異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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とある魔臓なし退役軍人の話。

28話の人とは別人です。


第31話 戦争は 帰ってきても 終わらない

人生山あり谷ありだ。

 

崩壊しかかった部隊の殿として、押し寄せる敵兵どもに雷光を打ち込みまくったのは覚えている。

 

部下に引きずられるようにして砦に戻ったらしい私は、再生魔法使いの気の毒そうな顔で目を覚ました。

 

そこからは怒涛の展開だ。

 

幕僚の訪問、受勲、激励、除隊。

 

手元に残ったのは勲章と年金手帳、そして魔臓の欠けた体だけ。

 

先に子供がいて良かったね、と家で待っていた妻は力なく笑う。

 

それはたしかに幸いだ、ゴスシン男爵家は息子さえいれば安泰だ。

 

だが、俺はどうだ?

 

地獄の日々が始まった。

 

魔法のない生活は、普段意識したこともなかった不自由ばかりだ。

 

煙草を吸うにも魔具を使わないといけないから、一人のときには煙草を吸わなくなった。

 

自分で買うと魔結晶は高い。

 

今後は一家3人で年金暮らしなんだ、節約しないと。

 

便所だって、貯水槽に水を入れるのは人力だ。

 

俺用の瓶と柄杓が惨めな気分を煽る。

 

夜中に目が覚めても、本を読むこともできない。

 

暗視も発光も使えないからな。

 

まぁ、不便な事は多いがそれは仕方がないことだ。

 

なにより俺を惨めにさせたのが、なんの仕事にもつけないことだった。

 

仕事人間の俺にとってはこれが辛かった。

 

退役軍人は教師になったり鉄道に関わったりするものだが、両方とも魔力がない人間にはできない。

 

俺はなんのために生きている。

 

俺は一体何なんだ?

 

俺は魔法が使えないと、こんなにも無価値な人間だったのか?

 

 

 

悶々と過ごして3年目、体に変化が訪れた。

 

どうも、下痢がひどい。

 

食事を消化しやすく柔らかいものに切り替えた。

 

顔色も悪い、なんでだ。

 

咳も出る。

 

運動もしていないし、体調を崩す事もあるのかな。

 

 

 

退役から5年目。

 

体調は良くなったり悪くなったり。

 

伏せる事も多くなった。

 

わんぱく息子は士官学校の寄宿舎に入り、家からはまるで火が消えたようだ。

 

訪ねてくる人もいない、孤独が心を蝕む。

 

髪が抜け始めて、明らかに老けた。

 

町を歩く同年代はまだまだ精悍なままだ。

 

俺は、俺はどうなるんだ……?

 

 

 

魔臓をなくしてちょうど10年。

 

最近は立って歩くのも辛い。

 

腹や胸の中も痛いところだらけ。

 

完全に老人だ。

 

もう妻とは父と娘ほども見た目が違う。

 

離縁を切り出した事もあるが、彼女は優しい顔で首を横に振る。

 

「国のために尽くして、魔法も無くして、一人っきりじゃああんまりじゃないですか」と、そう言ってくれた、俺は退役して初めて涙を零した。

 

 

 

そんな死を待つだけの日々の最中、手紙が届いた。

 

陸軍の、かつての上司からだ。

 

すでに退役している彼が、会いに来るというのだ。

 

俺は断った、今の自分を見られたくなかった。

 

だが、上司はどうしても会いたいという。

 

何度も手紙をやり取りし、ついに押し切られた。

 

その頃にはもう、俺は立つこともできなくなっていた。

 

 

 

「魔臓再生の目処がついた」

 

「へぇ」

 

 

 

我ながら間抜けな返事だった。

 

もう歯も抜け、すっかりお爺ちゃんだ。

 

かつての上司が若造に見える。

 

しかし、魔臓再生?

 

そんな話は聞いたこともないぞ。

 

 

 

「再生魔法使いはまだ平民だ、軍はこの事実を公開しない事にした。だが貴君らの献身には報いたい。よって秘密裏に現地へ送り、再生を行う」

 

「ふぁあ」

 

「安心せい、相手はすでに何人も貴様と同じ容態のものを治療しておる凄腕だ。手はずは奥方に伝えておいた、次はサロンで会おう」

 

 

 

そう言って、かつての上司はサーベルを鳴らして帰っていった。

 

相変わらず、人間味のない人だ。

 

でも、死ぬ前に、またあのおっかねぇ顔が見れてよかったかもな。

 

 

 

 

 

うとうとしていたら、いつのまにか着替えさせられて列車に載せられていた。

 

もう意識も飛び飛びであいまいだ。

 

ここは客車じゃないな、多分貨物車だ。

 

周りは暗幕で覆われていて、線路の音だけが聞こえた。

 

 

 

「どぅ」

 

 

 

声にならない声が出ていったが、妻からはちゃんと「トルキイバ行きよ」と返事が返ってくる。

 

トルキイバ、農業が盛んな地域だな。

 

特になにもない場所だったが……

 

そんな事を考えていたら、またゆっくりと意識が遠のいていった。

 

 

 

 

 

その再生魔法使い、サワディ・シェンカーは、息子よりもほんの少しだけ年上に見えた。

 

隣に立つ陸軍少佐だとかいう婚約者は、おそらく彼より10歳は年上だろう。

 

年上の女房、それも元軍人か、大変そうだ。

 

 

 

「ゴスシンさん、身体の中だいぶボロボロなんで順番に治していきましょうね」

 

 

 

事も無げにそう言い、何かを書き付けている彼の横顔はやはりまだまだ幼い。

 

これまでに何人も俺みたいな魔臓なしを治してきたらしいが……

 

本当にこの子が魔臓を治せるのか?

 

横に控えている妻も不安そうな顔をしている。

 

俺たち、どうなるんだろうか?

 

 

 

初日に歯を生やしてもらってから、毎日毎日、食うのが仕事だった。

 

肉、パン、野菜、よくわからん長細いパスタ、なんでもかんでも出てくるままに食っていく。

 

腹が減ってなくても、胃に隙間が開けばすぐに詰め込んだ。

 

2番目に治療してもらった胃は無闇に元気で、矢継ぎ早に物を消化して俺を苦しめた。

 

腹かっさばいて再生魔法をかけるのには妻が卒倒しそうになっていたらしいが、昔は戦場でよく見た光景だ。

 

軍医ってやつは治すも殺すも自由自在なんだ。

 

先生は1日1度治療に来るだけだったが、これまで見たどんな軍医よりも腕が良かった。

 

ここ何年もずっと感じていた、胸や腹の痛みや違和感が日を追うごとにどんどん消えていく。

 

もしかして本当に……

 

飯を食うのにも力が入る。

 

 

 

一週間もすると、立って歩けるようになった。

 

鏡の中の自分は以前見たものよりも随分と顔色がいい。

 

一気に若返った気分だ。

 

頭はつるっぱげだけどな。

 

 

 

「あなた、魔臓が治ったらどうします?」

 

「そうだな、煙草が吸いたい」

 

「そうじゃなくって、どこか行きたいところなんかはないんですか?」

 

「どこか……そうだな、どこにでも行けるんだな」

 

「私、前からいちどミイホ・ベリの万博記念博物館に行ってみたかったんです」

 

「ああ、体が治ったらすぐにでも行こう。俺は君が一緒なら地の果てだって……」

 

 

 

ゆっくりと妻の顔が近づき……するすると離れていった。

 

おい、そりゃないぜ!

 

そっぽを向いた妻が指さした先には、ニヤニヤ笑う先生が立っていた。

 

 

 

「ゴスシンさん、治療ですよ」

 

「先生、もうちょっとさぁ……」

 

「そういうのはご自宅でやってくださいよ、今日魔臓治すんで、しばらくしたら退院です」

 

「ほんとかい!?」

 

「まあ……!本当なの?」

 

「体作りはもう充分ですよ、さぁ診察室に戻ってください」

 

 

 

俺と妻は手を取り合い、軽い足取りで診察室に向かう。

 

本当に治るんだ!

 

俺の!

 

魔臓が!

 

 

 

 

寝て起きると、本当に体に魔力が巡っていた。

 

先生がこっちに頷くのを見て、指先に魔力を集める。

 

小物入れの魔法陣を描き、あの日の煙草を取り出した。

 

もう半分崩れかかってるような煙草に、魔法で火を付ける。

 

胸いっぱいに、まずい煙を吸い込んだ。

 

ああ、あの日の戦場から、やっと帰ってこれた。

 

本当に、人生で1番まずい煙草だ。

 

もったいなくて根本まで吸った。

 

どうしようもなくむせて、涙が出たよ。

 

 

 

 

 

数日後の朝、俺達はスレイラ邸の裏から人力車に乗って出発した。

 

本当は闇に紛れたほうがいいんだろうが、先生が「列車の時間もあるし昼に出てって貰ってもいいですよ」と言ってくれたのだ。

 

その言葉を有り難く受け取り、一応帽子で顔を隠して出発した。

 

入ってきた時と別人過ぎてわからんと思うが、一応だ。

 

活気あふれる大通りを、鱗人族の俥夫(しゃふ)がすいすいと車を引いていく。

 

ふと気になって尋ねた。

 

 

 

「シェンカー家ってのはどうなんだね?」

 

「どうって、そりゃあ繁盛してますよ」

 

 

 

俥夫は荷運びをする人足達を指さした。

 

口々になにかを喋りながら、重そうな荷物を背負子で運んでいる。

 

 

 

「あいつらはシェンカー一家のもんです」

 

「ふぅん」

 

 

 

次に俥夫は、工事現場の人足達を指さした。

 

何やら店の取り壊しをやっているらしい。

 

大槌を肩に担いだ女が何かしら指示を飛ばしている。

 

 

 

「あの人足たちもシェンカー一家です」

 

「なるほど」

 

 

 

更に、俥夫は『ペペロンチィノ』と赤字で書かれた屋台を指さした。 

 

元気に呼び込みをする声が聞こえる。

 

昼前なのに、横で待つ人もいるようだ。

 

 

 

「あれもシェンカー一家の屋台です」

 

「へぇ」

 

 

 

最後に俥夫は、揃いの鎧をつけて槍を引っさげた草刈り(ぼうけんしゃ)の者達の一行を指さした。

 

 

 

「あれはシェンカー一家の部隊です」

 

「ちょっと待て、シェンカー家ばっかりじゃないか」

 

 

 

さすがに話を遮った。

 

いくらなんでも手広すぎる、なにか絡繰があるんだろ?

 

俥夫は振り返らずに首を振った。

 

 

 

「だから、大変に繁盛してるんですよ」

 

「そんなにシェンカー家が商売をやってたら、町のものは食い詰めるんじゃないのか?」

 

「へぇ、そういう所もあるにはあるようなんですが……シェンカー一家は町のほうぼうの仕事場に人足を貸し出してお代を貰ってるんですよ」

 

「じゃあ誰も本職じゃないのか?」

 

「最近は職を定める者もいるようなんですが、基本的にはそうですね」

 

 

 

凄くみみっちい稼ぎ方だな。

 

あれだけの再生魔法の腕があればいくらでも稼げるだろうに、なんでこんな回りくどいことをするんだ?

 

 

 

「シェンカー様の末息子は、『慈愛』のサワディ様って呼ばれとるんで」

 

「慈愛ねぇ」

 

「あの子らみんな元はタダ同然の欠損奴隷なんです。それを治して、働かせて、小遣いまでやって、手に職が付くのを待ってやってるんでさぁ」

 

「あぁ……そりゃあ慈愛かもなぁ」

 

 

 

俥夫が鼻をすする音が聞こえた。

 

強面の男なのに意外と涙もろいのか。

 

俥夫から視線を逸らすと、真っ赤な帽子を被った猫人族が路地に走っていくのが見えた。

 

 

 

「今走ってった赤い帽子はなんだい?」

 

「ああ、あれもシェンカー一家でさ。最近始まったトルキイバ便ってやつでして、トルキイバ内ならどこにでも手紙を届けてくれるって仕事です」

 

「下民向けの郵便のような事までやってるのか」

 

「まぁ、世の中上と下がありやすが、トルキイバの下の方はもう、借金から人足の手配までシェンカー様にかかりっきりでさぁ」

 

「なかなかの商家のようだな」

 

 

 

貴族と下民の世界というのははっきり別れている。

 

普通はお互い決して混じり合うことのないものだ。

 

その中間で、シェンカー家は上手くやっているんだな。

 

息子の少し年上の彼が、急に大人びて思えた。

 

士官学校にいる息子は、どう育つんだろうか?

 

願わくば、息子が魔臓をなくすことだけはありませんように……




次は明るい話にします

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