異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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秋の収穫祭の話です。


第33話 お祭りは 楽しいもんだよ いくつでも

「なにぃ?紫色の八本足の馬?そんな馬鹿みたいな馬いるわけねぇだろ!」

 

「ほんとだって!南町の方で神輿引いてたらしいんだよ!今はもうそいつを一目見ようって見物客でいっぱいだってよ!」

 

「ほぉー、それじゃあひとつ俺らも見に行ってやるか!」

 

「行こう行こう!見逃しちゃいけねぇ!」

 

 

 

何やら若者二人が連れ立って走っていく。

 

若いというのはいいな。

 

気の向くままに、すぐに身体が動く。

 

私など、もう近ごろは心まで重たくなってきて、何かをしようと思っても何日もかかったりする。

 

若いというのは本当にいい、財産だ。

 

今日は知り合いの若い子の晴れ舞台を見に行く予定で出てきたが、行き着く前からもうくたびれてしまった。

 

道にも迷ったし、誰か人に聞く気にもなれないし、途方に暮れていた。

 

おっと、まごまごしていたら人にぶつかってしまった。

 

お祭りだからなぁ、人が多い。

 

 

 

「おうっ!爺さんすまねぇな」

 

「なんの、ふらふらしていたこっちも悪いんだ」

 

 

 

人の良さそうな若者で良かった、最近は短気な若者も増えているからな。

 

些細なことから懐の短剣でぐさり、なんてこともあると聞く。

 

 

 

「おい爺さん、大丈夫か?」

 

「ああ、すまんね、ぼーっとしてしまった」

 

「歩き疲れたのかい?どこ行くんだ」

 

「ああ、ここなんだが……」

 

 

 

あの子に貰った手書きの招待状を差し出す。

 

 

 

「なんでぇ、シェンカー一家の舞台を見に行くのか。俺もちょうど行くとこだったんだ、連れてってやるよ」

 

「おや、いいのかい?」

 

「気にすんなって、行く道は一緒じゃねぇか」

 

 

 

ほんとに人の良い若者で良かった。

 

世知辛い世にも、人情はまだまだ残っとるな。

 

 

 

「爺さんは誰に招待状貰ったんだい?」

 

「私はよく庭の手入れに来てくれるラーズっていう子に貰ってね。台詞のある役だから、ぜひ来てくれと言われてしまって」

 

「ほおーっ、台詞が貰えるって事はなかなかの器量よしだな」

 

「ああ、そりゃあ可愛い子だよ。元気でね、仕事も丁寧なんだ」

 

 

 

肩を叩いてもらった日のことを思い出す。

 

小遣いをやろうとしたが、お金は受け取れないと言われてしまったな。

 

だからこそ、せめて晴れ舞台を見てやりたいと思ってこうして出てきたんだが……

 

 

 

「俺は行きつけの屋台の店員の子に貰ってな。その子もべっぴんなんだが、裏方なんだってよ」

 

「シェンカー一家ってのは手広くやってるようだね、昔は小麦卸し一筋の家だったんだが」

 

「ああ、三男がボンクラながら再生魔法の得手らしくてな。売りもんにならないような奴隷買い付けては再生させて、いろんな仕事につけてんのよ」

 

「ほぉーっ、神聖救貧院のようなことを」

 

「いやいや、救貧院みてぇなアコギな商売じゃねぇよ。シェンカーの奴隷達はみんな楽しそうに笑ってらぁ」

 

「なるほどねぇ」

 

「おうっ、ついたぜ」

 

 

 

見上げるように大きなテントの前に、様々な人がひしめき合っている。

 

何やらかっこいい揃いのブレザーを着た女達が人の列の整理をしているようだが……

 

 

 

「こりゃ多分招待状をもらってない奴らも集まってきちまったんだな。おーい!姉さん!」

 

 

 

若者が声をかけると、迫力のある鱗人族の女がのしのしとやってきた。

 

腰には一目で値打ちものとわかるサーベルを帯びていて、どうにも強そうだ。

 

 

 

「なんだ」

 

「俺ら二人招待客なんだけどよ」

 

「見せてみろ」

 

 

 

招待状を見せると、女性は長く続く列の隣にある短い列の方を「あそこだ」と指さした。

 

 

 

「何か飲み食いするなら入る前に買っていけ」

 

 

 

次にテント脇に立ち並ぶ屋台を指差し、また女性は列の整理に戻っていった。

 

 

 

「爺さん、ありゃ『消し炭』のメンチだ、シェンカー一家の冒険者部隊の首領だぜ」

 

「雰囲気あったねぇ」

 

「ヨロイカミキリに左腕噛みちぎられて生き残った、本物の猛者だよ」

 

 

 

そりゃあ凄い、大規模な隊商でも一匹で壊滅させるって評判の大巨獣だからな。

 

よく見ると、大きな列に並ぶ人達もみんな大人しくしている。

 

立ち並ぶブレザーの強面達にもそれぞれ逸話があるのだろう。

 

 

 

「俺はよ、最近出てきたこのタコ焼きってのを買うぜ。こりゃ酒のツマミに最高なんだ。タコってのが何なのか知らねぇけど、屋台の姉ちゃんも知らないんだとよ」

 

「ほぉーっ、近頃は色々あるんだねぇ」

 

 

 

屋台の女性が先の尖った鉄串のようなもので丸いくぼみに入ったタネをつっつくと、魔法みたいに丸いものが出来上がっていく。

 

こりゃあ見事だが、私はもっと慣れたものがいいな。

 

ああ、揚げ芋の屋台がある、あれでいいあれでいい。

 

二人して料理片手にお酒を選んで、列に並ぶとちょうど入場の時間だった。

 

入り口の横に置いてあった机に飲み物を置いて守衛に招待状を見せ、ざわめく人々と一緒にテントの中に入る。

 

木箱に布をかけた席にはじから座っていくと、外から大きな列の人達も入ってきたようだ。

 

今日はこの芝居を何回も繰り返しやるらしいから、多分みんな見れるだろう。

 

舞台の向こう側から響く音楽に、年甲斐もなくわくわくしてしまう。

 

 

 

「しかし『西町皿屋敷』かぁ、どんな舞台なんだろうね」

 

「俺もよく知らないんだけどよ、その昔クバトアの大劇場で主役を務めたって女が最近シェンカー一家に入ったらしいんだ。そのおかげでなかなか見れたもんらしいぜ」

 

「ほぉーっクバトアの、昔家内と見に行った事があるよ。素晴らしい劇場だった」

 

「なんだよ爺さん、意外と昔は結構稼いでたのかい?俺らの稼ぎじゃ劇場なんて夢のまた……」

 

 

 

プァーン!とラッパの音が響く、どうやら始まるようだな。

 

隣の若者も喋るのをぴたっとやめて前を向いている。

 

久々の観劇だ、私も楽しませてもらおう。

 

 

 

 

 

話はなかなか斬新だ。

 

十枚組の絵付き皿を一枚なくしたと、言われなき罪で井戸に落とされ殺されてしまった女中の幽霊が出る屋敷があるから、みんなで見物に行こうなんて筋書きだった。

 

そこでは女の幽霊が皿を一枚二枚と数えていき、十枚目の皿がないと嘆くのを聞くと死んでしまうのだとか。

 

物見高い若者が数名寄り集まって行くのだが、その中にラーズもいた。

 

華やかな衣装を着て、普段とは見違えるようじゃないか。

 

 

 

「うらめしや……いちまい、にまい……」

 

「ほ、ほんとに出た!」

 

「どうしよう、逃げようよ、逃げよう!」

 

「待て待て、7枚まで聞こう」

 

「ごまい、ろくまい、ななまい……」

 

「いまだっ!にげろーっ!」

 

「走れーっ!」

 

 

 

舞台の上をドタバタ走り回るラーズ達は愛らしいが、あの赤毛の主演の女性はもうちょっとなんとかならなかったのか。

 

だいたい魚人族なら井戸に落ちても死なないじゃないか。

 

 

 

「いやーっ、肝が冷えたね!」

 

「もう足がガクガク」

 

「怖かったねー!」

 

「明日もう一回行こうよ、友達連れてさ」

 

「こうして若者のお楽しみの場になってしまった幽霊屋敷は、一月もする頃には屋台が立ち並び、大変な人気の場所になってしまったのです」

 

 

 

司会の女性がそう言うと、舞台袖からはぞろぞろと沢山の人が現れた。

 

井戸の小道具は脇の方に追いやられ、真ん中には袖から出てきた屋台の書き割りがひょいと置かれた。

 

商家の道楽芝居にしてはなかなか凝ってるなぁ。

 

明るかったりおどろおどろしかったりする音楽もいい、舞台にぐっとのめり込める。

 

 

 

 

今度はさっきの若者たちとは別の3人組が舞台の前に出てきて喋り始めた。

 

 

 

「おお、ここが西町の皿屋敷か」

 

「有名な井戸はあすこかな?」

 

「とすると、あの井戸端で煙草吸ってるのがロースって女中かぁ」

 

「お姉さんお姉さん、初めてかい?」

 

 

 

キョロキョロしながら話す3人組に、屋台の客引きが話しかける。

 

 

 

「ここで見物する人は何か一品買ってもらわなきゃ、幽霊の人ともそういう約束になってるんだよ」

 

「あの幽霊、喋れるの!?」

 

「そりゃ赤ん坊だってほっときゃ喋りだすんだ、幽霊だって喋るだろうよ」

 

「そりゃあ道理だね」

 

「そうかなぁ?」

 

「とにかくこっちにおいでよ、なんでも美味しいよ」

 

 

 

客引きは屋台の看板を指差して料理の説明をし始めた。

 

ははぁ、シェンカーはさすが商売人の家だな、劇の中で宣伝もやってしまおうって事か。

 

 

 

 

「こいつぁタコ焼きだ、まぁるい不思議な形でね、中はトロトロ、外はカリカリなのさ」

 

 

 

あれは隣の若者が買った料理だな。

 

後ろに控えていた黒子からタコ焼きを受け取った客引きは、串にひっかけたタコ焼きを上に掲げ、ひょいと食べてみせる。

 

 

 

「なかなか食べやすそうじゃないか」

 

「おいしそうだねぇ」

 

「中には何が入ってんだい?」

 

「中には燻製肉が入ってんのさ、食感も最高だよ」

 

 

 

タコ焼きを黒子に渡した客引きは、今度は木皿のようなものを受け取った。

 

 

 

「こっちの屋台はトルキイバ名物ペペロンチーノ(・・・・・・・)だ、知ってんだろ?ちゃあんとシェンカーの乾麺を使ってるから、味は保証するよ」

 

「いい匂いがするなぁ、こりゃトマトのペペロンチーノかい?」

 

「おいしそうだねぇ」

 

「あたしはこれにするよ」

 

 

 

ペペロンチーノは食べた事がある、夜中に小腹がすいてたまたま通りかかった屋台があれだったんだ。

 

麺を茹でてソースをかけるだけ。

 

なかなか良くできたものだ、そういえばあれもシェンカー家の考えた料理だったな。

 

次に黒子が持ってきたのは、小麦色のリングのようなものだ。

 

客引きはそれを頬張って、にこりと笑う。

 

 

 

「そして最後にイチオシはこいつ、ドーナツだ。外はカリッと、中はふわっと、そしてとろけるように甘い……」

 

「甘味かぁ」

 

「おいしそうだねぇ」

 

「結構するんじゃないのか?」

 

 

 

女が尋ねるのに客引きは顔の前で指を振って、書き割の値段のところを指さした。

 

なんだ……老眼で見えないな。

 

 

 

「なんとおひとつ5ディルだよ、最新の甘味がこの値段、ぜひ家族へのお土産に」

 

 

 

粒銅貨5個かぁ、砂糖ってのは安くなったもんだなぁ。

 

腰の悪い婆さんへのお土産に、一個買っていってやろうか。

 

あのしわくちゃのお婆ちゃんも、昔は甘味が好きで好きで、よく強請られたものだよなぁ。

 

ふと、笑いが漏れた。

 

久しぶりに一人で笑った気がするな。

 

 

 

「じゃああたしはタコ焼き」

 

「ぅちはドーナツ!」

 

「あたしゃペペロンチーノで」

 

「お買い上げどーもっ!もう始まるからぜひ井戸の方へ!」

 

 

 

屋台の書割と一緒に客引きがはけていき、舞台の真ん中には再び井戸が置かれた。

 

赤毛の幽霊とラーズが何やら喋っているようだったが、3人が来たらラーズははけていった。

 

 

 

「あんたらはじめてかい?」

 

「ええ、そうです」

 

「感激です」

 

「楽しみにしてきました」

 

「最近はそういうお客さんが多くてね、さっきの子なんか昔からよく来てくれるんだよ」

 

「へぇーっ、やっぱり人気なんだぁ」

 

「凄いなぁ」

 

「幽霊やって何年ぐらいなんですか?」

 

「そうだね、もう50……いや40年ぐらいかね」

 

「すごいね、私達まだ生まれてないね」

 

「ねーっ」

 

 

 

すると、チョーンチョンチョンチョンと拍子木の音がした。

 

 

 

「もう時間だ、ちょいと離れとくれ」

 

「楽しみです」

 

「わぁーっ、初めて見るなぁ」

 

「わくわく」

 

 

 

赤毛の幽霊はさっきとは違って、ずいぶんもったいぶった様子で一枚ずつ皿を数える。

 

 

 

「……ろくまぁーい、ななまぁーい、はちまぁーい……」

 

 

 

会場中が彼女の事を固唾をのんで見守っている。

 

 

 

「きゅうまぁーい、じゅうまぁーい、じゅういちまぁーい」

 

 

 

おっと、行き過ぎたぞ?

 

 

 

「じゅうにまぁーい、じゅうさんまぁーい、じゅうよんまぁーい」

 

 

 

どこまで行くんだ。

 

 

 

「じゅうごまぁーい、じゅうろくまぁーい、じゅうななまぁーい、じゅうはちまぁーい」

 

 

 

数えるのが止まった。

 

 

 

「9枚多いですよ?」

 

 

 

舞台の上の誰かが尋ねた。

 

 

 

「明日遊びに行くからね、明日の分も数えといたのさ」

 

 

 

幽霊のあんまりな答えに、会場中がどっと沸いた。

 

そういうおち(・・)か。

 

私もちょっと、くだらないんだけどついつい笑ってしまった。

 

婆さんにはいい土産話ができたかな。

 

おっと、ドーナツを忘れないようにしないとな。

 

舞台前に並んだ役者たちの中で、ドーナツを片手に嬉しそうにこちらに手を振るラーズを見て、私はその事を思い出していた。




落語の皿屋敷の筋書きからは、あえて変更を加えています。

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