異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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第116話 異世界で 上前はねて 生きてきた

「適当なところで、組織に区切りを付けようと思う」

 

「えっ、どういう事ですか?」

 

 

いつものマジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)本部の執務室ではなく、スレイラ家の客間(ゲストルーム)で……

 

ストライプ入りのスーツを着こなしたチキンは、心底驚いたという様子の顔でそう言った。

 

 

「チキン、お前うちの子供にマジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)が維持していけると思うか?」

 

「ノア様とラクス様にですか……? それは……」

 

「魔法の適性次第、そうだろう?」

 

 

俺の隣に座るローラさんにそう言われ、チキンは目を泳がせながら小さく頷いた。

 

 

「ですが、それなら適性がわかってからでも……」

 

「それも考えたけど……最初からそれを期待してると、それが重荷になって子供たちの進路を狭めちゃう気がしてさ」

 

「進路ですか……」

 

 

俺とは違って子供たちは色々伝手を使えるわけで、それこそ王都に行って出世街道を爆進するという選択肢もある。

 

その気になれば、王都の叔父さん(・・・・)も面倒を見てくれるだろうしな。

 

 

「まぁ、俺の代の事は俺の代でケリをつけておこうと思ってね」

 

「……それでは、我々はどちらへ売却を……?」

 

「売却? なんで? 解放だよ」

 

「えっ?」

 

 

そう、昨日の夜ローラさんと話した俺が決めたのは、奴隷解放計画だ。

 

厳しいかもしれないが、これからの人生はなるべく自分の足で歩いていってもらおう。

 

まぁ俺が死ぬまでは、月一の回復魔法ぐらいは続けてもいいけどね。

 

 

奴隷(わたしたち)を、解放ですか……?」

 

「そう、色々受けてる仕事もあるから、すぐにってわけにはいかないだろうし……ノアとラクスの成人に併せて、恩赦という形で行おうと思ってる」

 

 

魔結晶工場もバレ、定期的にお義兄さんの監査も入っている関係上、もううちの奴隷たちが握っている重要情報はほとんどない。

 

秘密保持のために奴隷のままに留めている必要もなくなったわけだ。

 

 

「ただ相談なんだけど……よければチキンには、解放してからも家令として働いて貰えないかなと思ってて……給料は相場より上で払うからさ……あれ? チキン?」

 

 

手元のメモを読みながら、なんだか反応がないなと思って彼女の方を見ると……

 

驚きに見開かれたチキンの瞳からは、大粒の涙が流れ出していた。

 

 

「あ、あれ? どうした?」

 

「……いえ、その……」

 

 

困惑した様子の彼女は頬に手をやるが、とめどなく流れる涙は膝へと落ち、スーツを黒く濡らす。

 

そんな彼女よりももっと困惑している俺の隣から、ローラさんの優しい声がかかった。

 

 

「チキン、化粧を直しておいで」

 

「は、はい……」

 

「ゆっくりでいい、茶を淹れ直させるよ。侍従が間違えたかな? 今日の茶はどうも渋すぎた」

 

 

そうか、もしかしてチキンはずっと「いずれ売られるかも」って考えてたって事か。

 

退役奴隷の制度を作った時点で、その選択肢は完全に消えてたんだけど……

 

もうちょっとしっかり、そこらへんの事も話しとけばよかったかな。

 

そして目を真っ赤にしたチキンが帰ってきたのは、俺達が淹れ直したお茶を一杯飲み終わった頃だった。

 

彼女は恥ずかしそうにぺこりと頭を下げてソファに座り、まるで何もなかったかのように口を開く。

 

 

「それで、若様方のご成人の恩赦と伺いましたが……」

 

「そうそう、その頃にはダンジョン特区のゴタゴタも終わってるだろうし。終わってなければ個別に契約して、同じ仕事をやってもらうって形で」

 

「では、マジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)という組織の形は残されるのですね?」

 

「人が減って同じ形では残らないかもしれないけど、残せる限り雇用は残したいね」

 

「むしろ人が増えるような気がしますが……」

 

「え? なんで?」

 

「今ですら、うちで働きたいという方は結構いらっしゃいますから……」

 

 

……どうやら、解放までに色々と考えておくべき事は多そうだ。

 

 

「そういえばチキン、家令の話はどうかな? 服屋もそのまま続けてくれていいんだけど……」

 

「……それに関しては、謹んでお受け致します」

 

 

チキンはそう言って、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「あ、ほんと? ありがたいよ」

 

「それで、家内の事について一つ提案がございまして、もし家宰の候補がお決まりでなければですが……ロースさん召し抱えられませんでしょうか?」

 

「ロースを家宰に?」

 

 

事務や会計の頭である家令とは違い、家宰は家の中の家事雑務を取り仕切る者だ。

 

まぁ、たしかに冒険者のパーティを率いているロースなら、そういうのもビシッと決めてくれそうだが。

 

 

マジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)を残すのであれば、そちらから人を使う事もあるかもしれません。ロースさんは面倒見のいい方ですし、あれで結構きめ細やかな面もありますから……きっとよく纏めていけると思います」

 

「そうか、たしかにいいかもね」

 

「酒蔵の鍵は渡せないがね」

 

「そちらは私が管理致します」

 

 

真っ赤なトサカをおっ立てて、いつ見かけても酒を飲んでいる魚人族のロース。

 

彼女もなんだかんだと、チキンと同じだけ長い付き合いがある相手なのだ。

 

信用という点では何の心配もなかった。

 

ケンタウロスのピクルスや翼人族のボンゴには向かない仕事だろうし、鱗人族のメンチにも……まぁ向かないだろう。

 

外から連れてきても構わないが、どうせなら気心の知れた相手がいい。

 

 

「じゃあ、ロースにはチキンの方から話して貰っていい?」

 

「畏まりました」

 

「ロースだし……解放計画の事も話しちゃっていいよ」

 

「よろしいのですか?」

 

「受けてくれるなら、これまでよりも近い場所で生きていく事になる。将来自由になれる事を隠して騙し討ちになっちゃ悪いだろ」

 

「承知致しました」

 

 

そうしてチキンに差配を任せて、すっかり安心していた俺だったのだが……

 

数日後の夕方に訪れた、マジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)本部執務室。

 

俺はその応接スペースで、チキンからその報告を受けて面食らっていた。

 

 

「え? 駄目だって?」

 

「はい……」

 

「あー、やっぱ他に何かやりたい事あったのかな?」

 

「それが……そういう訳でもないみたいで……」

 

「え? じゃあどういう事?」

 

 

チキンはなんとなく言いづらそうな顔をした後、応接用のソファから腰を浮かせ、俺の方にちょっと身体を近づけて小声で答えた。

 

 

「なんかロースさん、ご主人様から直接誘ってほしいみたいで……」

 

「あ、そういう……」

 

 

まぁ、完全に身内とはいえ、将来のかかってる事だしな。

 

今は相手も奴隷とはいえ、人伝(ひとずて)というのはさすがに礼を欠いたか。

 

 

「そんじゃあ、ちょっと誘ってくるわ」

 

「呼び出してもいいと思いますけど……」

 

「いいよ別に、頼んでるのはこっちだしな」

 

 

どうせロースは今日も酒場だ。

 

こういうのは、こじれる前にさっさと終わらせてしまった方がいい。

 

 

「どっか心当たりある?」

 

「シェンカー通りにはいると思いますけど……」

 

「まぁ、そこらで聞いてみるか」

 

 

今日はかなり機密度の高い情報を扱うため、護衛はシェンカー通りの入口あたりの店で待たせてある。

 

ロースがシェンカー通りにいるというのなら、丁度いいといえば丁度いい。

 

俺が執務室を出て本部食堂へ向かうと、そこはちょうど飯時に入ったばかりのようだった。

 

すでに席はかなり埋まっていて、仕事帰りの女たちが口々に喋りまくっているため、非常にうるさい。

 

厨房ではシェンカーの料理開発のトップの一人であるシーリィが、男の追い回しに檄を飛ばしながら大鍋をかき混ぜているようだ。

 

ちょっとタイミングが悪かったな……忙しそうだし、他所へ行こう。

 

と、そう考えていると、ちょうどこっちを見た彼女とバッチリ目が合った。

 

来なくていいと身振りで止める暇もなく、シーリィはすぐに鍋を他の者に任せ、小走りで食堂の入口までやって来てしまった。

 

なんだか気を使わせてしまったな。

 

 

「ご主人様、どうされました?」

 

「あ、いや……忙しいとこ悪いけどさ。ロースの行き先知らないかなって」

 

「ロースさんですか? なんか最近は北方の家庭料理の店によくいるらしいですけど」

 

「ありがとう。行ってみるよ」

 

「とんでもございません」

 

 

そう言って折り目正しくお辞儀をする、このピンクの髪のシーリィは……

 

たしか事業を始めた頃に兄貴がくれたんだったか。

 

一緒に来た緑髪のハントは今産休中だけど、彼女はそこんとこどうなんだろう?

 

ちゃんと将来の算段みたいなものはついているんだろうか?

 

そう考えながら顔を眺めていると、シーリィは笑顔で首を傾げた。

 

 

「シーリィはさ、将来の事とか考えてる?」

 

「えっ……? 将来ですか……? えーっとぉ……」

 

 

俺の問いに、なんだか困ったように服の裾を揉みながら、彼女は厨房にいる追い回しの男へ視線を送った。

 

あの彼はたしか布屋の息子で、ここにはハヤシライスの作り方を学びに修行に来てたんだっけ?

 

なんだ、ちゃんとシーリィにも春は来てんじゃないか。

 

 

「もし将来店とか出すなら、チキンに相談してみてね。あいつ色々顔が利くから」

 

「あっ、ありがとうございますぅ……」

 

 

まぁ、その頃にはハントも戻ってきてるだろうし、この食堂もなんとかなるだろう。

 

俺はシーリィに礼を言って、本部から外へと出る。

 

そしてなんとなく振り返って本部ビルを見上げると……

 

二階にある深夜商店の前で、鱗人族の男たちとうちの時計職人が何かの麺を啜っているのが見えた。

 

なんだかんだ、深夜商店にはずーっと人がいるな。

 

店舗数もあっという間に増え、今や各地に四店舗ぐらいあるらしい。

 

そのうち前世のコンビニのようにフランチャイズ展開していったりするのだろうか?

 

俺もたまに夜中に利用するから……もっと広まって、うちから五分ぐらいの場所にできてくれたら嬉しいんだがな。

 

深夜商店の前にあるのぼりを見ながらそんな事を考えていると、不意に後ろから誰かに肩を叩かれた。

 

 

「ん? あれ?」

 

「…………ど……し?」

 

「ご主人様、お疲れ様です!」

 

 

振り返ると、背中に武器を一杯背負ったケンタウロスのピクルスと、その尻の部分に座った翼人族のボンゴがいた。

 

 

「…………な……に?」

 

「ああ、ロースを探してたんだよ」

 

 

多分ボンゴは「何してるの?」と言ったのだろう。

 

こいつは俺が二番目に買った奴隷だ。

 

嫁さんよりも付き合いが長い相手だからだろうか……

 

口数が少なすぎる彼女の言ってる事も、なんとなくわかった。

 

 

「ロースさんは最近北国の料理に凝ってるって聞きましたよ」

 

「ああ、やっぱそうなのか。それってどこらへん?」

 

「三号棟の二階にあるって聞きました」

 

「そっか、ありがとう」

 

 

そう言いながら、俺はピクルスの馬体をポンポンと叩いた。

 

彼女は俺の一人目の奴隷だ。

 

俺と同い年の、全ての始まりのケンタウロスだ。

 

 

「そういやさぁ、ピクルス。お前って将来何かしたい事とかあるか?」

 

「えっ? 将来ですか?」

 

「ほらたとえば、冒険者以外の事とか……」

 

「ああ、それなら……」

 

 

ピクルスは言いながら、背中のボンゴに視線をやった。

 

 

「いつかボンゴちゃんが屋台をやるって言ってるんで、その時はそれを手伝おうかなと思ってます」

 

「…………そ……よ」

 

「へぇ、何の屋台やるんだ?」

 

「…………ね……ず」

 

「揚げたパンとか! ボンゴちゃんの得意料理ですから、案外なんとかなるんじゃないかって……」

 

 

なんだかピクルスが慌ててボンゴの口を塞いだが……どうしたんだろうか?

 

まぁ、まだ意見のすり合わせをしてる段階なのかな?

 

 

「いいんじゃないか? 二人がやる屋台なら、町の外にも牽いてって料理を売りに行けそうだな。冒険者とかに」

 

「それもいいですねぇ。それなら他にも色々乗っけて、深夜商店みたいな何でも屋さんにしようかな」

 

 

まぁ、ピクルスとボンゴは冒険者歴も長くて顔も広いし、実力も十分だ。

 

弁当とかを持っていけば、外で頑張る冒険者たちに案外重宝されるかもしれないな。

 

 

「やる時はチキンに言ったらいい、色々相談に乗ってくれると思うから」

 

「…………う……ん」

 

「ありがとうございます」

 

「そんじゃ、また」

 

 

俺ももう十八歳になったのだ。

 

ピクルスもこの町に来て八年目、いい加減に冒険者以外の生き方を考えてもいい頃だろう。

 

だいたいの冒険者は、別の仕事を始める金を貯めるまで頑張ったら引退していくものだしな。

 

ここ八年の事を思い返し、なんとなくセンチメンタルな気分になりながら、三号棟へと向かっていると……

 

そんな俺を追い越して、管理職のジレンらしき背中がどこかへと走っていった。

 

管理職候補は増えているが、正式な管理職はまだまだ少ない。

 

その中で、チキンとジレンは図抜けて仕事ができる二人だから、色々と頼まれて大変なんだろう。

 

その分金は貰ってるだろうけど……果たしてジレンは解放してからも続けてくれるかな?

 

 

「……まぁ、あんまり先の事を考えていても仕方がないか」

 

 

来年どころか、まだ十年も先の事なのだ。

 

鬼に笑われるどころの話じゃない。

 

頭の中の考えを振り切るように、俺は一段飛ばしで三号棟の階段を上がり、二階にあるという北方料理の店を探す。

 

そしてドアの表札を見ながら共用廊下を歩いていく途中、奥にある部屋の扉を開いて出てきた人間と、バチッと目が合った。

 

 

「あ……ご主人様、お疲れ様です」

 

「イスカか。お前も北方料理か?」

 

 

でっかいガタイの気弱な女、虎の猫人族のイスカは小さく頷いた。

 

 

「最近結構密かに話題になってるんですよ、このお店」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

隠れた名店みたいな事か?

 

飯もまだだし、俺も食べて行ってもいいかもな。

 

いや、俺がシェンカー通りの店で飯なんか食ってたら、他の人間がのんびりできないか……

 

 

「ご主人様も、食べにいらしたんですか……?」

 

「いや、俺はロースに用があってさ」

 

「ああ、中にいらっしゃいますよ」

 

「ありがとう……あ、そうだイスカ。お前、将来の事とかって考えてるか?」

 

 

会う人みんなに聞いていた事をイスカにも聞いてみると、彼女はなんだか不思議そうな顔をしながら首を傾げた。

 

 

「将来、ですか……?」

 

「まぁ、管理職の次にやってみたい事とかだな」

 

「管理職の次ですか……それは、ないかもしれないです」

 

「あ、そうなんだ」

 

 

昔は半べそかきながら仕事をしていたが、今は普通にやっていけているという事なんだろうか。

 

 

「最近、ようやく下の子たちとも仲良くなってきましたし……先輩たちも良くしてくれますし……」

 

 

そういえば、昔彼女に金貨一枚分後輩に飯を奢れと言った事があったな。

 

あれは役に立ったかな?

 

 

「そういえば、後輩に飯は奢ったか?」

 

「あ、それはもちろん、ごちそうしていたんですけど……そのぅ」

 

「断られちゃった?」

 

「いえ、実はみんな恋人ができちゃって……あまり……」

 

 

ああ、就業後に付き合ってくれなくなったって事か。

 

イスカはどうだ? と聞けばなんとなく問題になりそうな気がするし、ここは黙っておこう。

 

 

「まぁ、新しい後輩ができたらまた奢ってやりなよ。金は足りてるか?」

 

「大丈夫です、お手当がいっぱいついてますから」

 

「そりゃあ良かった」

 

 

なんだか昔よりも背筋が伸びたような気がするイスカを見送って、俺は看板も出ていない北方料理屋とやらに入る。

 

店の中は基本の間取りそのまんまで、三、四人が座れるテーブルが三つほど置かれているだけ。

 

ちょうどいい事に他の客はなく……

 

ロースはその一番奥のテーブルで、芋の煮物のようなものを肴に飲んでいるようだった。

 

 

「ここ、いいか?」

 

 

俺がそう尋ねると、彼女は顔を上げてグラスを掲げた。

 

 

「あれ? サワディ坊っちゃん、わざわざ来てくれたんですか?」

 

「まぁね」

 

 

俺が彼女の対面に座ると、ちょうど奥から出てきた店主が「おわっ!」と声を上げた。

 

 

「……えっ、ご主人様!?」

 

「ロースに用があってね」

 

「そ、それは……どうぞごゆっくり……」

 

「キニ、ちっと外してくれるか?」

 

「あ、いいっすよいいっすよ……ごゆっくり~」

 

 

ロースの言葉に、なんだか安心したようにそう言って、店主は店の外へと出ていった。

 

なんか、あいつの店なのに悪い事しちゃったかな。

 

 

「そんで、チキンから話は聞いた?」

 

「聞きましたよ、奴隷解放って。正直、今とあんまり変わらないんじゃないかって感じもしますけど」

 

「まぁ、それでも色々と考えるところがあってね」

 

 

ロースは手酌で酒を注いで、琥珀色のそれが入ったグラスをこちらに押す。

 

どんなものかとちょっと舐めてみると、顔をしかめそうになるぐらい強い酒だった。

 

 

「なんか他にやりたい事でもあった?」

 

「いやまぁ、元々冒険者で稼ぐだけ稼いだら、あたしも何か店でもやろうかなって思ってたんですよ」

 

「え? 何の店?」

 

「そりゃあ酒場ですよ、それも舞台付きの。そこであたしがたまに舞台で歌でも歌えば、客は大喜びってなもんで……」

 

「でもお前、酒なんかあればあるだけ飲んじゃうだろ? 売り物なくなっちゃうぞ」

 

 

ぶっちゃけ歌や演技も下手だし……家宰の事がなくても、そっちは向いてないんじゃないかなとも思う。

 

 

「ま、そういう可能性も、ちょっぴりはあるかもしれませんけど……」

 

 

その可能性はちょっぴりどころじゃないだろう。

 

こいつは会えばいつでも飲んでいるのだ……

 

俺の回復魔法がなければ、案外さっさと肝臓でも壊していたかもしれないな。

 

まぁ、それも自由と言えば自由だが、この酔っ払いがいなくなるのは、やっぱり寂しい事だろう。

 

 

「なぁロース、そこを押して頼むよ。うちの子供たちの事もさ、お前とチキンがいれば安心できるんだよ」

 

 

俺がそう言うと、彼女はグラスをグッと煽り、そのまま鱗の生えた右手を見つめた。

 

買ってきた時はなかった右手を、買ってきた時はなかった左目が見つめていた。

 

そしてぽつりと、つぶやくように彼女は言った。

 

 

「腕ぇ、生やしてもらって……酒、飲ませてもらって……仲間ぁ、作ってもらって……貰い過ぎか。貰い過ぎかもな」

 

「ロース?」

 

「……いいですよ。あたしの残りの人生、サワディ坊っちゃんにあげます」

 

「いや、人生とかじゃなくて……うちに勤めた上で、お前はお前で幸せになってくれたらいいから……」

 

 

彼女はそう話す俺の顔を見て、なぜか口を大きく開けて笑った。

 

 

「はっ、ひっひっひ……なんだかなぁ、ちょっと背は伸びても、全然変わらないんだからなぁ……まぁ、いいですよ。家宰でしたっけ? やってみます」

 

「そうか……ありがとう」

 

「いぃえぇ」

 

 

俺が頭を下げると、なぜかロースもこちらに頭を下げた。

 

 

「……しかし、解放するなんて、もったいないとは思わないんですか? これだけ数がいれば、何だってできますよ? せっかく集めた奴隷でしょ?」

 

「お前らの上前は、もう十分はねたよ。これ以上やるなら奴隷の奴隷になっちまう」

 

 

その言葉を聞いて、何が面白いのか爆笑するロースを残し……俺は店から出た。

 

後から来た客を止めてくれていたのだろうか?

 

外で数人の女とお喋りしていた店主に迷惑料の銀貨を握らせ、すっかり夜になった通りを歩いてチキンの元へと向かう。

 

年末のシェンカー通りは、イルミネーションが付いていていつでも明るく……なんだかそれ目当てらしき男女もちらほらいるようだ。

 

ほぅ、と吐き出した息の色は白く。

 

妻の手も、子供の手も握っていない両手は、なんとなく寂しかった。

 

風に乗ってどこかの飯屋の匂いが流れてきて、ぐぅと腹が鳴り……俺は早足に歩き出す。

 

さっさと帰って、子供の顔を見て飯を食おう。

 

やるべき事も考えるべき事も沢山あったが……

 

今はただ、それだけが頭に浮かんでいたのだった。




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