!!』

 

「おめでとーっ!」

 

「今年もよろしくーっ!」

 

「しょうがねぇな、明けちまったからには飲んで新年を祝おうや!」

 

「さっき飲んで去年を送り出したとこだろ!」

 

「なんだっていいんだよ! タダ酒だぞタダ酒!」

 

「ちょっと冷えるし、アテにトルキイバ焼きでも買お」

 

 

カウントダウンが終わって新年の挨拶に湧くシェンカー通り、去年はこのまま舞台で土竜神社への奉納芝居をやっていたのだが、今年はちょっと順番が変わって先にお年玉の儀を行うことになった。

 

これを楽しみに子供達が沢山来ているらしいしな、寝落ちして参加できなかったらかわいそうだ。

 

 

『それでは、ただいまより土竜神殿前の舞台にて、サワディ・スレイラ様、ならびにローラ・スレイラ様による皆さんお待ちかねのお年玉の儀が行われます。どうぞお子様から先に土竜神殿前の舞台までお集まりください。ただいまより……』

 

「やったー!」

 

「お父さん! 早く早く!」

 

「もっと前行こ! 前!」

 

「かーちゃん! 始まるって~!」

 

 

ウグイス嬢のアナウンスに従って、ぞろぞろと舞台の前に子供達が集まってくる。

 

おひねりを受け止める用なんだろうか、つばの大きな帽子をひっくり返して頭の上に掲げた子や、木で編まれたかごを持っている子なんかもいるようだ。

 

もみくちゃになって怪我をする子が出ないようにうちの警備員達が睨みを効かせる中、子供達の集合はスムーズに進み……

 

俺とローラさんの視界が子供達の笑顔で一杯になる頃、仕切りをやっているチキンからウグイス嬢へとゴーサインが出たのだった。

 

 

『それではこれより、お年玉の儀が始まります。みなさん、準備はいいですか~?』

 

「「「「「はーい!!」」」」」

 

 

アナウンスに対する子供達の元気いっぱいのレスポンスを合図に、お年玉の儀は始まった。

 

 

「おめでとー!」

 

「おめでとう!」

 

「キャーッ!」

 

「こっちこっちー!」

 

「やったー!」

 

 

俺達がおひねりをじゃんじゃん撒いていくと、子供達から黄色い声が起こる。

 

こんなに喜んでもらえるなら、こっちもやりがいがあるなぁ。

 

 

「これあたしのーっ!」

 

「僕が取ったんだぞ!」

 

 

子供達が揉めそうになっている場所には重点的に撒いてやる。

 

喧嘩なんかせず、楽しい気持ちで帰ってくれよ。

 

俺とローラさんはそのまま一心不乱に撒きまくり、用意されたおひねりの三割ほどがなくなったところで手を止めた。

 

だいたい子供達みんなに行き渡っただろうし、大人だってお年玉は欲しいものだ。

 

後は大人たちのために取っておこう。

 

みんながあらかた拾い終わった所で俺とローラさんが子供達に手をピラピラと振ると、両手におひねりを抱えたキッズ達への親御さん達からの耳打ちがあり……「ありがとうございました!」というお礼が返ってきた。

 

喜んでくれたなら良かったよ。

 

 

「そういえば、なんかチキンが有志が子供向けにお年玉撒きをやるとか言っていたような……」

 

「袖にいるあれじゃないかい?」

 

 

ローラさんが指差した舞台袖には、芝居用の衣装を着た赤毛の魚人族ロースと、馬の部分になんだかめでたい紅白の布をかけたケンタウロスのピクルス率いる冒険者軍団が巨大な袋を持って待機していた。

 

なんだありゃ、気合入りすぎだろ。

 

ロースとピクルス以外の冒険者もなんだか安っぽくて派手な仮装をしていて、傍から見るとちんどん屋みたいな集団だ。

 

まぁ、せっかく子供達が前に集まっているわけだし、ちょうどいいからここで彼女らと一回交代しておくか。

 

俺とローラさんが袖に向かうと、ロースはなんだか照れくさそうに頭を掻きながら話しかけてきた。

 

 

「あの、そのぅ、坊っちゃん、実はあたしらも子供達にお年玉ってのを……」

 

「ああ、チキンから聞いてるよ。せっかく子供達集まってるし、ロース達も今やっちゃったら?」

 

「あ、いいんですか?」

 

「うむ、構わんよ」

 

 

ローラさんもそう言って頷き、煙草に火を付けた。

 

来場者数の増加を予想していたのか、チキンが用意していたおひねりの量は去年の倍以上。

 

別に大した労働じゃないんだけど、さすがにちょっと疲れたよ。

 

ちょうどいいからここらでちょっと一服だな。

 

 

『ここで一旦サワディ・スレイラ様、ローラ・スレイラ様に代わりまして、有志冒険者によるお子様向けのお年玉の儀が行われます。お子様方はそのまま待っていてくださいね』

 

「「「「「はーい!!」」」」」

 

 

ウグイス嬢の案内に元気いっぱいにそう答えたお子様達は、舞台の上に上がる有志達の姿を見てさらに元気な歓声を上げた。

 

 

「あーっ! ロースだーっ!」

 

「ピクルスだーっ!」

 

「ガキどもーっ! 去年はおりこうにしてたか!? 約束通りお年玉をやるぞーっ!」

 

「やったー!!」

 

「約束だったでねぇ、ちゃあんと用意してきたよ」

 

 

舞台の上に並んだ冒険者達が袋からおひねりを取り出すが、明らかにサイズが大きい。

 

おいおい、何入れたんだ?

 

おひねりの頭がげんこつぐらいあるぞ?

 

 

「おめでとう!!」

 

「おめでとう!」

 

「おめでとーっ!!」

 

 

冒険者たちは口々にそう言いながらおひねりを撒くが、一つ一つが大きいから子供達のポケットや籠があっというまに一杯になっていく。

 

まぁでも、子供はこっちのが嬉しいか。

 

キャッキャと喜ぶ子供達を横目に見ながら背中を伸ばしていると、誰かが落としたのかコロコロとげんこつおひねりが足元へ転がってきた。

 

なんとなく拾い上げて広げてみると、中身は甘いパンと飴玉とクッキーの詰め合わせだった。

 

 

「おかしの靴みたいなもんか」

 

 

俺はげんこつおひねりの口をひねり直して、子供達の方へと優しく放った。

 

きっとこれも、子供達の明日のおやつになることだろう。

 

 

「おかしの靴ってなんだい?」

 

 

もうほとんど悲鳴と変わらない歓喜の声を上げ続ける子供達を見つめていた俺に、ローラさんが不思議そうな顔でそう訪ねた。

 

 

「ああ、故郷にはクリスマスって祭りがあってですね……」

 

「また祭りかい? 君の故郷にはどれだけ祭りがあるんだい?」

 

「えーっと……それこそ、こういう集まって騒ぐようなものなら……一年中ですかね」

 

「なんだ、遊んでばかりじゃないか」

 

「いやいや、逆に働いてばかりだったから、時々は集まって騒がないと息が詰まるって感じだったんですよ」

 

 

毎日日付が変わるまで働いて、次の日は始発で出勤したりしていたものな。

 

この世界もだんだん安い照明器具が普及してきているから、これからどんどん残業が増えていくのかもな。

 

せめてこの子供達が大人になる頃は、まだのんびりした労働環境が残っていることを願おう。

 

俺は存在するかしないかもわからない労働の神様に向けて、そっと両手を合わせたのだった。




ウマ娘のために買ったスマホはもうすでに両面バキバキです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。