異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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異世界で 上前はねて 生きていく
こばみそ先生作画の大大大大大好評のコミカライズ第7巻が本日発売されました。
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第111話 夏よりも 暑い男の 直談判

夏の盛りの黄金の絨毯が一面に敷かれたテンプル穀倉地帯に、一本の(ライン)を引くようにどこまでも続く長大な列車が進んでくる。

 

それは真っ赤な車体の大陸横断鉄道、そしてその機関車の後ろに大量に曳かれた車両のほとんどは、物資輸送のための貨物車だ。

 

しかし物資に比べれば限りなく小さな割合になるが、もちろん人だって乗っている。

 

俺はそんな貴重な客車の、さらに貴重な貴賓用(ファーストクラス)車両から降りてきた人物をトルキイバの駅で出迎えていた。

 

 

「お待ちしておりました、スピネル様。サワディ・シェンカーであります。」

 

「ああ、ご苦労さま。ここがトルキイバか……はるばる列車に揺られてきた甲斐のある土地ならいいがね」

 

 

お供の男性を引き連れてやって来た、国立劇場の実質的な専属脚本家であるスピネル氏は名乗ることもなくそう言った。

 

もちろん、それは普通ならば俺のような下級の職責貴族に対してだって十分に無礼な振る舞いに当たるが……彼に関してはそうはならない。

 

だってスピネル氏の家って、バリバリに王家の縁戚だし。

 

王家の縁者という意味では、奇しくも一応俺も同じ立場になってしまうのだが……

 

あっちは俺みたいにたまたま縁のできた小物とは根本的に立場が違い、何代も王家の血が入ってるザ・名門貴族。

 

 

「どれ、早速だが劇場を見せてもらおうかな」

 

 

顎をしゃくって人を使う姿も堂に入ったものだ。

 

だが、平身低頭、時々やらかしで貴族社会を生き残ってきた俺の小物ムーブだって、そう捨てたものじゃない。

 

 

「かしこまりました。外に馬車を待たせておりますので」

 

 

俺は笑顔のまま淀みない動きでペコペコしながら素早く荷物を預かり、彼らを先導して歩く。

 

スピネル氏とお供はうんともすんとも言わずにむっつりと後ろを歩いてくるが、気にもならない。

 

正直、俺的にはあの姫様よりもこういう貴族っぽい貴族を相手する方が楽だ。

 

対応も正解が決まってるし、全く腹の中が読めないなんて事もそうそうないしな。

 

俺は馬車に乗り込んでからもむっつりと顔を外に向けるスピネル氏と、その隣で無言で腕を組むお付きの方の対面に座り……

 

劇場に到着するまで、澄まし顔のままじっと黙っていたのだった。

 

 

 

 

 

「いかがでしたでしょうか?」

 

「どうという事もなく」

 

 

うちの劇場一番にして唯一のヒット作である『もう遅い』を見終わった後も……

 

劇場中を絶賛の意を示す光の帯の魔法が飛び交う中、スピネル氏の顔はむっつりとしたままだった。

 

俺肝いりのワンフロアぶち抜きのファミリーシートにも、女だらけの劇団にも、新進気鋭の脚本家メジアス氏の本にも別段反応を見せる事もなく、最後に出てきた言葉が「どうという事もなく」だ。

 

はっきり言って、俺の劇場はスピネル氏に全くハマってないようだった。

 

 

「この後役者による握手会がございますが、いかがでしょう? 姫様も参加なされた行事なのですが……」

 

「それは遠慮しておこう。して、この劇場に書き下ろす劇の題材だが……」

 

「おお! 私、夜も眠れぬほど楽しみにしておりました!」

 

 

これは本当だ。

 

 

「教会の大罪をテーマにした話を考えている。地方のこういった劇場では、物新しい題材よりも皆がよく知っている史劇の方が喜ばれるものだからな」

 

「おお、それは今から楽しみです! スピネル様の史劇といえば私は『緑の牧場』が大の好みでして、何度も観劇しては涙を流したものです」

 

 

スピネル氏はそんな俺の言葉に、今日始めての微笑を見せながら少しだけ頷いた。

 

まぁ、彼はどう考えて何を書こうが全てを許される立場の人だから、極論劇の内容は何だっていいのだ。

 

俺は彼の新作が見れて嬉しく、劇場にはハクがつき、姫様は俺に恩という重しを乗せる事ができ……そして別にいらないかもしれないが、スピネル氏にはいくばくかの金が入る。

 

いいことばかりだ、姫様様々である。

 

夏だけど、まさに我が世の春である。

 

だから俺は、目の前の彼がこぼした言葉をすぐに承諾し……そこから始まったちょっとした雑談を、うっかり大きな話にしてしまったのかもしれない。

 

 

「ああそうそう。カリーヤ姫様が、野球というものを一度見ておけと言っていたのだが……」

 

「ああ、野球ですか。この劇場の隣でやっていますので、今からでも見に行かれますか? 今日は多分平民の試合で、あまり面白い物ではないかもしれませんが……」

 

「うん、そうさせてもらおうか」

 

 

どうせ見てもらうならば派手な貴族リーグの試合が良かったが、日帰り予定のスピネル氏に無理は言えない。

 

俺達は混み合う劇場のロビーを抜け、すぐ隣の野球場へと足を運んだ。

 

夏の日差しはカンカン照りで、屋根のあるVIP席以外の観客たちは傘を持ち込んだり、帽子を被ったり逆に上を全部脱いだりと、各々で暑さ対策をしているようだった。

 

 

「お二人共、ビールかコーラはいかがですか?」

 

「コーラとは?」

 

「これは失礼、トルキイバ名物の甘い炭酸飲料です」

 

「では私はそれを、君は?」

 

「では、私もコーラというやつで……」

 

 

暑さ対策に魔法でびゅうびゅうと風が吹き抜けるVIP席で、俺とスピネル氏とお付きの方はコーラを飲みながらゆっくりと野球の試合を眺める。

 

グラウンドではうちの家の野球チームであるシェンカー大蠍団(スコーピオンズ)と馬宿組合栗毛団(ブラウンヘッズ)が四対四の超接戦を繰り広げていた。

 

万年最下位争いをしている大蠍団(スコーピオンズ)だが、別に強い選手がいないってわけじゃあない。

 

ただチームの人数が非常に多く、一年中スタメンがコロコロ入れ替わっているから、均せば弱いというだけなのだ。

 

今日は野手に魚人族のロースや鱗人族のメンチ、投手には平民リーグ最強ピッチャーの鳥人族のボンゴがいた。

 

他にも何人か冒険者が揃っていて、ほとんど最強メンバーと言える布陣だった。

 

 

「あの棒を持っている方なぜコロコロ人が代わるんだ?」

 

「あれは投げ手(ピッチャー)打ち手(バッター)の勝負でして、投げ手が勝ったら次の打ち手と交代なんです」

 

「打ち手が勝っても投げ手は代わらないのかね?」

 

「代わりません。この競技は投げ手が有利な競技でして、打ち手が打って(ベース)を回ると点が入りまして……」

 

 

なんだかスピネル氏は劇や劇場よりよっぽど野球に興味があるように見えるが……

 

まぁ物珍しいんだろう。

 

今のところ王都にはない、トルキイバ独自のものだからな。

 

一通り野球のルールを教えたら、スピネル氏はさっきよりも一層熱心にグラウンドを見つめ始めた。

 

 

『バッターは四番ショート、ロース』

 

「あの選手はよく塁に出るね」

 

 

スピネル氏は真っ赤なトサカが帽子でぺしゃんこになったロースを指さしてそう言った。

 

 

「彼女は普段冒険者をやってますから、体が違いますよ」

 

「だけどあの子が塁に出ても続く者がいなくて点にならない。あの一番の鱗人族の子を後ろに持ってきたら点になるのにな」

 

 

なんだかテレビの前で甲子園の試合を見ている時のような事を言うスピネル氏がおかしくて、俺は苦笑しながら思わずこう提案した。

 

 

「今日はこの後にもう一試合ある予定ですから、次はそうしてみますか?」

 

 

スピネル氏のオレンジ色の目が、驚いたようにこっちを向いた。

 

 

「ん? どういう事だい?」

 

「あの赤いユニフォームのチーム、うちのチームなんです」

 

「うちのって、スレイラ家かい?」

 

「いえ、スレイラ家のチームは貴族リーグにまた別にありまして。あれは私が出資している私のチームなんです」

 

 

そう言うと、スピネル氏は今日始めて見せる楽しそうな顔で更に尋ねた。

 

 

「君、どうして平民のチームなんかに出資を?」

 

「私、平民の出なもので」

 

 

俺の答えにほぉーっと興味があるのかないのかわからない様子で頷きながら、彼は懐から取り出した手帳に何かを書きつけはじめる。

 

しばらくグラウンドを見つめながら何かを書いていたが、おもむろにそのページをビリっと破いて俺に手渡した。

 

 

「この順番でどうだろうか?」

 

 

紙には、今とは変えられた打順が背番号順に書かれていた。

 

 

「おお、この一番の後に六番が来てるのが素晴らしい采配ですね。一塁か二塁に走者がいる場合なんですけど、その場合は次の打者は右打ちがいいと言われてるんですよ」

 

「ほう、それはどうして?」

 

「走者がいると守備が前に出てくるので、右打ちなら飛んだ球が捕球されにくいと言われています。右翼手(ライト)の前に転がっても、並の肩じゃあ三塁まで届かせるのは難しいんです」

 

「ふーん、なかなかおもしろい。どれ、もう少し考えてみよう」

 

 

スピネル氏は俺から紙を取り上げて、試合の進行を見ながらまたバッティングオーダーを練り始めた。

 

結局彼はたびたび俺に解説を求めながら次の試合のギリギリまでオーダーを練り続け……

 

俺はそれを試合開始直前に、審判団の元まで走って届ける事になったのだった。

 

そうして次の試合、練りに練られた打順と、そもそも強すぎるメンバーの集まったシェンカー大蠍団(スコーピオンズ)は西街商店街緑帽軍団(グリーンキャップス)に対して十八対二の記録的勝利を達成し……

 

なぜか日帰り予定だったはずのスピネル氏は、この日トルキイバに一泊する事になったのだった。

 

 

 

 

 

翌日、俺の元にスピネル氏のお付きの方から「もうしばらく滞在する事になった」と連絡があった。

 

俺としては別に何日いてもらったって構わないので、スピネル氏の泊まっているホテルの部屋を延長しておいた。

 

王都の演劇界の重鎮である彼の事だ、たまには田舎でのんびりするのもいいと思ったんだろうか。

 

野球場の出入りに関しても相談を受けたので、俺の持っているオーナー席をいつでも使えるように手配しておいた。

 

まぁ、せっかく滞在するなら平民リーグだけじゃなくて、ド派手な貴族リーグの方も見ていってもらいたいしな。

 

まぁ、そこまでは良かったのだ、そこまでは。

 

問題が起きたのはそこから一週間ほど経ち、うちの球団(スコーピオンズ)がいつも通り気持ちよく負けまくった後の事だった。

 

子供たちが騒ぐ夕飯時に、夏の日差しでほんのり日焼けしたスピネル氏は突然家にやってきた。

 

 

「これはスピネル様、よろしければぜひ夕飯をご一緒されませんか?」

 

「いや、それは結構……それよりも!」

 

 

なんだか怒っているような、焦っているような様子の彼がずいと近づいてきて、思わず俺は同じだけ後ろに下がった。

 

 

「な、なんでしょうか……?」

 

「ここ最近の大蠍団(スコーピオンズ)の、あの体たらくはいかがなものだろうか……?」

 

「え? 大蠍団(スコーピオンズ)ですか? いや、うちの球団は去年もあんなもんで……」

 

「否! あの球団はあんなものではないはずだ! もっと、もっとやれるはずだ!」

 

 

拳を握ってそう力説する彼に、俺は終始押されっぱなしだった。

 

でもそんな事言われてもなぁ、勝てないもんは勝てないんだし。

 

貴族リーグの方のうちのチーム、スレイラ白光線団(ホワイトビームス)だってそうだけど、弱いのは俺のせいじゃないよ……

 

 

「あの球団はその、主力選手の固定化も難しいという事もありまして……なかなか思うようには……」

 

 

多分だけどスピネル氏が言いたいのは、あの日の大勝ちがもう一回見たいって事なのかな?

 

とはいえ、大蠍団(スコーピオンズ)の勝ち負けにテコ入れできるほど、俺も暇があるわけではない。

 

あくまであの球団は、うちの人間のレクリエーション目的というか……

 

定められた練習もなし、レギュラー争いも特になし、言ってしまえば他のどこよりもゆるい球団なのだ。

 

そんな事を考えながらなんとなく言葉を濁していると、スピネル氏はもう一歩こちらへ踏み込んで、ぼそっと何かを呟いた。

 

 

「……なら……」

 

「え? 今なんと?」

 

 

なんだろうか。

 

あまり聞き返すのも失礼と思って、近づいたのが良くなかったのかもしれない。

 

 

「私ならもっと、あの球団を勝たせてやれるかもしれない!!」

 

 

グッと拳を握ったスピネル氏の大音声が我が家のロビーに木霊して、俺の耳はキーンと鳴った。

 

家のどこかから子供の鳴き声が響き、家中の者たちがロビーに走ってくる音が聞こえてくる。

 

 

「このまま放っておくぐらいなら、どうか一度私に任せてみてくれ!」

 

 

そうして誰かがやってくるまで、俺は大貴族に肩を揺さぶられながら……

 

自分の背中が暑さ以外の汗で濡れていくのを感じていたのだった。

 




ピロリ菌除菌したら一週間以上寝込む事になって死ぬかと思いました……
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