異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず) 作:岸若まみず
紙の書籍は10月30日(金)発売予定です!
何卒よろしくお願い致します!
終盤の話は「第59話 暗闇を ぬって降り来る 流れ星」に出てきたエピソードです。
後編は30日の更新を予定していますが、間に合わなかったらすいません。
当家の奴隷解放宣言のあと、
俺の腹はちょっとぷっくりし、
「
なんて、深刻な顔をしたメンチの息子に相談された時は、悪いんだがちょっと笑ってしまった。
……そうそう、息子といえばだ。
うちの息子たちや娘の兵役も、無事に終わった。
本当は兵役になんか行かせたくなかったが……スレイラ家は領主一族だしな、子爵家でもある。
メンツの上でも派閥力学的にも、ノー兵役は無理だった。
というわけで、子どもたちはみんな然るべき年齢になると同時に
避暑地というには寒すぎる場所でのんびり二年ほど釣りをして、ほとんど全員が丸々と太って帰ってきたのだった。
そんな子供たちの中に、ラクスという女の子がいる。
このラクスはうちの長女で、長男であるノアの妹。
回復魔法や支援魔法が得意な兄とは違い、
陸軍の
「パパぁ、お客入ってないよぉ」
「そうだねぇ」
そんな本人は今、
双子座の最上階にある、うちの家族のプライベート席から眺める客席は、お世辞にも客入りがいいとは言えない状況。
今日は記念すべきうちの娘のデビュー作の皮切り公演、だというのに席は半分ぐらいしか埋まっていない。。
親としても、劇場オーナーとしても、もうちょっと人来てほしいところだった。
そんな劇場を上から眺める俺たちの背中に、渋い声がかかる。
「……そう、びくびくする事はない。正真正銘の一本目で、ここまで客のざわめきが聞こえる入りというのは大したものだ」
「そうかなぁ? クタ爺」
「そうだとも。ラクスや、どっしり構えておきなさい。満塁の時のキャッチャーのように」
そう言いながら、俺たちの後ろの席で頼もしく頷いてくれたのは……
超ベテランを通り越し、もはやレジェンドと言っていい、かつて国立劇場の専属だった脚本家、スピネル氏だ。
そんな彼がなぜクタ爺と呼ばれているのかというと、まぁ結構説明に困るわけだが……
そんな彼がなぜラクスと親しいかというと、説明は簡単、野球だ。
うちの劇団向けの脚本を書くために、トルキイバを視察しに来た彼が、素性を隠して監督を務めるほどにドはまりした野球。
その野球のリトルリーグが作られたのが、ちょうどうちの子供達が十歳ぐらいの頃。
当然、野球ぐる……いや、野球好きのスピネル氏はその監督に手を上げる。
元々シェンカー
発足当時のリトルリーグは平民も貴族もごちゃまぜで、うちの子たちも元奴隷たちの子供世代と混ざって試合に出ていた。
とにかく、そこでこの二人の繋がりができたわけだ。
そして下手の横好きだった
「今日の本もクタ爺に何回も見てもらったけど、不安だなぁ」
「後でちゃんとお礼しとかなきゃな……」
そう、実は今回のラクスの初脚本作品は……多分にスピネル氏の手が入っていた。
理由は簡単、クオリティ不足だ。
演劇という、俺と同じ趣味に娘がハマってくれ「メジアスみたいな脚本家になりたい!」と言い出してくれたところまでは嬉しかったが……
問題は娘の脚本の才能の方も、父親の俺と同じぐらいだった事。
父親としては、愛しい娘がのびのびと書いた脚本を、自分の劇団に演らせてやりたいところではある。
あるのだが……
正直今やうちの双子座は、トルキイバでもそこそこ影響力のある劇場。
というわけで娘が脚本家として弟子入りしたのが、旧知の間柄であったスピネル氏の元。
その代わりにシェンカー
監督として……そして、もしかしたら脚本家としても、うちの娘が後継者に育ってくれればというところもあるんだろう。
なお心から野球を愛する兄のノアは、その話を聞いて地団駄を踏んで悔しがっていた。
あいつは貴族リーグの方のスレイラ
……なんて事を考えていると、劇場内にブザーの音が流れる。
どうやらそろそろ、劇が始まるようだ。
「……始まるね」
「ラクスさぁ、満員じゃなくてちょっと残念だけどさ。今日のところは一旦忘れてさ……せっかくのデビュー作なんだし、ゆっくり楽しもうよ」
俺がそう言って、俺より背丈の高い娘の頭を撫でると、彼女は「うん」と言いながらはにかんだ。
「パパ、ありがとね」
「何が?」
「色々」
可愛い可愛い娘はそう言って、ファミリーシートの端っこに座る、幼馴染の旦那の元へと行ってしまった……
行っちゃった。
あぁ……娘ってのは、どうして嫁に行ってしまうとこんなに寂しいんだろうなぁ。
下の息子が、ローラさんの盟友であるレジアス家の娘のところに婿に行った時は「元気でやれや!」って感じで笑顔で送り出せたのに。
同じ町に住んでる娘が嫁に行った事は、今でも新鮮に寂しいままだ。
「はい、コーヒー」
「ああ、ありがとうございます」
トボトボと自分の席に戻ると、横に座るローラさんがコーヒーを差し出してくれた。
コーヒーはもちろん、我が青春のアストロバックス。
昔よりずいぶん豆は良くなったはずだが、俺の舌ではあんまり違いもわからない。
最近は飲食のみならず、チキンの
昔は最先端だったアストロバックスの制服が、今やレトロファッション扱いな事に時の流れを感じるが……
まぁ、ファッションってのはそういうもんだろう。
「あんまり客入りは良くなかったかい?」
「謎の脚本家のデビュー作ですよ? こんなもんでしょう」
「だから最初から名前を出してしまえばよかったのに……全く誰に似たのやら、捻くれたな」
「俺じゃないですよ」
俺とローラさんが話しているのは、ラクスの脚本家としての名義の事。
ぶっちゃけスレイラ家っていうのはトルキイバの超VIPだ。
つーか一番上。
だって領主だもん。
ラクスはそこのお嬢様であり……更に言えばだ。
この町を超えて、穀倉地帯全体を股にかける
新人脚本家としてはネームバリューがありすぎるわけだ。
そしてうちのお嬢様は、その名前を隠しての正々堂々の評価を望んだのだ。
……劇場が暗転し、舞台の幕が開く。
そして舞台の真っ暗な背景には、白抜きの文字で劇の情報が映写されていた。
【『宇宙の白騎士』】
【脚本:
【劇団:シェンカー歌劇団・白光組】
【総合演出:ディディ・サワー】
【主演:夜霧のヨマネス】
『銀河世紀0840年、人類は増えすぎた人口を……』
今から始まる演劇は……もしかしたら、この世界はじめての
これはかつて俺が寝物語にローラさんに語っていた、前世で見ていた宇宙のアニメのお話。
そしてそれを殊の外気に入ったローラさんが、毎夜毎晩子供たちに語って聞かせていたお話でもある。
ローラさんがいない時には、俺が語って聞かせ。
なかなか寝ない子たちに何度も何度もせがまれ、子供たちが疲れるまで話し続けた、そんなお話。
それが、うちの娘ラクスの。
そして