異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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第103話 いきなりの お宅訪問 やめちくり 前編

肌を刺すようだった風が止み、白む息を照らす朝の日差しの中に確かな暖かさを感じ始めた冬の終わり。

 

雪溶け種芽吹く季節の中、俺は一つの巨大な挫折を味わっていた。

 

 

「とにかく、こればっかりはもう駄目だと思うんですよ」

 

「本当にどうにもならないのか? もっと試せることは?」

 

「もう十分に試しました。これまでもご主人様の出してきた案は全て実行してきたじゃあないですか……」

 

「そうか、もう駄目か……」

 

「こればっかりはもう仕方がないですよ」

 

 

そう言って慰めるように俺の肩を叩くチキンと二人、M・S・G(マジカル・シェンカー・グループ)本部の地下にある穀物倉庫の中で……

 

俺はうず高く積まれた米袋の前で力なく蹲り、まるで米のように小さく白く燃え尽きようとしていた。

 

……そう、米だ。

 

遙か北で薬として伝わっていたそれをうちのキャラバンが仕入れて来た時は、本当に狂喜したものだ。

 

その貴重な種籾を、北方出身の義理の姉や忙しい管理職候補のイスカを巻き込みまくって栽培を成功させ、余るぐらいに作ってしまった米。

 

俺は、その米の普及に完全に失敗したのだった。

 

 

「やっぱりあのちょっとねちゃねちゃした感じが……なんというか……」

 

「モチモチと言ってくれ……」

 

「あとなんか、なんというか……やっぱりちょっと臭いもキツくて……」

 

「臭いは……たしかに臭いの好みはどうにもならないな……」

 

「ハヤシライスはウケましたけど、あれも米抜きで出した方が評判いいんですよ」

 

 

それじゃあライスは何なんだって話になるぞ。

 

 

「とにかく、もうこれ以上深夜商店の商品に米の料理を出すのは勘弁してください。ほとんど全部廃棄品になってるんですから」

 

「たしかに……それはもったいないよな」

 

 

まあ、口に合わないものはしょうがない。

 

俺とて、突然近所のコンビニが聞いたこともない国の料理を推しだしたって見向きもしないだろう。

 

こればっかりは時間をかけて種籾の改良と普及を進め、認知度を高めていくしかない。

 

差し当たっては……俺が個人消費しきれないぐらいに残ってしまった今年の米の処分方法を決めなければいけないだろう。

 

捨てるのは論外、値段もつかない。

 

なら、とりあえず手っ取り早く消費できる形にしてしまおうか。

 

 

「あー、じゃあ、俺が食う分以外は粉にしてパンに混ぜちゃうか。馴染みのある形ならちょっと変わった味でもみんな食べるだろ」

 

「ああ、それがいいかもしれないですね。量が調整できれば味や匂いも誤魔化せますから」

 

 

前世の歴史に習って、既存のものにブレンドして処理するということにしよう。

 

平成の米騒動のブレンド米とは違って、小麦粉と米粉のブレンドだが、前世でも米粉パンはよく話題になっていたしな。

 

俺は食ったことないけど。

 

まぁ幸い、俺の実家は粉問屋だ。

 

粉を作ったところでたいした手間も金もかからない。

 

後の事はうちの実家の番頭(ピスケス)と相談してもらうことにしよう……

 

俺は我が家の筆頭奴隷であるチキンに後の差配を任せ、背中を丸めてとぼとぼと家に帰ったのであった。

 

 

 

それから数週間。

 

M・S・G(マジカル・シェンカー・グループ)の料理長であるピンク髪のシーリィ、そんな彼女が忙しい婚活の合間を縫って苦労して完成させてくれた米粉パンは、なんとも判断しにくい二分化された評価を受けるものだった。

 

肯定派は、香ばしい、モチモチしている、かさ増しの雑穀にしては味がいい。

 

否定派は、匂いが苦手、ナヨッとしている、雑穀混じりのパンは食べたくない。

 

褒められてるのも貶されてるのもほとんど同じ部分。

 

つまり、かなり好みの分かれるパンなのだ。

 

面白いのは、このパンを大げさに褒めているのは北方出身者で、逆に口を極めて貶しているのは南方出身者だという事だった。

 

そもそもが麦の大生産地である南方ど真ん中のトルキイバ近辺。

 

土地は田舎だが、麦の品種改良、製粉技術にかけては国内最先端を行く場所。

 

根本的に、そこらへんで売っている普通のパンが美味しすぎるのだ。

 

今回の米粉にしたのは品種改良も全く進んでいないほとんど原種の米、比べるべくもない、食用作物としての歴史が違う。

 

だから南方の麦百パーセントのパンを食べて育った南方出身者たちは、声高にこの米粉パンを否定した。

 

しかし、逆に小麦が充分に手に入らず、様々な雑穀の混合されたパンを食べて育ってきた北方の出身者達は、米粉パンの事を大いに気に入ってくれたのだ。

 

そしてうちの家でも、殊の外このパンに気を良くした人がいたのだった。

 

 

「このパン、なかなかどうして嫌いじゃない。香ばしくて、柔らかくて……」

 

 

そう、北の果てから来た俺の嫁さん、ローラさんだ。

 

朝の光が差し込む家族四人の食卓で、彼女はうちの地下酪農場で作ったバターをたっぷり塗った米粉入りパンに齧りつきながら、とろけるような表情を浮かべていた。

 

 

「ぱん! たべり~!」

 

「らくちゅも~!」

 

 

最近どんどん喋れる言葉が増えてきたうちの双子も大喜びでパクついているが、基本的にこの二人は野菜以外は何でも大好物だ。

 

俺が小さくちぎったパンを食べさせてやると、二人はパンよりももちもちのほっぺたを一生懸命動かしながら、もっともっととせがむ。

 

幸せそうな顔でパンを頬張るラクスを抱えあげたローラさんは、自分と同じ色の娘の髪を撫でながら娘とよく似た幸せそうな微笑をこぼした。

 

 

「これ、来週来る長兄にも食べさせたいな」

 

「雑穀混じりのパンなんて出して怒られませんかね?」

 

「なぁに、前線じゃあ王族だって雑穀粥を啜るもの。そんなこと気にもしないさ」

 

「それならいいんですけど」

 

「パンたべり〜!」

 

「もっと〜!」

 

 

俺が膝の上に抱き上げたノアが、ローラさんの膝の上のラクスと一緒に非難の声を上げる。

 

餌を求める雛鳥のような二人に苦笑しながら、俺とローラさんは小さくちぎったパンを与え続ける。

 

こんなによく食べるんじゃあ、二人共すぐに膝には乗せられなくなりそうだな。

 

 

「私が子供の頃はこういうパンはめったに食べられなかったよ」

 

「どうしてですか?」

 

「いい軍人は顎から鍛えるってのがうちの家訓でね、食卓に上るのは硬いパンばかり。あの頃は兄達と一緒に白い雲を見上げながら柔らかいパンを夢見ていたものさ」

 

「へぇ、じゃあうちでは毎日柔らかいパンを食べましょうよ」

 

「いや、ま……今じゃ硬いパンもさほど嫌いじゃあないのさ」

 

 

この時は、ローラさんにも子供の頃の夢なんてものがあったんだなぁ……と微笑ましく思っていた俺なのだったが。

 

結果的に、翌週にやって来たお義兄さんにパンを食べさせることはできなかった。

 

パンどころではなくなる、トルキイバ全体を揺るがすような大人物を、彼が連れてきたからだ。

 

 

 

「カリーヤ。カリーヤ・スレイラよ、義弟君」

 

「あ、は、はい……サワディです、お義姉さん」

 

 

外を大量の制服軍人達にガチガチに固められたスレイラ邸の中で、俺はその大人物と挨拶を交わしていた。

 

細っこい両腕にガシッとうちの双子を抱きかかえ、ローラさんと同じ瑠璃色の瞳はただこちらを見つめるだけで強烈な圧迫感を与えてくる。

 

彼女こそはこの国のマジの王族、ロイヤルファミリーにして俺の義理姉。

 

陸軍全てのトップである第二王子の娘、カリーヤ姫だ。

 

 

「いつもお酒をどうも、美味しく頂いてるわ」

 

「あ、それでしたら……はい、幸いです……」

 

「その役人みたいな話し方が素?」

 

 

彼女は不思議そうな顔でそう聞くが、さすがに初対面のガチお姫様相手に気さくに話せるほどの精神力は持ち合わせていない。

 

歩く時に右手と右足を同時に動かさない事だけで精一杯だ。

 

 

「カリーヤ姉様、うちの旦那はいつもそんなものだ」

 

「ふぅん、ま、家族だけの場だから。よかったらもっとくだけて頂戴」

 

「ど、努力します……それでお義姉さんは、今回は何用でトルキイバへ……?」

 

「観光が三割、甥と姪に会いにが三割、超巨大造魔建造計画(でっかいクモ)の視察の仕事が三割、あと一割は……」

 

 

両手に抱えたノアとラクスに金色の髪の毛を引っ張られまくりながら、不敵に笑って彼女は言った。

 

 

「トルキイバいちの危険人物を見定めに、かしら」

 

「あ、は、はぁ……」

 

 

特に何もやましい事がないのに、自分の背中から滝のように汗が流れているのがわかる。

 

お義姉さん、マジで勘弁してください……

 

 

 

まずは仕事、と宣言したお義姉さんはゲストルームに籠もり、時々出てきては休憩がてらノアとラクスの相手をするようになった。

 

無邪気な双子は綺麗なおねいさんに相手をしてもらえて大喜びなわけだが、その間にもゲストルームへは夥しい量の超巨大造魔建造計画の書類が運び込まれていく。

 

電子化の「()」もない世界だ。

 

全て紙ベースの書類の内容を過不足なく把握するには、たしかにこうして現地に来て読み込むしかないのだろう。

 

それでも、俺には彼女がこんなに超巨大造魔建造計画の書類に興味を見せる理由がどうにもわからなかった。

 

そりゃ降嫁したとはいえバリバリの元王族、発端に王族の噛んでいるこの計画の書類を見せるのに問題はない。

 

だがしかし、報告書は逐一王都へ上がっているし、普通ならばそれを読めば事足りるはずだ。

 

なぜ彼女はわざわざ糞ど田舎のトルキイバくんだりまでやって来て、山と積まれた書類を精読しているのか。

 

それがどうにもわからず、なんとなく胃を痛くしているうちに、あっという間に夜がやってきたのだった。

 

 

 

先に食事を済ませた双子が仲良くベッドで夢を見ている頃、俺は食堂で足から首までガチガチに緊張しながら晩餐を過ごしていた。

 

豚の煮込みをフォークとナイフで切り分け口に運ぶが、食べても食べても全く味を感じない。

 

だってお姫様が見てるんだぞ!

 

俺のテーブルマナーはあくまで豪商仕様で、そんな格式高いとこまでは想定してないんだよ!

 

 

「ローラ、今回は一週間ほど泊まるぞ」

 

「長兄、忙しいのによくそんな時間が取れたな」

 

「時間というものは作る気にならねば作れん。思えば結婚してから夫婦で王都を出たこともなかったからな」

 

 

なるほど新婚旅行ってわけですか。

 

こんな田舎に特に見るべきところなんかないと思うけど。

 

 

「なるほどね、ここいらは気候が穏やかで過ごしやすいから、今の時分はちょうどいいんじゃないかな」

 

「旅行もそうだけど、もちろんローラと会うのも楽しみだったわ。四、五年ぶりじゃない? こんな南の果てで再会することになるなんて思わなかったけど」

 

「子供の頃は一緒に旅行に行ったりもしたものだが、大人になれば用がなければなかなか会えないものだからな」

 

「皆さんは子供の頃からのお知り合いなんですか?」

 

「長兄とカリーヤ姉様は生まれた時から内々で婚約が決まっていたからね」

 

「へぇーっ」

 

「ローラは子供の頃から美人だったわよ」

 

「カリーヤ姉様は子供の頃から尊大だったな」

 

「えぇーっ? そんなことないわよ、ねぇ?」

 

「まあ、そういう所もある」

 

 

そう言ってお義兄さんは目を細めて笑う。

 

あんなに優しげに笑う所なんて初めて見たかもしれない、やはりどんな厳格な人にも家庭での顔というものがあるのだな。

 

 

「デオヤイカでみんなで釣りをした時、ローラの釣り竿はよく釣れるようだから交換して頂戴と騒いでいたじゃないか」

 

「まあっ、あなたそんな子供の頃の事をまだ覚えていたの?」

 

 

玉を転がすように笑う姫様の様子に、室内の空気がパッと華やかになる。

 

よしよし、そのまま思い出トークに花を咲かせていてくれよ。

 

俺は気配を消してやり過ごすから。

 

 

「うちにも釣り堀があるから、またやってみたらどうだい?」

 

「あら、そうなの」

 

「うちの旦那が作ったものでね、いい運動になる」

 

「へぇ~、義弟君が」

 

 

が、そうは問屋が卸さなかったようだ。

 

 

「……あ、そうそう、義弟君」

 

「はいっ! なんでしょうか?」

 

「明日あのでっかいクモの実物を動かしてみたいから、よろしくね」

 

 

お姫様はチャーミングなウインクと共にそう言って、花が咲いたような笑顔を見せた。

 

あ、明日……

 

俺は無茶過ぎる無茶振りにガクッと肩を落としそうになりながらも、必死に貼り付けた笑顔で「かしこまりました」とだけ返したのだった。

 

お義姉さん……あなた今でも十分尊大ですよ。

 

 

 

翌日、お姫様による視察の準備のために一睡もしていない俺とマリノ教授は、朝日に照らされた時計塔級造魔の影の中で凍えながら即席麺を啜っていた。

 

 

「しかし、お姫様がいきなりいらっしゃるなんてほんとに困るよね……」

 

「本当ですよ、なんで造魔学研究室だけがこんな目に……」

 

 

研究室に所属する学生たちは王族の歓待に相応しい操縦席の準備や安全確認、土がむき出しになっている道の舗装などで夜通しこき使われ、まるで行き倒れのように焚き火の周りに倒れ込んでいた。

 

視察に使う操縦席の周りには、王族が視察に来るとあってかクソ寒い早朝からトルキイバ魔導学園の教員ほぼ全員が礼装で集結している。

 

俺とマリノ教授が姫様の視察を伝えたのは校長だけだ。

 

そこからどう情報が伝わったのかは知らないが、勝手にやって来てやれ椅子がないだの寒いだのと言い出すのは本当に勘弁してほしいところだ。

 

湯気で眼鏡を真っ白にしたマリノ教授と愚痴をこぼしながら食事をしていると、操縦席の方から学生が走ってやって来た。

 

何かあったんだろうか?

 

 

「教授、校長たちがコーヒーぐらい出せんのかと仰ってますが……」

 

「ありゃ……」

 

「そんなの知らないよ! 呼ばれてもないのに出張ってきて! 朝露でも飲ませときゃいいんだ!」

 

「まぁまぁそう仰らず、後でカリーヤ姫様も所望されるかもしれません。街から人を呼んで取り寄せますから」

 

 

めずらしくイライラして怒鳴るマリノ教授を必死でなだめる。

 

マリノ教授は昔から改まった場が苦手で、発表会なんかがあると三日も前から胃が痛いと言い出す人なのだ。

 

いきなり王族が成果を見に来るなんて言われて、もう心労もピークに来ている事だろう。

 

俺が彼に出力全開の回復魔法をかけていると、操縦席の方からもう一人学生が走ってきた。

 

 

「あの~、教授……」

 

「今度はなんだい?」

 

「即席麺が余っていたらわけてくれないかと、魔導具学のターセル技師が……」

 

「こ、この忙しい時に……」

 

「わかった、わかった、屋台を何台か呼ぶって言っといて!」

 

 

操縦席の方に走っていく学生の背中を見つめながら、マリノ教授は疲れ切った顔で自分の腹を撫でた。

 

かわいそうに、俺だって気楽に姫様に挨拶だけしに来た学校の連中が羨ましいよ。

 

 

「はぁ~っ……サワディくん……」

 

「はい」

 

「苦労かけるね……」

 

「いえ……」

 

 

今一番苦労しているのはあなたですから。

 

うちの義姉(みうち)がすいません……

 

俺はすっかり冷めてしまった即席麺入りの二つの鍋を、そっと火にかけなおしたのだった。




これまで経験した事のないレベルのスランプでした

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