異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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KAOSS PAD3の改造をしてたら半田ごてを取り落として机が焦げました。


第44話 結婚は めでたいけれど 式つらい 後編

「元帥閣下も悪気はないんだよ」

 

 

 

挨拶まわりをしていると、マリノ教授とエストマ翁がいるテーブルで、教授にそう言われた。

 

そりゃそうだ、悪意を込めてアレをやられたらたまらない。

 

名代殿は勲章を渡すだけ渡してさっさと帰っていったけど、会場はさっきの話で持ちきりだ。

 

 

 

「元帥の家の出ともなると平民魔法使いなぞ想像の埒外(・・)の話じゃてな」

 

 

 

エストマ翁はそう言って笑うが……

 

「知らねぇ動物いるからちょっかいかけてみっか」とばかりにいたずらをされては、こちらの身が持たない。

 

 

 

「君の助教の話も、もう内諾は来てるから安心して。前にも言ったけど別に王都に行かせたりはしないから」

 

「ま、王都じゃ普通の勲章の1つや2つは虫除けにもならんでな」

 

 

 

ホッとした、どうも俺はこのままトルキイバに据え置きということでいいらしい。

 

多分だけど、軍としても俺を王都に引っ張る理由はないだろう。

 

化け物達が出世争いに火花を散らす王都に、田舎のぽっと出貴種が食い込む余裕なんかない。

 

金の卵を生む鶏が狼に裂かれるのはわかりきっているからな。

 

平民は良かったなぁ、のびのびしてて。

 

できることなら戻りたいが、戻れない。

 

胸の勲章がずんと重かった。

 

 

 

 

 

「先生に!」

 

「『神業』のサワディに!」

 

「先生はよしてくださいよ」

 

 

 

俺が魔臓を治した退役軍人の座るテーブルでは、景気のいい声と共に杯が掲げられた。

 

みなさん楽しく酔っぱらってくださっているようだ。

 

 

 

「先生、魔臓の再生の件では勲章は貰えなかったのかい?」

 

「あ~、あれはやっぱり極秘なんで」

 

「もったいないなぁ、あれが乗れば人道支援ってことで十字金翼勲章は硬かったぜ」

 

「もう十分ですよ」

 

 

 

そんな話をしていると、さっきから黙って一歩後ろを付いてきていたローラさんが口を開いた。

 

 

 

「今後も口外せぬように頼みますよ、さもないと我が夫は水鳥共の治療までしなければならなくなるのでね」

 

「そういえばそうだな」

 

「うむ、それは業腹だ」

 

「陸軍元下士官としては海軍の治療に反対だ」

 

 

 

この陸と海の対立の根深さはどこに端を発するものなのだろうか。

 

どこの世界のどこの国でもある話なのかもしれないが、将来的に空軍ができたらそこでもまた揉めるんだろうか?

 

 

 

「先生、この酒はなかなか美味いね。酒嫌いのうちの奥さんも珍しく褒めているよ」

 

 

 

金髪を後ろに撫で付けた、なんとなく洒脱な感じの軍人さんがそう言うと、隣の奥さんがぺこりと頭を下げた。

 

お二人とも名前は覚えてないが、治療した時にお二人で手を取り合って泣いていたのを覚えてる。

 

漠然と「ああいう夫婦になりたい」と、そう思わせるお二人だった。

 

 

 

「ああ、どうもありがとうございます。それは僕が作ってみたお酒なんですよ」

 

「ほぉ、先生が……なるほどそれで『ローラ・ローラ』なわけか、お熱いことだ」

 

 

 

そう言ってローラさんにグラスを掲げるクールな軍人さん。

 

「ふっ」と苦笑を返し、ローラさんは恥ずかしそうにそっぽを向いて煙草に火をつけた。

 

そのまま背広の背中を引っ張られて、他のテーブルに連れて行かれる。

 

案外恥ずかしがり屋なんだよなこの人。

 

 

 

「あら、ローラ・ローラじゃない。その後のお加減いかがかしら?」

 

 

 

例の酒を片手に話しかけてきたのは、ローラさんに負けない数の勲章を控えめな胸元にぶら下げた黒髪の女性だった。

 

猛禽類のように目つきが鋭く、装飾を施されたピンヒールのブーツは陽の光をぎらぎらと反射している。

 

ローラさんは嬉しそうにその女性に片手を上げると、煙草を根本まで吸いきって、通りがかったボーイに吸い殻を渡した。

 

 

 

「不便よね、煙草を吸うのにも魔具が必要で。心配なさらないで、今日の煙草の火ぐらいは私がつけて差し上げますわ」

 

「エイハ、君もどうだ?」

 

「相変わらず、余裕綽々だこと」

 

 

 

ローラさんの事を見下しているような、憐れんでいるような感じの女性だったが。

 

咥えた煙草にローラさんが火をつけたのを見て、口からぽとりと煙草を取り落とした。

 

 

 

「あなた、魔臓が……」

 

「まぁね」

 

 

 

珍しく得意気な顔をして、ローラさんはちらりと俺のことを見た。

 

 

 

「そう、そちらの旦那さんが『神業』というわけ」

 

「おいおい、そんな人間どこにも存在しない、そうだろう?」

 

「あ、そ……ま、いいですわ。それで、軍にはいつお戻りになって?」

 

 

 

ローラさんはぷかりと空に煙を吐き出し「戻らない」と言った。

 

 

 

「なんですって?」

 

 

 

空間がぎしりと歪んだ気がした。

 

無意識で自分に強化魔法を発動してしまうぐらいの気当たりが体を震わせ、空を飛んでいた鳩が近くに墜落してきた。

 

なんだこの女、世紀末覇王か何かか!?

 

 

 

「もう一度言ってくださる?スレイラ家のあなたが。このエイハ・レジアスの好敵手のおんな(・・・)が。魔臓を取り戻して、戦場に戻らない?」

 

 

 

ローラさんは屈託なく笑って、まるで友達に新しいおもちゃを自慢するような気楽さで彼女に笑い返した。

 

 

 

「旦那様は、私が戦争に行かなくてもいいようにしてくださるそうだ」

 

 

 

質量のある殺気が、横殴りのプレッシャーとなって俺に飛んできた。

 

ヤバい女はローラさんから視線を外し、俺の事を睨みつける。

 

うっ、吐きそう。

 

 

 

「サワディ殿とかおっしゃいましたか……あなた、何か勘違いしてるのではなくて?」

 

「え、いや、あの……」

 

「この女は、そんじょそこらの売女とは違うの。『光線』なのよ」

 

「はぁ……」

 

 

 

ローラさんは俺と彼女のやり取りを見てニヤニヤ笑っている。

 

ヤバいお友達の相手を俺に任せないでくれよ……

 

 

 

「飛行船を腕の一振りで焼き落とし。雲霞の如く攻め寄せる敵の大軍に花道を開け、兜首めがけて突撃する。女の形をした鬼なのよ。あなたなんかにどうにかできる存在じゃあないの」

 

 

 

なんか、俺と彼女の間が物理的にピリついている気がする……

 

背筋がざわざわするが、俺は勇気を振り絞って屹然と答えた。

 

 

 

「たとえ鬼でも女ですから。夫の私が守ります」

 

 

 

視線が鋭くなりすぎて、とても直視できない顔をしたエイハ嬢は「ドチッ!」と巨大な舌打ちをした

 

 

 

「あなた、人を殺したことはあって?」

 

「ありません」

 

「よくもそんな男が、ローラ・スレイラを守るだなんて言えたものね」

 

「僕は、治すほうでやっていこうと思ってます」

 

「そんな根性、戦場ではクソの役にも立たん!」

 

 

 

ドン!と踏み降ろされた足には紫電が纏わりついていた。

 

彼女の足元から、会場の床に大きなヒビが走る。

 

それは物凄い勢いで俺の足元まで伸び、凍りついてぴたっと止まった。

 

 

 

「そこまでにしたまえ」

 

 

 

凍てつくような空気を纏ったさっきのクールな退役軍人が、俺と女の間に踏み込んできた。

 

 

 

「祝いの席だぞ、わきまえたまえ」

 

 

 

その隣からは、腕に煙を纏わせた大柄な退役軍人も出てくる。

 

 

 

「若人の青臭い理想、後押しするのも老兵の役目」

 

 

 

宙に火球を浮かせた初老の退役軍人も、後ろからゆっくりと歩いてきた。

 

気がつけば、周りはすっかり退役軍人だらけだ。

 

 

 

「男、それがお前の力とでも言うつもりか?」

 

 

 

全く引く気のないエイハ嬢は、周りに立つ退役軍人たちを見回して、体中に紫電を纏わせる。

 

すわ、一触即発か!と思えたところで、いい意味で気の抜けた声が聞こえた。

 

 

 

「友達を男に取られて悲しいのもわかるが、そのぐらいにしておけ」

 

 

 

スピリッツの瓶を片手に下げた、エストマ翁だった。

 

 

 

「はっ!」

 

「晴れの席じゃ、静かにやれ」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 

 

さっきまでの殺気はなんだったのだろうか。

 

エイハ嬢は綺麗な敬礼をして、紫電を霧散させた。

 

ローラさんは怪訝な顔をする俺に手を振り、自分の階級章を指さした。

 

あっ……なるほど、骨の髄まで軍人なのね。

 

上官には逆らえないのか……

 

緊張の糸が切れたのか、今日一日で色々な事がありすぎたのか、頭がふわふわする。

 

腹からも力がぬけたようで体がふらふらした。

 

ぽすり、と温かいものに包まれた。

 

周りから、指笛の音が鳴り響く。

 

上を見上げると、俺を抱きとめたローラさんの優しい顔がある。

 

ぐっと、腹に力が戻ってきた。

 

俺は守るぞ。

 

この人を、この都市を。

 

他の誰かが、俺の作ったものでどう不幸になったって構わない。

 

絶対に二度と、俺の大事な人を戦争なんかにやるものか。

 

周りのざわめきが、からかうような歓声に変わる。

 

俺の決意は、暖かな口づけに溶けていった。




物語はまだまだ続きます。

話も一区切りというところで、これからしばらくは3日に1回更新します。

お疲れドナ・サマー!!

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