異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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本日2026年10月28日(水)に『異世界で 上前はねて 生きていく』コミカライズ最終巻となる第13巻が電子書籍にて発売されます!
紙の書籍は10月30日(金)発売予定です!
何卒よろしくお願い致します!

終盤の話は「第59話 暗闇を ぬって降り来る 流れ星」に出てきたエピソードです。
後編は30日の更新を予定していますが、間に合わなかったらすいません。


閑話 異世界の 舞台に走る 流れ星 前編

当家の奴隷解放宣言のあと、マジカル(M)・シェンカー(S)・グループ(G)がマジカル(M)・サワディ(S)・グループ(G)に変わってから、なんだかあっという間だったような気がする。

俺の腹はちょっとぷっくりし、嫁(ローラ)さんの腹筋もちょっと硬さを失い、チキンの着道楽は原料生産地への投資の域に入り、メンチは自分の息子が始めた飲食店を出禁になった。

 

「母親(メンチ)が来ると閉店時間まで材料が保たないんです……サワディさん、なんとか言ってやってくれませんか」

 

なんて、深刻な顔をしたメンチの息子に相談された時は、悪いんだがちょっと笑ってしまった。

……そうそう、息子といえばだ。

うちの息子たちや娘の兵役も、無事に終わった。

本当は兵役になんか行かせたくなかったが……スレイラ家は領主一族だしな、子爵家でもある。

メンツの上でも派閥力学的にも、ノー兵役は無理だった。

というわけで、子どもたちはみんな然るべき年齢になると同時にスレイラ辺境伯家(おじいちゃん)の領地へと兵役に行き……

避暑地というには寒すぎる場所でのんびり二年ほど釣りをして、ほとんど全員が丸々と太って帰ってきたのだった。

そんな子供たちの中に、ラクスという女の子がいる。

このラクスはうちの長女で、長男であるノアの妹。

回復魔法や支援魔法が得意な兄とは違い、母親(ローラさん)譲りのバリバリの砲撃タイプの魔法を使う。

陸軍のお義兄(おじ)さん的にも、身内の贔屓目抜きで結構な有望株らしいのだが……

 

「パパぁ、お客入ってないよぉ」

「そうだねぇ」

 

そんな本人は今、うちの劇場(ふたござ)で脚本家見習いをやっていた。

双子座の最上階にある、うちの家族のプライベート席から眺める客席は、お世辞にも客入りがいいとは言えない状況。

今日は記念すべきうちの娘のデビュー作の皮切り公演、だというのに席は半分ぐらいしか埋まっていない。。

親としても、劇場オーナーとしても、もうちょっと人来てほしいところだった。

そんな劇場を上から眺める俺たちの背中に、渋い声がかかる。

 

「……そう、びくびくする事はない。正真正銘の一本目で、ここまで客のざわめきが聞こえる入りというのは大したものだ」

「そうかなぁ? クタ爺」

「そうだとも。ラクスや、どっしり構えておきなさい。満塁の時のキャッチャーのように」

 

そう言いながら、俺たちの後ろの席で頼もしく頷いてくれたのは……

超ベテランを通り越し、もはやレジェンドと言っていい、かつて国立劇場の専属だった脚本家、スピネル氏だ。

そんな彼がなぜクタ爺と呼ばれているのかというと、まぁ結構説明に困るわけだが……

そんな彼がなぜラクスと親しいかというと、説明は簡単、野球だ。

うちの劇団向けの脚本を書くために、トルキイバを視察しに来た彼が、素性を隠して監督を務めるほどにドはまりした野球。

その野球のリトルリーグが作られたのが、ちょうどうちの子供達が十歳ぐらいの頃。

当然、野球ぐる……いや、野球好きのスピネル氏はその監督に手を上げる。

元々シェンカー大蠍団(スコーピオンズ)の監督を務めていた彼は、リトルリーグから人材を育てて大蠍団(スコーピオンズ)の薄い選手層を補強しようとしていたようだ。

発足当時のリトルリーグは平民も貴族もごちゃまぜで、うちの子たちも元奴隷たちの子供世代と混ざって試合に出ていた。

とにかく、そこでこの二人の繋がりができたわけだ。

そして下手の横好きだったお兄ちゃん(ノア)とは違い、本当に野球の才能があったらしいラクスは、スピネル氏に結構可愛がられていたのだ。

 

「今日の本もクタ爺に何回も見てもらったけど、不安だなぁ」

「後でちゃんとお礼しとかなきゃな……」

 

そう、実は今回のラクスの初脚本作品は……多分にスピネル氏の手が入っていた。

理由は簡単、クオリティ不足だ。

演劇という、俺と同じ趣味に娘がハマってくれ「メジアスみたいな脚本家になりたい!」と言い出してくれたところまでは嬉しかったが……

問題は娘の脚本の才能の方も、父親の俺と同じぐらいだった事。

父親としては、愛しい娘がのびのびと書いた脚本を、自分の劇団に演らせてやりたいところではある。

あるのだが……

正直今やうちの双子座は、トルキイバでもそこそこ影響力のある劇場。

マジカル(M)・サワディ(S)・グループ(G)の商売でもあるし、さすがにもう素人の本で劇をやって許される場所ではない。

というわけで娘が脚本家として弟子入りしたのが、旧知の間柄であったスピネル氏の元。

その代わりにシェンカー大蠍団(スコーピオンズ)の副監督を務める事になったらしいが、まぁスピネル氏ももうだいぶ年だしな。

監督として……そして、もしかしたら脚本家としても、うちの娘が後継者に育ってくれればというところもあるんだろう。

なお心から野球を愛する兄のノアは、その話を聞いて地団駄を踏んで悔しがっていた。

あいつは貴族リーグの方のスレイラ白光線団(ホワイトビームス)で、万年補欠をやってるからな。

……なんて事を考えていると、劇場内にブザーの音が流れる。

どうやらそろそろ、劇が始まるようだ。

 

「……始まるね」

「ラクスさぁ、満員じゃなくてちょっと残念だけどさ。今日のところは一旦忘れてさ……せっかくのデビュー作なんだし、ゆっくり楽しもうよ」

 

俺がそう言って、俺より背丈の高い娘の頭を撫でると、彼女は「うん」と言いながらはにかんだ。

 

「パパ、ありがとね」

「何が?」

「色々」

 

可愛い可愛い娘はそう言って、ファミリーシートの端っこに座る、幼馴染の旦那の元へと行ってしまった……

行っちゃった。

あぁ……娘ってのは、どうして嫁に行ってしまうとこんなに寂しいんだろうなぁ。

下の息子が、ローラさんの盟友であるレジアス家の娘のところに婿に行った時は「元気でやれや!」って感じで笑顔で送り出せたのに。

同じ町に住んでる娘が嫁に行った事は、今でも新鮮に寂しいままだ。

 

「はい、コーヒー」

「ああ、ありがとうございます」

 

トボトボと自分の席に戻ると、横に座るローラさんがコーヒーを差し出してくれた。

コーヒーはもちろん、我が青春のアストロバックス。

昔よりずいぶん豆は良くなったはずだが、俺の舌ではあんまり違いもわからない。

最近は飲食のみならず、チキンの服飾店(サイドビジネス)なんかと組んで、アパレル関係にも勢力を伸ばしているらしい。

昔は最先端だったアストロバックスの制服が、今やレトロファッション扱いな事に時の流れを感じるが……

まぁ、ファッションってのはそういうもんだろう。

 

「あんまり客入りは良くなかったかい?」

「謎の脚本家のデビュー作ですよ? こんなもんでしょう」

「だから最初から名前を出してしまえばよかったのに……全く誰に似たのやら、捻くれたな」

「俺じゃないですよ」

 

俺とローラさんが話しているのは、ラクスの脚本家としての名義の事。

ぶっちゃけスレイラ家っていうのはトルキイバの超VIPだ。

つーか一番上。

だって領主だもん。

ラクスはそこのお嬢様であり……更に言えばだ。

この町を超えて、穀倉地帯全体を股にかけるマジカル(M)・サワディ(S)・グループ(G)という巨大企業の創業者一族でもある。

新人脚本家としてはネームバリューがありすぎるわけだ。

そしてうちのお嬢様は、その名前を隠しての正々堂々の評価を望んだのだ。

……劇場が暗転し、舞台の幕が開く。

そして舞台の真っ暗な背景には、白抜きの文字で劇の情報が映写されていた。

 

【『宇宙の白騎士』】

【脚本:蠍仮面(マスク・ド・スコルピオ)】

【劇団:シェンカー歌劇団・白光組】

【総合演出:ディディ・サワー】

【主演:夜霧のヨマネス】

 

『銀河世紀0840年、人類は増えすぎた人口を……』

 

今から始まる演劇は……もしかしたら、この世界はじめてのSF(サイエンス・フィクション)になるのかもしれない。

これはかつて俺が寝物語にローラさんに語っていた、前世で見ていた宇宙のアニメのお話。

そしてそれを殊の外気に入ったローラさんが、毎夜毎晩子供たちに語って聞かせていたお話でもある。

ローラさんがいない時には、俺が語って聞かせ。

なかなか寝ない子たちに何度も何度もせがまれ、子供たちが疲れるまで話し続けた、そんなお話。

それが、うちの娘ラクスの。

そして蠍仮面(マスク・ド・スコルピオ)の、脚本家デビュー作になったのだった。

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