異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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本日2026年2月27日(金)に『異世界で 上前はねて 生きていく』コミカライズ第12巻が発売されます!
何卒よろしくお願い致します!


閑話 鐘の鳴る 音で芽生える 里心

毎日毎日、同じ事の繰り返しで一年が進んでいくような気がする。

 

朝起きたら嫁さんに小言を言われながら軍服を着て、土煙がもうもうと舞う道を歩いて役場に出勤。

 

適当に文句言われないぐらいにやる事やって、役場の近くの店で特に美味くもない飯食って。

 

役場の窓から夕陽が差し込んでくると、ああ仕事終わりかって感じだ。

 

 

「お疲れさーん」

 

「おっ、アルフレドじゃん、ちょっと待って」

 

 

自分の部署である土木科を出て、出入り口の横にある宿直者の休憩室に挨拶をして帰ろうとしたところ……顔見知りの租税課の男に呼び止められた。

 

 

「何?」

 

「えーっとなぁ、トロマからの伝言でなぁ……」

 

 

彼は首を傾げながら軍服の色々なポケットをまさぐって、一枚のメモを取り出した。

 

 

「おっ、これこれ。おたくの郷の飲み会、急だけど明日になったってよぉ」

 

「そうか、ありがとうな」

 

「いいねぇ、田舎の人は仲良くて」

 

 

王都出身と聞く彼は、そう言いながらぴらぴらと手を振って、机の上に足を放り出して雑誌を読み始めた。

 

どうにもこうにも王都出身者ってのは、偉そうな物言いの奴が多い。

 

地方出身貧乏貴族の三男坊とは、生まれてきた位階(ステージ)が違うって感じだ。

 

しかしそうか、南部会は明日か……

 

南部会ってのは、その名の通り南部出身者の集まりだ。

 

俺の生まれはクラウニア南部、テンプル穀倉地帯を囲む三都市の一つである、トルキイバだ。

 

そこの魔導学園を出て、栄光あるクラウニア陸軍の少尉として外地に行って、帰ってきたら木っ端役人として地方に飛ばされて。

 

これも実家が領地を持たない下級貴族の男としては、割りとスタンダードな人生だと思う。

 

任地は花の王都のそこそこ近く……の割りには全然栄えていない、ハナイエラの街。

 

道はデコボコ、しかもグネグネ、街灯もなく、夜になったら魔法で下を照らさなきゃ歩くのもつらいぐらいの場所だ。

 

夏はまだいいが、今みたいな冬は夕陽が差してからちょっと仕事を纏めたりしていると、あっという間に街中が真っ暗になっちまう。

 

 

「あーあっ、この街は何年経っても街灯一本立ちゃしねぇのかよぉ」

 

 

仕方がないとは思っていても、そんな愚痴が口から出てきてしまうぐらい、ここは田舎だった。

 

トルキイバなら夕方には音楽が流れて、高価な時計なんかなくたって時間がわかった。

 

そもそも、街灯が至る所に立っていて割りと明るく、夜中にちょっと深夜商店(コンビニ)に……なんて事もできたのだ。

 

王都に比べりゃ田舎だと思っていた郷里でも、離れてみて良さがわかるという事がある。

 

俺にとって、トルキイバってのはそういう街だった。

 

 

 

 

 

 

そんな事を愚痴れる相手は、当然同じような場所から出てきた相手を置いて他にはいない。

 

俺たち地方に飛ばされた軍人にとって……出身による派閥というのは、ありがたく、そして大切なものだった。

 

 

「はいっ、タコ焼きにトルキイバ焼き、あとこれおでんね」

 

 

机の上に運ばれてきたのは、麦の産地であるテンプル生まれには嬉しい粉物料理に、深夜商店で売られていた美味しい煮込み料理。

 

そんな料理が出てくる今日の飲み会の場所は、数年前にできた南部名物料理を謳う飯屋『土竜(モグラ)屋』だ。

 

集まったのは、このハナイエラの町に住んでいる南部出身者。

 

その中でもとりわけテンプル出身者で立ち上げられたのが、この南部会という集まり。

 

集まり……というといかにも何かがありそうだが、実際は特に中身も何もない飲み会だった。

 

故郷の言葉で酒を二杯三杯と酌み交わすうちに、仕事の愚痴も吐き終わり、次第に話はいつものように地元の噂話に移行していく。

 

 

「なんかよぉ、えれぇ怒ってるらしいぜ」

 

「誰がぁ?」

 

「スレイラの姫さんだよ」

 

 

スレイラの姫といえば、うちの地元であるトルキイバの御領主であるローラ・スレイラの事だ。

 

当時は「スノア家に変わって、トルキイバに縁もゆかりも無い家が領主とは……」と不安に思った地元貴族も多かった。

 

だがその婿になったのが土地者のシェンカー家というのもあって、今は街も無事にどころか以前に増して賑わっているらしい。

 

そんな姫様が、一体何に怒っているのだろうか?

 

 

「トルキイバから王都に行った研究者の一人がさぁ、今の造魔研究の礎は全部自分で作ったって吹いてるらしくて……」

 

「へぇーっ、そんな奴がいるんだなぁ。本物?」

 

「それがさぁ、有名なアレ。奴隷王の替え玉だよ」

 

 

奴隷王というのは、ローラ・スレイラの入り婿であるサワディ・スレイラの事だろう。

 

トルキイバの人間で、あの人を知らないような奴は相当の世間知らずだ。

 

 

「あー、懐かしいなぁそれ、シェンカーのあいつが王都に引っ張られないようにトルキイバ閥で守ってたってやつだろ? でもそれならさ、そんぐらいは役得ってもんじゃないの?」

 

「いやそれがねぇ、何思ったのかそいつ『うちなら都市級を超えた王都級を作れる』って、実際に予算引っ張っちゃったらしくて」

 

「吹いたねぇ」

 

「挙句自分の弟子(・・)として協力申請したのが、当のサワディ・スレイラなんだってよ」

 

「そりゃあ怒るか、馬鹿だねぇ。そんでそいつ誰よ?」

 

「ロスクス伯爵家の三男だってよ……ほら、俺らの四つ上のさぁ」

 

 

そんな世間話が続く中で、一昨年新設されたばっかりの業務改善課に送られてきたケイトという女がでっかいため息をついた。

 

業務改善課というのは、昨今の魔具、造魔技術の著しい発展を、仕事や行政に活かしていこうという動きでできた課だ。

 

 

「あーあ、仕事行きたくないなぁ」

 

「何だよ急に」

 

「どしたん? 話聞こうか?」

 

 

若い女相手だからか、独身貴族たちが空いたグラスに酒を注ぎながら群がっている。

 

そんな彼女は、金髪の頭をポリポリと掻きながら、注がれたばかりのエールを煽った。

 

 

「あたしって造魔学専攻だったじゃないですか? だから職場でめちゃくちゃ無茶振りされるんですよねぇ」

 

「あーっ、上の世代だと造魔学なんてほとんど誰も勉強してなかったもんなぁ」

 

「そうそう、造魔で色々やるようになったのはねぇ……我がトルキイバのサワディ君が道を切り開いてからだよ、ほんと」

 

 

なんだか鼻高々という感じでそう言った男は、有名なサワディ・スレイラと同じ学年だったという事を人生の拠り所にしているような人だ。

 

五個下の俺からすれば、たまに話題に上る庶民出の変な先生という感じだったが……

 

 

「あたしもトルキイバでサワディ教授から学べてたら良かったんですけどねぇ……トルクスの研究室じゃあ、荷駄用のバイコーン作れたらいっちょ前扱いだったんで、正直業務改善なんて荷が重いんですよ」

 

 

そう言いながら、ケイトはグラスの酒を飲み干した。

 

そしてはぁーっと息を吐いてから、まだまだ止まらない愚痴を同じように吐き出す。

 

 

「でも上は『南部って言ったら造魔学の本場だもんね』って何でもあたしにやらせようとして……」

 

「わかるよー、わかるわかる」

 

「俺らも上司から『南部ってみんな子供の頃から野球やってんでしょ?』なんて言われるもんなぁ」

 

 

こういう話になると、俺たちトルキイバ者は居心地が悪い。

 

トルキイバが南部の文化発展の中心となったのは、だいたいサワディ・スレイラとマジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)が悪いのだ。

 

俺だって卒業してトルキイバから出るまで、あの街の特殊さには気づかなかったもんなぁ。

 

 

「それでね、今度監査があるじゃないですか。その時のために何かぱっとした事をやれないかって言われて、そんな事思いつくわけないじゃないですかぁ……」

 

「わかるよー、わかるわかる」

 

「上からしたら言うだけ言っとけって感じもあるからねぇ」

 

 

業務改善課なんて照明造魔の面倒見てるだけかと思ってたけど……色々あるんだなぁ。

 

 

「なんかいいネタないですかねぇ? ほらトルキイバって、他の街とは全然違うじゃないですか」

 

「ほら。王都にあるっていう冷房(クーラー)? あれを導入するとか」

 

「えーっ、無理無理。技術的にも予算的にも」

 

自動階段(エスカレーター)は?」

 

「そういう大規模なのは許可出ないんですよねぇ、あくまで今ある設備にちょっと付け加えられるような……」

 

「アルフレド、お前なんかないか?」

 

「俺ぇ?」

 

 

我関せずとタコ焼きで酒を飲んでいたら、いきなり無茶振りが来てしまった。

 

なんかあったかなぁ……トルキイバにあって、こっちになかったようなもの。

 

そりゃあ当然色々あるけど、かつ低予算でできるものだろ?

 

うーんと考え込んだ時……酒を持ってきた、この店の店主が目に入った。

 

たしかこの人、隣の医院で医者をやってる嫁さんと一緒に、トルキイバから移って来たって言ってたよな。

 

 

「親父さん」

 

「へい」

 

「親父さん、トルキイバの出だったよね? こっちにあったらいいなと思うあっちのものって、何か思いつかない?」

 

「えっ? いやー、なんでしょう……そう言われると難しいんですが……」

 

 

そうだよなぁ……ほんと、トルキイバと比べたらこっちには何にもないからな。

 

 

「ただうちの嫁なんかは、ほら、マジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)の者だったでしょう? 夕方になると音楽がなくて寂しいなんて言いますね」

 

「ああっ! 夕方の鐘! あったなぁ~っ!」

 

「うわっ、懐かしぃーっ!」

 

 

トルキイバ者が懐かしさに沸く中、ケイトは全然ピンと来ていないようだった。

 

まぁたしかによその人からしたら想像もつかないかもしれないな。

 

トルキイバじゃあ夕方になると、街中から一斉に鐘の音(チャイム)で演奏される音楽が流れたのだ。

 

 

「えーっ? 鐘って、普通の時報とは違うんですかぁ?」

 

「そうか夕方の音楽知らないかぁ」

 

「トルキイバじゃあ、夕方になったら鐘の音で音楽が流れるんだよ」

 

「へぇーっ、なんでですかぁ?」

 

 

ケイトが当然の疑問を尋ねるが、俺たちトルキイバ者は顔を見合わせるばかり。

 

 

「さぁ?」

 

「わかんねぇけど、ある頃からシェンカーが勝手にやりだしたんだよな」

 

「あれって子供は家に帰れって合図じゃなかったんですか? うちの親はそう言ってましたけど」

 

「まぁそうとも取れる感じだったけど……あそこのやる事はほんとにわからんからなぁ、土竜(モグラ)のお祭りだっていきなり始まったろ?」

 

 

謎。

 

マジカル(M)シェンカー(S)グループ(G)に関してはその一言に尽きる。

 

俺なんかは元々関わりがなかったけど、ある時期に親からいきなり「サワディ・スレイラとは関わるな」ってキツく言われた事があるぐらいだ。

 

人気のなかった分野とはいえ、あの男は庶民から教授に成り上がってるんだ。

 

きっと人には言えないような事も色々やってたんだろう。

 

 

「でもあの音楽っていいよな、ちょうどいい時間に流れてさぁ。うちの妹なんかも、音楽が流れたら帰れよって言われてたよ」

 

「あんぐらいなら、ハナイエラでもできるんじゃね?」

 

「音楽かぁ……どんな感じだったんですか? 噂に聞くレコードって奴?」

 

「いやぁもっともっと簡単で、こう鐘をポーンポンポンって鳴らす感じで……単音だったよなぁ」

 

「あれ人が演奏してたわけじゃないんだよなぁ。鳴ってる場所突き止めた事あるけど、箱があっただけだし」

 

「単音かぁ、まぁそんな感じなら造魔でも作れるかぁ……」

 

 

どうやら、ケイトはやる方向で考えているようだ。

 

右手の指を順番に折り畳みながら、何かを計算している。

 

その間に、俺たち外野はその中身について話し始めた。

 

 

「あれって曲は何だっけ?」

 

「知らないけど、なんかで聞いた曲だったなぁ」

 

「ありゃあ裸族の女の曲だよ、劇の。そんな事も知らねぇのか」

 

「劇なんか興味ねぇよ。でもさぁ、せっかくなら南部の曲がいいよなぁ」

 

「そりゃあそうだ」

 

「南部の曲っつったらよぉ、やっぱ夕陽のディンゴ河だろ!」

 

「かわいい洗濯女!」

 

「俺はやっぱ服を脱ごう(もとのきょく)でいいと思うけどなぁ」

 

 

夕方の音楽はトルキイバだけだったかもしれないが、南部の曲はみんなわかる。

 

みんなが曲の名前を上げていくと、なぜか店主までもが名前を上げ始め、大変な盛り上がりになった。

 

最終的には、出てきた俺たちには『出ていったあいつ』がお似合いだ! という事になり、酒に酔った勢いで合唱し始める始末。

 

 

「「「可愛いあの娘はどうすんだーいっ!!」」」

 

 

ベロンベロンに酔っ払って、ヘロヘロになって帰った日だったが……

 

まぁ、楽しい日だった事には間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

そんな日から一ヶ月ほどが経ち、南部会で話した事もすっかり忘れていた頃の事だ。

 

いつも通りに仕事をしていたら、突然役場の外から大きな音が鳴り始めた。

 

 

「なんだぁっ?」

 

「何この音?」

 

「……あー、言い忘れてたが、改善課がなんかやるって言ってたなぁ。時報の音楽とか言ってたかぁ」

 

 

課長のそんな言葉で、俺は一気に合点がいった。

 

ケイトの奴、本当に作ったのか。

 

部署の窓から外に顔を出すと、同じように顔を出している隣の部署の奴と顔が合った。

 

半笑いで会釈しながら耳を傾けると……ちょっと歪んで音程が怪しいが、なるほど『出ていったあいつ』に聞こえない事もない。

 

この『出ていったあいつ』というのは、古い古い歌だ。

 

俺たちの爺さん婆さんの頃からある曲で、南部から都会に出ていく田舎者を歌った歌詞だ。

 

歌詞とは違って、俺たちは都会どころか、もっと田舎に出てきてしまったわけだが……

 

なぜだろうか、故郷の形を真似て演奏されるこの曲に、なぜだかより胸を打たれるような気もした。

 

 

「寂しいじゃないか、誰にも告げず……別れも言わずに行くなんて……か」

 

 

思えば俺も、トルキイバを出てから一度も実家には帰っていない。

 

辞令一枚でこっちに飛ばされっぱなしで、仕事仕事で忙しいままだ。

 

たまには、しっかりと休暇申請をして、嫁さんも連れて、一度あっちに帰るのもいいかもな。

 

 

「あっちのはもっと、あったかい音だったなぁ……」

 

 

何よりトルキイバの鐘の音を思い出すと……なんだか、いても立ってもいられないような懐かしさを感じるのだ。

 

夕方の鐘を聞いたから、帰りたくなったのかな。

 

俺はハナイエラの鐘を聴きながら、夕陽に照らされ役所の壁に落ちる自分の影を眺めて、ぼんやりとそう考えていたのだった。

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